日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2020年7月の特集は、ライブ盤。今回は、荒井由実と山下達郎のライブアルバムを語っていく。

あなただけのもの / 荒井由実

こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人、田家秀樹です。今流れているのは、松任谷由実さんの「あなただけのもの」。1996年12月に発売になったライブアルバム『Yumi Arai The Concert with old Friends』からお送りしております。松任谷由実さんが、荒井由実名義時代の曲ばかりを集めた同窓会コンサートの一曲目。メンバー紹介から始まってるんです。今日の前テーマはこの曲です。

今月2020年7月の特集はライブ盤。2ヶ月連続でのライブ盤特集。レジェンドたちが残してきたライブアルバムから聴いていきます。今週は9週目で最終週です。何をやろうかな? 何でこの特集を締めようかな? と考えていたんですが、このシリーズはライブがないのが寂しいから、改めてラジオ番組でライブの雰囲気を味わえたらなあと思って始めたんです。でも、やっていくうちに趣旨が変わってきました。あのアルバムがあった、あんなライブがあった、という流れでだんだんと深入りしてきました。自分が観てきたライブ、自分の中のライブヒストリーを辿り直すような流れになってしまったんですよ。その流れの中で、最後を誰で締めるか? 松任谷由実さんと山下達郎さんのお二人で締めようかと思っております。

このアルバムの話もしていこうと思うのですが、このお二方は音楽的に近いというものはどなたでも納得していただけるかと思います。時代的にも本当に重なっているんですね。ユーミンのデビューというのが1972年7月のシングル『返事はいらない』、アルバムは1973年11月の『ひこうき雲』ですね。達郎さんが参加していたバンドのシュガー・ベイブは1973年に結成、その前に達郎さんが自主制作盤を作ったのが1972年、シュガー・ベイブの解散が1976年なんです。ユーミンが結婚して、荒井由実ら松任谷由実へと名前が変わったのは1976年で、重なっている。ユーミンの2枚目のアルバム『MISSLIM』にはシュガー・ベイブがコーラスで参加しております。『MISSLIM』から『COBALT HOUR』、『14番目の月』のコーラスアレンジは達郎さんなんです。ファンの方はご存知かと思いますが、シュガー・ベイブにはレコード化されなかった「ユーミン」という曲もあるんです。彼らのライブには、よくユーミンがゲスト出演しておりました。共通点はもう一つあります。ライブ盤が少ないんですね。ユーミン1986年のツアー「DA・DI・DA」、そして今日の荒井由実コンサートの二枚だけです。達郎さんも1978年の『ITS A POPPIN TIME』と1989年の『JOY』の二枚だけです。J-POPのスーパーレジェンドの2人の曲をライブ盤で聴いてみよう、あの時代をちょっと味わってみようというのが今週の趣旨です。題して、"永遠のライブ盤"。まずは達郎さんの曲をお聴きいただきます。1989年発売の『JOY』より、「LAST STEP」。

LAST STEP / 山下達郎

山下達郎の1976年の1stアルバム『CIRCUS TOWN』より「LAST STEP」。作詞が吉田美奈子さん、作曲が山下達郎さんですね。1976年に発売になった吉田美奈子さんのアルバム『FLAPPER』のために書いた曲ですね。シュガー・ベイブ時代にも演奏されておりました。シュガー・ベイブを初めて観たのが、1975年1月24日の新宿・厚生年金会館小ホール、2ndコンサートだったんですね。そして、最後の荻窪ロフトでの解散コンサート、1976年3月31日と4月1日。僕は4月1日に観たのですが、こちらでも「LAST STEP」をやられていましたね。あの日、解散コンサートでどんな曲をやったのかっていうのは実は覚えていなかったんです。ライブの雰囲気とかお客さんがカウンターの中まで入っていたのは景色として覚えているんですが、曲順とかが今なら分かるんですね。インターネットすごいですよ。この解散コンサートで「LAST STEP」を披露しておりました。

