日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2020年6月の特集は、ライブ盤。第3週目となる今回は、RCサクセションと氷室京介のライブアルバムを語っていく。

B・BLUE / 氷室京介

こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人、田家秀樹です。今流れているのは、氷室京介さんの「B・BLUE」。言うまでもなくBOØWYの1986年のアルバム『BEAT EMOTION』の1曲目。1988年のライブ「LAST GIGS」の1曲目でもありました。2004年8月に東京ドームで行われた「KYOSUKE HIMURO "21st Century BOØWYs VS HIMURO」からお聴きいただいております。良いでしょう、この歓声。今日の前テーマはこの曲です。

今月2020年6月の特集はライブ盤。日本列島は全くライブがない状態になっております、日本のコンサート文化は大丈夫なのか? 早くライブが再開される日が来てほしい。そんな心からの願いを込めてお送りしております。レジェンドたちが残してきたライブアルバムから聴いていこうという1ヶ月。今週はPart3、キングオブロックの二組が残した二枚。氷室さんの『KYOSUKE HIMURO "21st Century BOØWYs VS HIMURO』と、RCサクセションの『RHAPSODY NAKED』の2枚です。なぜこの二組かと言いますと、キングオブロックという名前を欲しいままにした人だからですね。そしてRCサクセションからBOØWYへと続く、日本のロックの歴史の立役者2人ですね。氷室さんがBOØWYを結成することを決意したのが1980年の夏のRCサクセションの日比谷野外音楽堂公演を見てからです。群馬から上京して思うような活動ができず、東京を離れようかと思った時に、たまたま行ったRCの野音ライブを見てもう一度やろうと思った。これはもうBOØWY伝説、日本のロック伝説ですね。そして、1988年の東京のLAST GIGSでバンドを解散しました。ソロになってからバンド時代をずっと封印してきた彼が、初めて正面からBOØWYを歌ったのがこのライブでありました。そして、そのRCサクセションが世に認められるきっかけになったのが、1980年4月5日久保講堂で行われたライブ。そのライブを収めたのが、この『RHAPSODY NAKED』ですね。その中からご紹介いたします。

ロックン・ロール・ショー / RCサクセション

2005年に発売されましたRCサクセションの『RHAPSODY NAKED』から「ロックン・ロール・ショー」。ライブが行われたのが1980年の4月なんですね。アルバムは最初1980年6月に出てるんですが、9曲しか収録されていなかったんです。しかも、音のオーバーダビングとか差し替えがあったりして、ライブそのままという感じではなく、アルバムにはライブアルバムと銘打たれていなかった。でも聴いていると拍手が入ったりしていて、これはライブアルバムだったんだって改めて気づくという作りでした。私はライブ当日に会場にいまして、あのアルバムを聴いてなんか違うなという感じはあったんですね。確かに良いアルバムではあるんだけども、あの日のライブアルバムっていう感じはしなくてモヤモヤしたものがあったんですが、これが2005年に『RHAPSODY NAKED』が出て、これなんだよ!と納得した気分になりました。今日はこのアルバムをご紹介しようと思います。

いい事ばかりはありゃしない / RCサクセション

2005年に出たアルバム『RHAPSODY NAKED』からお聴きいただいております。1980年4月5日の久保講堂でのライブを収めております。キャリアの長いバンドやアーティストには、あそこで何かが変わったという歴史的な転機になった劇的なライブがあるのですが、この久保講堂はRCサクセションにとってそういうライブですね。デビューは1970年で「宝くじは買わない」という曲でした。当時はフォークトリオという形で世の中に出てきたんですね。でも、自分たちのやりたい音楽、ソウル、R&Bのような黒っぽい重いドラムを叩ける人が周りにいなかったので、止むを得ずそういう編成でデビューしたわけですね。そしてデビュー曲は3人でレコーディングしていたはずなのに、出来上がったレコードにはスタジオミュージシャンが入っていたという始まりでした。

1枚目のアルバムや初期のRCサクセションもそうですね。「あれ? こんな演奏俺たち知らねえよな」というのが出来上がったレコードに入っておりました。そして2枚目から自分たちで全部やるようになった。そういう1970年代に不遇だった人たちはかなりたくさんいるわけですが、彼らはその代表的な存在ですね。その後には事務所のトラブルというやつに巻き込まれましたね。井上陽水さんと同じ事務所だったんですが、陽水さんが移籍した時に、ペナルティのような形でRCもレコードが作れなかったという時期が長かった。3枚目のアルバム『シングルマン』が出たのが1976年だったんですけど、このアルバムもレコーディングしたものの1年間お蔵入りになっていた。そういう1970年代を経験しています。どん底を経験しているバンドと言って良いでしょうね。その中でメンバーが入れ替わって、1978年に仲井戸”CHABO”麗市さんが入ってロックバンドになり、1980年代を迎えるわけですが、そういうどん底の中で作ったバラードが次の曲です。

