自身が主催する「京都大作戦」の中止を含め、ライブこそできなかったものの、ライブDVD『OF THE KIDS, BY THE KIDS, FOR THE KIDS!』シリーズの7作品を期間限定で無料配信するなど、10-FEETはコロナ禍以降もSNSを使い、誰よりも積極的に様々な発信を続けてきた。そんな彼らがついにシングル『シエラのように』のリリースと全国ワンマンツアー「10-FEET ”シエラのように” TOUR 2020-2021」の開催を発表した。

多くの人がその発表に快哉を叫んだことは想像に難くないが、TAKUMA(Vo/Gt)、NAOKI(Ba/Vo)、KOUICHI(Dr/Cho)の3人はどんな思いを持って、今回、その一歩を踏み出したのか。そこのところを、表題曲の「シエラのように」がTAKUMA曰く「真っ暗なところから一番明るいところに向かって歌っているような曲」になった理由も合わせて、彼らの言葉から読み取っていただきたい。

さらなる新境地は、このタイミングでやってきた。10-FEETは悲しさも悔しさも寂しさもすべて受け止めた上で前に進み始めた。

―新曲のリリースとツアーの開催の発表を待っていたファンはもちろん、今回の発表に勇気づけられるとか、元気をもらえるとか、そういう人たちも多いと思います。

TAKUMA:SNSを見て、「元気が出ました」って1人からでもコメントをもらえたら、そこに少なくとも意味と意義はあったと思えるんですけど、僕らに一番できること、そしてやりたいことというのは、やっぱり人前で音楽を演奏して、それを聴いてもらって、元気になってもらうとか、笑ってもらうとか、叫んでもらうとか、そういうことなんです。そして、それはみんながとてもハッピーになれることだと思って、ずっとやってきたので、それができない悔しさや寂しさはずっとありました。ライブハウスには馴染みのお客さんももちろん、初めて会いにきてくれた人も、スタッフも、対バンも、ライブハウスの人もいる。普段は全然別の人生を歩みながら別の価値観、感覚を持っているそういう人たちと頻繁に会うことによって、自分が元気や閃きをもらうことがいっぱいあるんです。だからライブができなくなったのは、ただ単に人前で演奏ができなくなったというだけじゃなくて、自分が学んだり、経験したり、生きている意味合いそのものを感じたりしている場の1つがなくなったんだって最近やっと頭でも心でも痛烈に感じています。だから、そんな中でもできることを少しでもやりたいと思っています。

KOUICHI:今までのように「リリースします! ツアーします!」って発表していたのとは状況も気持ち的にも全然違う感じはしますけど、やっぱり自分らがいるこのシーンを何とかしたいという気持ちもあるんですよ。だから、ツアーにはライブハウスのためということも含め、いろいろな理由があった上で臨もうと思っています。自分たちだけのためにやるんじゃなくて、勝手にいろいろなものを背負ってやりたいです。

NAOKI:とにかく前に進まないと、音楽シーンは何も変わらないと思うので。感染防止対策を徹底することも含め、今までどおりのライブはできないですけど、最終的にお客さんも自分たち自身もやってよかった、楽しかったと思えるツアーにしたいと思っています。

―さて、そんなツアーに持っていく今回のシングルの「シエラのように」を含む3曲は、7月の段階で、バンドで何曲かアレンジしていたとみなさんがおっしゃっていた中から選んだ3曲なんですか?

TAKUMA:はい、そうです。

―では、NAOKIさんとKOUICHIさんが言っていた「10-FEETがやってそうでやっていなかった曲」が表題曲の「シエラのように」なんですね?

KOUICHI:そうです。最初にデモを聴いた時にそう思って、アレンジしだいでどんなふうにでもできる、いろいろなパワーを持っている曲だなって感じました。

―この曲の、どんなところが10-FEETがやってそうでやっていなかったと感じたポイントだったんですか?

