一体何があったのか。中国人夫が中国のテレビ番組を観ながらウルウル感動していた。何かと思って見てみると、子どもが親の足を洗っていた。(日本人の私からすると)ただそれだけであった。今回は日本人と中国人の感動のツボについて書いていきたい。

日本人の私にとっては、子どもが親の足を洗うシーンがなぜそんなに感動的なのか全く分からない。感動しているのは夫だけではない。BGMには真面目な感動的な音楽が流れ、画面の中の中国人たちもウルウルと涙を浮かべている。何より足を洗ってもらっているお父さんが感極まっている。ちなみに子どもは5歳くらい、お父さんは30代ぐらいであった。

しらけている私に夫は言った。「日本人にはこの感動が分からないんだ!この子どもの孝行の気持ちを見ろ!感動するだろー!」。「ええ、分かりませんよ」と即答したが中国人の感動のツボはとにかくこの「親子のきずな、特に子どもが親に孝行すること」だと私はにらんでいる。親子間のきずなというテーマは日本でも感動のツボではあるが、どちらかと言うと日本では「自分を犠牲にして子どもを守る親」などが取り上げられやすいと思う。いずれにしろ、子どもが親の足を洗うという行為に涙を流す日本人を私は知らない。

逆に中国人夫の理解できない日本人の感動は、「泣きたい気持ちをグッとこらえている人を見て感動する」だ。例えば、日本では大切な家族を失った人などがテレビでグッと涙を堪えながら一生懸命笑おうとしたり、気丈に振る舞う姿が多く放送される。日本人はこれを見て感動するが、夫に言わせるとこれはチンプンカンプンなのだ。

大切な家族が死んだのに日本人はどうして泣かないのか。人のいないところで泣いていると言われても「ああ人がいるから泣くのやめよう」と泣くのを我慢できるくらい、家族を失った悲しみはその程度なのか。むしろ笑おうとするなんて、どうして家族が死んで笑おうとするのか、なぜそれに感動するのか…夫の疑問は止まらないのである。

中国人の感情のコントロールは良くも悪くも単純なので、楽しければ笑い、悲しければ泣くのである。少し悲しければ少し泣き、とても辛ければたくさん泣くのである。逆に日本人の美徳や感動は「自己犠牲」や「感情の抑制」にあるので、考え方は日本人と中国人とでは真逆の価値観があると言えるかもしれない。

■筆者プロフィール:むらさわりこ
1989年日本生まれ。22歳の時に2歳年上の福建省出身の中国人男性と結婚。英語を独学で習得後、英会話講師として働く傍ら中国のテレビなどを通し中国語も独学で習得。趣味は語学と読書。図書館があまりに好きで毎週通っている。結婚前はベトナム、ニュージーランド、モンゴル、カナダ、ラオス、フランスなど様々な国を一人で渡り歩く。自分のやりたい事や面白い事に国境や言葉の壁は関係ないと考えている。