10月8日から東京芸術劇場プレイハウスで開幕したNODA・MAP23回公演『Q:A Night At The Kabuki』(以下『Q』 と表記)。筆者は10月6日に行われたゲネプロに参加し、本作を観た。

内容に入る前に、タイトルのQはあのクイーンのQだ。去年の映画『ボヘミアン・ラプソディ』のヒットで、もはやロックファンならずとも、クイーンのことは知っている。そのクイーンを野田秀樹が扱うというニュースを聞いた時、正直困ったなぁと思った。

野田秀樹の存在をよく知らない方のために、簡単に野田について書くと、2009年から東京芸術劇場芸術監督を務めているばかりか、海外での公演も多数あり、国内外で活躍する日本演劇界の最高峰と言っていい存在だ。

野田は東大在学時代に「夢の遊眠社」を結成して以来、作、演出、役者として日本演劇界のトップは走り続けてきたばかりではなく、世界の演劇界が野田の才能を評価している。そして一回でも野田の作品を観たことがあれば”天才”という言葉が野田を表すのにピッタリだと思うはずだ。

そして、野田の作品はいわゆる商業演劇とは違う。扱うテーマも、言葉遊びのような膨大な台詞も、あっと驚く演出……その全てが既存の芝居とは一線を画した、言うなれば芸術だ。

その野田がクイーンというのは、正直、意外だった。ありていに書くと、クイーンは音楽ツウの間では独特な存在だ。フロントマン、フレディ・マーキュリーの見た目や、派手な音楽性も相まって、”凄いが、イナたい音楽”というのがリアルタイムで聴いていた筆者世代のおおむねの印象のような気がする(実際、クイーンにはアイドル的な要素がかなりあった)。

しかも去年の映画の大ヒットで、クイーンの知名度はお茶の間レベルまで上がったが、逆に音楽ツウの間では余計にイナたさに拍車がかかってしまった感がある。

と、ここまで書いた段階で、ひとまず、誤解なきよう以下のことを書いておかなければならない。

そもそもこの『Q』の企画が始まったのは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』がヒットする前のことだ。野田の説明によれば「映画の盛り上がりが起こる二年ほど前、クイーン周辺から、こんな話が私のところに舞い込んできた。それは、ボヘミアン・ラプソディを含むクイーンのアルバム『オペラ座の夜』の演劇性を本当に<演劇>として広げられないか、それもクイーンが好きな日本の劇作家、演出家ヒデキにお願いできないか、というものであった」とある。

つまり、この芝居は映画のヒットの前から始まっている。野田が二匹目のどじょうを狙うはずなどあり得ないが、それでもこのエピソードを聞いてなんだか少し安心した。

とはいえ、先ほどの野田のコメントにある通り、今回はクイーンの大ヒットアルバム『オペラ座の夜』からインスパイアされているという。『オペラ座の夜』と言えば野田のコメントにある通り、あの映画タイトルになった「ボヘミアン・ラプソディ」が収録された代表的なアルバム……何故か勝手に嫌な予感を感じてはいた。

もちろん、その嫌な予感は完全に杞憂だった。そもそも、音楽ファンには釈迦に説法だが、クイーンの『オペラ座の夜』はビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』的な名盤だ。すなわち、両アルバムとも、コンセプトがあり、さらに録音に対して徹底的なこだわりを持っている。

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の詳細は割愛するが、クイーンが『オペラ座の夜』の制作に費やした時間、こだわりは相当なもので、メンバーは「考え得ることは全てやりつくす」と決めてレコーディングに臨んだ。実際、音へのこだわりは凄まじく、音の洪水とも言える『オペラ座の夜』だが、実はゲストミュージシャンは誰も参加しておらず、すべてメンバー自前の演奏だ。

例えば、「シーサイド・ランデブー」の間奏は全てメンバーの声での演奏というから驚く。木管楽器系はフレディ、ブラスなの金管楽器系はロジャー・テイラー(ドラム)の声をオーバーダビングしている(なんとロジャーはアフリカ楽器・カズーまで声で演奏しているらしい!)。

そんな風に音作りにこだわったものだから、メンバーしか演奏していないにもかかわらず、レコーディング費用がとんでもない金額に膨らんだ。その額40,000ポンド(現在の320,000ポンド=約4230万円)だそうで、当時の費用としては最高記録だそうだ。もちろん、その内訳はスタジオ第とそこに伴う人件費。いかに音作りにこだわっていたかがわかる。


『Q』という物語のベースになっているものとは?

