7月6日から9日まで、初めてフィリピンを旅した。マニラで開催された海外華人イベントに参加するためである。日本では、在日中国人が80万人ぐらいであり、一方、人口1億人のフィリピンには、200万人以上の華人が暮らしている。華人の中、福建省出身の人が8割を占めているという(※海外に住む中国人は華僑あるいは華人と呼ばれ、「華僑」は中国国籍を残したままの中国系住民を指し、「華人」は帰化した中国系住民を指す。この文章では、海外に住む中国人を「華人」と統一して呼ぶ)。

このイベントはフィリピンで暮らしている中国の福建省出身の華人たちの団体が2年に1回選挙を行い、新しいリーダーたちを選ぶというものだ。私が見たのはまるで「大統領就任式」のようなたいへん華麗なるものであった。中国とフィリピン両国の国歌が会場に響き渡っていた。日本や東南アジア諸国からもお祝いをするために多くの人が駆け付けた。普段、華人団体の人々がビジネス情報を交換したり、助け合ったりしている。

イベントでは、華人リーダーの口から「ドゥテルテノミクス」という言葉が出てきた。それは会場を盛り上がらせるキーワードになっていた。日本には、アベノミクスがあり、今でも賛否両論が聞かれている。一方、フィリピンは今年から「ドゥテルテノミクス」が始動。フィリピンのドゥテルテ大統領は今後3年間で3兆6000億ペソ(約7兆9000億円)を投じ、マニラ首都圏や地方都市に鉄道網などを整備するなど、インフラ開発を軸とした経済政策を始動させる。

インフラ整備資金は積極的な首脳外交で日本と中国から取り付けた経済支援を活用。脆弱な公共インフラを改善し、7〜8%の経済成長を目指す。そして、2022年に、貧困率を2016年の21.6%から14%まで下げる目標を揚げた。

フィリピンの華人は「ドゥテルテノミクス」が絶大なビジネスキャンスだとみている。今回の華人イベントで30代の経営者である雷さんという方と知り合った。彼はマニラの北部にあるブラカン州のギギント市に建築資材の倉庫と店を所有、私はその倉庫を見学し、1000平方メートル以上の広さに仰天した。トイレからキッチンまで、家を建てるほとんどの資材を揃えている。それらの資材は中国から船便で送られ、次々にフィリピンの建設現場に運んでいく。建築業だけではなく、雷さんは家族と一緒に日用品雑貨の販売をも積極的に手がけている。

フィリピンでは、雷さんのような多くの20代30代の華人たちがフィリピン経済の波に乗って積極的に自らの事業を展開している。ちなみに、華人の子どもたちは生まれてから、4つの言語を覚えるという。英語、中国語、フィリピン語と中国故郷の地方言語、例えば福建語などである。

フィリピン滞在中、チャイナタウンにあるホテルに泊まり、私はホテルの店の販売員である福建省出身のおばあさんに「マニラの中心部はどちらですか」と聞いた。おばあちゃんは「私たちのチャイナタウンはマニラの中心ですよ」と自信満々に答えてくれた。朝、チャイナタウンを散歩。宝飾店と果物屋さんが多いが、本屋さんの姿が見つからない。「華人企業家よ、道と家を建設する同時に、異国の地で、多文化共生の舞台も構築してほしい」と言いたい。

もちろん、フィリピンで頑張る日本人もいる。マニラ首都圏に属する都市マカティ市では、日本人向けのフィリピン永住権取得や不動産など業務を行うライフサポート企業がいくつもある。フィリピンは、日本の定年退職者に人気の移住先。物価が日本よりはるかに安く、生活費が半分で済むと考えられる。これからフィリピンで悠悠自適な老後生活を送る日本人が増えてくるだろう。

2つ以上の国に行き来し、2つ以上の言語を操り、2つ以上の文化に慣れ親しむことは新しい現代人のライフスタイルである。中国の若者がフィリピンで事業を拓き、日本の高度経済成長に貢献した団塊世代の日本人がフィリピンで第二の人生を探す。これも一種の歴史の輪廻だと言えるだろうか。

■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。