2018年7月、不動のボランチとして日本代表を長年支え続けてきた長谷部誠が代表からの引退を発表。後継者探しが難航すると思われた穴を今では完全に埋めているのが遠藤航の存在だ。オーバーエイジ枠でメンバー入りした東京五輪での活躍も期待されている。長谷部と同じくドイツ・ブンデスリーガで活躍する日本人選手としても知られる遠藤だが、実は欧州でのプレー経験はまだ4シーズンしかない。日本で9シーズン過ごしたのちに欧州にチャレンジした彼の現在の躍進は、日本人選手の海外移籍に対する考え方に新しい風を吹き込むのだろうか。

(文=中野吉之伴、写真=GettyImages)

遠藤航のヨーロッパ挑戦は遅かったのか?

7月1日付のドイツ・ビルト紙が「シュトゥットガルトの新キャプテンは誰だ?」という記事を掲載した。昨季までキャプテンを務めていたゴンザロ・カストロがクラブを去り、キャプテンの座は空席。その筆頭候補として挙げられていたのが日本代表MF遠藤航だ。

元浦和レッズ監督で西ドイツ代表として1990年のFIFAワールドカップ優勝の立役者の一人であるギド・ブッフバルトは次のように賛辞を送っている。「キャプテンの役割を遠藤は間違いなく満たすことができるはずだ。中盤におけるキープレーヤーでキャプテンに必要なすべてを持っている」

元ドイツ代表FWのカカウも同意する。「遠藤は昨シーズンすでにキャプテンを務めていることもあるし、素晴らしくその役割を担っていた。プレー面でのクオリティに関してはもはや何もいう必要はないだろう」

1対1の競り合いにおける勝率リーグ1位という称号だけではなく、中盤からのゲームメイク能力も高く、ゴール前にもタイミングよく出没し、ゴールやアシストも記録している。加えてピッチ内外でのプロフェッショナルな姿勢がドイツで非常に高い評価を受けている。ドイツ語で「終わりよければすべてよし」を意味する《Ende gut,alles gut》という表現があるが、その一文字をもじって《Endo gut, alles gut》「遠藤がよければすべてよし」と評されるほどだ。

一方で「今28歳ということだけが惜しい」「海外挑戦がもう少し早ければここからステップアップして、さらにすごい選手になれる可能性もあった」といった渡欧の年齢に言及するドイツ人識者の声も少なくない。 

イングランドのプレミアリーグ、スペインのラ・リーガ、イタリアのセリエA、ドイツのブンデスリーガの欧州4大リーグでブレイクすることを、世界中のサッカー選手が夢見ている。だからといって最初からこれらのトップリーグで活躍することは至難の業。そこで多くの若手選手は周辺のステップアップリーグを経由して実績を積み、チャンスを待つことになる。例えばオーストリア2部リーグは欧州で現在最も選手の平均年齢が低いリーグであり、各国世代別代表選手がしのぎを削っている。アフリカや東欧の将来有望なU-19代表選手は、1000万円以下の年俸でオーストリアでプレーすることを選び、そこからのサクセスストーリーを目指して奮闘する。最近はアメリカ、カナダの若手選手の台頭も著しい。

では、こうした欧州サッカーにおけるサイクルの中に日本人が飛び込むのは、早ければ早いほうがいいのだろうか? レベルが高いところであればあるほどいいのだろうか?

ザルツブルクが南野拓実にもたらしたもの   

10代で欧州クラブデビューを飾り、20〜22歳までには所属クラブで主軸として活躍。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)やUEFAヨーロッパリーグでプレーできるクラブへ移籍し、そこで結果を残した選手がメガクラブへのブレイクスルーを果たす。メガクラブ移籍後も経験を積み重ね、サッカー選手として身体的・精神的・思考的に最も充実する28〜30歳でワールドクラスの選手へ進化していく。あくまでも一例だが、サッカー選手にとって一つの理想的なルートとして考えられている。

とはいえ、だ。みんながみんなそんな型通りのキャリアを送れるわけではないし、何が好影響を及ぼすかは人それぞれ。選手の数だけ成長物語があるし、30歳を過ぎてもさらに成長を遂げていく選手だっている。欧州サッカーの潮流に乗るためにと、無理をしてでも10代で欧州クラブに移籍することが、必ずしも成功例に結びつくとも限らないのだ。 

人間は居心地のいい《コンフォートゾーン》に居続けると成長できない。自分の意志でそこから抜け出し、チャレンジをすることは成長のために必要不可欠。だから早い時期に海外に渡り、そこでの生活、サッカーに慣れたほうがいいというのも一つの正解だ。ただ、そのチャレンジの難易度、負荷が大きすぎると、今度はキャパシティオーバーになり、心身のバランスを崩してしまう。

国外ではさまざまなストレスに直面する。言葉、習慣、文化、人間関係……。すべてが違う。順応性の高さ、その中で自分を発揮する強靭さ、変化に動じない鈍感さだってある程度は必要だ。環境の変化に対応しながら、さらにピッチ内でのストレスとも向き合うというのは相当に大変なことだ。

