2019年6月22日、光明日報は「近代中国は日本で生まれた漢字語なしには成り立たなかった」という説について考察する記事を掲載した。

記事は「近代中国で用いられた新たな名詞の大半は日本からやって来たもので、日本の名詞がなかったら現代の中国人は中国語で読み書きができなかった」という説が非常に流行しているとしたうえで、「これは一見正しそうで実は正しくない見方である」との見解を示した。

そして、「中国語(漢語)は古来より開かれた言語システムであり、古くは南アジアの仏教用語を多数取り入れ、近代以前にもポルトガルなどの外来語を漢字化した言葉がたくさん作られてきた」と説明。「近代に入って、日本が明治維新を成し遂げて西洋化を進めたことで、同じ漢字文化圏の一員である日本と中国の相互作用によって大量の欧米の語彙(ごい)を漢字語に翻訳する動きが起こった」とし、その過程はあくまで「中―西―日」という三者の意志疎通によるものだったと論じている。

記事は「われわれは、幕末から明治にかけて日本が漢字文化の発展に対して果たした大きな貢献を軽視してはならない。日清戦争の敗北は中国人に強者から学ぶことを決意させるきっかけを与え、1896年以降青年学者が日本にやって来て、日本人が消化した西洋の学問や文化を吸収するようになった」と日本の功績を評価した。

一方で、「漢字文化に現代的な知識系統をもたらすという歴史的に大きな意味を持つ作業は、中国単独、日本単独ではなし得なかった。16世紀末からの300年余りの間、中国人と日本人が互いに教師と教え子の関係を入れ替えながら作り上げられたものであり、欧米の伝道者の支援もとても重要だった」としている。(翻訳・編集/川尻)