スローバラード / RCサクセション

想いのこもった演奏。万感の想いを注ぎ込んだ歌というのはこういう曲を言うんでしょうね。RCサクセションで「スローバラード」。2005年に発売になったアルバム『RHAPSODY NAKED』からお聴きいただいております。このスローバラードはオリジナルが1976年の3枚目のアルバム、さっきちょっとお話した『シングルマン』の中に入っていました。この「スローバラード」の前に演奏されたのが、「ステップ!」という「スローバラード」の後に出たシングルなんですけど、1980年のアルバム『RHAPSODY』には、「スローバラード」も「ステップ!」も入っていなかったんですよ。これも当時アルバムを聴いた時にあれ? と思った理由ではあったんですね。2005年に出た『RHAPSODY NAKED』にはライナー・ノーツが付いておりまして、オフィスオーガスタの今の会長・顧問である森川欣信さんがライナーを書いているんです。『RHAPSODY』のディレクターが森川さんだったんですね。彼はどん底のRCサクセションを見ている。1970年くらいからずっと見ていて、RCサクセション公認の追っかけの業界の人だった。そしてKitty Musicに入って『RHAPSODY』のディレクターをやった。当時は、RCサクセションは髪の毛を立てたロックバンドとして新しいところに行くんだという気概があったわけで、ライブをレコーディングするんだけども、最高の音を世の中に届けたい、新曲を中心にしたい、演奏のミストーンも録り直したりした。RCの最高の音を聴かせたかったからそうしたんだ、と彼は書いているんです。でも、RCの久保講堂の本当の生のライブの音があるんだっていうことが彼はずっと気になっていた。ビートルズの『レット・イット・ビー』のネイキッドが出た時に、これをやればあの久保講堂がもう一度、ちゃんとしたライブ盤として、あの空気、熱気、演奏が届けられるんじゃないかということで、『RHAPSODY NAKED』を作ったという風に書いていたんですね。これが本当に説得力がある。ライナー・ノーツというよりも、当事者が自分の想い、自分の中のRCサクセションのあのライブっていうのをきっちり総括している。そういう素晴らしいライナー・ノーツです。それが全ての答えだったわけですけども。これから戦うんだという、10年間不遇を囲ってたRCサクセションの全ての想い、ファイティングスピリットというんでしょうか。それが全部篭っているアルバムなんですね。次の曲も新曲として演奏されていました。

雨あがりの夜空に / RC サクセション

RCサクセションの「雨あがりの夜空に」。この時は新曲でありました。1980年4月5日、久保講堂のライブを収めた『RHAPSODY NAKED』からお聴きいただきました。オリジナルは1980年6月、2005年に『RHAPSODY NAKED』が出ました。本当にライブ盤らしいですね。久保講堂ってとっても小さいんですよ。観客はわずか1000人でした。まさか40年後にこんな風に語られるライブになるとは、当時客席にいて夢にも思わなかったわけで。でも1980年のこのライブの後に出た『RHAPSODY』を聴いた時にあった、うーん……という感じをこのアルバムは全て消してくれました。本当によく出してくれました。このライブがあって3ヶ月後、1980年7月5日にRCサクセションが初めて日比谷野外音楽堂に出るわけですが、それを観に行ったのが氷室京介さんでありました。

ROXY / 氷室京介

氷室京介さんの「ROXY」。1988年9月に発売になった1stアルバム『FLOWERS for ALGERNON』の中の曲です。2004年8月22日に東京ドームで行われた『KYOSUKE HIMURO "21st Century BOØWYs VS HIMURO”』からお聴きいただいております。21世紀のBOØWYたち、Boyという意味もありますね。それと氷室京介を対決させるというタイトルですね。バンドからソロになるという形は大きく分けて2つあります。一つはバンド時代の栄光とか名声をどこか使いながらソロ活動をやっていく。もちろんバンド時代の曲も歌っていくという生き方ですね。もう1つは過去を封印する。バンド時代の曲は歌わない。違う道を行く。バンドとは違う音楽を目指す。氷室さんは後者でしたね。封印どころか仮想敵と言っていましたからね。敵はBOØWYだと。インタビューの中でもBOØWYは禁句、絶対に使わないでくださいという時期がずっと続いて、それを解禁させた。しかも対決させた。BOØWYを遊びでやれるようになってこうなった、それがこのライブでありましたけども、そうさせたのが2003年に出たアルバム『Follow the wind』があったからだと私は思っています。あのアルバムの手応えがそうさせた。その中の曲「Weekend Shuffle」。そしてBOØWY時代の曲「ONLY YOU」。2曲続けるとどうなるでしょう?