KOUICHI:TAKUMAからデモが上がってきたとき、すごく不思議な感覚になったんですよ。TAKUMAはこれまでもいろいろな曲を書いているけど、ぱっと聴いたとき、そういうのともちょっと違う印象を受けたんです。僕はそのイメージですね。

NAOKI:アレンジしていくにつれて、少しずつ曲の規模が大きくなっていったんですよね。すごくストレートに聴こえる曲ではあるんですけど、人によっていろいろ捉え方が違うのかなっていう感覚と言うか、そういうちょっと不思議な感じがあるんですよ。今までそういう感じの曲ってやってそうなんですけど、よくよく振り返ってみると、実はやってなかったのかなっていう印象がありました。僕ら的にもすごく新しい感覚がありました。


NAOKI

―曲を作ったTAKUMAさん自身、そういう感覚はあるんですか?

TAKUMA:うーん、今の世界というか、状況を憂いている部分もあるし、全部が全部、前にあった日常のようにうまく行っていない落ち込みとか、心の傷とかがどこかにある中で一心不乱に作っていましたから、うーん、何やろ? ありそうでない感じですね(笑)。 

―作ってみた結果、そうなった、と?

TAKUMA:そうですね。数年前から、10-FEETとして、いい曲とか、おもしろい曲とか作るにあたって、やっぱり自分がうまくなったり、要素が増えたり、成長したりせんと変わっていかへんなっていうのを思っていて。変わらなくてもできる新しいこともあるっちゃあるけど、何か今までと同じ取り組みやったら、超えられる気があんまりしなくなったんですよ。ネタ切れではないけど、えぇ! って驚くようなおもしろい曲、名曲っていうのを、自分のその先にあんまり感じられんようになった時期があったんですよね。その時に、じゃあ、いろいろな音楽を聴いて、音楽を勉強しましょうってなってからだいぶ変わって。それを経てのこの数年だったんですけど、今さらのように、そもそも10-FEETの曲を作ろうとしている時点で、新しいものを作る心構えとしてちょっと凝り固まっているかもって思って、10-FEETとしての曲作りみたいなことをやめたんです。



―なるほど。

TAKUMA:それから1日1曲、たまに5曲作るようになった時期があったんです。何でもいいからとにかく作ろうってぐわーってやった時期があって。今思えば、何曲かはほんまに10-FEETではできひんなっていうのもありましたけど、全体的には10-FEET属性やなっていうのを今思えば、感じていて。それで、さらにこの2、3年、10-FEETだったらできひんなって曲を作ろうって、まず視点をそこに向けたんです。しかも、たまたまここ数年、僕、弾き語りでライブをやるようになったこともあって、弾き語り用の曲作りもしとったんですよ。その中で違いを見せようと弾き語りの曲を作り続けていたら、ボキャブラリーが増えたというよりかは、ひきだしがあったけど、開けへんかったとか、あと、このひきだしは開けてもしゃあないなみたいなところも開けて、生かせるようになってきたというか。そこでコツが自然と掴めてきて。そしたら全体的に制作する頭が柔らかくなったり、視野もめちゃ広くなったりして、10-FEETの良さ、おもしろさも俯瞰で見られるようにもなって、何も考えずに曲を作ることの感覚も育ってきたんですよね。その中でまた5、6曲作った中からの今回の曲なんですけど、ネタができた時に、それぞれにバラバラの曲だったんですけど、とりあえず候補曲を何曲か挙げて、やってみようぜってやった時に……。

―やった時に?

TAKUMA:ええ感じやったんですよ(笑)。それで、うわ、すごいと思ったんです。しかも、10-FEETがやってそうでやってなかった、プラス似合ってたっていうことに、すごくおおっと思ったんです。京都MUSEってライブハウスを借りて練習や作曲をやってたんですけど、その時のがーんって弾いて、歌った時の目の前にマイクがあって、ホールがあってという景色が焼き付いてますもん。ほんまに、うわっと思ったんですよ。

―NAOKIさんとKOUICHIさんは、やってそうでやっていなかった曲に、どんなふうにアプローチしていったんですか?