蒼氓 / 山下達郎

「J-POP LEGEND FORUM」ライブ盤特集最終週。生涯一枚、永遠のライブ盤。山下達郎さん1989年のアルバム『JOY』から「蒼氓」をお聴きいただきました。2ヶ月連続特集の最後をこのアルバムで終えようと思ったのは、この曲を流したかったからでもあります。13分39秒、フルサイズでお聴きください。素晴らしいです。オリジナルは1988年10月に出たアルバム『僕の中の少年』に収録されていました。原曲は6分弱なんですが、このライブ盤ではその倍の長さです。でも、その長さを全く感じさせません。これぞライブという一曲ですね。どんなアーティストにもパブリックイメージというのがあります。音楽ファン誰もが持っているイメージがありますが、それだけじゃない面も誰しもが持っているわけですね。特にシングルになっていない、アルバム曲とかにはそういうものが刻まれております。その人の根底にある、平たく言ってしまえば、人生観と言うんでしょうか。生き方を歌った曲ですね。「蒼氓」はまさにそういう曲です。今年はこういったコロナ禍の中で、改めて自分の人生や生きてきたこと、友人や家族など色々なことを考える中で、この曲は何か新しい光をきっと見せてくれるんではないかということでお聴きいただきました。

この歌詞の中に「憧れや名誉はいらない」、「華やかな夢も欲しくない」、「生き続けることの意味」というフレーズがあって、これは達郎さんが音楽を続けることの根底にあるこだわり方でもあると思うんですね。ライブアルバムが少ないというのも、やはりそういうこだわりだと思うんです。あれだけ演奏の音や質にこだわる人にとっては、どの会場でも、全部同じような演奏というわけにはいかない。一枚のライブアルバムで自分のツアーを象徴することは無理だということも考えるでしょう。でも『JOY』は、1980年代のライブからピックアップしている集大成なんですね。中には1981年の六本木PIT INNから、1989年の宮城県民会館のライブまでほぼ10年分のライブが選ばれているわけですが、いつのライブだったのかということが、場所だけでなく時代を超えていて、古さというの全くない。これは音質というのもありますね。アルバムから伝わってくるライブの空気とか客席との距離感が全部完璧なんです。どの曲を聴いても、客席にいて2階席の一番前からステージを観ている時の距離感、音の響き方、届き方、見え方。ライブアルバムなんだけど見える。そういう究極のライブアルバムなんだと改めて思いました。

達郎さんのソロデビューは1976年で、シュガー・ベイブもそうでしたが不遇な時代ですね。前回、岡林信康さんと矢沢永吉さんの日比谷野外音楽堂のライブの特集のとときは時にもお話しましたが、野音のロックコンサートのトップバッターに、シュガー・ベイブが必ず出てくるんですよね。なぜトップバッターかというと、ウケないからさっさとやって帰るんです。帰れという声がステージに飛んできたこともありましたからね。なかなかツアーも組めなかった1970年代の後半に大阪のディスコから火がついたんです。それがこの曲です、アルバム『JOY』から1978年の曲「LETS DANCE BABY」。

LETS DANCE BABY / 山下達郎

山下達郎さんの1989年のライブアルバム『JOY』から「LETS DANCE BABY」。4枚目のアルバム『GO AHEAD!』の曲ですね。クラッカーソング、ライブでは欠かせない曲です。これが大阪のディスコで火が付いたんですね。まだツアーも組めない苦しい時期に、大阪のディスコが光を見せてくれた。大阪の音楽ファンはすごいですね。

今日は、それぞれにまつわるアルバムを持ってきてるんですが、その説明をいたしますね。達郎さん関係の一枚がシュガー・ベイブの『SONGS』。もう一枚が『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』という1972年の自主制作盤。これは四ツ谷にあったロック喫茶「ディスク・チャート」というところで買ったんです。僕は当時、放送作家で文化放送の「三ツ矢フォーク・メイツ」という番組をやってました。大滝詠一さんのサイダーのCMが必ず流れるという番組の構成です。昼間は文化放送の近くのロック喫茶で原稿を書いていたんです。ある時、ビーチ・ボーイズのカバーが流れてきた。これは誰だろうと思ってレジに訊きに行ったんです。その店員さんは後のパイドパイパーハウスの長門芳郎さんだったんですが、彼に「これ学生の自主制作版で売ってますよ」と言われて買いました。1500円でした。100枚限定で77番だったんですよね。その写真をアップしておりますので、是非ご覧ください。

