新年早々、新型<!-- -->コロナウイルス感染拡大により、東京をはじめかなりの都府県が緊急事態宣言発令状態に入った。外食はもちろんのこと、例年と比べて回数が激減したわずかな新年会もキャンセルとなった。三密状態を避け、コロナ感染者数を減らす作戦のためと人々は自らに言い聞かせて納得するしかない。

在日<!-- -->中国人社会はまるで減らされた新年のだんらんや新年会の楽しみを取り戻すかのように例年よりもっと新年の食事に力を入れたような気がした。食への熱意とこだわりを見て、遠い昔に聞いたある日本人の感想を思い出した。

1990年代後半、母校・上海外国語大学に外国人教員として来られた日本人教師は、当時の中国人の日常の食生活と新年の食事へのこだわりを見て、「中国人は貧乏ですけれども、その食生活は決して貧しいものではありません」と感想を述べた。それを聞いた上海外大の同僚はすごく納得してこの感想を私に伝えた。私もなるほどとうなずいた。こうしてこの感想は中国人の食生活に対する私の基本認識の一つにもなった。

■在日<!-- -->中国人の食卓事情と中華レストランの試み
1990年代初期、私は改革・開放路線実施後、海外へ移住した中国人を「新華僑」とネーミングした。同時に、『新華僑』『商欲』『昇竜資本』『蛇頭』など一連の書物を出版し、新華僑の存在を世に広げた。数十年たったいま、経済状況はもちろん、文化、習俗などの面においても日本社会に溶け込んだ在日<!-- -->中国人(便宜上、日本に帰化した中国人も含める)の新年のスタイルを見ると、相当日本的になっている。

新年の食事のことを言うと、やはりおせち料理は避けて通れない。今回はおせち料理を通して在日<!-- -->中国人の食卓事情と中華レストランの試みをチェックしてみたい。

まずは、杉山怡萍(イーピン)さんの家のおせち料理を取り上げたい。

イーピンさんは、バスケットボールの元プロ選手で、医学生でもあった。来日してから日本人男性と結婚。2010年に「第1回国民的美魔女コンテスト」(光文社主催)に参加したイーピンさんは、2300人以上の応募者の中から、20人の美魔女ファイナリストに選ばれた。50歳を過ぎた今、朗読などに取り組んでいる。

杉山家が選んだ新年の料理はなだ万のおせち料理だった。

「義理の弟の仕事の関係で、おせち料理はずっとなだ万さんのを選んでいます。途中2回ほど京都の老舗料亭のものを頼んだことがありましたが、やはりなだ万が好きだと思って、元の選択に戻りました。味というものにはやはり人それぞれの好みとこだわりがありますね。ただ、今は子供が大きくなって、家では夫婦2人で暮らしているので、選択したおせち料理のサイズは自然に小さくなりました」
日本の伝統路線を歩むなだ万のおせち料理の赤い風呂敷きはお祝い事に最適で、新年を迎える喜びをいっそう高めるような気がした。
長年、横浜中華街の名店・聘珍樓に勤めていた上海出身の北沢義之さんの家では、今年は双子の娘さんがおせち料理のスタイルを主導した。小さい頃から美食にこだわる家庭で育った姉妹2人は、伝統的な味よりも、おいしい自己流おせち料理を作りたいと両親に強くアピールして、その支持を勝ち得た。

北沢家のおせち料理は、食材はスーパーから購入したもので、コストは約2万円。姉妹2人は6時間も費やしてやっとその自己流おせち料理を完成させた。「料理そのものはそんなに複雑ではなかったが、盛り付けには相当苦心した」というのはお父さんの評価だ。

しかし、その自己流おせち料理を写した写真は両親によって中国版SNS微信に投稿されると、すぐに注目を集め、好評を博した。
日中両国の文化の薫陶を受けた若い世代のグルメに対する美意識が透けて見えるから、その自己流おせち料理はなかなか面白い。
1990年代初期、ニューヨーク・チャイナタウンに暮らす新華僑を取材していたとき、チャイナタウンで中華レストランのメニューの豊富さと市場の中国料理向けの食材の多様さに感激した。当時、現地のメディアから日本との比較についての感想を求められた。私は「日本の中国人社会が100万人規模ぐらいになったら、おそらく同様の現象が見られるだろう」とコメントしたことがある。

