今後の日本卓球界を民間から支える、前卓球男子日本代表監督・倉嶋洋介氏(木下グループ卓球部総監督)に、卓球界への提言を聞いた。
昨季、代表監督からTリーグチームの監督に就任してからの気づきや、日本の卓球指導者の育成制度の必要性など、話は多岐に渡った。

強化には本質とタイミングが大切

――今季、日本男子トップ層選手の多くが、ヨーロッパ各国のリーグに参戦することを表明していますね。
倉嶋洋介総監督:これは僕個人の意見ですが、“ヨーロッパ修行で得たいものは何か、今自分に必要なこと、足りないことは何か”を明確に考え、納得し、選手自身が選択することが大切だと思います。

日本は“強くなりたかったらヨーロッパに行け”と簡単に言う人がいます。強くなるため、人間的に成長するため、生活のため、理由は様々だと思いますが、本質を見抜き、タイミングを間違えないよう、順調に成長できる道を選択してほしいと思っています。

トップ選手でいられること、選手として期待されている期間は思っている以上に短いものです。

――かつて水谷隼らドイツ卓球修行組が、日本に現代卓球をもたらした伝統がありますよね。

マリオ・アミズィッチ氏
写真:マリオ・アミズィッチ氏とドイツ卓球留学前後の水谷隼、岸川聖也/提供:アフロ

倉嶋洋介総監督:水谷や岸川(聖也)が若い頃にドイツに行って良かったのは、当時のティモ・ボルやオフチャロフと毎日練習できて、マリオ・アミズィッチというコーチが管理し、指導してくれました。森薗(政崇)や及川(瑞基)といった選手も、邱(建新)さんが面倒見て、きちんと指導してくれたからこそ強くなれた。

もちろん、厳しい環境に身を置き、一人で様々な経験をして人間的な器を大きくすることで、卓球の器も大きくすることも海外修行の魅力の一つです。

選手にも相談されますが、“自分が一番何を優先したいかをよく考えて”と、答えています。

ただ、いつも思うことは、日本にトップ選手を指導できるコーチが少ないことも原因だと思っています。この点はのちほど。

必ず五輪代表争いは接戦になる

――はい。

でも考えてみれば、パリ五輪まであと2年とちょっとしかないんですよね。五輪代表選考レースも始まりました。

倉嶋洋介総監督:五輪代表争いはこれまで、残りの1枠を争って接戦になってきました。東京五輪での丹羽と水谷、石川と平野、リオ五輪での吉村と大島など。

パリ五輪に出場するためには、今からしっかりとした計画を立てなければいけない。悔やんでも悔やみきれないことにならないように。

――何が大事ですか。
倉嶋洋介総監督:私はずっと計画を大切にしています。

水谷隼や張本智和、その他の選手についても、自分が監督任期の期間でどのように五輪を目指していくか、どのように世界ランキングを上げていくかなど、常にある程度の計画を立てて、目標に向かって進んでいました。

パリまでの短いこの期間を、どのようにプランニングするかですね。

Tリーグでの代表選考ポイント加算

――Tリーグにも、パリ五輪代表選考ポイントが加算されます。代表監督もTリーグ監督も知る倉嶋監督は、どうお考えでしょうか。
倉嶋洋介総監督:議論が必要だと思いますね。

僕個人としては、Tリーグへの代表選考ポイント加算は、なくて良いと思っています。

基準を満たした選手が出られる国内選考会で代表権を争うのは賛成ですが、Tリーグにポイントがつくことは、Tリーグに参戦してない選手はそのポイントを得ることができないので、単純に全ての選手に公平でないと感じます。

男子は4チームしかなく、出場機会に恵まれない選手も出てくるでしょう。

――力のある男子選手が、なかなか出場できない場面もよく見てきました。
倉嶋洋介総監督:現場を預かるチームの監督としては、特に強い選手が揃っているチームの場合、出場機会についても、オーダーについても、選手に対して監督は苦しい判断が必要となります。

優勝を目指し一致団結しなければいけないのに、出場をめぐりチームの雰囲気が悪くなったり、不平不満が出てきてしまうことも考えられます。

Tリーグにポイントを付けて活性化を狙うこと自体は良いことだと思います。

ただ、いざ Tリーグのチームに入って感じることは、リーグを盛り上げ、活性化させていくためには、もっと別の施策が必要だと感じています。

写真:倉嶋洋介監督(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部
写真:倉嶋洋介監督(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部

