明代に生きた王陽明(1472−1529年)が起こした儒教の一学派である陽明学は、行動の必要性を説く思想などによって、明治維新の原動力の一つになったとされる。吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、河井継之助、佐久間象山といった、幕末から明治維新にかけての“主役級”人物に、信奉者が極めて多かったからだ。陽明学とはどのような教えだったのか。そして中国外にどのように伝わったのか。中華儒学会の副会長などを務める張新民氏は王陽明研究を約30年間も続けている専門家だ。張氏はこのほど中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、陽明学について詳細に語った。以下は張氏言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

■「人には良知がある」、「良知にもとづく実践が必要」と主張

王陽明の思想は、比較的初期の「心即理」(心と条理の合体)、「知行合一」(良知と行動の同時進行)から晩年の「至良知」(私欲に曇らない心は本来の状態である良知に至る)まで、陽明の思想は人生の各段階おける苦難や命に磨きをかけた境涯から出たものだ。陽明の学問は活気に満ちた命の実践であり、中国文化特有の本体実践学の内容と精神を最も具体的に表している。

現代人にとって陽明学とは、自らを本質的に学ぶことを意味する。騒々しい世界から自分自身を取り戻し、自らを完成させることと自らが依拠するところのものを探求する。人としての本質に戻り、是非を判断できる良識を活性化し、人類社会をよりよくするための道徳的実践に勇猛果敢に身を投じる。人類運命共同体の存続と自らの生活の意義を絶えず充実させ、豊かにしにし、実現させねばならない。そのことにより、人類社会全体の改造と完備化という究極の目的を達成せねばならない。

■日本には大きな影響を及ぼしたが、韓国ではそれほどでもなかった

朱子学や陽明学、その他の儒学の各派は日本や韓国に伝わり、より広い地域と人々による東アジア儒学思想資源が形成された。その意味で日韓はいずれも儒教文化圏なったことでも、中国文化の恩恵を長期にわたって受けたと言える。

陽明学は17世紀初頭までに日本に伝わった。影響力は次第に拡大した。陽明学による思潮のピークは江戸時代末期だった。明治維新に至るまで、倒幕や維新の志士が陽明学に心酔し、世論そのものが陽明学の宣伝役を果たした観すらあった。明治維新を果たした日本は、中国人にとっての第1の留学先になった。多くの中国人留学生が日本で「陽明学熱」に接したことは、中国における陽明学の評価向上に影響した。

韓国には陽明学が日本より早く伝わったが、日本ほどの影響は及ぼさなかった。韓国の陽明学者は「真の心」や「実行の重要性」を強調し、あらゆる「虚学」や「虚行」に反対した。このことは、韓国に伝わった陽明学が“現地化”したことを示す。


写真は中国陽明文化園



■陽明学を海外に伝えた宣教師や中国系学者

陽明学を最も早く西洋に伝えたのは、中国に来たキリスト教宣教師らだったかもしれない。近現代になると、米国籍の中国系学者の貢献が軽視できない。例えば、米国で長きにわたり教職に就いた陳栄捷先生は、中国哲学を西洋の学界に紹介する重要な懸け橋になった。陳先生は王陽明の著作である「伝習録」を翻訳した。陳先生のこの仕事は、宣教師だったフレドリック・G・ヘンケ氏による王陽明の著作の翻訳より遅かったが、より精密で正確だ。

杜維明氏が米国で執筆した博士論文の「青年王陽明」は、主に陽明の早期の思想を紹介し、海外に一定の学術的影響を及ぼした。成中英先生が1972年にハワイ大学で主宰した大規模な王陽明学術思想シンポジウムは、北米における陽明学の検討と研究を強力に推進した。

海外における陽明学の紹介や研究は、西洋人による中国文化の理解や研究の一部にすぎないが、中国と西洋の思想の対話と融合という、時代の発展の流れを示している。

■西洋思想を受容し比較対照することで「新心学」の樹立を

王陽明や王陽明と立場が近い陸象山の思想は「心学」と呼ばれる。現代社会における王陽明研究では、世界的な視野を備え時代の要請に合致する「新心学」を確立せねばならない。「新心学」に求められる特徴とは、中国固有の精神伝統と精神哲学を継承・発揚する一方で、西洋の思想資源と精神哲学を包容・統合せねばならない。外国人による優秀な成果を排他的に拒絶してはならない。

まず、世界の各大宗教や思索と積極的かつ効果的な交流と対話を展開する必要がある。陽明が説いた「心」も「良知」は単純化・平面化された世俗倫理に留まるものではなく、形而上学の側面が強い。そこで西洋の形而上学を考えてみよう。カントは理性的な分析により「物自体」という考え方を得た。物を理解しようとしても、理解する者に意識が作用するので「物をあるがままには認識することはできない」と結論づけたわけだ。陽明は直感的な知恵を用いての物を認識するアプローチが可能とした。カントで陽明を解釈しても、陽明でカントを解釈しても、存在論のレベルで新たな発見を得ることができるはずだ。

また、世界の各文化の思想資源を持ち寄ることも重要だ。王陽明が唱えた「良知良能は愚夫愚婦も聖人と同じ」の主張と、「人には誰もが従わねばならない究極のルールがある」とするカントの道徳法則、陽明学の美学思想とカントの美学思想、王陽明が説く「天人合一」(天と人は本来、融合したものである)とハイデガーが説いた「天・地・神・人」の関係など東西のあらゆる思考を比較することが「新心学」の形成を後押しする。

また、王陽明は「体・心・意・知・物」は一つにつながっていると強調した。したがって「新心学」も人の心理や意識活動、社会行為に注目しないわけにいかない。西洋の心理学などは極めて発達している。その成果を取り入れて、「新心学」として人の複雑な心理構造や意識を分析すれば、人の心の病の解決につながり、心の鍛錬と良知(愛)の実践を中核とする治療学を追求することも可能になるだろう。(構成 / 如月隼人)