そんなアルバム『オペラ座の夜』はヒット曲「ボヘミアン・ラプソディ」の派手な存在に目を奪われがちだが、どの曲にも多くの物語、多くの仕掛けがありネタの宝庫で、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』同様に何回聴いても、飽きることのない名盤というわけだ。そこを野田は見事にとらえてくれていた。実際、野田はアルバム全体、1曲1曲の細かい内容、言葉、背景までしっかりと分解し、『Q』に有機的に融合させている。

もう少し具体的に解説をしよう。そもそもこの『Q』という物語、ウィリアム・シェイクスピア不朽の名作、『ロミオとジュリエット』がベースとなっている。「もし、ロミオとジュリエットが生きていたならば……」。野田がウィリアム・シェイクスピアの悲恋の名作において、対立するモンタギュー家とキャプレット家の争いを、12世紀の日本、源氏と平氏の争いにおきかえ、そこに奇想天外な発想を加えたロミオとジュリエットの後日譚だ。

主人公・源の愁里愛(じゅりえ)を演じるのが広瀬すず。そして愁里愛が恋をしてしまう平の瑯壬生(ろうみお)を演じるのが志尊淳。対立する源氏と平家。敵対する家柄なのに恋に落ちた源の愁里愛と平の瑯壬生の恋の物語が『Q 』のベーシスト・ストーリーだ。

が、ふと素朴な疑問が湧く。そもそも何故、野田は舞台を日本に移したのか? 野田の芝居では、時代や場所がトリップすることはよくあることだし、クイーンが大の親日家なのを考えれば、もはやそれだけで理由とはしては十分ではある。


NODA・MAP第23回公演『Q』:A Night At The Kabuki(撮影:篠山紀信)


NODA・MAP第23回公演『Q』:A Night At The Kabuki(撮影:篠山紀信)

ただ、これは完全に筆者の妄想の領域なのだが、そこにも『オペラ座の夜』の影響が滲んでいるように思えてならない。『オペラ座の夜』には和のテイストが特にあるわけではないが、実は、ブライアン・メイは日本製の楽器をこのアルバムでかなり弾いている。筆者が知っている範囲でも「預言者の歌」でブライアン・メイが弾く琴。それと「グッドカンパニー」でブライアンが弾くウクレレがそれだ。



ただ、このアルバムは前述の通り全てメンバーによる人力演奏だけに、他にも日本製楽器(あるいは楽器に準ずるもの)が使用されていても不思議ではない。繰り返すが、筆者の想像とはいえ、このアルバムが日本と無縁ではないことが、物語の舞台を日本にさせた可能性はゼロではない。あるいは、そんな風に想像するのはとても楽しいし、このアルバムには聴く者に想像力を掻き立てる何かがある。

いささか音楽的マニアックな話になる過ぎてしまったので、『Q』と『オペラ座の夜』の関係性の話に戻ろう。この『Q』にはもう一組のロミオとジュリエットが登場する。松たか子演じる”それからの愁里愛(じゅりえ)”と上川隆也演じる”それからの瑯壬生(ろうみお)”だ。

この二人は”それから”が示す通り里愛と瑯壬生の未来の姿。野田の芝居で未来と現在が行ったり来たりすることも決して珍しくはないが、ここにもアルバム『オペラ座の夜』の影響を感じる。『オペラ座の夜』の収録曲「39」がそれだ。この曲、1939年に宇宙へ旅立った男が、100年後の2039年に出発した場所に戻り、自らの子孫に会うという話の歌だ。芝居のネタバレになるので、詳細は書かないが、この「39」が野田のイマジネーションを掻き立てたと想像するのは、やぶさかでないはないと思う。

『ロミオとジュリエット』が人々を魅了してやまないのは、禁断の恋、悲恋だからだ。つまり物語の肝となるのが両家の”対立”だ。その対立はやがて戦への発展し、戦の中で起きた殺しが、恩讐を増幅させてゆく。


『オペラ座の夜』と『ロミオとジュリエット』の共通点

再びそもそも論だが、何故、野田が『オペラ座の夜』から『ロミオとジュリエット』をベースにした物語を想像させたのか? この辺はアルバム1曲目の「デス・オン・トゥー・レッグス」が野田のイマジネーションを掻き立てたはずだ。

この曲にはクイーンを巡るあるエピソードが隠されている。曲のタイトルを直訳すると”二本足で立つ死神”で”生きてる死神”ということになる。ちなみに、この曲には副題「…に捧ぐ」とあり、この「…」に当たる人物が〝生きてる死神〟であり、かつてのクイーンのマネージメント会社・トライデント者の社長、ノーマン・シェフィールド氏を指している。

このノーマン氏とクイーンは契約を巡り、泥沼の憎しみ合いを行った。そしてそのノーマン氏のことを謡ったこの歌に関して、フレディは「自分が書いた中で最も悪意に満ちた作品。ブライアンも演奏するのを嫌がった」というエピソードを披露している。

