以下の記事は、2011年6月に弊社より刊行された「災害時に知っておきたい労務管理の実務〜震災に伴う休業・労働時間短縮・雇用調整〜」(絶版)をそのまま掲載しております。
 東日本大震災から9年。大規模な自然災害に対して、企業の労務管理はどのように行うべきか、改めてご確認いただければと存じます。
 ・第1節 労働時間管理(1)
 ・第1節 労働時間管理(2)
 ・第2節 雇用調整(1)
 ・第2節 雇用調整(2)
 ・第3節 行政による保護施策

1.保護施策の基本的枠組み

 震災の直接・間接的な被害者(法人・個人)に対しては、各種の助成メニューが用意されているので、事情に応じて使い分ける必要があります。メニューは、大きく3種類に区分されます。

① 立法により特別の仕組みを適用
② 既存の仕組みを拡張して適用(特例の発動)
③ 既存の仕組みを基本的にそのまま適用

 実際には、③についても、受付窓口を広げる(労災保険、雇用保険)など弾力的な運営が図られているので、分類は便宜的なものです。

 主要なものは、次のとおりです。

 ①については、平成23年5月2日に「東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」が公布され、同日施行されています。

 ②関連では、雇用調整助成金や賃金の立替払いの特例が挙げられます。前者については、「第1節の「6.雇用調整助成金の利用」で内容を紹介しているので、参照してください。そのほか、キャリア形成促進助成金の特例、中小企業退職金共済制度の特例等も設けられています。

 ③関連では、従来と同様の要件で、労災保険、雇用保険(上記②の特例以外)等の給付を受けることができます。労基署では「緊急相談窓口」、ハローワークでは「特別相談窓口」を設け、各種の相談に対応しています。

2.震災特別法

 「東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律(平23・法律第127号)」が定める助成措置は、内閣府・総務省・財務省など1府9省にまたがっています。ここでは、厚生労働省関係の規定のうち、事業主活動に及ぼす影響の大きいものをピックアップしてご紹介します。

 まず、基本事項として、震災特別法では、「特定被災区域」を設定し、その地域内に所在する事業主等に対し、特別の措置を講じています。「特定被災区域」とは、東日本大震災に際し災害救助法が適用された市町村およびこれに準ずる市町村として政令で定める区域をいいます(一覧を参照)。

特定被災区域一覧(H23.5.2)

〔青森県〕(2市2町) 八戸市、※三沢市、上北郡おいらせ町、※三戸郡階上町
〔岩手県〕  全域
〔宮城県〕  全域
〔福島県〕 全域
〔茨城県〕(30市7町2村) 水戸市、日立市、土浦市、※古河市、石岡市、※結城市、龍ヶ崎市、下妻市、常総市、常陸太田市、高萩市、北茨城市、笠間市、取手市、牛久市、つくば市、ひたちなか市、鹿嶋市、潮来市、常陸大宮市、那珂市、筑西市、稲敷市、かすみがうら市、桜川市、神栖市、行方市、鉾田市、つくばみらい市、小美玉市、東茨城郡茨城町、同郡大洗町、同郡城里町、那珂郡東海村、久慈郡大子町、稲敷郡美浦村、同郡阿見町、同郡河内町、北相馬郡利根町
〔栃木県〕(9市7町) 宇都宮市、※足利市、小山市、真岡市、大田原市、矢板市、那須塩原市、さくら市、那須烏山市、芳賀郡益子町、同郡茂木町、同郡市貝町、同郡芳賀町、塩谷郡高根沢町、那須郡那須町、同郡那珂川町
〔千葉県〕(17市6町) 千葉市、※銚子市、※市川市、※船橋市、※松戸市、※成田市、※佐倉市、※東金市、旭市、習志野市、※八千代市、我孫子市、浦安市、※印西市、※富里市、香取市、山武市、※印旛郡酒々井町、※同郡栄町、※香取郡多古町、※同郡東庄町、山武郡九十九里町、※同郡横芝光町
〔新潟県〕(2市1町) 十日町市、上越市、中魚沼郡津南町
〔長野県〕(1村) 下水内郡栄村

