米国の新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)がバイデン大統領訪日を機に立ち上がったが、経済連携としての実効性などをめぐり今後、さまざまな論議を呼びそうだ。

◆「TPPに代わる次善の策」か

IPEFは、「中国は最も深刻な競争相手」とするバイデン大統領の「インド太平洋戦略」で経済安全保障の中心に位置付けられている。バイデン政権が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に復帰しない方針を明らかにする一方、中国は昨年9月にTPP協定への加盟を申請、さらに中国の影響力が強いといわれる地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が今年1月に発効した。

バイデン政権としては、インド太平洋地域で米国抜きの経済連携への中国の積極的な動きが顕著になる中で、同地域へのコミットメント強化を図る必要性に迫られたことがIPEF構想の背景にあるとみられる。米国のキャンベル・インド太平洋調整官が中国のTPP加盟申請に際し「非常に深刻な動き」と懸念を表明したことからも、そのことがうかがえる。

すでに報じられているように、IPEFは米国が日本、韓国、豪州、東南アジア諸国などとの間で主に半導体の供給網(サプライチェーン)の構築や貿易分野での連携を目指す枠組みで、関税引き下げといった市場開放策は想定されていないのが大きな特徴。「本来はTPPに復帰すべきだが、当面それができない状況下でバイデン政権は“次善の策”として力を入れる方針」(駐ワシントン外交筋)のようだ。

◆半導体の主要供給元の台湾を除外

日本の大手マスコミはほぼ一様にIPEFは対中国包囲網という点を強調しがちだが、そうした見方を疑問視する意見もある。ワシントンの有力メディアの報道によれば、米国の中国問題専門家らの間では台湾のIPEF加盟が認められなかったことから、「強力な対中包囲網が構築されるとは言えない」という意見が浮上している。半導体の供給では台湾が世界的に大きなシェアを占めることを考えれば、バイデン政権としては当然、IPEFに台湾を入れることの重要性を十分認識していたはず。それでも台湾を除外したことは、あえて中国との対立を避けたと見ていいだろう。

また、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の多くが中国との経済的結び付きが強く、中国を重要な貿易パートナーとしている現状から、「バイデン政権は、ASEAN諸国に対し米国と中国のどちらを選ぶかと迫るようなやり方を採用しなかった」(米民主党系有力シンクタンクの専門家)といった見方もある。米通商代表部(USTR)のタイ代表やレモンド商務長官がIPEFについて、対決よりも各国との協調を力説している点に注目し、「中国への対抗やけん制よりも、米国と参加国の協力によって独自の供給網を構築することに重点が置かれていると見るべき」(米CNNテレビのコメンテーター)との意見も聞かれる。

◆失効したままの大統領貿易促進権限法

もう一つ、見逃せない重要な点はIPEFは経済連携の「枠組み」であり、貿易「協定」ではないという点だ。筆者が取材した複数の経済専門家によれば、一般に「協定」なら、法的拘束力を持つが、単なる「枠組み」ではそうした拘束力はないという。TPPもRCEPも貿易協定であり、参加国は法的に拘束力される。「枠組み」では参加国が貿易ルールで合意したとしても、実効性には疑問が残るというのがこれら専門家の意見である。

ではなぜ、バイデン政権はIPEFを「協定」にしなかったか。「ウォール・ストリート・ジャーナル」などによると、現在バイデン大統領には貿易協定を結ぶための権限が付与されていないためだという。米国では貿易協定を他国と交渉するには「大統領貿易促進権限(TPA)」法が不可欠で、これがあれば政権が交渉し、合意した貿易協定について米議会はその内容を修正せず、賛否だけを議会に問うことがができる。逆に言えば、この権限が大統領になければ合意した貿易協定について議会が内容を修正したり追加したりすることが可能になるとされている。

TPA法は昨年7月に失効したままになっているが、11月に中間選挙を控えるバイデン政権は自由貿易交渉への反対論が強まることへの懸念など政治的配慮から、同法の更新を議会に求めていないとの見方が米メディアの間で有力だ。IPEFは実効性の問題のほか、参加国のメリットや日米豪印の4カ国の「クワッド」との関係など依然不透明な要素が多く、本格的に動き出すまでにはまだまだ時間がかかるのは間違いないだろう。

■筆者プロフィール:山崎真二「アジアの窓」編集委員

山形大客員教授(元教授)、時事総合研究所客員研究員、元時事通信社外信部長、リマ(ペルー)特派員、ニューデリー支局長、ニューヨーク支局長。