「憲法の精神」を想起

「クラウドファンディング支援総額国内最高(5億円)。オンラインサロン会員数国内最大(7万人)。日本のエンターテイメントの中心にいる男の覚悟」。本書の帯だけで、拒絶反応を示す者も少なくないだろう。私自身そうだった。著者が制作総指揮を務める映画『えんとつ町のプペル』をみるまでは。

 著者のツイッターは、『えんとつ町のプペル』を称賛するフォロワーのツイートで溢れている。オンラインサロンのメンバーと思しき者の「5プペ目」云々、鑑賞回数を競い合うかのような書き込みを冷めた目でみていた。まさか、1プペ後に同じ目から涙が零れるとは思いもしなかった。

 為政者の思惑で煙突だらけのえんとつ町の住民は、立ち込める煙の向こう側を知らない。まだみぬ青空や輝く星に思いを馳せる者は、異端審問官に容赦なくパージされていく。やがて空を見上げることすらしなくなった人々は、星の存在を信じて疑わない少年ルビッチへの同調圧力を強める。それでも星をみることを諦めなかったルビッチは、社会から疎外された異形のゴミ人間プペルと共に、煙に覆われた世界の向こう側をめざす。

 『えんとつ町のプペル』をみて私が思い出したのは、弁護士を志して司法試験予備校の門を叩いた25年前のことだった。司法試験業界のカリスマといわれる講師は、最初の講義で憲法の精神と司法の役割について説いた。「個人の尊厳を確保するという憲法の至上の価値を実現するためには、司法が多数者の専横から少数者の人権を守らなければならない」。4半世紀が経過し、擦れ枯らしになった今も、心の片隅にはあの言葉がある。

 『えんとつ町のプペル』では、少数者であるルビッチとプペルが、多数者である為政者と盲従する人々に抗い、空には光り輝く星があるという真理に到達する。子どもにも分かるシンプルな構成と美しい映像で、近代立憲主義の原則を具現化した著者は只者ではない。

 映画が完成するまでの道のりを描いた本書によると、えんとつ町で異端視されるゴミ人間は著者自身の化身だそうだ。著者は漫才師としてデビューするや否や、賞レースを総なめ。若くしてゴールデンタイムの人気番組でメインを張るようになり、光速でテレビという山を登った。しかし、その頂からみえた景色に絶望する。タモリ、たけし、さんまといった偉大な先人の背中しかみえなかったからだ。テレビという山を下り、絵本という別の山に登ることを決意した著者へ、テレビ至上主義の多数派の芸人からバッシングが浴びせられた。

 楽屋では「芸人がなんで絵本なんか描いとんねん」となじられ、テレビでは「芸人やったら『ひな壇』に出ろよ」「一度、『ひな壇に出ない』と言っちゃったから、引くに引けなくなってるんとちゃいます?」と欠席裁判が行われた。この経験が、絵本『えんとつ町のプペル』を描く端緒になったという。

 本書を読めば、ひな壇に出るかどうかという芸人間の些末な諍いから、近代立憲主義の普遍的な原則を帰納した著者の思考法を知ることができる。

選者:角田龍平の法律事務所 角田 龍平(すみだ りゅうへい)

同欄の執筆者は、濱口桂一郎さん、角田龍平さん、大矢博子さん、スペシャルゲスト――の持ち回りです。