生まれた街で / 荒井由実

松任谷由実さんの「生まれた街で」。1996年12月に発売になったライブアルバム『Yumi Arai The Concert with old Friends』からお送りしております。オリジナルは1974年のアルバム『MISSRIM』の曲です。このライブは1996年8月13,14,15日の中野サンプラザで行われました。ユーミンが結婚して、荒井由実から松任谷由実になったのが1976年。その翌年1年間はお休みしているんですね。専業主婦を極めてみたいという話をしていた記憶があります。1978年から音楽活動を再開して、1995年まで毎年オリジナルアルバムを毎年作り続けてきた。年にアルバムを2枚発表する時も何度もありましたからね。そうやって走り続けてきて、一旦立ち止まって荒井由実時代の曲を振り返るというのが、このライブだったんです。バンドメンバーが、細野晴臣さんを除くティン・パン・アレー。松任谷由実さんは、日本の音楽史上初めてエンターテイメントとして魅せるライブを確立し、そういうライブをずっとやってきたんです。このライブは、松任谷由実さんのライブとは違う、少ないメンバーでじっくりと音楽を聴かせるライブだったんですね。夫の松任谷正隆さんはこのライブアルバムにコメントを寄せております。「スタッフがダメ元で提案したんだけども、すんなり受け入れられた。何よりも喜んだのが本人で、リハーサルであくびもしなかった」と、お書きになっていますね。ユーミンも「四日間のリハーサルを、音楽人生で最も集中し充実していた」と書いているんです。それぞれのメンバーも再会できてよかった、この曲を今こんな風にやれることが楽しい、素晴らしいねという気分が隅々まで詰まったライブアルバムですね。そこから、1973年のデビュー曲「返事はいらない」、1975年のナンバー1ヒット曲「あの日にかえりたい」の2曲をお聴きください。

返事はいらない / 荒井由実
あの日にかえりたい / 荒井由実

1996年12月に発売になったライブアルバム『Yumi Arai The Concert with old Friends』から「返事はいらない 」、「あの日にかえりたい 」の2曲をお送りしております。山本潤子さんと一緒ですね。ハイ・ファイ・セットのデビューは1975年2月で、デビュー曲は「卒業写真」ですね。ユーミンさんの功績はいっぱいあります。こんな音楽が出てきたんだっていう、それまで聴いたことのない日本語の音楽というのが当時の第一印象でした。女性にしか作れない音楽。片や、吉田拓郎さんや井上陽水さん、ギターで曲を作る男性シンガー・ソングライターとは全然違う音楽が始まったなと思いましたね。ピアノの弾き語り、ヨーロピアンで、フランソワーズ・アルディ、プロコル・ハルムを連想する湿った水彩画のような曲調というのもありました。個人的にはテーマ的なことも大きかった。「ひこうき雲」が自殺した少女の曲を歌ってるというのもありましたし、「生まれた街で」そして「やさしさに包まれたなら」の二曲の発想、感受性ですね。「生まれた街で」の中で、「もう遠いところへと惹かれはしない」という一節、自分が生まれた街がこんな風に見えるんだと新鮮でしたね。特に「やさしさに包まれたなら」の中の、"目に映るすべてのことはメッセージ"という歌詞、これはインパクトがありました。当時は例えば、五つの赤い風船の「遠い世界に」のように、皆遠くに行きたがるんですよ。他にも岡林信康さんのようなフォークシンガーの「メッセージ」というのは世の中に向けて何を歌うかというものでしたが、ユーミンが目に映るすべてのことにメッセージがあると歌った。そうか、”物語”というのは”物が語る”、それを感じるかどうかは、受け取る人の感受性の問題なんだとユーミンに教わりました。それでは、彼女のデビューアルバムのタイトル曲です。「ひこうき雲」。

