多様性のある社会を目指し世界中で男女平等の声があがる中、近年、スポーツ大国であるアメリカでは男子プロスポーツ界の第一線で活躍する女性の誕生が増えてきている。ガラスの天井を打ち破った彼女らに祝福の声があがる一方、日本と比べて能力主義のアメリカですら、その数はまだまだ圧倒的に少ない。スポーツ界における性差別や偏見はいまだ根強く残っている。

スポーツ観戦のあり方もニューノーマルとなった昨今、プロスポーツが多様なファンをつかむためにはどうすべきか見つめ直す時が来ている。その中で、女性の活躍を外すことはできない。ファンの心や生活に影響を与えられるのは、選手だけではない――。

(文=谷口輝世子、写真=Getty Images)

さまざまな人に応援してもらうには組織自体も多様であるべき

100年後、どのように社会が変化したとしても、サッカー、野球、バスケットボール、ラグビー、アメリカンフットボールなどのスポーツ競技において、何人もの女子選手が男子のトップ選手を圧倒するようなことは起こらないだろう。

これからの社会は男女雇用均等がさらに進み、ほとんどの職業で性別に関係なく就業機会、賃金・報酬、環境が平等に得られるようになると考えられる。

だがプロスポーツの世界では、女子テニスや女子ゴルフなどのように高い人気を誇る競技もあるため一概には言い切れないが、性別によるパフォーマンスの違いもあって、女性よりも男性の競技に注目が集まりやすい。身体的な性差は埋められるものではない。それゆえに、給与の差を埋めるのも容易ではないだろう。

しかしプロスポーツは“選手”だけで成り立っているわけではない。選手を支える人たちもそこで数多く働いており、選手と同じぐらい重要な役割を担っている。

近年、諸外国では男子プロスポーツの世界で働く女性が増えている。プロスポーツチームの経営や試合運営などのフロント、コーチ、アスレチックトレーナー、審判といったさまざまな職種で性別に関係なく優れた人を雇用する動きが進んでいる。

北米4大プロスポーツリーグにおける女性たちの“歴史的快挙” 

北米4大プロスポーツリーグに注目してみると、昨年11月、MLB史上初の女性ゼネラルマネジャー(GM)が誕生した。マイアミ・マーリンズがキム・アング氏をGM職に迎えたのだ。52歳の彼女は1990年にシカゴ・ホワイトソックスでインターンとして仕事をスタート。1998年にはニューヨーク・ヤンキースのアシスタントGMに就任。2002年から2011年まではロサンゼルス・ドジャースでアシスタントGMを務めた。

ところが、アングはGMのアシスタントになりたかったわけではない。何度も複数球団のGM職に挑戦していたが、契約成立に至らなかった。もしも、彼女が男性であったなら、もっと早くにGMになっていただろうという声もある。優れた人物と評価されていたアングでさえ、チーム編成を決定するトップのポジションであるGMに女性を置くことに、球界として何らかの抵抗があったのだろうと、筆者は思っている。 1990年にアングをインターンとして採用したダン・エバンス氏は「私は15年も前から、彼女は常にこの仕事(GM)のベストな候補者と感じていたが、何らかの理由で、人々はそのようなことをする準備ができていなかった」と述べており、そのことを示唆している。


一方、NBAではシーズンが始まったばかりの昨年12月30日(現地時間、以下同)にサンアントニオ・スパーズのベッキー・ハモン アシスタントコーチがNBA史上初めて公式戦で指揮を執った女性となった。第2クオーター残り4分でグレッグ・ポポビッチ ヘッドコーチが退場処分となったため、彼女がヘッドコーチの代行として指揮を執ったのだ。ハモンは女子プロリーグのWNBAや海外リーグでプレーした経験を持つ元選手であり、2014年にスパーズのアシスタントコーチになった。自らのけがのリハビリ中にスパーズの練習に参加するようになり、そこからたびたび意見を求められるようになったのがきっかけだったという。2015年のサマーリーグでヘッドコーチを務め、2016年のオールスターではコーチ陣に入った。