《急いでハードルを上げすぎない》という点には気をつけないといけない。ザルツブルクからリバプールへの移籍を果たした南野拓実にしても、ザルツブルクというチームを選んだのが成長に大きな影響をもたらした。長期間じっくりと成長するための時間を与えてくれ、普段の練習からハイレベルでハイインテンシティのプレーを要求される環境がそこにはあった。日本人にとっては欧州の地にじっくりと馴染んでいく時間はどうしたって必要なのだ。

国外リーグへの順応スピードを高めるためには、日本でできる経験はある程度日本で積み、選手として以上に人間として成熟してから国外に渡ったほうがポジティブに働くことも多いかもしれない。その点で遠藤の選手キャリアは参考になることが多い。

湘南ベルマーレユースで研鑽(けんさん)を積み、17歳でJリーグデビュー。19歳でキャプテンを任されるなど4年間で公式戦96試合に出場。この4年間が遠藤の現在の基礎をつくったことは間違いない。選手にとって20歳までの時期の出場機会と出場環境はものすごく重要だ。その後は浦和レッズ、ベルギーリーグのシント=トロイデン、そしてブンデスリーガ2部のシュトゥットガルトへと移籍。シュトゥットガルトで1部昇格を果たし、名実ともに中心選手へと成長を遂げている。

「日本のJリーグを過小評価する必要はない」

2019年の夏にシュトゥットガルトへ移籍後、当初は出場機会が全くない時期もあったが、一度もらったチャンスを見事に生かすと、そこからはチームになくてはならない存在になっていった。ボランチだけではなく、3バックのセンターや左センターバックなど、どのポジションで起用されてもその役割を全うしてみせた。2年前、2部リーグ時代の試合後に遠藤自身がこんなふうに語っていたことがあった。

「僕はありがたいことにいろんな監督からいろんなポジションで使ってもらっている経験がある。ある意味、その経験のおかげでプレーの幅も広がっている」 

遠藤はJリーグ時代から複数の守備的なポジションを経験している。経験を積み重ねていくという点でJリーグは悪いアドレスでは決してない。ヘルタ代表取締役で元ドイツ代表のフレディ・ボビッチはシュツットガルトGM時代に岡崎慎司、酒井高徳、フランクフルトで長谷部誠、鎌田大地を獲得しているが、そんなボビッチがJリーグについて次のように評価していた。

「日本のJリーグをそんなに過小評価する必要はない。私自身何度も日本へ行き、Jリーグの試合を観戦してきたが、レベルは非常に高い。選手も、チームも素晴らしいと思う。世界トッププレーヤーがプレーするのはヨーロッパだということは事実だ。だからといって、Jリーグがそこから遠く離れているというわけではない。Jリーグのトップチームはブンデスリーガでも十分に対抗できるだけの力はあると思っている。元プロ選手としての私の視点だ」

ブンデスリーガで9シーズンにわたってプレーした内田篤人は「鹿島アントラーズで(セリエAでプレーした経験を持つ)小笠原満男と一緒にプレーしていたことが大きかった」と振り返っていた。日本でも海外でプレーする選手が増えてきていることで、それを日本へ持ち帰り、世界スタンダートをJリーグで体現してくれる選手が増えてきている。日本サッカー界にとって間違いなく大きなプラスとなっていることだろう。

世界で活躍する日本人選手を一人でも多く輩出するために

リバプールのユルゲン・クロップ監督はかつて「1試合の総走行距離がすべてを物語るわけではない。いつ、どこで、どのように走り、どこでスピードを上げるのか。必要であれば連続でスプリントすることだって要求される。試合において重要なのは正しい走り、正しいプレーをどれだけできているか、だ」と強調していた。 

こうした世界スタンダードの共通認識は、日本でプレーをしていても要求され、自然と身につけられる環境が求められる。ボールを追い掛け回しているだけでは守備に貢献しているとはいえない。例えば守備において問題となるのは《プレー選択肢がいくつもつくれるという状況を与えてしまう》こと。相手にプレッシャーをかけるとは、《相手の目の前に立つ》ということではなく、《相手からプレー選択肢を奪う状況をつくり出せるかどうか》だ。

海外で長年活躍している日本人選手は、そうした世界基準のサッカーの原則に対して正しく勤勉に取り組み、その上で、さまざまな自らの強みを存分に発揮している。チームプレーをするのを当たり前のこととして、その中でどのように自分の特長を出せるか。遠藤が評価されているのだって、競り合いに強いから、だけではない。

選手自身が自主的に物事を考え、現在地を把握してやるべきことと向き合い、自分の長所と短所を理解し、ミスを恐れず勇敢に立ち向かい、自分で責任感を持って取り組むことができるようになっているかどうか。

日本の育成年代から世界スタンダードの原則を意識して取り組める環境がさらに充実し、選手として、人間として成熟していけるようになればなるほど、その後、海外で成功する選手の数はますます増えるはず。遠藤航の存在は、海外移籍の一つの新スタンダードとして注目したい。

<了>