デビュー戦以来、ファイトマネーのほとんどを福祉施設等に寄付し続けているプロボクサーがいる。大沢宏晋、34歳。生活費は介護士として稼いだ金で賄ってきた。大沢さんはなぜ命懸けで戦って得た報酬を寄付しているのか。そして、殴り合うスポーツとは対極にある介護という仕事をしているのか。その理由や仕事観、人生観を3回に渡ってお届けする。

プロフィール
大沢 宏晋(おおさわ・ひろしげ)

1985年、大阪府生まれ。ALL BOXING GYM所属のプロボクサー。現在、45戦36勝5敗4分 21KO。WBAフェザー級1位(2019年12月現在)。18歳の時にボクシングを始め、19歳でプロデビュー。2007年から介護職とボクサーの二足のわらじで活動。デビュー戦以来、ファイトマネーのほとんどを福祉系の団体等に寄付している。2011年、第42代OPBFフェザー級チャンピオンに。その後ランキングを上げ、2016年に初の世界タイトルマッチに挑むもオスカル・バルデスに7R TKO負け。現在、再び世界チャンピオンを目指して練習中。
大沢宏晋オフィシャルサイト


きっかけは父親の“強権発動”だった

──大沢さんはデビュー以来、ファイトマネーのほとんどを福祉系の団体に寄付しているそうですね。その理由と経緯を教えてください。

僕が最初から進んで寄付しようとしたわけじゃなくて、きっかけは親父なんです。

ボクサーのファイトマネーって、直接現金でもらえるんじゃなくて、ジムからチケットを渡されて、それを自分で売った分のお金が収入になるんですね。19歳でデビュー戦が決まった時、そのチケットの束を親父に見せて、「これ売った分のお金がもらえるねんて!」って話したら、なんと全部取り上げられてもうたんですよ。

自分をいじめ抜いて戦ったらお金がもらえると思ってボクシングを始めたのにそれはないと思って「何すんねん!」って親父に食ってかかりました。そしたら「お前が持っててもろくなことに使わんやろ。お前はこれまで散々悪さばかりしてきたんやからこれから人様のために尽くさなあかん。このチケットは全部知り合いにただで渡す」って言いよったんですよ。

それでますます頭に血が上って「俺が人前で命懸けでドツキ合って稼ぐ金やぞ! なんでその金を見ず知らずの他人にやらなあかんねん! 頭大丈夫か?」と反論したんですが、結局親父はほんまに知り合いに全部ただで配ってもうたんですよ。

──なぜお父さんはそんなことをしたんだと思いますか?

親父からしたら当時の僕なんてただのクソガキなんで、人としてまっとうな道に進ませようとしたんだと思います。また、人様のためにしたことが後々、何らかの形で僕に返ってきたらええと思ったんちゃいますかね。

デビュー戦は引き分けで、めちゃくちゃ落ち込んで泣きながらリングを降りました。その時、知らんおっちゃんに「今日チケットもらって来たもんやけど、いい試合やったよ。いいもん見せてもらっておおきに」と声を掛けられたんです。

その言葉にめっちゃ胸を打たれたんです。なんせそれまで悪さばっかりやってきて、人から恨まれることはあっても感謝されることなんてなかったですから。初めてありがとうって言われたことで、感謝されるってむちゃくちゃ素敵なことやなと感動しました。その瞬間から意識が180度変わって、これからも人のために頑張ろうと、チケットを全部、知的障害者施設に寄付するようになったんです。そしてボクシングにもより真剣に取り組むようになりました。

弱い立場の人のために

大沢宏晋さん

介護職として利用者のお年寄りに優しく接する大沢さん(自身が経営する元気デイサービスセンターにて)

──なぜ寄付先に知的障害者施設を選んだのですか?

