ここ最近、アント・グループ関連のニュースが相次いだ。2020年11月、衝撃の上場中止から1年半、何が起こり、アントはどこへ向かおうとしているのだろうか。

報道内容は主にESGレポート、社外取締役の選任など企業ガバナンス関連、それに海外事業だ。詳しく見ていこう。

■アリババの財布から総合フィンテック企業へ

アント・グループの大元は、2004年のアリババ「支付宝」だ。買い手が商品を確認するまで、売り手への支払いを担保する資金プールで、メルカリと同じである。これはアリババ発展の基礎となり、それが今や国民的スーパーアプリへ成長した。その過程を簡単にまとめてみよう。ここ10年あまりのことに過ぎないのに驚かされる。

まず2011年、QRコード決済を開始した。次に2013年、MMF「余額宝」が登場、大きな転機となった。銀行の1年定期利率が1.75%のとき、出し入れ自由で4%以上の好条件で、全中国を席捲、何度も預入制限が発動される騒ぎとなった。翌2014年、アリババから分離、独立会社となる。2015年には小口金融商品の「花唄」を発売、これまた大ヒットを飛ばす。さらに信用スコアの「芝麻信用」、医療共済保険「相互宝」など斬新な商品を次々と世に出し、中国の金融に革命をもたらした。2020年7月にはアント・フィナンシャルからアント・グループに改名、独自の金融テック会社を目指す決意を鮮明にした。このころ企業価値は1500億〜2000億ドルと見積もられ、同年11月に予定されていた上場は、売り出し価格で時価総額3185億ドル、史上最大規模となるはずだった。

■驚愕の上場中止…当局への恭順を示す

それが2020年11月上旬、突如上場中止となった。この荒業は世界を驚愕させた。そしてこの事件は、当局によるIT企業締め付けの端緒となった。翌2021年4月、親元のアリババは、独占禁止法違反のかどで、182億元もの巨額罰金を課せられた。アントはデータの開放と金融商品の“調整”を求められたため、即刻経営改善計画を発表した。その内容は、1.決済と貸付の分離、2.データ独占の放棄、3.持ち株会社化、4.コーポレートガバナンスの強化、5.ファンド商品のリスク管理強化、である。

4のガバナンス強化とは当局の指導を何でも受け入れる、5のファンド商品のリスクとは「余額宝」を縮小させるという意味だ。また、馬雲(ジャック・マー)氏は会社を当局に差し出してもいいという主旨の発言もした。ほとんど全面降伏に近い。

■ガバナンス向上…パートナー制度から脱却

それから1年以上経過し、新たな報道が出始めた。まず2021年可持続発展報告、ESGレポートである。ESG(環境、社会、ガバナンス)3項目のうち、注目はガバナンスであり、それには理由がある。アリババグループには創業者の馬雲氏以下31人で構成される独自のパートナー制度がある。創業メンバー「十八羅漢」のうち6人と、他25人は入社後の実績を評価された面々だ。現アリババCEOの張勇氏(2007年入社)やアント・グループを大きく発展させた彭蕾氏(十八羅漢)もいる。グループ各社の取締役を事実上ここで選任していて、取締役会に“上層建築”を重ねている。馬雲氏が引退後もパワーを保ち続ける源泉だが、ESGの理念には完全に逆行している。

レポートでは、取締役会を最高の存在とした。その下にESG可持続発展委員会を置き、さらにESG可持続発展領導小組、議題工作組と下部組織を作った。ESGをしっかり組織図に組み込んだ。

■最後の仕上げ…外部取締役50%

さらに新たな取締役の新任が明らかになった。これまでの取締役会は、常勤取締役3人、非常勤取締役3人、独立取締役3人の3+3+3体制だった。それを常勤2人、非常勤2人、独立4人の2+2+4体制に変更した。女性比率も3分の1とした。アリババ−アント直系が減り、彼らは兼任の子会社取締役も外れた。今回の新たな独立取締役は72歳の元中国証券監督管理委員会副主席である。いかにもお目付け役だ。

これで“上層建築”パートナー制度は崩れ、人事も一応の完成をみた。某メディアは、アントは内外に向けて心機一転をアピールでき、社長の井賢棟氏だけが「泰山のように安定」と表現した。

井賢棟氏は、上海交通大学を卒業後、ミネソタ大学でMBAを取得。2007年にアリババに入社、2016年にアント・フィナンシャル(当時)CEOに就任。アリババパートナー。IMF顧問委員会委員、世界銀行顧問、中国オンライン金融協会副会長だ。アントの経営を、功労者だが金融素人だった彭蕾氏から、プロに引き継いだ。彼が健在なら安心という意味だろう。

■海外事業を起爆剤に

当局による業務の“合法”“適法”攻勢や人事異動はこれで一段落したが、金融持ち株会社構想はまだ実現していない。最終形まではもう少し時間がかかりそうだ。この間、アントの2021年の営業利益は20%以上減少、企業価値はかつての2分の1〜3分の1に下落してしまった。

6月上旬、シンガポールで最初に認可されたネットバンク、アント100%子会社のANEXT Bankがオープンした。今後、これを拠点に東南アジア全域の中小企業に金融サービスを提供するという。アントは過去6カ月、欧米や東南アジアの有力企業との提携を進めてきた。その中でも今回のネットバンク開業は、上場中止以来、最大のマターという。ガバナンスにうるさく、縮小を強いられた国内事業より、海外事業を再拡大の起爆剤とする。これは間違いなさそうである。しかし海外には、地政学リスクが伴い、ライバルの強力さも国内の比ではない。どこまで勢力を伸ばせるだろうか。苦難は続きそうだ。