私は元労働基準監督官である。平成31年3月に労働基準監督署の署長で定年退職し、1年間熟慮の上、社会保険労務士会に登録することにした。

 労働基準監督官は法違反の指摘はするが、その違反をどのように是正するかについては積極的に指導をしない。公務員として様ざまな規制を受けるからである。

 問題解決のための情報を提供したいのだが、それができないもどかしさを感じたことは度々あった。社会保険労務士会に登録したのは、もっと自由な立場で事業主やそこで働く人たちのために適切なアドバイスをしたいと考えたからである。

 私がまだ若い頃、個別労働関係紛争制度ができる数年前の頃のことであるが、ある事業主から度々労働相談を持ち掛けられた。その相談の内容は、転勤命令の合理性や転勤により発生する不利益への対応など民事問題を含んだ相談であった。当時の労働基準監督官は民事問題には不介入が原則だったので、後ろめたい気持ちを抱きながら私なりに勉強して回答していた。

 同じころ、個人で労働問題に関するホームページを立ち上げた。当時はまだブログという便利なツールはなかったので、ホームページ作成ソフトを購入して作成した。ホームページを立ち上げてしばらくすると、毎日のように数件の労働相談が寄せられるようになった。早朝3時頃に起きだして、判例集を手に返信を続けた。相談の多くは民事問題を含んだもので、労働基準法の中で解決できる相談はわずかであった。このことから、労働基準監督署に寄せられる相談は企業内で発生するトラブルの中のごく一部でしかなく、企業が抱える労働問題は範囲が広いことを知った。

 個別労働関係紛争制度ができたことを契機に、もっと幅広い知識を得るために社会保険労務士試験を受験した。試験合格は10年以上も前になるが、同じ時期に合格した社会保険労務士が労使の間に入り込んで、労働問題の解決や複雑な労働環境の改善、よき労使関係の構築などに取り組みながら成長する姿に社会保険労務士の価値を感じていた。

 働き方改革や新型コロナウイルス対策で大変な危機を迎えている企業がたくさんあり、社会保険労務士の活躍が求められている。悪質な事業主に対する指導は後輩の監督官に委ねることにし、私はこれまでとは違った立場から、働き方改革やメンタルヘルス対策、エイジフレンドリーなどに関し労務管理と安全衛生管理を連携して企業を支援し、成長を促すお手伝いをしたいと考えている。

木村労務管理事務所 木村 靖【徳島】