KOUICHI:何パターンか考えてレコーディングには臨みましたけど、シンプルなんで感じるままにやったかな。

NAOKI:僕はけっこういろいろ試しました。ある程度、骨組みができあがったあと、ベースで、より曲を切なくしたいと思って、いろいろなフレーズを試した結果、一番、一緒に曲を盛り上げる今のフレーズに辿りつきました。

―「シエラのように」を今回、表題曲にするにあたっては、そういう曲調が大きかったと思うのですが、歌詞に込めた思いやメッセージも大きかったんじゃないか、と。今回、こういう曲ですと謳っているわけではありませんが、5月に亡くなられたTAKUMAさんのお父さんのことを歌っているように僕は感じましたが。

TAKUMA:それもね、考えることなくやっていたので。もちろん親父が亡くなったから親父に向けた曲を作ろうとも思ってませんし。できあがってからですけど、あの時、寂しい思いをしていて、コロナもあって、そういう自分から零れる歌詞を、ひたすらここに書いたんだなって。だから、その時の自分が書いた歌詞としか言えないというか。きっと、その時にあった悲しいこと、悔しいことが体中に流れながら曲を作っていたと思うから、親父のことは入っているかもしれんなと僕も思ってます。ただ、頭で考えてやったという感じではなかったです。ほんまにこれはね、何かに向けて歌おうとか、何かを歌おうとかじゃなかったんですよ。お酒を飲んでベロベロに酔っぱらって、ギターを渡されて、何か歌ってと言われて、歌詞も何もないけど、コードをなんとなく弾きながら、歌ったら、こんな言葉が零れてきた。そういうメロディであり、歌詞であったなと僕は思っているんです。で、それがとても良いと思ったんですよ。

―はい。

TAKUMA:たとえ、しっちゃかめっちゃかに歌っても、きっとこの楽曲とメロディは、それが不完全なものでもあっても、誰かに届いた時には、その人にとっての完成形が十人十色というか、それぞれにきっとあるなと思ったんです。それはいったんできてからですけどね。作っている時は、ぐわーって書きながら全部が不完全やなと思ってたんですよ。いつもやったら、ここから「何々だから、どうです」とか、「だからどうしましょう」とか、「だからこうなんだよね」とか、もうちょっと付け加えると思うんですよ。でも、それをしなかった。直感というか、感覚というか、でも、確信はあったというか、信じていたんですよ。どの1行も未完成で、見方によっては、よくわからなかったり、ネガティブに受け取られたりするような文だなとは思うんですけど。


TAKUMA

―確かに、そういうところはありますね。

TAKUMA:文字だけ見てたらね。でも、それが音楽になって初めて、1行1行が不完全やっても、そこに込めた思いはきっと浮き出る気がする。なんでそう思うかっていうと、自分がまずそうだったから。ぐわーって書いて、ぱっと見たら、けっこう悲しかったり、寂しかったりしたんですよ。たとえば、《信じられないことは 信じることでしか 生まれないなんて 今の僕には眩しすぎて》なんて、「昔はできたけど、今は無理やねん」にも取れるようなことも決して、まったくもってネガティブな気持ちで歌ってないんですよね。もうギンギンギラギラで、魂を震わせて歌っている。真っ暗なところから一番明るいところに向かって、歌っているような歌詞であり、歌であり、楽曲だと思っているんで、ここにたとえば起承転結をつけるとか、1行1行が誤解のないように最後に何々だねって加えましょうとかってやると、きっと魔法みたいなものがなくなってしまうというか、音楽、ロックの力みたいなものがなくなるなと思ったんです。逆を言うと、この形が一番、ロックするのに、歌うのに、演奏するのに、鳴らすのに似合っていて、きっと変幻自在に熱いものとなって、飛んでいく気がするんですよ。

―今、ネガティブな気持ちで歌っていないとおっしゃったじゃないですか。TAKUMAさんはご自身のブログに「寂しさや悲しさを超えるような気持ちで、一生懸命に楽しく、熱く、本気でいろいろなことに取り組んでいます」と書かれていましたが、そういう気持ちでこの歌を歌っているから、ギンギンギラギラで魂を震わせることができているのかなと、今、お話を伺いながら思いました。

TAKUMA:ブログに書いていることとほとんど一緒なんですけど、乗り越えようと思って、歌ってはいないんですよね。でも、聴いて、乗り越えたくなる歌って、これやなってどこかでは感じているんです。

―だからこそ、このタイミングでリリースすることがふさわしいんじゃないかと思いました。もうちょっと個人的なことも聞いていいですか?

