2017年7月18日、韓国・ソウル新聞によると、7年ぶりの長編小説「騎士団長殺し」の韓国語版を発売した村上春樹氏が、韓国メディアとのインタビューで歴史問題についての自身の考えを明らかにした。韓国でも息の長い人気を誇っている村上氏が韓国メディアとのインタビューに応じるのは今回が初めて。

村上氏は今回の小説で南京大虐殺に触れ、日本の右翼団体から批判を受けた。また、韓国は最近、歴史教科書をめぐって左右対立が激化し、両国において歴史観の対立は常に現在進行形で続いている。

村上氏はインタビューで「歴史において純粋な白黒を決める判断はあり得ないが、現在のネット社会では『純粋な黒か白か』という原理で判断されがちだ。そうなると言葉は固まって死んでしまう。人々は言葉をまるで石のように扱い、相手に投げつける。これはとても悲しいことであり、危険なことだ」と指摘した。その上で「小説は断片的な思考に対抗するために存在する。そのような意味で、今こそ小説が一種の(良い意味の)戦闘力を備えなければならない時。もう一度、言葉を蘇生させなければならない。言葉を温かいもの、生きているものとして扱わなければならない。そのためには必然的に良識と常識が要求される」と主張した。

村上氏は小説の持つ物語の力を強調しつつも、ある目的を持って理念の道具として使われることについては警戒を示した。今回の作品で村上氏が東日本大震災を扱ったように、韓国では2014年のセウォル号惨事以降、文学の役割をめぐる論争が続いている。村上氏は「大きく深い集団的な心の傷を有効に表現し、癒すことが文学の役割ではあるが、明確な目的を持って書かれた小説は大部分が文学的に成功できないという事実を肝に銘じなければならない」と指摘した。その上で「(傷を癒すことは)作家1人1人に与えられた重大な課題だ。目的を抱きながらも、その目的を超える、もしくは消してしまうような全ての人が共有できる何かを構築しなければならない」と述べた。

この報道に、韓国のネットユーザーからは「信念を持った知識人の話は表現も素晴らしいね」「韓国の作家たちに聞かせたい言葉」「後世に残る本物の芸術は今の時代では好まれないかもしれない。結局、全ての人に好まれる芸術は消耗品ということ」など村上氏の発言に共感するコメントが寄せられている。また、「村上氏の発言には日韓間の歴史紛争への介入を拒否するという深い意味が込められている」と指摘する声もあった。

そのほか、「最近の本はネット上の理念を集めて相手を攻撃してばかり」「韓国では理念や“政治病”にかかった人たちの“注入式”作品が名作と称えられるのに」「さまざまな文学的スペクトルが存在する自由な日本の文壇に比べ、韓国の文壇はとても偏狭だ」「韓国は芸術文学界が左派に掌握されている。だから彼らの考えに合う政治的なもの以外は生き残れない」「韓国の文学は政治の話ばかりでつまらない」など韓国文学の現状を嘆くコメントも多く寄せられた。(翻訳・編集/堂本)