※は災害救助法の適用市町村以外の市町村

 法令別に、主な施策をみてみましょう。

労災保険法

・死亡に係る給付の適用の特例

 労働者が業務上死亡した場合、労災保険から遺族補償給付(年金・一時金)等が支給されます。「業務上外」の認定については、本節の「4.労災保険上の取扱い」を参照してください。

 死亡者に対する給付手続きで問題となるのは、労働者の生死が不明なケースです。生死が明らかでないとき、原則としては、民法第30条の「失踪宣告」の手続きを経た後、労働者が死亡したものとして保険給付を行います。失踪は、通常ケースでは不在者の生死が7年間明らかでないとき、危難に遭遇した者については生死が1年間明らかでないとき、宣告が可能です。しかし、このルールに頼っていたのでは、迅速な救済が不可能です。

 そこで、労災保険法では、「船舶が沈没し、転覆し、行方不明となった際に船舶に乗っていた労働者、航空機が墜落し、滅失し、行方不明となった際に飛行機に乗っていた労働者等」を対象として、3カ月が経過すれば、「船舶沈没、航空機墜落等の日に死亡したと推定する」規定を設けています(第10条)。

 ところが、今回の地震・津波では、職場にいながら被災し、行方不明となった人が膨大な数に上っています。市町村長に対する死亡報告がなされない限り、上記のとおり、1年後の失踪宣告を待つほかない状況となっていました。

 このため、上記の労災保険法第10条に準じ、迅速な救済を目的とする特例を設けました。対象となるのは「平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による災害により行方不明となった者」が「3カ月間生死不明の場合、または死亡が3カ月以内に明らかになったが、その時期が分からない場合」です。

 この基準に該当すれば、「その者は、地震の発生日に死亡したもの」と推定します。対象となる労災保険給付は次のとおりです。

① 遺族補償給付(遺族給付)
② 葬祭料(葬祭給付)
③ 障害補償年金差額一時金
④ 障害年金差額一時金
⑤ 未支給の保険給付

 ちなみに、厚生年金法、国民年金法、船員保険法でも、同様の特例規定が設けられています。

雇用保険法

・基本手当の給付日数延長の特例

 雇用保険では個別延長給付という暫定措置を設けていますが、その支給日数を延長しました(第1節の「7.雇用保険の特例の利用」中の該当部分参照、15ページ)。東日本大震災(東北太平洋沖地震及びこれに伴う原子力発電所の事故による災害)により離職した被保険者(通常の離職時に受給資格を有するものに限ります)が対象ですが、激甚災害法に基づき、「失業とみなして雇用保険給付の受給を受けている」休業者にも適用されます。

労働保険徴収法

・保険料の免除の特例

 労働保険(労災保険・雇用保険)の適用事業所は、支払い賃金総額等に応じ一定額の労働保険料を納付する義務を負っています。しかし、下記に該当する場合には、月単位で労働保険料(一般保険料、第1種・第3種保険料)が免除されます(最長で平成23年3月から平成24年2月まで)。

① 地震の発生日に特定被災区域に所在していた
② 東日本大震災により被害を受け、月単位でみた労働者1人当たりの賃金額(休業手当を除きます)が、震災発生前の額と比較して2分の1未満となっている

 また、1人親方等についても、上記に準じる形で第2種保険料の免除規定が設けられています。

 事業主(または1人親方等の加入団体)は、申請書に賃金支払い状況等の書類を添付し、都道府県労働局労働保険特別会計歳入徴収官に対し、保険料免除を申請します。
 なお、震災特例法が制定される以前は、被災地の事業所等を対象として労働保険料徴収の納期限延長措置が講じられていました。

健康保険法・厚生年金法

・標準報酬月額の改定の特例

 健康保険・厚生年金で用いる標準報酬月額は、1年を通して固定するのが原則です。固定的賃金に変動があり、2等級以上の差が生じたときは、月変(随時改定)の手続きを採りますが、固定的賃金に変動があってから3カ月経って、はじめて手続きの要件を満たします。

 今回の地震では、多くの事業所で賃金の支払い額が大きくダウンしましたが、月変等により標準報酬月額の改定がない限り、従来どおりの標準報酬月額をベースに保険料が算定されます。これでは、実態にそぐわないので、標準報酬月額の改定の特例が設けられました。