――選手起用が難しくなる点は、多くの監督経験者が懸念していますね。
倉嶋洋介総監督:Tリーグで勝つためのオーダーでなく、五輪選考ポイントを取るためにどうすれば良いか、が先行してしまうのではないかと恐れています。

それだけ五輪選考ポイントというのは、五輪が近づくにつれて重くなるものですから。

チームとしては、五輪争いに挑む各選手をサポートするべきであって、選手同士の争いに対処することは望んでいないのです。

海外選手が来ると面白い

――興行としては、海外選手がTリーグに来ない一因になると嫌だなと思ってます。
倉嶋洋介総監督:ポイントが重視されると、オーダーが日本選手中心になる面はあるかもしれませんね。

でも、海外選手が来ると面白いですよね、集客のことを考えても。

林昀儒(岡山リベッツ)
写真:Tリーグ1stシーズンに岡山リベッツから参戦した林昀儒/提供:©T.LEAGUE2018-2019シーズン

――コロナ前のように、また見たいです。今季はロシアリーグが無いわけですから。集客の状況も一気に変わる気がするんです。
倉嶋洋介総監督:木下マイスター東京、木下アビエル神奈川でも、今シーズンは海外選手が参戦できるように取り組んでいます、楽しみにしていてください。

ドミトリ・オフチャロフ
写真:ドミトリ・オフチャロフ/提供:ittfworld

――とっても期待しています(笑)。他に、昨シーズンを踏まえてのTリーグへの提言はありますか。
倉嶋洋介総監督:プレーオフファイナルについて、レギュラーシーズン1位と2位にはなんらかの条件差があるべきだとは思いました。

外にいた僕が、Tリーグの中に入って感じたのは、レギュラーシーズン21試合っていうのは、とても過酷で重いものだということです。それが勝ち点独走で1位だろうが2位だろうが、同条件で一発勝負っていうのは腑に落ちません。

そもそも、1位チームにプレッシャーがかかり、2位チームのほうが思い切って戦う心理になれるものです。

――確かに。他競技でも、レギュラーシーズン1位にアドバンテージが与えられていることが多いですね。

及川瑞基
写真:Tリーグ4thシーズンファイナルでの試合の様子/撮影:ラリーズ編集部

将来的に試合日程は揃えるべき

倉嶋洋介総監督:あと、Tリーグの認知を広げ、盛り上げていくために、試合日程をなるべく揃えていきたいですよね。

例えば昨季、僕らが10試合消化した時点で、まだ6試合しか終わってないチームもあった。
今は、各チームがフリーハンドで会場やだいたいの日程を決めているから、将来的には揃えたほうがいい。

Jリーグの第何節みたいに、第一節はこの土日、第二節は次の水木、と各試合がその2日間で終われば、例えばテレビの夜のスポーツニュースでも“今日のTリーグ”などの露出が作りやすいでしょう。こういった地道な露出が大切だと思います。

“あ、やってるんだ、うちの近くじゃん”とか、知ってもらうところから始めたい。

写真:イオンモールでのTリーグ/提供:岡山リベッツ/T.LEAGUE/アフロ
写真:イオンモールでのTリーグ開催の様子/提供:岡山リベッツ/T.LEAGUE/アフロ

ホームマッチでは平均1,000人集客を目指す

――チームとしての今季の取り組みはいかがでしょうか。
倉嶋洋介総監督:とにかく集客を意識したいですね。

コロナ禍で今後については明言できませんが、目標としては今年、ホームマッチでアベレージ1,000人集客を目指し、ファン拡大とPRに取り組んでいきたいと思っています。

――意欲的な目標ですね。どんな施策を考えていますか。
倉嶋洋介総監督:コロナ禍でストップしていたファンクラブを復活させて、開幕までに増やしながら、講習会や大会、イベントを木下グループ主催で行っていきます。

練習場見学や、“及川と10分レッスンを受けられます”、“インスタライブで練習が見られます”など、ファンの方に喜んでもらえる仕掛けをたくさん作っていきたいと思っています。

写真:シーズン最終戦を終えた木下マイスター東京メンバー/撮影:ラリーズ編集部
写真:昨季木下マイスター東京のメンバー/撮影:ラリーズ編集部

――良いですね。これまでのイメージと、少し違いますね。
倉嶋洋介総監督:力を貸してください。
――微力ですが、こちらこそぜひ。

代表監督を9年、そして今、Tリーグ優勝チームの総監督を務める倉嶋さんには、日本の卓球界全体にできることは多い気がしますね。

倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)
写真:倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)/撮影:槌谷昭人