Weekend Shuffle / 氷室京介
ONLY YOU / 氷室京介

55000人の大合唱ですよ。エンジニア人が観客の声が大きすぎて音が録れないと悲鳴をあげたというライブです。ドームのあの広さ、あの人数ですからね。歓声と大合唱のタイムラグがあって、ボワーっと何を歌っているのか分からないくらいの”音”として収められているリアルなライブアルバムですね。氷室さんのライブアルバム『KYOSUKE HIMURO "21st Century BOØWYs VS HIMURO』から、ソロの「Weekend Shuffle」とBOØWY時代の「ONLY YOU」と2曲続けてお聴きいただきました。ビートの違い、お分かりいただけましたか? バンドの音が複雑に組み合わさって、それが過激に暴れているという。こういうビートを作りたくてアメリカに行ったということもあるんでしょうね。表面が攻撃的だということだけではなくて、内面までも攻撃的。しかもそこにHIPHOPの要素も入っているという。こういうアルバム、こういう曲ができたから、BOØWY時代の曲と並べても凌駕できるという、そういう自信があって実現したライブと言って良いでしょうね。次の曲もそういう大合唱が聴けます。

ANGEL2003 / 氷室京介

2004年のアルバム『KYOSUKE HIMURO "21st Century BOØWYs VS HIMURO』から、「ANGEL2003」をお聴きいただいております。1988年7月21日に発売になったデビューシングルですね。タイトルに「ANGEL2003」と銘打たれております。"臆病な俺を見つめなよ"とオリジナルでは歌っていたんですが、この日は"臆病者にはなりたくはない"と歌っているわけです。それが氷室さんの15年後の心境でしょうね。この後、2011年に東日本大震災の後に東京ドームで2日間「KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME”We Are Down But Never Give Up!!”」というチャリティーコンサートが行われて、それが全曲BOØWYだったんですが、一つのコンサートでこれだけBOØWYをやったのは、この「KYOSUKE HIMURO "21st Century BOØWYs VS HIMURO」が初めてでありました。このソロデビューの曲で本編が終わって、アンコールはBOØWYでした。その2曲目をお聴きください。

DREAMIN / 氷室京介

この時のアンコールは1曲目が「MARIONETTE」、2曲目が「DREAMIN」、3曲目が「NO.NEW YORK」。「NO.NEW YORK」の歓声もすごいですよ。でもこの「DREAMIN」の大合唱を是非お聴きいただけたらと思ってお送りしました。氷室さんのライブアルバムは他にもありますが、歓声は僕はこれが一番好きですね。これぞライブアルバムという、2枚のライブアルバム。RCサクセションと氷室京介さんをお送りしました。なぜ2人がキングオブロックと呼ばれるのか? その答えがここにあります。



「J-POP LEGEND FORUM」ライブ盤特集Part3。今週はRCサクセション、氷室京介さんのライブアルバムをお聴きいただきました。流れているのは、この番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。歴史のもし、というんでしょうか、もしRCサクセションの久保講堂がなかったら、その3ヶ月後の日比谷野外音楽堂もなかった。もし氷室京介さんがRCサクセションの野音を見なかったらBOØWYは無かった。BOØWYが無かったらGLAYはあっただろうか? こうやって歴史が作られていくという二枚ですね。忌野清志郎さんは2009年5月2日に58歳で亡くなりました。RCサクセションのギターの小川銀次さんも2015年に亡くなられました。清志郎さんは今年がデビュー50周年で、『使ってはいけない言葉』という、清志郎さんの言葉、発言をまとめた本が出ております。これがなかなか味わい深いです。そして、氷室京介さんは2016年に「LAST GIGS」でライブ活動を卒業して、今年の10月に還暦を迎えるわけですが、9月5日から10月10日まで、グランフロント大阪北館ナレッジキャピタルイベントラボというところで、「氷室京介展 〜揺るぎなき美学と挑戦〜」という展示会があるんですよ。何か動きがあるのではないかという風に思います。この2つのライブ、1980年の久保講堂と2004年の東京ドーム、偶然に過ぎないのですが、両方とも会場におりまして、個人的な感慨があったりするという、今月はそういうライブ盤特集にもなっております。