ひこうき雲 / 荒井由実

1996年12月に発売になったライブアルバム『Yumi Arai The Concert with old Friends』から「ひこうき雲」。ユーミンの功績はまだまだあります。音ですね、バックの演奏。コーラスにシュガー・ベイブが入ったりというのもありましたし、荒井由実時代の3枚のアルバムは、演奏はティン・パン・アレーですね。ミュージシャンでアルバムを聴くという聴き方は、ティン・パン・アレーやユーミンからということになるんじゃないでしょうか。バックバンドは誰だろう? と音楽ファンの会話で話題に上がるようになってきた。
そういう荒井由実さんのアルバムを二枚持参いたしました。『ひこうき雲』と『MISSLIM』。これもホームページに写真が載っておりますが、共にサインが入ってるんです。1976年6月7日という日付が入ってます。荒井由実さんの時代、1976年からの半年間、彼女のラジオ番組の構成をしていた時にサインしてもらったアルバムなんですが、未だにインタビューした相手にサインしてもらったことがないので最初で最後かなと思います。そんなアルバムを持ってまいりました。この特集が、ヒストリーの中の自分の中のアリバイ探しみたいのようになってきて、その一つと思っていただけたら幸いです。荒井由実時代の最後のタイトル曲、「14番目の月」

14番目の月 / 荒井由実

アルバムに「こんにちは、私が伝説の天才少女、荒井由実です」というコメントがあります。その中にこんな言葉がありました。「終わった後も、あれは本当だったんだよと自分に言い聞かせたくて、形にして日の目を見せて残しておきたかった」。お聴きいただきましたのは、1996年12月に発売になったライブアルバム『Yumi Arai The Concert with old Friends』から「14番目の月」でした。



「J-POP LEGEND FORUM」ライブ盤特集9週目、生涯の一枚、永遠のライブ盤。ご紹介したのは、1989年に発売になった、山下達郎さんのライブアルバム『JOY』、松任谷由実さん、荒井由実さんとしてのライブアルバム『Yumi Arai The Concert with old Friends』。流れているのは、この番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。

1972年から1976年の荒井由実さんと山下達郎さん、年齢は達郎さんが一つ上ですが、キャリアはユーミンの方がちょっと長いので、ユーミンは山下くんと呼びますね。そして、この10年、21世紀になってから最も多くライブをしているのがこの2人でしょうね。達郎さんは10年ぶりのツアーだった2008年以降、ほぼ毎年ツアーやっていて、しかもホールしかやらない。未だにアリーナとかドームでは絶対やらないという徹底した職人魂は素晴らしいですね。そしてユーミンはライブの視覚化の革命ですね。エンタメとしてどこまで規模を大きくできるか、近代化できるかというのをずっと追求してきた。そういう意味でも、日本の音楽史を支えてきた2人であります。

こうやって2ヶ月間ライブ盤をずっと聴いてきたわけですが、多少心残りがあるんです。組み合わせっていうやり方がよかったのかな? アルバム1枚で1時間でも充分もったのに、と思ったりもするんですが、組み合わせだったから、こういう2人がいたという紹介ができたと自分を納得させております。ライブというのはあの日、あの時そこにいたという記憶でもあります。ユーミンが良いことを言っていましたね。「思い出っていうのはそんなに遠くにあるわけじゃない。すぐ隣にある」ライブ盤というのはそういう物です。映像はもちろんあるんですが、記憶に残っているという意味では音じゃないでしょうか。音が蘇らせてくる物、音を通して改めて思い出すこと。ライブ盤というのはそういうアルバムだと思います。この振り返りシリーズ、アルバム4枚の写真をもってきました。これは本邦初公開です。僕はコレクターでもないのでそういう自慢はしませんが、この流れは僕の歴史でもありましたという意味でもご覧いただけたらと思います。でも、この振り返りモードがこのまま終わりそうもない感じもしてるので、来月はどこにいくんだろう? と思っております。


山下達郎『JOY』(左)、松任谷由実(荒井由実)『Yumi Arai The Concert with Old Friends』(右)を手にした田家秀樹


田家秀樹さん所有のアマチュア時代の山下達郎の自主制作盤とSUGAR BABE『SONGS』、ユーミンのサイン入り『ひこうき雲』、『ミスリム』のオリジナル・レコード


<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp

「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
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