軍事力はハードパワー、経済力はソフトパワーとして使われている場面を見るたびに、いやそうではない、ソフトパワーの意味を勘違いしていると思ってしまう。そこでソフトパワーの名前の生みの親である米国の国際政治学者、ハーバード大学特別功労教授ジョセフ・ナイ(Joseph S.Nye, Jr.)の「力(パワー)」の解釈を披露しよう。

国際政治では、パワーと言えば「国力」のことである。代表的な「国力」の資源と言えば軍事力・経済力があげられるが、その力を使って相手が望まないことに対して、その意思を変えさせ自分の望む結果に導く、いわゆる強制力を用いることがハードパワーの行使となる。

相手の意思を変えさせる力の行使には、物理的破壊、威嚇、報酬等がある。こちらが要望していることを受け入れなければ軍事侵攻して街を破壊する。まさしく現状のロシアのウクライナへの侵攻である。自分の意見に従わないならば軍事力を使って占領するぞと威嚇する行為や、経済支援を取りやめると威嚇する行為もある。こちらの要求に従えば経済支援をするという報酬をちらつかせることも経済力を使った強制的な行為となる。それらの行為によって自分の望む結果を得られるのならば、その力の行使は成功したことになる。

◆軍事力を使った人命救助、人民の保護、災害支援

しかし、強制的な力の行使(破壊・威嚇・報酬等)ではない方法で、自分の望む結果に導く方法はないのだろうか。自分の望む結果を得られるよう相手を仕向けさせる力というのも存在するのではないかとして、ソフトパワーという概念が生まれたのである。ソフトパワーという言葉が生まれたことによって、それまで使っていたパワーをハードパワーと称するようになった経緯がある。他国に強制的な力を行使するのとは逆方向、要するに自国への吸引力がソフトパワーなのである。

例えば、東日本大震災後、海外から日本に多大な支援や協力があった。これは日本の持つソフトパワーの成果であろう。日本人に親切にしてもらった、日本人は礼儀正しい、日本は治安が良い、日本製品は優れている、日本のアニメによって日本文化に興味を持った等々、親日家を増やすためのソフトパワーの資源は、日本には数多く存在している。

では、軍事力がどのようにして吸引力となりうるのか。軍事力を使った人命救助、人民の保護、災害支援等である。大災害にあった場所に即座に駆けつける。頼りになるなあと思ってくれれば、何かの折には恩返しをしたいと思うかもしれない。それが、軍事力を使ったソフトパワーとなる。強大な軍事力を持つアメリカと同盟を組んでいる国にとっては、アメリカの軍事力は頼りになる存在であり、アメリカの持つソフトパワーなのである。

◆他国の人々が憧れるソフトパワーを生み出せ

「力」の資源は行使方法によってハードにもソフトにもなるということである。ただし、軍事力や経済力は数値化して他国と比較することができ、その強制力の行使の成果も数値に表すことができるが、ソフトパワーの成果は数値化することができないという難点がある。

日本の持つ資源をどのように行使すればどの位のソフトパワーが得られるかは明確ではない。しかし効果があることは確かである。日本では、避難民となったウクライナ人を受け入れている周辺国に自衛隊機で救援物資を届けることになった。自衛隊員・自衛隊機・救援物資という資源を使ったこの行為は、いずれ日本のソフトパワーを効果的に生み出すことになるであろう。

やがて中国が経済力のみならず軍事力までも米国を追い越すことになると言われている。しかし、米国は自由で開かれた民主主義国家という魅力を有し、他国の多くの人々が憧れる多大なソフトパワーの資源を有している。自国の持つ資源を有効に使うこと、要するにハードパワーとソフトパワーをうまく組み合わせることで最大限の力を引き出す(それをスマートパワーとジョセフ・ナイは名付けている)、それによって米国の国力は優位を維持することができるとジョセフ・ナイは語っている。

■著者プロフィール:池上萬奈「アジアの窓」編集委員

慶應義塾大学大学院後期博士課程修了、博士(法学)、前・慶應義塾大学法学部非常勤講師 現・立正大学法学部非常勤講師。著書に『エネルギー資源と日本外交—化石燃料政策の変容を通して 1945-2021』(芙蓉書房)等。