2021年11月20日、米華字メディア・多維新聞は「どうして台湾は統一を拒むのか」とする評論記事を掲載した。以下はその概要。

1949年の「両岸分治」以降、「統一」は回避が難しい政治的なキーワードであり続け得た。蒋介石、蒋経国の統治時代、台湾は西側世界の「民主の後光」を浴び、米国から軍事的に守られる中、優越感の道を狂奔し続け、やがて大陸への反抗を忘れ、「一国二制度」などの提案も冷淡に受け流した。それが中国本土で改革開放が進むと中台間の政治的、経済的実力は逆転し、台湾は経済での発言権を失うとともに、雪崩式の「断交ブーム」を経験することになった。「中国本土は落ちぶれているから統一はあり得ない」というかつての言葉が、今や時空を超えた皮肉として響いている。

そして現在、地位が完全に逆転した中国本土に対する台湾社会の感情は救いようがないほどにヒステリー化し、毎日のように台湾の独立が言いはやされている。その主力層はインターネット世代の若者だ。彼らにとって「統一」は厳粛な政治的テーマではなく、自分の立ち位置を定めるために常に反対を唱え続ける必要がある「哲学的命題」なのである。

このような心理状況の下に、台湾のインターネット世代の若者は互いに強く結びつき、全力で民進党勢力を支持している。結果的に自らを侮辱し、中台の平和をくじくような血なまぐさい行動の中に、彼らは「青春の旋律」を感じるのだ。

先日の米中首脳会談後の反応はまさにその典型だ。バイデン大統領が台湾独立を奨励しないとの考えを明確に示したことで、それまで米国におもねる様子を見せていた台湾世論は再び自暴自棄的な激高を始め「バイデンが台湾に住むわけではないのだから、彼の話など意味はない」「バイデンは2300万人の(台湾人の)未来を決められない」など、幼稚な言論を噴出させた。米国が現実的な一面を見せたことで、台湾人は再び自らの「繭」にこもり、間の抜けた哀れみをもって自らを見つめ出したのだ。しかしそれでも、「統一」という選択肢を直視しようとしないのである。

台湾のインターネット世代によるあまりに無邪気な行動は、年齢の低さに関係している。台湾の青年たちは日常の消費活動や娯楽生活の経験こそ豊かだが、過酷な生存環境や社会による洗礼の経験が不足しており、汗水たらして奉仕するより、キャンパスの中で空論に浸る傾向にある。そして、世界は自分の考える価値観で回っていると誤解し、国際政治の現実を顧みることなく、複雑な言葉で台湾の未来を考えるところに到達できないのだ。

また、インターネットの習慣に慣れることで、台湾の青年たちは物事を深く考える前に敵か味方かのみで認識する思考が身についてしまった。現在の台湾は停滞状態に陥っているにもかかわらず、彼らは幻の虚栄心を抱き、自分たちの未来を自ら潰してまで「統一拒否」の旗印を掲げ続けており、それはまるで飛んで火に入る夏の虫のようである。(翻訳・編集/川尻)