僕は基本的に社会的に弱い立場の人の役に立ちたいという思いがあるんです。僕にできるのは戦うことだけなので、それで何かさせてもらいたい。ただ、お金って使ったら消えるじゃないですか。でもチケットを渡して試合を観に来てくれたら、僕のリアルな生き様を見て、記憶に残るかなと。それがこの先の生きる元気とか希望に少しでもなればという思いでチケットで寄付していたんです。

ただ、数年前に知的障害者施設の担当者が異動になってつながりが消えてしまったので、今は寄付していません。現在は西成区にあるこども食堂や、僕の母校の小中学校に寄付しています。

──デビュー戦から今までずっと、命懸けで戦う代償としてもらうファイトマネーのほとんど寄付するってなかなかできることじゃないと思います。

自分が損するとか何も考えてないんですよ。そんな目先の小金をちょこちょこつまんだところでしゃあないでしょ。試合のチケットも売れ残ったらただの紙切れやし。それやったら一人でも多くの人に大沢宏晋という一人の人間を知ってもらえた方がええかなと。

自分のことしか考えられへん自己中心的な人間、周りの人に優しくできひん人間は、人の上に立てるわけないと思います。だから自分のことは二の次で、人様のために還元する方がいいんじゃないかという考え方になりましたね。

でも時にはそんな心が仇になったりすることもありますけどね。他人にうまく利用されたりとか。でもだからといって、それをやめようとは思わないですね。自分の信念だけは絶対に曲げたくないと思っているので。

──そもそもプロボクサーのファイトマネーは日本王者クラスでも少なく、それだけでは生活は難しいと聞きます。さらに寄付していたら食べていけませんよね。生活費はどうしているのですか?

確かにその通りです。世界ランカーを日本に呼んで試合をした時でさえ手元にはほんの少ししか残りません。だから生活費は別に仕事をして稼いできました。これまでいろんな仕事をしてきましたが、今は介護の仕事をしています。

介護士との二足のわらじ

大沢宏晋さん

──介護の仕事をするようになった経緯は?

デビューした時は鉄鋼会社で働いていたんですが、デビュー4年目くらいに、親父から「これからもっとお年寄りが増えるから、お前も俺と一緒に一人でも多くのお年寄りの笑顔を見れるように、介護の仕事に就け」と言われました。親父は福祉用具のレンタル業を営んでいて、子どもの頃からその背中を見てて福祉の仕事は身近やったし、元々おじいちゃん子でお年寄りが好きやったので、2008年くらいから介護の仕事を始めたんです。

──やってみてどうでしたか?

介護の仕事を通して、例えば人生を長く生きてきたお年寄りにこれまでの経験を元にいろんなことをたくさん教えてもらいました。そういう意味ではよかったと思います。ただ、人とコミュニケーションをとらなければならない仕事は難しいなと今でも思います。

──自分に向いていると思いましたか?

今の時点ではちょっとわかんないですね。まだやってる最中だから向いてる・向いてないを判断するのは早いかなと。今は全力でやってる途中だから。やるからには100%やるというのが信条なので。

──現在、介護の方はどのような感じで仕事をしているのですか?

2012年からは「げんきデイサービスセンター」という介護施設を設立して自分で経営もしています。といっても現場の仕事も続けていて、平日は週5で職場に来て送迎や介護補助などをしています。試合が近くなったら休みをもらいますが、一週間前くらいまではフルで働いてます。タイトルマッチなどの大きな試合の時は朝から晩まで一日中練習漬けのキャンプに行くので、スタッフさんには申し訳ないけど休みをもらってます。みんな僕のボクシングの活動をサポートしてくれてるから助かってます。ほんま人の縁に恵まれてると思います。

──なぜ自分で介護の会社を経営しようと思ったのですか?