TAKUMA:はい。

―「シエラのように」のシエラは、英語で山脈という意味ですが、TAKUMAさんのお父さんの存在感を、山脈とたとえているんですか?

TAKUMA:違います(笑)。

―違うんですか。そうか、違うのかぁ(苦笑)。

TAKUMA:違うんですが、きっと違うということもなるべく言わないほうがいい曲なんだと思います。だから、こういう歌詞なんだと思います。なぜ山脈かと言うと、山あり谷ありという言葉もありますし、『岳』というマンガも僕は大好きですし。山岳救助の話で、けっこういろいろな人が死んでしまうんですけど、それでも、みんな、山登りが好きで、山を登って、そこで人生を振り返ったり、何か決断したり、生きていることを実感したり、いろいろな人がいるっていう物語なんですよ。シエラって言葉が好きになったのは、23か24の時かな。服屋で働いている時に、その言葉に出会ったんですよ。2人の男の人が登山していて、それがきっとアメリカのシエラネバダ山脈だと思うんですけど、遭難しはったんですよ。で、これはもう助からないなって状況になったらしいんです。ここに捜索隊は来ない。来たとしても間に合わない。そんな状況の中、2人は励ましあいながら、もし生きて帰れたら、防寒性の高いアウトドア用品を2人で作ろうって誓うんです。しかも、アウトドア用品ってめっちゃ高いから、なるべく安価で買えるようなブランドをやろうぜって励まし合いながら、実際、生きて帰らはって、ブランドを始めはったそうなんですよ。奇跡的に助かったこともそうですけど、お金ない人たちのために、ええもん作ろうなんて死を覚悟した時に、そういうことを言わはるのもすごいと思いましたね。その時から、何かあるたびにシエラって言葉がふと頭に浮かんでたなっていうのがずっとあったんです。

―なるほど。

TAKUMA:シエラって人の名前にも聞こえるし、新型の車にも聞こえるし。実際、ジムニーシエラってあるし、中日ドラゴンズにはモイゼス・シエラって野手がいますし(笑)。なかなかね、それが歌に登場することもなかったし、それをしようとも思ってなかったんですけど、今回、仮歌の時にぽーんと出てきて、うわ、懐かしい、これと思って、そしたら歌詞の内容もめっちゃ山あり谷ありだし(笑)。なんか、いろいろ交差して、うわって思いながらつけました。大好きな言葉です。

―シエラネバダというビールもありますね。

TAKUMA:へぇ、それは大至急、飲まなあかん(笑)。何ならCMソングにいかがでしょうか(笑)。

―NAOKIさんとKOUICHIさんは歌詞に込めたTAKUMAさんの思いを受け止めながらのレコーディングだったんじゃないかと思うのですが。

KOUICHI:上がってきた歌詞を読んだ時に確かに山あり谷ありだなって思いましたね。ただ、ドラムのレコーディングは歌よりも前だったので(笑)。歌詞から受け取った思いはツアーで込めたいと思います。

NAOKI:この曲は楽器も歌っているイメージがあるんですよ。だから、一緒に歌っているような感覚を持ってプレイできる曲でもある。全曲そうなんですけど、この曲は特に歌を演奏で引き立たせることができると思うんですよ。その分、感情が入りやすいので、ツアーで演奏するのが楽しみですね。


KOUICHI

―そんな「シエラのように」ともう2曲、メロコア調の「彗星」と「あなたは今どこで誰ですか?」が収録されていますが、この2曲をカップリングに決めたのは、どんな理由からだったんですか?

