2022年11月14日、今季56本塁打を放ち日本選手のシーズン最多記録を更新、史上最年少の22歳で3冠王に輝いたヤクルト・村上宗隆選手が、日本記者クラブで記者会見した。

王貞治選手(巨人)、イチロー選手(シアトル・マリナーズ)、佐々木主浩投手(シアトル・マリナーズ)、松井秀喜選手(NY・ヤンキース)、星野仙一監督(東北楽天)、大谷翔平選手(LA・エンゼルス)ら球界のレジェンドが会見した晴れ舞台。通常、首相・大統領や経済・文化界トップら各界の有力者が登壇する会見場には、約140人(オンラインで約50人)の報道陣が詰めかけた。1時間弱にわたり、メジャーリーグへの憧れ、故郷への思いなど多岐にわたる質問に答えた。

村上選手は多くの矢継ぎ早の質問に対して、時折笑みを交えあくまでも謙虚。特に目立ったのは先輩選手への「深い尊敬」と故郷熊本へ「熱い思い」だった。

まず巨人、ヤンキースなどで活躍し日米通算507本塁打を積み上げた松井秀喜氏へ敬意を表した。村上選手と松井氏の共通点は、背番号55の左のスラッガー。1992年ドラフト1位で石川・星稜高から巨人に入団した松井氏が「55」を背負うことになったのは、当時巨人の先輩である王貞治氏が保持していたシーズン最多記録の55本塁打を破るような選手になってほしい、との期待があったからだ。

記者会見では「記録更新で今後、長距離打者の背番号に56が用意される時代になるとすれば、歓迎しますか?」との質問が飛び出した。答えは「なぜ55がそういう数字になったかと言えば、松井秀喜さんがあれだけ世界で活躍されたから。僕が56号を打ったから56を背負うというのは違うかなと思います。僕は松井さんのイメージで55を付けさせていただいた」ときっぱり。海外で活躍した強打者の先輩には及ばないと控え目だった。

松井氏が巨人の若手時代、寮の自室の畳の上で素振りを繰り返し、今でもジャイアンツ寮に、ボロボロにすり切れた畳が保存されていることを問われた。村上選手も今年2月の沖縄・浦添キャンプ中、室内練習場に畳を持ち込み、その上でスパイクを脱ぎティー打撃に取り組んだと言い、「(足の指で)地面をつかむ感覚を意識しました。いい練習だと思います」と明かした。

さらにメジャー経験者の青木宣親選手がヤクルトチームに在籍していることにも触れ、「青木さんと自主トレさせていただいた。野球に対してストイックな方ですし、自分の体を一番理解してる方なので、尊敬するところばかりです」と敬服した。

また今年でプロ21年目を迎えたヤクルト石川雅規投手が42歳となった今でも「小さなエース」として活躍していることについて、「練習をいつもしている方で、尊敬の念しかありません」と語った。

◆故郷・熊本で「試合したい」

記者会見では故郷への思いも際立った。村上選手は2016年の熊本地震で被災した熊本城の復興支援として、昨20年シーズンから本塁打を打つごとに一定額を寄付してきた。今後の貢献について聞かれると「まだ一度もプロに入って熊本で試合をしてないので、試合をしたいという思いはすごくあります。熊本県のスポーツの復興にどんな形でもいいので携われればいいと思います」と明かした。地元ファンに感謝の念を述べながら「もっと活躍して、もっと明るいニュースを届けられるようにしたい」と決意を示した。(八牧浩行)