香港メディアの亜洲週刊はこのほど、米国から日本に復帰して50周年を迎えた沖縄の状況を紹介する、毛峰東京支局長の署名入りの特集記事を発表した。記事は、沖縄が日本領内で第二次世界大戦での地上戦が行われた唯一の地であることや、現在に至るも基地問題など軍事面で大きな負担を強いられていることを紹介し、さらに中国との特殊な歴史についても言及した。記事は、防衛問題に詳しい石破茂衆議院議員も、沖縄の現状について「そのまま是認」しているのではないと紹介した。

■沖縄復帰50周年記念式典での天皇陛下のお言葉は前例のないものだった

記事は沖縄と東京をオンラインで結んで15日に開催された沖縄復帰50周年記念式典におけるさまざまな発言を、字数を特に多く使って紹介した。東京の御所でオンライン方式で出席された天皇のお言葉については、沖縄について「大戦で多くの尊い命が失われた」、「その後も苦難の道を歩んできた沖縄の人々の歴史に思いを致しつつ、この式典に臨むことに深い感慨を覚えます」などと紹介。天皇が沖縄復帰に関する式典に出席したのは、「1972年の昭和天皇の沖縄復帰式典出席と、1992年の明仁上皇の復帰20周年式典出席に次いで3回目」と紹介した上で、天皇が沖縄にさまざまな問題があることに言及し、沖縄の現実を直視する発言をしたのは初めてと指摘した。

記事は岸田首相の発言については、沖縄が終戦後も長期にわたる米軍の管理下に置かれたことに言及した上で、戦争で失った領土を外交交渉で復活させたのは、歴史上も異例のことと述べたと紹介した。岸田首相の発言については、日本政府は復帰後の50年を通じてさまざまな開発計画や特別措置により沖縄を支援し、沖縄は安定した発展を遂げてきたと論じたことにも触れた。

■沖縄県関係者だけでなく石破茂議員も沖縄の現状に問題あると認める

玉城デニー沖縄県知事の発言については、「沖縄での地上戦では二十数万の尊い命と貴重な文化財の大部分が失われた」と、沖縄は戦争のために人命だけでなく文化も奪われたことに言及した点にも注目。さらに米国管理下の沖縄では工業の発展が遅れ、現在に至るも経済は自立しておらず、子どもの貧困など多くの問題を抱えていることや、現在も過大な基地負担を抱えていることも述べたと紹介した。記事はさらに、玉城知事が「50年が経過しても沖縄を平和の島にするという目標は達成されていないと強調した」と伝えた。

記事は沖縄の基地問題の現状について、日本の他の地域における在日米軍の軍事施設は縮小が続いているため、沖縄の土地面積は日本全国の0.6%にすぎないが、日本に存在する米軍施設のうち、沖縄にある施設の割合は減少することなく増加し、かつての58.7%から70.3%にまで増加したと紹介。さらに、在沖縄米軍には多くの特権が認められており、米兵による少女暴行事件や殺人事件も発生しており、沖縄の人の強い反発を招いていると論じた。

香港メディアの亜洲週刊の取材に対して、自民党幹事長や防衛庁長官の経験がある石破茂衆議院議員は、「沖縄の米軍基地は必要だが、日本本土が耐えうる負担は日本本土が負担せねばならない」と語ったという。

基地は、沖縄における防衛力について、中国軍に対抗し軍事行動を抑止するために、沖縄本島だけでなく奄美大島や与那国島、石垣島なども含め、最先端の装備が追加されつつあると紹介した。

■沖縄の歴史に言及、台湾が米国に「尖閣諸島を含む沖縄返還」を抗議したことも紹介

記事は、沖縄の歴史についても紹介した。まず、琉球王国は中国と極めて密接なつながりがあったと指摘。明代(1368−1644年)からは中国の年号が使われていたと紹介し、徳川幕府の命により1609年に薩摩藩が琉球王朝を軍事侵略したことにより、沖縄が薩摩藩に服属することになったと論じ、明治維新後の1879年には、日本が沖縄を強制的に日本に編入して琉球王国は滅亡したと論じた。

また、第二次世界大戦で日本が敗北した際に、中華民国を率いていた蒋介石は沖縄を米中で共同管理する意向を示したこともあり、1972年の沖縄返還の際には、中華民国政府(台湾政府)は、「琉球諸島の地位は未定」と米国に抗議したという。

当時の台湾政府は沖縄返還に関連して、米国に対して、日本は尖閣諸島の主権は有せず、沖縄返還と尖閣諸島の処理は分離すべきと抗議した。しかし米国からは台湾側の主張に好意的な回答は得られなかったという。(翻訳・編集/如月隼人)