ノーマン氏への恩讐が詰まったこの曲が、憎しみ合う両家が物語のベースにある『ロミオとジュリエット』を呼び起こさせ、さらに『Q』における断ち切れない恩讐連鎖を醸し出すのに一役買っていると想像するのはあながち間違いではないと思う。

『ロミオとジュリエット』がベースになったとなれば、『Q』も源の愁里愛(じゅりえ)と平の瑯壬生(ろうみお)の恋の運命がどうなって行くのかにハラハラされながら進行して行くわけだが、恋と言えば、『オペラ座の夜』には究極のラブソング「ラブ・オブ・マイ・ライフ」が存在する。この曲が流れる恋のシーンはなんとも甘く切ない。

それだけはない。『Q』は、途中休憩を挟み一幕と二幕からなるが、恋愛がメインテーマの一幕から、二幕は思わぬ展開をする。大いなるネタバレになるので、二幕のテーマは書かないが、二幕の大きなテーマは「預言者の唄」からのインスパイアのような気がする。『Q』のストーリーを書けない分、この「預言者の唄」について書く。

そもそも預言者とは、神の信託を授かる者で、『Q』の中では橋本さとしが演じる法王が二幕では重要な役割を果たす。そして、「預言者の唄」の中では信託の内容が歌詞となっているが、『Q』の二幕はその歌詞と重なる部分が多い。この曲はブライアン・メイが十二指腸潰瘍で入院していた時に見た大洪水の夢がベースにあるという。ブライアンは「人間が復讐されているような夢を見た。洪水のような状態で、人間は償いのためにすべてやり直すことになった」とこの曲について語っている。この何かを暗示しているようなブライアンのコメントは、そのまま『Q』の意外な、そして野田らしい結末を暗示しているようでもある。

それ以外にもクイーンの代表曲であり、誰もが知っている「ボヘミアン・ラプソディ」も過不足なく使われているのが印象的だった。具体的に書くと「ボヘミアン・ラプソディ」の持つドラマチックさが舞台を盛り上げるだけではなく、歌詞に出てくる”銃の引きがねを弾くと そいつは死んだ 俺は台無しにしてしまった…”が、物語の中でも踏襲され、物語のトリガーになっている。

もちろん、ここに書いた以外にもアルバム『オペラ座の夜』の収録されている曲は全て『Q』で使用されているので、余裕のある方は、アルバム『オペラ座の夜』を事前に聴いておくと、『Q』を倍楽しめるかと思う。


いくつもの発見がある舞台

さて。役者について書くほど演技に詳しいわけではいが、ゲネプロ前に「出来れば早く本番が始まってほしいと思っていたので、楽しみです」というコメントをくれた舞台初出演の広瀬すずの演技は新鮮かつ気迫に満ちていた。

NODA・ MAP常連の松たか子は文句のつけようのない演技だったし、上川隆也は最高のはまり役を完ぺきに演じていた。そして、NODA MAP初出演となる竹中直人、更に橋本さとしと伊勢佳世の怪演が、『オペラ座の夜』の底に眠る魅力を炙りだしていた。

筆者は今のところ一度しか『Q』を観ておらず、曲と物語と両方を追うことが難しかったのもあり本稿はかなり妄想の領域で書いている。なので、少なくとももう1回はこの舞台を観るつもりである。そこで妄想の答え合わせが出来るだろうし、さらにいくつもの発見がありそうだ。

2度観なくともクイーンのコアファンはクイーンの曲がどのように、芝居に溶け込み、それが物語を動かしているかを発見出来るだろうし、そこを大いに楽しんでほしい。映画『ボヘミアン・ラプソディ』でクイーンのことを知った方は、野田がクイーンの代表作『オペラ座の夜』にインスパイアされて描いた世界を通し、クイーンの奥深さを堪能して欲しい。

そして、NODA MAPファンの方……ご安心ください! 今回も傑作です。


NODA・MAP第23回公演『Q』:A Night At The Kabuki(撮影:篠山紀信)


NODA・MAP第23回公演『Q』:A Night At The Kabuki(撮影:篠山紀信)


<INFORMATION>

NODA・MAP第23回公演
『Q:A Night At The Kabuki』
Inspired by A Night At The Opera
作・演出 野田秀樹 音楽 QUEEN
 
大阪公演 2019年10月19日(土)−10月27日(日) 新歌舞伎座
北九州公演 2019年10月31日(木)−11月4日(月・休) 北九州芸術劇場 大ホール
東京公演 2019年11月9日(土)−12月11日(水) 東京芸術劇場プレイハウス
*全公演で当日券を販売 詳細はhttps://www.nodamap.com/news/q/655/

<CAST>
松たか子 上川隆也
広瀬すず 志尊淳
橋本さとし 小松和重 伊勢佳世 羽野晶紀
野田秀樹 竹中直人
https://www.nodamap.com/q/