2017年7月23日、日本で続く猫ブームについて、澎湃新聞は「空前の猫ブームを迎えた日本だが、一部で懸念が広がっている」とする記事を掲載した。

記事はまず、日本で猫を飼う人が増えたことや「ネコノミクス」なる言葉が存在することなどを紹介し、和歌山電鐵貴志川線・貴志駅で駅長を務めた三毛猫のたまを取り上げる。「たま駅長の登場で国内外から数多くの観光客が現地を訪れ、かつて廃線の危機に直面した同路線は起死回生を遂げた」などとつづり、その後日本各地に「猫の島」や「猫の街」、猫カフェが出現したことを指摘。「およそ20年前は犬人気が高かったが、高齢の飼育者にとって犬の散歩は負担」「都市部では犬の鳴き声がトラブルに発展することもある」との事情を解説し、また経済面についてもペット保険を手掛ける日本企業のデータを引用して「16年、ペット犬のために使われたお金は平均34万円、猫は16万円だった。これは収入がそれほど多くない若者がペットを選ぶ際に考えるところだ」と説明する。

さらに、「日本は江戸末期から20世紀初頭にかけても猫人気が高かった」とし、夏目漱石の小説「吾輩は猫である」に言及。その上で「東西の文明や思想が衝突し、社会の気風や学術が比較的自由だったこの時期を『日本近代の猫型社会』と呼ぶ学者もいるが、その後は次第に思想が束縛され始め、日本は『犬型社会』に入った」「戦後日本には勤務先に忠誠を誓う『会社の犬』という言葉が出現したが、さらにひどい『社畜』という言葉まで登場した。抑圧された社会の雰囲気の中、多くの人が猫に自分の憧れを託しているのだ」とした。

記事はペット業界関係者の話として「高齢化や結婚しない人の増加で日本の猫ブームは今後10年以上続く見通し」と説明し、その上で「しかし政界関係者や社会学者らは猫ブームを目にしたいとは思っていない」という。その理由として「若者が猫のような自由気ままさを追求することは間違っておらず、これは多くの現代人が求めるライフスタイル。しかし、社会全体が猫型社会に戻ってしまったら人々は気楽さに溺れてしまう」と指摘している。(翻訳・編集/野谷)