卓球のプロコーチが食べていける時代を

倉嶋洋介総監督:それで言うと、卓球のプロコーチでもっとみんなが食べていける時代を作らないといけない、と思ってます。

先ほども言いましたが、いま、日本にトップ選手を教える指導者がすごく少ないように思います。でも、情熱を持って一生懸命子どもたちを教えている指導者はたくさんいて、そこに今の卓球界は支えられています。

もっと現場に近い指導者研修の機会を作ることで、“子どもたちも教えられる、トップ選手も教えられる”という指導者が増えてほしい。卓球指導者の道をもっと整備したいと考えています。

同時に、例えば指導者ライセンス制度を導入して、S級だったらTリーグ監督ができる、A級なら全国大会ベンチに入れるとか、指導者の研鑽できる場の提供や熱を高める仕組みも必要ですね。

――なるほど。
倉嶋洋介総監督:木下グループには幼稚園児から地域のジュニアコース、アカデミーからトップチームまであります。

まずは丸1日とかで良いので、僕らが選手たちに指導する様子、その練習方法やコミュニケーションなどを見てもらい、何でも我々指導者に質問してもらって、“共感”してもらったり、新しい発見をしてもらったり、指導者としての自信を持ってもらう機会だけであってもいいかなと思っています。

木下グループ卓球部の練習場
写真:木下グループ卓球部は充実のトレーニング設備も備えている/撮影:槌谷昭人

――確かに、民間でこれだけの環境はなかなかないですよね。
倉嶋洋介総監督:トレセン(味の素ナショナルトレーニングセンター)も含めて環境が整い、選手も強くなってきて、あとは指導者育成の仕組みを作る、その3本柱がしっかりしていれば、今後も日本はメダルを逃すような国にはならないと思います。

木下卓球アカデミーの生徒たちが練習する第2卓球場
写真:木下卓球アカデミーの生徒たちが練習する第2卓球場/撮影:槌谷昭人

倉嶋洋介、指導者への原点

――倉嶋さん自身も、そうした研修の機会はあったんですか。
倉嶋洋介総監督:僕は、ナショナルコーチアカデミーというJOCの指導者研修を受けました。もう10年前くらいですが、2ヶ月間ほど。

それがすごく良かった。今でもはっきり覚えてます。

サッカー協会のS級ライセンス、Jリーグの監督をやるための研修を見せてもらう機会だったんですが、フォーメーション練習の際に、一人の指導者が“ちょっとストップ、もっとこうだ、こうやって”と、生き生きと元気に選手を指導していたんです。
“良い指導するなあ”と思って僕は見ていたんですが、終了後のミーティングで、研修の講師の方がその指導者に言いました。

“オーバーワークです”と。

そこまで選手に対して自分から言ってはダメだ、もっと選手に考えさせなさいと。毎回練習をストップさせてたら効率も悪い。それはあなたの傲慢か怠慢でしかない、と、とても厳しい内容でした。

僕は競泳のコーチなどと一緒に見ていたんですが、グサッと刺さりました。

Jリーグ、すごいなと。しっかりと指導者を育成する現場を体験して、卓球でも必要だよなあと痛感しました。

指導者育成の仕組みを作るべきという考えの原点かもしれません。

倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)
写真:倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)/撮影:槌谷昭人

倉嶋洋介が声を荒らげない理由

――その研修は、倉嶋さんのどんな場面でも穏やかな指導スタイルにも関係するのでしょうか。
倉嶋洋介総監督:そうですね。そこは最初からずっと変わらず、怒ることもあんまりしないですし、大声出して怒鳴ったことなんて、たぶん1回もないと思うんですよね。
――なぜですか。
倉嶋洋介総監督:怒ったり手を出したりしたら、言葉が自分に無いんだなと思うので。

言葉で言い切れて、相手が納得すれば絶対にそれが良いことじゃないですか。その言葉がないから感情的になってしまうだけで。僕らは言葉でコミュニケーションを取ってるわけだから。

ただ、どのタイミングでどんな言葉をかけたら良いかというのは、選手に注意するときにも、いつも気にかけています。

倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)
写真:倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)/撮影:槌谷昭人

取材を終えて

確かに、むしろ今後のほうが、日本卓球界の課題解決と発展のため、倉嶋洋介氏の双肩にかかる期待は大きいのかもしれない。

「ナショナルチーム監督は素晴らしい人生経験、人生勉強でした。その経験を木下グループで全て出し切りたいんです。それが日本卓球界のためにもなるはずだから」

視野が広い。

「でも、あの重い重圧は、もういいかな」

そう言って笑う男に、新緑の川崎の心地よい風が吹きぬけていった。

(終わり)

取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)