それほど深くは考えてなくて、どうせ介護の仕事をやるんやったら自分から一軒一軒お年寄りの家に行くよりも、ここに集まってもらった方が一度にたくさんのお年寄りのお世話ができるからいいかなと。親父も福祉用具のレンタル業をやってるし、僕も介護ヘルパーで同じ業界やから一緒にやろうかという感じです。

僕ひとりやなくて一緒にやろうと言ってくれる仲間がいたので、勢いとノリに任せてやるか! みたいな感じで始めました。その人は今も一緒に働いてくれています。一番の支えになってくれて、彼がおらんかったら無理やったかもしれません。今、社員は僕を入れて3人です。

両方、いい影響を与え合っている

──ボクサーって血みどろになって相手を殴り倒して勝利を得ようとする職業じゃないですか。一方で介護士ってお年寄りのお世話をする職業ですよね。両極にあるような仕事を両立できているのってなぜですか?

大沢宏晋さん攻撃主体の豪快なボクシングが持ち味の大沢さん(撮影/大囿周作さん)

真逆やからこそできるし、やりがいもあるんちゃいますかね。似たような仕事なら誰でもできるしおもしろみがないでしょ。

──気分転換にもなるってことですか?

そうです。気持ちの切り替えができるからいいです。

──介護士の仕事がボクシングにいい影響を与えていると思う点があれば教えてください。

相手の心理を読みやすくなったというところですかね。お年寄りをケアする時、「この人は今どんなことを考えてはるんやろな」と考える癖がついています。ボクシングの試合でも、勝つためには相手の心を読むことがすごく重要です。戦っている時、常に「今こいつどんなことを考えてんのかな。次、どんなパンチを打とうしてんのかな」ということを考えているのですが、それが介護の現場で常にお年寄りの考えていることを読むことで、ある程度わかるようになったんちゃうかなと思います。

あと、ボクシングの厳しい練習が続いても、お年寄りと喋ってたら癒やされてその疲れが吹っ飛ぶんです。

僕が試合に勝ったらお年寄りの皆さんが喜んでくれるんですよ。その笑顔が元気の源になっていて、それを見るためなら厳しい練習を乗り切れるし、試合でも頑張ろうと思えるんです。

そもそもボクシングだけやったらその世界しかわからないじゃないですか。でも一人の人間として社会に出て働いた方が、いろんなことが学べます。実際、介護の仕事をすることで、人生の酸いも甘いもいっぱい勉強させてもらいました。だから僕にとってはボクシングと介護の仕事を両方やるのはすごくいいことなんです。

ただ、今は来るべき世界戦に向けてボクシングを優先させてもらっていて、介護の仕事はほぼスタッフに任せています。無理を聞いてサポートしてもらってる社員には頭が上がりません。

恐いからこそ必死で練習する

──ボクシングの魅力、好きな点は?

ボクシングは早ければ3分、最長でも1時間以内で勝負がつき、白黒はっきりわかるスポーツ。そんな話が早いところが好きですね。

──ボクサーになってよかったと思ったエピソードってありますか?

現時点ではまだ夢の途中やからないですね。それは引退した後に語ることちゃいますかね。

──ボクシングは向いていると思いますか?

僕は痛みにもむっちゃ強い人間やと思うんですよ。めちゃくちゃ殴られても大丈夫、全然問題ない。いわゆる打たれ強いタイプです。それは小っちゃい頃、兄貴に散々ドツキ回されたから耐性がめっちゃついたのかなと思うんですよ。当時は兄貴がめちゃくちゃ恐かった。

──毎回、どんな気持ちで試合に臨んでいるんですか?

いつも殴られるのがわかってる上でリングに立っているんで、俺のことを殴れるんやったら1発でも殴ってこんかい。逆に俺はその倍以上のパンチで殴り返したるわ、って気持ちで試合に臨んでいます。覚悟と決意がなかったらリングには立てません。

──リングの上で強敵と戦うことに対して恐いと思ったことは一回もないんですか?

