香港メディアの亜洲週刊はこのほど、独自の取材内容を含めて林芳正外相を紹介する、毛峰東京支局長の署名入り記事を掲載した。

記事は、林外相が日本の政界の右派勢力から「対中軟弱外交」と非難されることがあると紹介。ただし、林外相は自分について「媚中」ではなく、「親中」と説明し、「2カ国会談の際にも、相手を十分に理解していた方がよいのでは?」と論じたと紹介した。

また、林外相の動きとしては、就任3日目に米国のブリンケン国務長官と電話会談を行い、日米同盟による抑止力や対応能力を強化することや「自由で開かれたインド太平洋」の実現に力を入れることで一致し、尖閣諸島が日米安保条約第5条の適用対象であることや、台湾海峡の平和と安定の重要性についての認識も確認したと紹介した。

記事は一方で、林外相の一族は、古くから中国とのつながりが強かったと紹介。父親で厚生相や大蔵相を歴任した林義郎氏は超党派の日中友好議員連盟会長を務め、林外相も議員に就任してからは同連盟に所属し、若手議員団を率いて訪中したこともあると説明。さらに2017年からは同連盟の会長に就任したことにも触れ、日中友好を推し進め、両国国民の交流を促進してきたと評した。なお、外相就任に伴い同連盟会長を辞したことについては、職責を遂行する上で不必要な誤解が生じることを避けるためと説明した。

林外相については、高祖父であり貴族議員などを務めた林平四郎氏と「中国革命の父」などと称される孫文には深いつながりがあったことも紹介。林平四郎氏は山口県の実業家でもあり、日本で革命運動を行っていた孫文に、積極的に資金援助をしたという。孫文は感謝の意を込めて、「博愛」の字を揮毫して、林平四郎氏に贈った。

林外相は現在の中国について、過去20年間に渡り、存在感は確実に強くなったと述べたという。林外相は、中国は経済面で将来、米国を追い抜き、軍事面でも徐々に「大国化」していくとの見方を示し、米中両大国の関係はかつての米ソ関係よりはるかに複雑と論じた。かつては米ソ間に「鉄のカーテン」と呼ばれる壁が構築されたが、現在は中国に対する壁を築くことは不可能と主張したという。

記事は、林外相について、自民党総裁や首相を争うことを隠しだてしないごく一握りの政治家の一人と紹介。林外相は1995年の参院選で当選して以来、参議院議員を務めてきたが、2021年8月に辞任して10月の衆院選に臨み当選した。

記事は、林外相が出馬を目指した山口3区では連続10期で当選した川村建夫氏という存在があったが、林外相は公認枠を争うことを辞さなかったと紹介。結果として川村建夫氏は政界を引退し、息子の川村建一氏が別の地域において比例ブロック枠で衆院選に出馬という状況になったことについて、「ちょっとした波乱を起こした」と論評した。

記事は、林外相の衆議院への鞍替えについて、参議院議員は首相になれない規則があるためと説明し、林外相が衆議院議員になったことは「首相への道を進むための布石」と論評した。(翻訳・編集/如月隼人)