現在、在日<!-- -->中国人社会が70万人規模となり、帰化した人数を入れると、100万人近い規模はあるだろう。ここ10年、日本の中華レストランのメニューや中華料理によく使われる食材が見る見るうちに豊富になってきた。おせち料理を作る中華レストランもだいぶ増えてきた。新華僑系中華レストランは中華料理の世界では明らかに一種の新興勢力として台頭している。

雨後のたけのこのように登場してくる新華僑系中華レストランのなかで、私が特に注目しているのは、石川県金沢市の中華料理の名店・菜香楼だ。

広東料理を看板とする菜香楼は1996年に創業し、わずか4年後の2000年には敷居の高い百貨店のデパ地下に進出し、地元で高い評価を得た。2006年には和風中華料理を特徴とするレストラン「招龍亭」を買収し、北陸最大規模の中華料理グループとして躍進した。

今年の菜香楼のおせち料理は、「ミニ版中華風おせち料理」と呼ばれる中華オードブルを含めて1000食以上も売れた。その意味では、菜香楼はすでに地元で人々に認知された中華料理のブランドになっている。
菜香楼の発展ぶりを見た東京の新華僑経営者はうらやましそうに以下のような感想を口にした。

「菜香楼の努力も大いに評価すべきだが、東京ほど激しい競争がない地方だから、やり遂げられた成功でもある。やはり、同社の経営者が横浜での創業を断って、地方を選んだその決断は先見の明がある」


■春<!-- -->節はビジネスチャンス
日中ビジネスに携わる人間にとっては、新年のことを聞くと、いつも頭が痛いのは、毎年二つの新年があることだ。ご存じのように、日本は暦の通り、元旦を新年とする。一方、中国は旧正月(春<!-- -->節)を新年と見なす。その二つの新年を迎えるには、1カ月半ぐらいが費やされてしまう。だから、日中ビジネスに携わる人間はいつも10カ月ちょっとの時間で1年間の仕事をこなしていかなければならない。

しかし、日本の観光業や飲食業、特に中華レストランにとっては、春<!-- -->節はまるでおまけでつけてくれたビジネスチャンスのようなものだ。近年、日本のデパートなどを見ると、春<!-- -->節を迎えるために注いだ情熱はすごいものがある。コロナ禍に翻弄された今年でも、日本の正月と中国の旧正月を上手にビジネスチャンスにする中華レストランがある。

前出の菜香楼のおせち料理が伝統的な高級路線を歩んでいるとすれば、東京新橋にある上海料理レストラン・上海風情は庶民寄りの大衆路線を選んでいる。しかも、上海風情は日本の正月向けのおせち料理と春<!-- -->節の大みそかの夕食(年夜飯)を意識的に混合させる作戦をとった。昨年の12月下旬から売り出されたときは、中華のおせち料理としてアピールする。1月下旬に入ると、今度は簡略版おせち料理とも言える春<!-- -->節の年夜飯として売り込む。火鍋シリーズもあれば、家族のだんらんを意識したメニュー構成にも心を砕く。
こうした市場ニーズに応えるため、テレビなどでも活躍している在日<!-- -->中国人料理研究家の小薇(シャウウェイ)さんも積極的におせち料理や年夜飯のメニューを提案したりしている。
そう言えば、わが家の新年の食事もおせち料理や年夜飯の両方を用意する。娘が米国に留学した経験をもっているし、家内がイタリア料理を勉強したことがあるから、その内容はだんだん多国籍化している。お酒があまり飲めない私でも、近年、白ワイン、特にニュージーランドの白ワインにハマっている。自然に西洋料理もわが家の食卓を飾るようになっている。新年のメニューにもこうした影響が見られる。豊かな社会は多文化を上手に受け入れられる存在だ。在日<!-- -->中国人の新年の食卓はその多文化社会の多彩さを映し出している鏡のようなものだ。(莫邦富)