「松平賢二、オーストリアリーグに挑戦します」

自身のYouTubeで明るく宣言する松平賢二(協和キリン)に感じた疑問は「なぜ、33歳のいま?」という疑問だった。

もちろん、卓球は年齢を重ねても可能な競技だ。
培った基礎が確かなものであれば、技術に関しては年を重ねるほどに向上し続けるかもしれない。
元世界選手権日本代表でもある松平賢二もその一人だろう。

松平賢二(協和キリン)
写真:世界卓球2013 パリ大会での松下賢二(写真右)/提供:ロイター/アフロ

いま、日本の卓球界の中で松平賢二が背負うものは小さくない。

実業団卓球部の名門・協和キリンの看板選手として発信を続ける一方、日本リーグ史上初めての選手会を作り、その代表も務める。
卓球一家で知られる松平家の弟・健太、妹・志穂に限らず、広く卓球選手にとっての“兄貴分”だ。

ただ、この数年、個人戦での松平賢二の戦績が冴えないことも事実だ。
長年互いに切磋琢磨してきた同級生の水谷隼は東京五輪混合ダブルスの金メダルを手にし、テレビの向こう側で卓球の知名度を上げている。

写真:水谷隼(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部
写真:引退セレモニーで乃水谷隼(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部

しかも、松平は5年前までフランスリーグ他、ヨーロッパリーグに参戦した経験もある。“一度行っておきたかった”わけでもないのだ。
松平賢二、何を思う。

インタビューは、千葉県柏市にある「スーパースポーツゼビオ セブンパークアリオ柏店」で行った。

JR柏駅の改札を出たところで、胸に大きく「Rallys」の文字が入ったTシャツを着て、松平賢二を待つ。人混みの中で43歳のインタビュアーが着て立つには、いささか抵抗を感じる。

「遠くから、すぐわかりましたよ」松平賢二は笑いながら、改札を抜けてきた。

人生には、年甲斐もない挑戦からしか始まらない季節がある。たぶん。

松平賢二(協和キリン)
写真:スーパースポーツゼビオ セブンパークアリオ柏店でインタビューを行った/撮影:ラリーズ編集部

「個人戦で勝つ感覚がわからなくなってきた」

――なぜいま、オーストリアに行くのでしょうか。
松平賢二:一番大きな理由は、個人戦で勝つ感覚がわからなくなってきたんです。

団体戦はあるんです。みんなでやってるからこその1本というのを感じられるし、応援していても“あ、このタイミングだな”が、わりと見えるんですけど。

――勝つ感覚、ですか。
松平賢二:高校や大学で日本一になっていた頃は、最後のひらめき、踏ん張りところがあったんです。欲しい点数や、迷うときにも、どうにかして点数を手繰り寄せる感覚のようなもの。それが個人戦で見えなくなってきた。

松平賢二(協和キリン)
写真:松平賢二(協和キリン)/撮影:ラリーズ編集部

身体の衰えは感じない

――それは年齢による変化ですか。
松平賢二:いや、違うんですよ。

技術の面で言えば、一番成績が良かった頃より、間違いなくやれることは増えているし、ちゃんと進化しているんです。

身体は感じられるんです、ここが足りてないとか、ここが痛くなりやすいとか。やりすぎラインを超えない限界点も、いま一番わかってきている。身体で衰えたっていうのは感じないですね。

――勝つ感覚への違和感は、いつ頃からですか。
松平賢二:コロナの影響にしたくありませんが、この2年半くらいは、ほぼ6人くらいの身内だけで練習してきて、それに僕の頭と身体が勝手に慣れてしまったんだと思います。

コロナ前までは、海外の試合にも出させてもらってましたし、大学や高校にも練習に行って刺激をもらっていました。

もちろん、このコロナ期間も、大会に向けてのモチベーションの上げかたは、チームのみんなで試行錯誤しながらやってきたんですが、個人戦では、超えないといけない壁の超え方がわからなくなって。

松平賢二(協和キリン)
写真:松平賢二(協和キリン)/撮影:ラリーズ編集部

――実業団に所属しながら、ヨーロッパリーグに参戦できることも意外でした。
松平賢二:本当にありがたいことです。

安定してお金ももらえて、練習場所もある、コロナ禍でも見放さず、面倒を見てくれる会社。僕に不自由は何一つないんです。

良い環境にいすぎて、自分はこれで良いんじゃないかと思ってしまっている部分があるかもしれない。

いまの自分にない理不尽な経験をもう一度したい、と勝手に僕が思ったということです。

松平賢二(協和キリン)
写真:松平賢二(協和キリン)/撮影:ラリーズ編集部

「日本リーグ出なくてもいいですか」

――なぜ、オーストリアリーグだったんですか。
松平賢二:本当は、最初に真二さん(佐藤真二元協和キリン監督/現GM)に海外行くことを相談したとき“もう日本リーグ出なくてもいいですか”と聞いたんです。
――二重登録ができない、ドイツのブンデスリーガ1部・2部や、フランスリーグへの参戦を考えて、ということですね。
松平賢二:ええ。


写真:2020年後期日本卓球リーグで1部優勝した協和キリンメンバー/撮影:ラリーズ編集部

――それは、日本リーグの名門・協和キリンにおいて、なかなかの相談ですね。
松平賢二:はい。ダメ元でお願いしました。

すると、「会社が賢二をバックアップしてくれてるんだ。必要としてくれて契約してくれてるんだから、日本リーグ2つ、全日本実業団、ファイナル4、総合団体の5つの団体戦は絶対出てくれ。最悪、個人戦は良いから」と言って頂きました。

