■「櫛田入り」に憧れた同級生
 「あいつががんばりようけん、オレも負けられん。そんな気持ちはあります」

 恵比須流(ながれ)の赤手拭(あかてのごい)、本田祥久(22)はそう言った。

 本田はふくやの6人の新入社員のひとりだ。「あいつ」とは、岡崎大地(22)。岡崎と本田はともにふくやの新入社員で、博多小、博多中の同級生だ。

  福岡市博多区中呉服町(旧官内町)で江戸時代から続く寺の長男。初めて山笠に出たのは7歳のときだ。小中時代は当然のように参加してきた。中3から高1にかけて、所属する町内が当番町になったため、 地鎮祭、棒洗い、人形の飾り付けなど、毎週末行事に参加し、山笠の歴史的背景や祭りの意味を知った。

 高校に進学すれば、もう山笠には出られなくなるだろうと思っていた。ところが、新任の校長が同じ恵比須流の先輩で、職員会議に諮った結果、山笠参加は教師、生徒ともに「公休」扱いに。そして本田も引き続き山笠に参加することとなった。

 高2の夏、部活の柔道でじん帯を切って手術したため、初めて山笠を眺める立場になった。もどかしい思いをした反動で、高3の夏は期間中の全ての行事に参加。福岡大学に進学してからは、毎月の飲み会にもフル参加するようになった。

 赤手拭を目指し始めたのはその頃だという。

 「先輩たちの櫛田入りがカッコよくて、僕も選ばれたいと思いました。それは、自ずと赤手拭を目指すことになりますから」

 翌年、自分以外は全員が赤手拭というなか、役職をもたない若手の本田が櫛田入りのひとりに選ばれた。

  緊張のあまり、本番のことは覚えていないという。

 20歳のとき、町内に8人しかいない赤手拭に最年少で選ばれた。現在は赤手拭のトップ・若手頭をサポートする赤手拭補佐だ。