ハモンが代理でヘッドコーチを務めた試合の後、NBAのアダム・シルバー コミッショナーは「彼女は多くの人々、特に数えきれない若い女性や少女たちにインスピレーションを与え続けている」とコメントした。

プロスポーツが多様なファンをつかむには、組織内も才能を持ったさまざまな人々で構成されるほうがよい。シルバーコミッショナーのコメントは、ファンの心や生活に影響を与えられるのは選手だけではないということを示している。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会っていうのは時間がかかります」などと発言した。米国では、五輪中継は他のプロスポーツ中継よりも女性視聴者の占める割合が高いこともあり、性差別発言は五輪憲章違反であるだけでなく、多様な視聴者をつかむ上でもマイナスにつながる。

NFLでは、2月7日にフロリダ州タンパで行われるスーパーボウルの審判を発表。サラ・トーマスがスーパーボウル初の女性審判として選ばれた。彼女が務めることになる「ダウンジャッジ」は2017年まで「ヘッド・ラインズマン」と呼ばれていたが、性差に偏らない名称にするため変更されたのだ。

トーマスは1999年に高校アメリカンフットボールコーチの審判をし、2007年からは大学アメリカンフットボールの最上位FBSのカンファレンスUSAの審判となった。高い評価を得るようになり、より大きな試合を任されるように。2015年春にNFLで女性初の常任審判となり、2019年にはプレーオフの試合を担当した。また、今シーズンのプレーオフでは6人の女性コーチがピッチサイドに立った。

わずか数カ月の間に、こうしてガラスの天井を打ち破る快挙が続いた。

「最も適任である人物を採用する」という動きは徐々に始まっている。だが…

これらの快挙は、全米で広がった抗議運動「Black Lives Matter(BLM)」と無関係ではないだろうという見解もある。

BLMは、昨年5月にアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさんが白人警官に暴行をされて死亡した事件を受けて起こった抗議運動だ。

プロのアスリートは、多くの人に自らのパフォーマンスを見てもらい、魅了するのが仕事。すなわちアスリートが行動を起こせば注目が集まり、彼らの行動に賛同する人が増え、社会を変えていく力になり得る。そういった使命感や志を持って、多くのプロアスリートたちがBLM運動に参加した。

抗議運動が始まった頃にシーズン中だったNBAとMLBは、試合をボイコット。メッセージ入りのTシャツを着て、国歌が流れるとひざまずいた。グラウンドやコートの外でも、一般の人たちに交ざってデモ行進をしているアスリートも少なくない。

BLM運動は、人種差別だけでなく性差別など他の差別や偏見をも意識させた。そういった動きが背景となり、各競技団体のトップにGMやヘッドコーチ、審判といった重要な職務に、性別にかかわらず最も適任である人物を採用するという決断を後押ししたかもしれない。

しかし、いくつかの競技でわずかな人数の女性を抜てきしたからといって、BLM運動が功を奏し、スポーツ界や社会から、人種差別、性差別などがなくなっていくとは楽観視できない。

依然として、チームを指揮する監督やヘッドコーチ、チームの編成をするGMといった役職は、白人男性が圧倒的に多く、2021年1月時点では劇的な変化は起こっていない。

セントラルフロリダ大学の「スポーツにおける多様性と倫理研究所(The Institute for Diversity and Ethics in Sport)」では、2004年から2020年まで、MLB、NBA、NFL、大学スポーツなどの人種とジェンダーのレポートカード(通知表)を発表している。

2020年のレポートカードを見てみよう。

NBAは比較的高評価を得ていて、総合評価が「A−」、人種的雇用が「A+」、ジェンダー雇用が「B」である。それでも、選手では非白人が83.1%を占めているのに対し、非白人のヘッドコーチは30.0%、非白人のGMは28.0%しかいない。NBAのリーグオフィスでは女性職員が40.3%を占めているが、NBAチームの社長やCEO職の女性の割合は10.9%だ。

