2021年3月23日、澎湃新聞は、「日本が心に思い続けている米国の核の傘は、すでに変質している」とする評論記事を掲載した。以下はその概要。
先日、日米の外相・防衛相による「2+2」会談で、米国が必要時に核兵器を用いて日本を守るとの約束を改めて示した。これにより、バイデン政権が引き続き日本に核の傘を提供することが確認された。
米国はアジア太平洋地域において、日本以外にも韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどに対して核の傘を提供している。米国による核の傘は同盟国の安全をある程度守ってきたが、近年ではすでにその機能が「核兵器を使って盟友を守る」という範囲を超越している。
まず、「核の脅威に対して核で守る」という核の傘における脅威の対象が、核兵器以外にも拡大した。早くは2001年の同時多発テロ後に当時のブッシュ政権が「核兵器によって、米国および同盟国を大量殺りく兵器から守る」とし、トランプ政権期は対北朝鮮政策の中で「北朝鮮は核能力とともに、大規模な通常軍備およびサイバー、科学、生物兵器の能力を有している」とし、日本や韓国を核兵器によってこれらの脅威から守る方針が示された。「核には核で」という範囲を大きく超えて、核兵器によって盟友の絶対的な安全を守るようになったのだ。
また、米国は今や核の傘政策を地域や大国間の戦略的バランスを破壊する道具に変えてしまった。核の傘という名を借りて、アジア太平洋地域の同盟国による他国への戦略的攻撃能力を強化しているのである。
近年、日本や韓国では米国の核の傘に対する信頼が揺らぎ、自前の核兵器を持つべきだという声も出始めた。しかし米国は絶対にこれを許さない。核兵器は米国が持つ絶対的なリーダーシップの象徴であり、核の傘は同盟関係、自らの盟主としての地位を保つ上での重要なツールだからである。
事実上、日本が自らの安全保障に対して抱く憂慮の本質は、米国が情勢をかき乱したことによるネガティブな結果であり、米国の西太平洋地域における軍事的存在、他国領土への侵犯や地域問題への介入が、地域の安全を脅かしている根本的な原因なのだ。日本などの国は、いかにして米国に利用されないようにするか、大国間の競争の最前線に駆り出されないようにするか、米国が覇権的な利益を守るための駒にされないようにするかを真剣に考えなければならない。(翻訳・編集/川尻)