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みずの・かずお

1953年、愛知県生まれ。 埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了(博士、経済学)。早稲田大学大学院修士課程経済研究科修了後、八千代証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)入社。三菱UFJ証券チーフエコノミストを経て、2010年に退社。同年、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)。11年、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)。2012年に退官。現在は法政大学法学部教授(現代日本経済論)。主な著作に『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)など。


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今は世界経済の転換期にあると説いた
『資本主義の終焉と歴史の危機』は
28万部のベストセラーとなった。


そんな水野氏の、キャリアの転機とは。


「なぜそうなるんだろう?」だけを、ずっと考えてきた

基本的に私は「何もやりたくない、楽をしよう」という人間なんです(笑)。でも、「なぜそうなるんだろう?」ということだけは、一貫して考えてきました。バブルが弾けた後からは特にそうです。

1980年代に証券会社に入社して債券市場を調査する部署に配属された当時は、上司から命じられるまま、資料を作っていました。今、振り返れば、バブルを煽るような内容です。ただ、渦中にいるときには、今の状況が順調な経済発展なのか、バブルなのかを判定するのは難しい。弾けた後にようやく「あれはバブルだったんだ」とわかるんです。

でも、バブルが弾けたあとには、がっかりしました。自分の仕事って何だったんだ、世の中のためにならなかったんじゃないか、と。

ただそこで、「どうしてバブルであるとわからなかったんだろう」ということを考えるようになったわけです。当時は「日本の国土を売れば、アメリカが4つ買える」と言われた時代。冷静に考えるとそんなことありえないのに、「どうしてみんなそれを信じたんだろう?」とね。2001年に誕生した小泉純一郎内閣のもとで「骨太の方針」という名の成長戦略が毎年打ち出され、2012年代になると、今度は小泉内閣の新自由主義路線を継承した安倍内閣が「アベノミクス」と称する成長戦略を打ち出し、日銀は消費者物価指数を2%上昇させる、と言った。バブル教から「成長さえすればなんとかなる」という成長教に置き換わっただけなのに、またみんなが信じようとしました。しかし、成長は全く実現できない。そこでもやっぱり、「なぜなんだろう」と考えるわけです。

私がやってきたのは、この「なぜなんだ?」だけなんですよ。でもそれが自分の仕事を作ってきました。新著『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』では、「より遠く、より早く、より合理的に」を行動原理とした近代システムが限界に達していることを書きました。「中心」である欧米諸国は、途上国などの「周辺」から富を蒐集(しゅうしゅう)することで資本を増やしてきた。グローバリゼーションは、そのための手段です。

しかし、蒐集の対象となる地理的なフロンティアは、もはやなくなりました。新しいフロンティアを求めてアメリカは「電子・金融空間」を作り出し、世界中からウォール街にマネーを蒐集しましたが、これもリーマン・ショックによって崩壊しました。

これからは成長信仰を捨て、「より近くに、よりゆっくり、より寛容に」という価値観を育てていくしかないんです。「より近くに、よりゆっくり、より寛容に」とは、例えば、グローバル化ではなくローカル化、広い太平洋をまたいだ経済活動を推進するTPPよりも近隣の東アジア諸国との関係を密にする、といったことです。これから先は、無理やり成長をしようとすると損害が生まれる時代です。企業も、このキーワードを軸にゆっくり動いていくでしょう。

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時代は徐々に
「より近くに、よりゆっくり、
より寛容に」変わっていくと
水野氏は言う。


では、若い世代が生き残るためには、
何に注力したらいいのか。


会社の矛盾をたくさん感じたら、課長になって変えればいい

とはいっても、すぐに「より近くに、よりゆっくり、より寛容に」の時代がやってくるというものではありません。わかるのは、これから時間をかけて、世の中が変わっていくだろう、ということだけ。

だから、若い人がどうやって生きたらいいかというと、「なるようになる」としか答えられないんです。私自身も、ずっと、そう考えてきました。就職したのは26歳の時ですが、将来どうなるんだろうなんて考えたこともない。30年あまり勤めた証券会社を辞めたのも、ある日、突然、知人から「内閣府で働かないか」という誘いの電話をもらい、「これは断れない」と即決しました。大学で教えるようになった時も、内閣府での仕事が終わって何もしないでいたら、大学に教員募集があるから願書を出してみたらと教えてくれた人がいたんです。

アダム・スミスの「神の見えざる手」ではありませんが、人生には「見えざる手」に任せるしかないときがある。もっと主体的に生きていくほうが真っ当だという人もいるかもしれませんが、私はそうじゃない。その場その場で、進むべき道を選択するしかないと思っているんです。「キャリアデザイン」なんて言葉もありますが、思い描いたようになるはずがない。

今、指導している学生たちにも「なるようになるよ」といっています。いい会社に入りたい、こんな仕事がしたいと思い描いても、現実社会では辞令1つで自分がやりたくない仕事もやらないといけなくなります。自分のやりたい仕事をずっと続けられる人なんて、100人に1人もいないでしょう。むしろ、「これは嫌だな」と思っていた仕事が、やってみたら面白い、ということも普通にある。私がエコノミストになったのも、証券会社に入社して経済調査部に配属されて、それから一度も異動の辞令がなかったというだけのことですよ。

