9月29日に50歳になったLUNA SEAのギタリスト、INORAN。翌日9月30日にはコロナ禍で一人宅録で制作したニューアルバム『Libertine Dreams』をリリースした。移動が制限されたこの状況で脳内を自由に旅して制作したという本作について語ってもらった。

―アルバム制作はコロナ禍とともに始まったんですか?

うん。そう言っても過言ではないですね。ほぼ一致してます。

―特筆すべきは制作スタイルです。INORANさんのソロと言えば、ここ数年はバンドスタイルのハードなロックだったわけですが、今回は一人で宅録を?

そうですね。ここしばらくバンドスタイルでロックンロールをしようと思って作っていたアルバムが何枚か続いたんですけど、今回はライブもいつできるか分からないという状況の中で、アルバム制作の時にバンドスタイルのサウンドがハッキリと描けなかったんですよ。だけど、コロナ禍をポジティブに考えると「長い春休み、何やる?」っていう感じでした。どこにも行けない、移動の制限もある中で「何やる? どこ行く?」って一人で自宅で曲を作り始めたんです。なのでアルバムで言えば、デモテープを作ったようなもんです。デモテープが本チャンになったと考えてくれればいいと思います。

―今までなら、デモを作った後にバンドで演奏し完成させたけど、コロナでバンドメンバーも集まれないし、そのまま自分で仕上げたと?

そうですね。それと、ドラムのRyo(Yamagata)くんの怪我も大きな理由でしたね。Ryoくんが怪我でしばらく離脱するっていう状況があって、Ryoくんがいない中で、他のドラマーに叩いてもらうっていうよりは、何日か考えて、打ち込みでいいじゃんって考えに落ち着きましたね。

―ある意味、導かれるように一人での制作に?

そういう状況ならその中で楽しむというか、ベストのことを探していくうちにここに落ち着いた感じですね。

―制作スタイルが変わって、生まれる楽曲も変わりましたか?

出来上がったものを見ると変わってますよね。ただ、実際に曲を作っていた頃はコンセプトは考えないようにしていたんです。この世の中に対して考えることもたくさんあったし、理不尽なこともいっぱいあったので。そのなかで、決してストイックではなく、楽しみながら曲作りを進めていった結果こうなったって感じです。


「荒くれ者的な感じ」と呼ぶタイトルの背景

―楽しみながらというのがINORANさんらしいですね。コロナの影響を受けて弱っているアーティストもいたと思うので。

LUNA SEAの30周年のツアーも延期になり時間もできて、いろんなことを聞いたり見たり読んだりした中で、コロナのことを語るいろんな哲学者の言葉に触れたんです。哲学って結果的にポジティブになるものが多くて「え? そう考える!?」みたいな感じじゃないですか。僕ら音楽家も、音楽で人々に生きがいを与えることが本来の姿だよなって思えて。あるいは、生きがいを与えるきっかけでもいいですけどね。コロナ禍でグローバリゼーションっていうボーダレスな世界がネガティブな方に作用したわけです。けど世界がボーダレスなのなら、音楽自体も壁を越えて行けるのに、音楽作ってる方が壁を作ったってしょうがねえだろって思ったんですよ。壁をぶっ壊して生きがいを与えるものを生産しなきゃいけない、どんな状況だろうと。僕らが作っているのは工業製品じゃないので、部品がなきゃ作れないとかじゃないですからね。工場が止まっちゃうわけでもないし、工場で作っているものでもないし、ってことですよね。

―このような状況でも創造が出来る、それがクリエイターの特権ですからね。

もちろん、普段はたくさんのスタッフに支えられてクリエイティブをしているわけですけど、コロナ禍で一人で作るっていう状況になったわけです。じゃあ自分は何ができるの?っていう話ですよね。この経験って絶対忘れないし、この時期っていうのはみんな一生忘れないと思いますよ。2020年って何百年経ってもたぶん残る年だと思うし。そんな中でやっぱり産み落としていかないと、とも思ったし。なので、自分の修行とか業の意味が入っていますね。

―移動が制限された中で産み落とした一つの記録?

うん。自分の中ではそう思ってますね。

―そのアルバムのタイトルが『Libertine Dreams』=自由な夢という。

僕の中では<自由>というか<放浪>みたいな、ちょっとハードボイルド的な、荒くれ者的な感じです。

―普通だったら”窮屈な現実”みたいなタイトルが付く状況だったわけですが、真逆なんだなと。

物事っていうのは全て対になっていると思うんです。例えば善と悪。善だけが存在することなんてなくて、物事には必ず善もあれば悪もある。他にも、きっかけがあれば結果がある。でも結果だけなんてことはないわけですよ。今があればその先がある。で、今までは一日一日を一生懸命生きゆくことが大事だと思ってきたし、そうしてきたんです。でも、この状況では、その先の夢はどこへ行った?ってその先もしっかり考えないと、と思ったんです。その夢を見るってことがすごく大事だし、それに向けて歩いていくってことが大事なことだと思ったんです。

―なるほど。

別の言い方をすると、みんな今回は日常を失ったんですよね。移動とか、自由とか、今まで会っていた人に会うとか。奪われたものもあったけど、大事なものを見つけたはずです。自分の住む家であったり、住んでいる家族であったり、もう飽きたっていうぐらいみんなが感じたと思うんですよ。今回失ったものがたくさんあるけど、得たものも絶対あると思うから。そういう意味で夢・Dreamっていうワードと、Libertineを組み合わせたセンテンスっていうのは素晴らしい言葉だなと思ってアルバムのタイトルにしたんです。


ギターだけが「特別枠」というわけではない

―コロナ禍と並行して制作をしたということでしたが、具体的にはいつ頃から制作を始めたのですか?

