人生を楽しむ秘訣が満載

 エッセイとは何か。それはサービス精神である。

 と、言い切りたくなるほどに、優れたエッセイ本を読むと、作者の大いなるサービス精神に感銘を受ける。「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と述べた武士がいたが、現代の読者としては「エッセイ道と云ふは施す事と見つけたり」と主張したくなるところである。

 そんな感想を抱いてしまう本書は、サービス精神旺盛なエッセイ集である。『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』に続く、直木賞作家・朝井リョウによるエッセイシリーズ3冊目となっている。今回の『そして誰もゆとらなくなった』は、前作から続く「肛門」にまつわるエピソードや、海外旅行の思い出、サイン会やダンスに関して作者が思考した様子が、全編書き下ろしで綴られている。そして本書を読むと、「ああ読者に何かサービスを施したいという感覚こそが、良いエッセイを生み出すんだろうな」としみじみ感じてしまう。

 作者は『桐島、部活やめるってよ』や『何者』といった、「ゆとり世代」の若者のあり方を中心に小説をヒットさせた小説家である。読者としては、タイトルの「そして誰もゆとらなくなった」という言葉に、どこか「ゆとり世代」が若者を指す言葉ではなくなったことについての一抹の寂しさを見出したくなってしまう。しかし30歳代前半である彼は、30歳代なりの今を楽しんでいる様子を綴る。生活習慣病を気にしたり、友人の結婚式の余興に全力を注いだり、仕事の講演への取り組み方を変えてみたり、もう戻れない学校の校舎にはしゃいだり。年齢を重ねた筆者だからこそ描ける楽しみ方をエッセイにする。読んでいると、なんだか「大人になるのも悪くないな」という感情で心が満たされてくるのだ。

 エッセイというと、どこか作者のひとりよがりな日記帳のような印象を受ける人もいるかもしれない。しかし本当に面白いエッセイは、作者のサービス精神が存分に発揮される。学生時代にデビューした作家が、大人になって、読者サービス満載の面白いエッセイを綴っている。そのこと自体が、私たちが大人になるべき理由なのかもしれない、「ゆとり世代」と呼ばれなくなった世代が見出す成熟の道なのかもしれない、とすら思えてくる。

 ひとりで自分の人生についてあれこれ思いを巡らせるのは思春期の特権かもしれないが、他人とのかかわり方や外の世界での楽しみ方について試行錯誤するのは大人になったからこそ十全にできることなのかもしれない。だとすれば、大人になるのも、悪くはない。本書を通して、作者の仕事や生活や旅行との付き合い方を眺めていると、そう感じられるのだ。だって「ゆとり世代」と呼ばれなくなった今も、人生は楽しそうだから。

 大人になると、きらめくような青春を感じるタイミングはなくなっていくかもしれない。しかし、他人と何かを分かち合う、他人に何かを施す余力は増えるのではないか。本書を読むとそう感じる。大人になってからも、ちゃんと人生を楽しむ、面白いことを見つける、その秘訣が、笑えるエッセイのなかに潜む一冊となっている。

(朝井リョウ著、文藝春秋刊、1540円税込)

選者:書評家 三宅 香帆

書店の本棚にある至極の一冊は…。同欄では選者である濱口桂一郎さん、三宅香帆さん、大矢博子さん、月替りのスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。