また、NFLの評価を見てみると総合評価が「B−」、人種的雇用は「B+」、ジェンダー雇用は「C」。NFLでも、非白人の選手は全体の69.4%を占めるが、非白人のヘッドコーチは12.5%、非白人のGMは6.5%だった。NFLリーグオフィスの女性の占める割合は38.2%だが、NFLチームの社長やCEOでは、女性は全体の6.1%しかいない。

MLBでは、総合評価が「B」、人種的雇用が「B+」、ジェンダー雇用は「C」。MLBでは非白人の選手が39.8%で、選手においても白人が過半数を占めている。そして非白人の監督は20.0%、非白人の編成本部長やGM職は13.3%という結果だった。MLBでもリーグオフィスでは女性の占める割合は40.1%だが、MLB球団の社長やCEOを務める女性はゼロである。

「まだまだ道のりは長く険しい」が、希望の光は見えてきた

どの競技においても、非白人の選手の割合に比べて非白人の監督やGMの割合は明らかに少ない。スポーツファンの視線を選手にだけ向けさせれば、「米国のプロスポーツでは、能力に恵まれ、努力すれば、肌の色や国籍に関係なくスターになるチャンスが与えられる」というアメリカンドリームやサクセスストーリーを提供することができる。

しかし、チームの指揮を執るヘッドコーチや監督、チーム編成の意思決定を担うGMには非白人は少ない。選手にこれだけ非白人が多いのであれば、その競技について深い知識と経験を持ち、監督やヘッドコーチ、GMに適任の人物も相当にいるはずである。それと同時に、競技経験がなくても、コーチング、編成、球団マネジメントの手腕に優れた人は多く、性別や人種に関わらず、採用できるはずともいえる。

スポーツ界に初の黒人監督やヘッドコーチ、GMが誕生してからもう何十年もたった。それでも比率がこれほど違うのは、「非白人は身体的に優れていても、指揮を執るリーダーや意思決定を担うことができない」という偏見がまだどこかで根強く残っているからではないか。

今から30年ほど前の1990年に出版され、1997年に日本語訳となった『アメリカスポーツと社会―批判的洞察―』(ジョージ・H・セージ著、深沢宏訳/不昧堂出版)では、「支配階級は仲間に加えたくない人々に対し、自分達を隔離する手段を持っている。黒人達を締め出すことを禁止する法律は、黒人が中に入ることを保証はしない」と述べている。

この数カ月、スポーツ界の女性たちがガラスの天井を打ち破ったことは、大変に素晴らしく、喜ばしいことだった。彼女らの快挙を祝福する声は多く、あからさまな嫌がらせや反対意見を米国に住む筆者自身、目にしていない。しかし、その一方で、表に出にくいところでの性差別や性的な嫌がらせはなくなっていない。彼女たちのような能力に恵まれていてもいなくても、同じ時代を生きている女性への差別は今もある。

まだまだ道のりは長く険しい――。

北米4大プロスポーツリーグにおける初の女性としてスポットライトを浴びたキム・アング、サラ・トーマス、ベッキー・ハモンたちは、そのことを誰よりも十分に分かってくれているであろう。

また日本においても、元バレーボール女子日本代表の三屋裕子さんが1998年に日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)で理事としてのキャリアを歩み始め、日本バレーボール協会理事を経て、2016年より日本バスケットボール協会で女性初の会長となった。Jリーグでは2021シーズンより史上初の女性審判として山下良美さんがリストアップされるなど、スポーツ界での女性活躍の場を開拓する動きが見られ始めている。

キャリアを積み上げていく中で、確固たる実力を見せ、これまでの歴史を塗り替えるべく切磋琢磨(せっさたくま)しながら、決して諦めずに希望を持って闘ってきた。彼女たちの想いと力が周りを認めさせ、そして多くの理解者のサポートによってようやくつかんだ光。今、スポーツ中継の画面の中に、彼女らの活躍する姿が映し出されている。それを見ている次の世代(性別に関係なく)が大人になる頃、また新たな道が開けていくのではないだろうか。






<了>