いやいや、そら恐いですよ。だからこそ必死で練習するんですよ。でも試合になっていざゴングが鳴った瞬間からすごい楽しんでます。自分が殴られるのか殴られないのか、その瀬戸際のヒリヒリ感がたまんないです。

──生まれながらのボクサーですね。

こういう性格だからむいてんねやと思いますね。ロードワークやジムワークなどボクシングの練習一つひとつ全部めっちゃ好きなんですよ。減量も含めて、練習が楽しい。

死ぬ気でやるというくらいの気持ちがなかったらリングの上には立たれへん。ただ単にボクシングをやるだけやったらその他大勢と同じ。そこから自分が一番になりたいと思ったら必死こいて「死ぬ気」で努力するしかない。

一流スポーツ選手が「努力したやつすべてが報われるわけじゃない。でも成功しているやつはみんな努力してる」ってよく言うじゃないですか。ほんまその言葉の通りやなと思います。仕事でも何でも同じですよね。

減量がつらいなんて一度も思ったことはない

大沢宏晋さん試合前日の軽量にて。研ぎ澄まされた肉体を披露する大沢さん(撮影/田中雅晴さん)

──減量ってめちゃくちゃキツいって聞きますが。

キツいと思ったことなんか1回もないです。体重をリミットまで落とすのは戦うために最低限やらなあかんことなわけだから当然のことです。だから僕は日常生活においても常にリミットからオーバー5キロ以内に節制していているんです。

そもそも試合で戦う時だけがプロボクサーじゃないんですよ。24時間365日、自分がプロボクサーという自覚をもたなリングに立つ意味がない。

なぜなら、人様からチケットを買ってもらって応援してもらうわけやから、その対価にふさわしい犠牲を払わなあかん。それで「減量がしんどいです」言うならもうボクシングなんて辞めた方がええ。それがしんどかったら戦う理由なんてないですよ。

それに試合の日は、自分がリングの上で輝けてヒーローになれる特別な一日。そんな時間は一生、二度と返ってけえへんし、みんなが時間やお金を使って観に来てくれるのに、そこで全力を見せんとどこで見せんねん、そこで熱くなれんやつがどこで熱くなれんねん、ちゅう話ですわ。

仕事でも同じやないですか。キツい仕事を経験することで一皮向けて成長するわけです。当たり前のような仕事もでけへんやつは何にもできないですよね。

──これまで心が折れそうになったこともない?

いえ、これまで何回も折れかけたことはあったんですが、折れなかったですね。支えてくれた人のおかげで、全部やる気なくして折れてもうたらそこで終わりやな、それやったら反骨心をもってガンガンいかなアカンと思えた。そしたら最後、すべて終わった時、これでよかったと思えるんちゃいますかね。

プライドと威信を懸けて戦っているだけ

──確かにそうですね。理想としているボクサー像は?

メキシコの英雄で、ファン・マヌエル・マルケスという世界4階級制覇を成し遂げたボクサーがいてるんですよ。その人、どんだけ殴られてもずっと相手に立ち向かっていって、最後は爆発して勝つんです。ラスベガスですごく人気のあるので、そういう選手になりたいですね。

──大沢さんを突き動かしている思いは?

自分のプライドと威信を懸けて戦っているだけです。今はトップアマからプロに転向して輝かしい道を歩んでいるエリートボクサーが多いですが、僕は彼らとは真逆で雑草みたいな人間です。そんな雑草がエリートの中にどんだけ爆弾放り込めるかと常に考えながら戦っています。雑草やからなんぼ踏まれても折れてもまた生えて生きたるという気持ちが強い。だから前に進んで行けるんだと思います。

あとは愛する妻や応援してくれてるお年寄りの皆さんの存在が僕の背中を押してくれているんです。

介護の仕事をしながら世界チャンピオンまであと一歩のところまで来た大沢さん。そもそもなぜ大沢さんはボクシングを始めたのか。そこにはボクシング漫画ばりのドラマがありました。第2回ではボクシングを始めた経緯、引退も考えた事件、それを乗り越え夢の舞台で戦った時のことなど、これまでのボクサーとしての波乱万丈な歩みを語っていただきます。

第2回記事『世界タイトルマッチで敗れた後、「再起」を決意させた“妻の言葉”とは?』はこちら

取材・文・撮影:山下久猛