確かに、その通りだなと思いました。

松平賢二(協和キリン)
写真:松平賢二(協和キリン)/撮影:ラリーズ編集部

「僕はチームにいなくていい」松平賢二が断言する理由

――チームのみなさんの反応は。
松平賢二:チームのみんなにも言ってきましたが、本当に僕はもう、自分はチームにいなくてもいいと思っています。

せっかく会社から“海外に行ってもいい”と言われてるんだから、もし行きたいなら自分から外に出たほうがいい、じゃないと、この期間誰も練習相手がいなくなる状況もあるよと。

結果的に、何人かは、海外のチームに行くことにしたりTリーグと契約したりして、良かったなと思ってます。

――賢二さんが引っ張る協和キリンのイメージが強いです。
松平賢二:僕は自分のことを老害だと思ってるんです。
――え。

松平賢二
写真:松平賢二(協和キリン)/撮影:ラリーズ編集部

松平賢二:もちろん、僕個人としては、会社に必要としてもらって、残ってくれって今言ってもらってるのは、本当に嬉しいこと。それが自分の土台になっていることは間違いありません。

でもチームを作る上では、僕個人は必要ないんじゃないか、と勝手に思っています。

僕がいる限り、若い人間はあんまり伸びていかないんじゃないか、僕がいなくなれば変わるんじゃないかって。

いまの一番の理想は、僕がオーストリアに行っている間に、他のメンバーが自分たちの目標を持ってやってくれて、帰ってきたときには「賢二さん、大丈夫ですよ、いなくても僕らもう勝てるんで」って言われること。

「僕は二番手タイプ」

松平賢二:そもそも、僕は二番手タイプですしね(笑)。
――それも意外ですね(笑)。“兄貴分”イメージが。
松平賢二:任せる、が難しくて。自分でいろいろ動き回りたいんですよね。

僕は言葉で言うのが苦手で、自分の中で溜めてしまって、ムスッと怒って雰囲気を出してみたり。

背中で見せようとしすぎて“いや、あの人ついていけないわ、やり方苦手だわ”って、なったこともあります。

僕自身がそうしてもらったように、いま自分が、下の子たちの記憶に残ることを何か言えているかというと、自信ないです。

自分もまた変わらないといけないんです。

松平賢二(協和キリン)
写真:松平賢二(写真左)とラリーズ編集長・槌谷昭人(写真右)/撮影:ラリーズ編集部

いま、語学を勉強する理由

――5年前までのブンデスリーガはじめヨーロッパリーグ参戦と、今回のオーストリアリーグ参戦は、何が違いますか。
松平賢二:まったく別世界に映ると思うんですよね。

当時は、周りやチームのことなんて全く見えてなかったし、ただ自分が日本でこれだけやってきたことが通用するかしないか、しないならどうすれば良いか、というだけの狭い視野でした。

――今回はどうなんでしょう。
松平賢二:オーストリアの文化も感じたいですし、人間的にも自分の視野を広げたいという気持ちもあります。

いろんな人と交流したくて、今まで行ったことのないオーストリアを選んだ部分もあります。

高校や大学で海外に行っていた頃、一つだけ悔しかったのは、地元の人と会話できなかったこと。地元にはファンの人がいてくれるのに、その人たちと話せなかった。いま、英語を勉強しているのもそのためです。

でも、練習は強さを求めたいので、ドイツに行って練習に参加させてもらいたいという、二刀流が理想。

向こうでもらった給料は、ドイツに練習に行って滞在する費用に使いたいと思っています。

――オーストリアリーグは週末が試合ですか。
松平賢二:はい、こないだスケジュールを送って頂いたのを見ると、金・日が多かったですね。去年はコロナの影響で、まとめて試合をやったみたいですが。

30歳以上で残れる選手の特徴は

――卓球の技術面で、これから身につけたいものってありますか。
松平賢二:日本人で今残っている30歳以上の選手はみんな、サービスか台上のどっちがうまいんですよ。

小西海偉(旧姓:吉田)さんはサービスと、間合いづくり。(高木和)卓さんはサービスと、レシーブはツッツキがうまくて、ブロックで点数が取れる。この二人は、精神力、勝負勘も桁違いに強い。

(松平)健太はサービス・レシーブの独特の感覚がやりづらく、上田(仁)は台上が群を抜くうまさで、若い世代っぽい技術もあるし、渋さもある。

吉田海偉(東京アート)
写真:熱いガッツポーズを見せる小西海偉/撮影:ラリーズ編集部

――なるほど。
松平賢二:僕は、そのあたりが圧倒的に足りていない。30を超えてから、ようやく“相手にミスさせて点を取ろう”という思いが芽生えてきて、その楽しさに気づいたくらいなので。

伸びるかどうかはわからないけど、台上、サービス・レシーブはこれから伸ばさないといけない。

あとは経験値が足りないので、海外では、試合勘と1本取るアイデアを身につけたいと感じています。

松平賢二(協和キリン)
写真:松平賢二(協和キリン)/撮影:ラリーズ編集部

僕が勝手に、と松平賢二は言う

ところで、“僕が勝手に”という言葉が口癖なのだろう。インタビューの間、何度も彼はその言葉を口にした。

僕が、勝手に。

それは、個人と組織、アスリートと社会人、挑戦と安定の間で、松平賢二という人間が身につけてきた、ある種の処世術を象徴している。

にも関わらず、その地位を獲得した自分を絶え間なく客観視してしまう愚直さが、松平賢二が世代を超えて人を惹きつける理由でもある。

松平賢二(協和キリン)
写真:松平賢二(協和キリン)/撮影:ラリーズ編集部

取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)