1973年。深作欣二監督が東映京都撮影所に来て『仁義なき戦い』を撮り大ヒット。久しぶりのドル箱作品に気を良くした東映は、1年数カ月の間に第1部から第5部を矢継ぎ早に製作。深作監督の下、第3部『代理戦争』と第4部『頂上作戦』でチーフ助監督を務めたのが岳父土橋亨だった。主役も脇役もない群像劇。深作監督から「前に出ろ」「遠慮するな」と鼓舞されて、無名の大部屋俳優たちがスクリーンで躍動した。川谷拓三さんもそのひとりだ。

 「よく考えたんだけど、西条役は拓ボンでいこうと思う」。深作監督から『代理戦争』で菅原文太さん演じる広能組長の子分西条役に川谷さんを抜擢する案を聞かされた土橋は吃驚した。日下部五朗プロデューサーの肝いりで、西条役は別の役者に決まっていた。それでも、どうしても川谷さんを起用したいというのだ。「拓ボンを預けるので仕上げろ。責任は俺が取る」。撮影まであと7日しかなかった。

 1日目。自宅にやって来た川谷さんに土橋は『代理戦争』の台本を手渡した。「拓ボン、驚くな。西条の役な、お前や」。土橋にそう告げられて、川谷さんは選ばれし者の恍惚と不安で硬直した。「これはいかん」。ガチガチに台詞を覚えて自分で芝居を作ってしまったら、深作監督はOKを出さないだろう。そう考えた土橋は、渡したばかりの台本を取り上げ、一冊の文庫本を手渡した。夏目漱石の『坊っちゃん』だった。「台本を読まなくて良いから、これを読んで感想文を書いてこい」。ふたりの特訓は、作品のテーマを読解するという総論から始まった。

 2日目。「いやぁ、マスの中に字を入れるのは難しいですね」。初めて原稿用紙に文字を書いたような口ぶりだった。照れ臭そうに感想文を差し出した川谷さんに、土橋は新たな無理難題を課した。「何回も台本を読んで履歴書を書いてこい」。台本には西条の身上経歴など書かれていない。なぜヤクザになったのか、書かれざる西条の人生を類推することで、役のイメージを膨らませて欲しかった。

 3日目。波乱万丈の人生を送った西条の履歴書を手に川谷さんは現れた。原爆孤児の少年が、中学を出て生きるため犯罪に手を染め少年院に入れられて、やがて広能組長に拾われる。まるで警察で作成される身上調書のようだった。ようやく自分の台詞を稽古できると思った矢先、川谷さんに次なる指示が飛ぶ。「自分が出てるシーンの相手の台詞を全部頭に叩き込め」。川谷さんは目を白黒させたが、土橋には狙いがあった。相手の台詞を全部覚えていると、受けが分かって柔らかく反応できるのだ。

 4日目。今度は自分が出ていない場面にまで注文が及んだ。「自分が出ていない時、どういう行動をしているか書いてこい」。川谷さんは愚直なまでにいわれたとおり実践した。ようやく台詞のやり取りを始めたのは5日目からだった。

 遂に迎えた7日目。小心者だが功名心にはやるチンピラのリアリティに興奮した深作監督が叫んだ。「OK! 拓ボンOKよ!」。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平