どんな仕事に対しても面白いと感じるためのコツは「なぜなんだろう」です。疑問を持つことをやめないでいたら、どこにいても面白く仕事ができるんです。

それと、課長になるまでは我慢しろ、とはいいたいですね。それまでは面従腹背で構わない。その間に、課長になったら何がしたいか、を考え続けておく。

平社員のころにそのように考えているかどうかで、課長になった後が決まる。会社の矛盾をたくさん知ることができるのは平社員のときだから、その矛盾を課長になったときにどう解決するのかを考えるチャンスなのです。

そうした会社の矛盾というのは、今、自分が勤めている会社だけが抱えているのではなくて、転職しても同じでしょう。課長になればなんでも好きなことができます。課長は実戦部隊を持っていますから、部長よりも具体的なことが提案できるし、現場を動かす力がある。仕事はいちばん大変ですけどね、下からは突き上げられ、上からは「まだか」と急かされる。でも振り返ってみると、自分も課長のときが一番やりたいことができて、面白かったんです。私は「課長になったら無駄な仕事はなくそう」と思っていました。もともとデータベースの作り方が属人的で「このデータが欲しい」と思ったらいちいち人に頼まないといけなかった。でも、その人にもいろいろ仕事があるのに、邪魔すると悪いでしょう。自分も納得いくまで仕事をしたいから、このデータはここにいけば全部手に入る、という仕組みつくりをしました。

企業にも世の中にも理不尽なことがたくさんある。それも「なぜだろう」と考えてみることが大切です。国の成長戦略はうまくいかず、それでも企業は利潤を求めて、生産性を上げろ、といっている。それがおかしいということに、若い人は気づいているんじゃないですか。だったら、自分が課長になって、それを変えたらいいんです。

困難な時代を生き抜くヒントは「古典」にある

もちろん、立ち止まって悩むこともあるかもしれません。その時、過去の読書量が効いてきます。読書というのは「実験ノート」と同じだと私は思っています。研究室で実験のできる理科系と違って、人文系は社会を相手に実験することはできないとよく言われますが、人類の歴史こそが社会実験の繰り返し。それも失敗の繰り返しです。理想の社会はかつて一度も実現していません。

その失敗した実験の記録が、書物の形で残ったものが、いわゆる「古典」です。古典は過去の困難な時代を命がけで生きた先人が、より良い時代を築いてほしいと後世の人に託したメッセージです。これから直面するだろう事態に対して、何も用意していなければ右往左往するだけですが、こうした過去の実験ノートを頭にインプットしておけば、対処の仕方がわかるというものです。

例えば、バルザックの『ゴリオ爺さん』には、フランス革命のあとの生き方が描かれている。デュマの『椿姫』の主人公も、困難な時代のなかで自分の信念を貫きました。現代も困難に直面しているんでしょうけど、フランス革命当時に若い人が直面した困難さのほうが、大変だったと思うんです。そういうものを読んでおけば、天と地がひっくり返ろうが、まあなんとかなると思える。古典とは、それだけ長いあいだ、多くの人に支持されてきた、ということ。若いうちにたくさん、古典を読んでほしいですね。

今の勝ち組がずっと勝ち組であることはない

繰り返しますが、「より遠く、より早く、より合理的に」という行動原理はすぐにはなくならない。個々人の競争においても「より遠く、より早く、より合理的に」動いた者が勝ち組だと周囲からみなされ、本人もそうだと思っています。

でもね、そういう時代遅れの行動原理は「明治維新のときのチョンマゲ」だと思っておけばいい。そして、自分は維新をする側、時代を変える側だと信じたほうがいい。今の勝ち組がずっと勝ち組だなんて、あり得ないこと。いつの時代も、改革は負け組から起こります。明治維新は、江戸から見れば田舎侍の薩摩・長州藩が牽引した。私は16世紀に地動説を唱えたコペルニクスから近代が生まれたと考えているのですが、彼もローマから見れば辺境のポーランド人です。今は、時勢はガラガラと変わっていくとき。トランプ大統領だって勝ち組のように見えますが、最初から勝ち組だったわけじゃない。負け組の人が頑張って勝ち組になったとしても、世の中がひっくり返って、また負け組になるかもしれません。だから、あまりあせらず、その時がくるまで、高みの見物をしていればいいと思いますね。

『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』 水野和夫著

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富の集中、格差の拡大。資本主義も民主主義も限界を露呈している今、生き残るのは「閉じた帝国」だけである。米トランプ政権誕生も、英EU離脱表明も、こうした世界の大転換を象徴していると水野氏は説く。成長戦略を掲げながらも、その実現を果たせないでいる日本もまた、大きな岐路に立たされている。キーワードは「より遠く、より速く、より合理的に」から「より近く、よりゆっくり、より寛容に」。今後の日本の行く先を考える上でも、時代にあった働き方を知る上でも、ビジネスパーソン必読の書。

集英社新書。


※リクナビNEXT 2017年6月21日「プロ論」記事より転載

EDIT 高嶋ちほ子 WRITING 東雄介 DESIGN マグスター PHOTO 栗原克己