TAKUMA:「彗星」に関しては、ほんま現場で、レコーディング直前にトライして、「あなたは今どこで誰ですか?」もそうなんですけど、これは元々、アコースティックの弾き語りっぽいバラードで、ずいぶん前からあったんですよ。自分のネタ帳の中に。それがわっとその時、こうしたら良くなるなってイメージできたんです。そんなに時間もなかったんですけど、やってみようって3人でバーンってやったら、ほんまに頭で鳴っていたとおりになって、そういうのがうまく行かないことも過去には多々あったんですけど、これはけっこうガシッと来ましたね。

―「彗星」の歌詞は、自分たちのバンドのことを歌っているようにも聴こえて。

TAKUMA:うわ、そう思ったらすごい歌詞に思えますね(笑)。でも、違うんです。ただ、僕らももちろん、仲がええ時、悪い時なんてツアーの短いスパンの中でもあるし、この20年間、いろいろなことがあり続けているし、そこで学んできたこと、変わってきたこともいっぱいありますから。それを言い出すとね、自分らの日常生活とか、家族とかの時間とか、それらも全部含めて、自分の血液の中に流れていると思うんです。そんな僕が書いた歌詞だから、ここにはメンバーのことも入っているような気もするし、親父のことも入っているような気もするし。ただ、そんなに考えたことはなかったですけど、そのへん伝えるのはなかなか難しいですね。

―聴く側が自由に受け取っていいということですよね?

TAKUMA:そうですね。でも、これはこうなんだよとか、「彗星」の《心の奥》っていうのは、十二指腸の奥の、あのビロビロの、あっこやねんって絶対言いたい時は言いますし、言ったほうがいいと思いますし(笑)。いや、「彗星」の《心の奥》はそうじゃないですよ。《心の奥》は、ただ《心の奥》なんですけど、たとえばね、シエラって昔つきあってた彼女やねんって、いや、違いますよ。違いますけど、そういうのがあればね、言いますけど。

―どうですか? インタビューで、この歌詞はこういうことを歌っているんですよねといろいろな解釈されると、びっくりしたり、おもしろかったりってところもあるんじゃないですか?

TAKUMA:どう捉えられるのかなっていうのが楽しみって言ったら変やけど、音楽特有というか、一番の魅力というか、めっちゃ明るく歌ってはって、明るいメロディやけど、歌詞が悲しいって時は、あ、この人はなんとか乗り越えて元気に生きようと思ってんやろなって。その感じ方ってけっこう音楽特有やと思うんですよね。で、やっぱり僕は音楽の、特にロックのそういうところが大好きだから、自分が作る曲も自然とそうなってきましたね。もちろん、今でも伝えたいことが具体的にある時はあるし、たとえば「アンテナラスト」なんて、ばあちゃんが死んだとき、その思い出をいっぱい振り返って書いたから、あの曲に関しては、ばあちゃんのことっていうのがすごく自分の中でテーマになっていましたけど、歌というのは聴いてもらった時に、それを聴いた人のものになるのが一番素敵だと思うし、一番の音楽の魅力だと思うから、自分もそういう音楽が作りたいです。同じぐらい実際にあったことや、いる人のことを歌ってはって、それに感動したこともありますけど、その時、ほんとに自分で信じていること、熱く思っていること、感じていることを全力で純度高く出していけますようにと自分たちに対しては思っている。そこにはすごく集中して今回も作ることができたんじゃないかと思っています。


<作品情報>



10-FEET
19thシングル『シエラのように』

発売:2020年10月14日(水)
完全生産限定盤【CD+DVD+GOODS】:2980円(税抜)
初回生産限定盤【CD+DVD】:1800円(税抜)
通常盤【CD】:1000円(税抜)
*完全生産限定盤には、”10-FEET X KiU コラボ・エコバッグ”付き
*完全生産限定盤/初回限定盤に付属する特典DVDには「「京都大作戦2019〜倍返しです!喰らいな祭〜」のDAY1(6月29日)とDAY2(6月30日)の模様をダイジェストで収録!
*初回封入特典:「10-FEET ”シエラのように" TOUR 2020-2021」(2021年7公演)チケット先行受付シリアルコード(全形態の初回プレス分にのみ封入。) ※受付期間=10月13日(火) 昼12:00〜10月19日(月)23:59

=収録曲=
1. シエラのように
2. 彗星
3. あなたは今どこで誰ですか?

オフィシャルサイト:https://10-feet.kyoto/