 平成23年3月11日に特定被災区域に所在していた事業所が東日本大震災により被害を受け、「被保険者の受けた報酬の額が、標準報酬月額の基礎となった報酬月額と比べ著しく低下し、2等級以上の差が生じたとき」、改定の対象となります。

 報酬の低下があったときは、「その月に受けた報酬の額を報酬月額として、低下した月から」、標準報酬月額の改定が認められます(平成23年3月から平成24年2月まで)。

 標準報酬月額が下がれば保険料も下がりますが、給付面で不利益が生じます。このため、以下の受給者については、下がる以前の標準報酬月額(再改定で上方修正されたときは、下がる前の標準報酬月額と上方修正後の標準報酬月額のどちらか高い方)をベースに傷病手当金・出産手当金を計算します。

 平成23年3月31日時点で現に傷病手当金を受けているか受けるべき人、または東日本大震災による被害により傷病手当金を受ける人

 平成23年3月31日時点で現に出産手当金を受けているか受けるべき人

・保険料の免除の特例

 社会保険(健康保険・厚生年金)の適用事業所は、標準報酬月額・標準賞与額に応じ一定額の社会保険料を納付する義務を負っています。しかし、下記に該当する場合には、月例賃金・賞与に関する社会保険料が免除されます(最長で平成23年3月から平成24年2月まで)。

① 地震の発生日に特定被災区域に所在していた
② 東日本大震災により被害を受け、概ね過半の被保険者について賃金が支払われていないか、または標準報酬月額の下限に相当する賃金しか支払われていない(賞与については、健康保険63,000円、厚生年金101,000円未満)

3.賃金の立替払い

 賃金の支払いの確保等に関する法律では、事業主が次の状態に至った場合に、退職者に対する未払い賃金額の一部を国が立て替える制度を設けています(第7条)。

① 破産手続き・再生手続き等の開始決定があった場合
② 事業活動が停止し、再開する見込みがなく、かつ、賃金支払い能力がなくなった場合(中小企業事業主に限ります)

 ②については、労働基準監督署長の認定が必要です。

 立替払いの額は未払い賃金総額の80%ですが、限度額が下表のとおり定められています。

退職日時点の年齢 未払い賃金総額の限度額 立替払い上限額(限度額の8割)
45歳以上 370万円 296万円
30歳以上45歳未満 220万円 176万円
30歳未満 110万円 88万円

 今回の震災では、本社機能を有する事業場が災害救助法に基づく被災地域(東京都除く)に所在している中小事業主であって、地震による直接的な被害を受け、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、かつ、賃金支払い能力がない場合が救済対象とされています。

 なお、大企業であっても、上記①の条件を満たせば、通常どおりの申請が可能です。

 未払い賃金の請求者は、退職者本人です。まず、労基署に行き、事業主に賃金支払い能力がないこと等の認定を受けます(申請者が複数のときは、1人の申請で可)。一方、支払い業務は独立行政法人労働者健康福祉機構が行っているので、申請書を機構宛に提出します。

4.労災保険上の取扱い

 労災保険では、業務上災害・通勤災害を対象として保険給付を行っています。今回の震災では、就労中・通勤中に被災された人も大勢います。しかし、天災の発生と業務とどちらが傷病・死亡の原因になったのか、判断が難しいケースもあり得ます。

 基本的な考え方としては、「天災地変に際して発生した災害も同時に災害を被りやすい業務上の事情(業務に伴う危険)があり、それが天災地変を契機として現実化した」と認められるときは、業務上災害として取り扱われます。また、「事業場施設に危険な事態が生じた場合、施設より避難するという行為は合理的」と解されるので、退避中の事故も基本的に労災保険の保護対象となります。

 通勤中の災害についても、「通勤に伴う危険が現実化したもの」と認められれば、保険給付を受けられます。

 厚生労働省が公表した労災保険Q&Aでも、就労中・通勤中の災害については広く業務上災害・通勤災害と認定する方針を示しているので、被災者および遺族は労基署に相談するとよいでしょう。事業主も、申請手続きを助力する必要があります。ただし、事業主が被災し、証明を受けられないとき、労基署では証明なしでも労災申請を受け付ける等、弾力的な運用が行われています。