「996(朝9時から夜9時までの勤務を週6日間続ける)」は中国のIT企業などの長時間労働を語る上で馴染みの深い言葉となった。ネットユーザーの中には、「996」はまだいい方だ、うちは「7117」だなどと自分の方がより過酷な環境にあると自虐的に語る人もいる。

■会社の労働時間表がネット上で公表された目的

少し前の話で恐縮だが、10月中旬に、中国のインターネット上で発表された「会社の労働時間表」が話題となった。「労働時間表」を発表したプラットフォームには「Worker Lives Matter(働く人の命は大切だ)、働く者にも生活がある」という中国語と英語のスローガンが掲げられていた。

ネット上で公表された労働時間表には、1300社以上のインターネット企業、金融、コンサルタンティング、不動産、石油などの企業が含まれている。そこには、労働時間、出退勤時間、昼食・夕食時間、1週間の勤務日数など細かく記されている。この労働時間表がネット上で公表されてからわずか3日で10万アクセスを突破したと中国メディアは伝えている。

中国メディアの報道によると、中国国内の主要インターネット企業に比べ、外資系企業はより「ワークライフバランス」が取れており、マイクロソフト、ショッピー(Shopee)、エリクソンなどの外資系企業は出勤時間が9〜10時、退勤時間も6〜7時に集中しており、週報/日報などの「日常事項」も外資系企業の要求は少ないという。

労働時間表をネット上で公表されたのは、中国のインターネット業界で働く人が「996」という働き方に疑問を呈する目的があったと思われる。「996」はアリババの馬雲氏や京東グループの劉強東氏ら多くの中国の有名企業家が高く評価している。馬氏は社内で「若いうちはどんどん働け」という趣旨の話をして、「996」問題に火をつけた。

「自分の夢のために奮闘すれば、時間など忘れる」という馬氏の考え方は一理あるが、それは馬氏と同じような能力・精神力を持った人については当てはまるが、そうでない人にとっては高いハードルだ。そのため、この働き方は現場の社員の怒りを買っている。

この労働時間表は当初、会社での仕事・休息に関する情報の共有を目的としていたが、会社への不満やより多くの労働者の要請を表明するものとなり、インターネット時代における中国の「働く者」の集団行動の最新事例となった。

メディア報道によると、この表は当初、新卒者4人が10月中旬に作成した。彼らの年齢は最年少で20歳、最年長で25歳、学歴は学部か修士で、いずれもインターネット大手の技術職のインターンをしていた。現在、中国は秋の新卒者募集の時期で、これらの新卒者は同時にいくつかのインターネット大手企業から声をかけられており、どこに就職するかを考える。

■「嫌なら別のところへ行け」残業が恒常化するインターネット産業

この労働時間表は2週間の間に、テンセントQQ、微信、「知乎」などのプラットフォームで広く拡散され、大きな反響を呼んだ。中国のネットユーザーも、労働時間表についてコメントを投稿した。

ネットユーザーの書き込みの多くは「996」の働き方への不満だ。あるユーザーは「私たちのような労働者は資本家の道具だ。若い時はこの道具を『手』と呼ぶ。突進して戦うことができ、996や徹夜もできるので、『努力者の協定』に署名することができる。そして、彼らは称賛してくれる。だが、996や徹夜ができなくなり、突進もできなくなった時、破れた草履のように捨てられる」とつぶやく。

また、微信にこの労働時間表を転載し、実習生の搾取、女性労働者が受ける不公平な扱い、アウトソーシングによる不定時労働制など、「労働者の権利・利益問題に注目する」よう訴えたユーザーもいた。

こうした声は、中国の働く人々のニーズをある程度反映している。だが、現実は彼らの訴える問題解決の方向にはいかない。例えば、現在のインターネット業界の「996」問題は短期間で解決するのは難しいだろう。

インターネットは速報性が重視されるため、新しい情報を常にアップしなければならない。そのため、働く者一人一人の負担が大きくなる。インターネットもそうだが、翻訳などもいいものを追求すれば、長時間労働になりがちで、仕事と残業の線引きがなかなかできない。そのため、どこまでが必要な残業か分けることのできない業種では「996」問題の解決は困難だ。

中国はイノベーションによる経済発展を目指しており、インターネット業界は中国の経済成長を促進する重要な原動力とされている。この業界は初めに激しい競争が起こる。例えば、フードデリバリーサービスは美団、餓了麼、大衆点評、百度外売など数十ものプラットフォームが競争している。これらの企業は生き残りをかけて、より多くのシェアを獲得しようとする。そうなると、必然的に労働者に長時間労働を強いることになる。

また、よく指摘されることだが、中国では「人の値段が安い」とも言われる。つまり、「お前がやらなくても、やりたい人はいくらでもいる」という考え方で、多少悪い待遇でも文句も言わず働くという人も少なくない。

「中国は人も多いが、優れた人材も多い」とよく言われる。働いている職場の待遇に不満でも、他の人にポストを取られたら生活できないため、我慢して働く。

筆者は勤務先の大学の清掃員に「仕事大変でしょう」と聞くと、「休みはあまりないけど、生きるためだ、やるしかない。それはあんたも同じだろう」と答えた。

中国の「残業文化」がクローズアップされてもなくならないのは、「大勢につかざるを得ない」という気持ちだ。日本でもそうだが、「お付き合い残業」もある。同僚がみんな忙しく残業している中ではなかなか「仕事終わったから帰ります」とは言いづらい。

インターネット企業は現在、成功すれば高収入も夢ではないため、人材間の競争もかなり熾烈だ。毎年多くの新卒者がインターネット大手への就職を目指しているため、これまで働いている社員は当然危機感を抱く。競争に勝ち抜くためには、時間をかけて自分の競争力を高めなければならない。

これらの要因により、労使関係がさらにアンバランスになっている。どの業界でもそうだが、社員一人で会社と交渉をするのはほぼ不可能に近い。このことから、労働時間表がネット上に公表された時、大きな反響を起こしたのである。

■法律で規定されてもなくならない「残業文化」

中国の法律は長時間労働を規制しているのだろうか。

「労働法」によると、法定の労働時間は1日8時間で、週に最大44時間までとなっている。それを超える仕事には、残業代を支払う必要がある。今年8月末、中国の最高人民法院と人力資源社会保障部は、残業の典型的事例を共同で発表し、その中で「996」の働き方が法律に違反すると明確に述べた。

だが、法律にはそう定められているが、その方向で動くのは難しい。社員には告発する権利があるが、個法的な立証を個人で行うのは難しい。例えば、サービス残業のような自発的残業に残業代を請求するのは難しく、周りに「なんてことしてるんだ」と一喝されそうだ。

これまで中国は経済成長を優先させ、企業の残業など「働く者」の権利の保護については規定にはあるが、うまく実行されていなかった。これまでの政府は、ネット上で匿名の民衆が訴えても、「誰かわからないやつの言うことは信じない」として、解決に乗り出しことはなかった。今の中国共産党は「人民の利益を第一に考える」理念を体現した政策措置を打ち出そうとしており、変わってきている。

中国共産党の理念から見れば、「996」の働き方は否定的に受け止めるだろう。ネット上の集団的な声がどんどん大きくなれば、監督管理を強化して、「996」を規制する方向へ向かうだろう。