最初の曲を作ったのは、2月の終わりか3月の初めです。で、このアルバム10曲入りなんですけど、さっき言った記録じゃないですけど、制作した順番に曲を収録しているんです。

―で、1曲目の作られたのが2月の終わりころというと……。

LUNA SEAのツアーが延期になって、もう自分に対してのコロナの脅威は迫っていたし、イタリアやイギリスの友達が、ロックダウン一週目とか二週目に入っていて、どうなっちゃうんだろうっていう感じの時ですね。

―そのあとどれぐらいのペースで曲を作ったのですか?

3日に1曲くらいのペースです。

―そのぺースで行くとラストの曲=10曲目の「Dirty World」を作ったのは……。

計算してください(笑)。3日に1曲で10曲なので30日なので、4月の頭ぐらいです。ちょうど東京の非常事態宣言が出る前ですね。

―リアルにその1カ月の記録なんですね。

そうですね。なので、その時の状況を思い出して聴いてもらうのも面白いかもしれませんね。

―「Dirty World」を作っているときはどんな感覚でしたか?

「この春休み、どこまで続くんだろう?」っていう感じでしたね。やっぱりいろんなことを考えたし、腑に落ちないこともあったし、考えても答えが出ないものもたくさんありました。曲作りだけに没頭していたわけではないので。だけどミュージシャンだから、このまま何もしなかったら無職なんですよ。無収入だし。再開した時のために、準備はしておかなきゃいけないと思うんです。棋士の藤井聡太さんはコロナの間にすごく研究をしてレベルアップしたって話も聞きますし。差が出てきますよね。別に勝ち負けじゃないけど、よし来た!って時にフルスロットルで行けるように準備はしておきたいなって。それが曲作りでもあるし。もちろんみんなの生きがいを作るのも止めないっていうのも目的でもあるし。



―一人でのレコーディングなので、アレンジも自由というか大胆ですよね。例えば、1曲目の「Dont Bring Me Down」もギター始まりではないです。この辺は狙っていったんですか?

全然狙っていってないですよ。曲が浮かんで、曲を作っていって、ギターを弾きたい時はギターを弾くし、ギターがいらないっていうかギターを忘れている曲もある。作っている曲やその時によりますね。



―楽器ありきではなく?

うん。ギターだけ特別枠ではないってことです、僕の中では。ベースレスの曲もあるし。「Libertine Dreams」はベースレスです。


目的などなく好き勝手にやる

―7曲目のアシッドジャズな「75」はかなり異色ですが、このタイトルは?

なんとなく75年ぐらいの感じで特に意味はないんです。曲調もなんかこういう曲を作りたかったからなんです。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』とか、ルパン三世とか、そういう感じのハードボイルドな曲をこの日に作りたいと思ったんですよ。だからLibertineは放浪みたいな感じなんです。どの楽器を使うかもその時の感じだし、曲も思い付いたものを音にしたし、目的などなく好き勝手にやる感じなんです。



―ある意味バンドよりも自由度は増したとも言える?

そうですね。このアルバムを作るときに、自分の脳内が一番、誰の頭の中より自分の頭の中が世界一広いよなっていう考え方にしちゃったので。移動の制限が加わったことでどこにも行けないから、脳内で旅するしかないんですよね。

―このアルバムの曲、今後ライブでの再現はどうするのですか?

そこまでは考えないで作ってましたけど。でもさっき言ったようにデモテープがそのままになっちゃったんで、デモテープの後にはバンドセッションがある。だからライブをやったら全く別物という感じですね。例えば、チェインスモーカーズって音源では打ち込みなんだけど、ライブではドラムを入れてるように、とか。自由度っていうか楽しみは増してますよ。

―この音源をライブで更に別の次元に昇華させる楽しみがあると?

そうです。例えばギターが入っていない曲では自由に村田(Yukio Murata)さんがギターを弾くとか。もう想像を入れる余地が限りなくあるわけだし、全然違うものになるかもしれない。デペッシュ・モードの「ヴァイオレーター」ってドラムはないんだけど、ライブだと生のドラムでドーンッ、ダダーン!ってなるんですよ。しかもドラム2台だった気がする。それがめっちゃかっこいいんですよ! ああいう世界ですよね。

―楽しみです。ちなみに、このアルバムの曲が4月頭で終わっているっていうことはそこから続きもあるんですか?

何か知ってる風だなぁ(笑)。続きがあって、4月から5月までで作った曲があるんです。けど、これ以上は内緒です(笑)。

―4月から5月って状況が一番ハードな時でしたよね。

そうですね。だから曲がものすごく変化してきます。もうちょいメロウなものになっています。でもメロウなんだけど、明るいっていう不思議な感じです。今まで作ったことのないような曲、たぶん俺のイメージからはないよう曲がたくさんあると思います。けど……これ以上は内緒です(笑)。


情熱は日に日に増している

―(笑)。今作に戻ると、どこか1stアルバム『想』と被るところがあるような気がしますが本人的にはいかがですか?

今回マスタリングはニューヨークのマスタリング・スタジオ”STERLING SOUND”のランディ・メリルがやってくれたんですよ。『想』もSTERLING SOUNDにマスタリングをお願いしてて。なのでそこに戻ったのもすごい偶然で、すごい巡り合わせだなと思いましたね。

―作りながら『想』を意識したことは?

それは全然ないなぁ。そもそも考え方が違いますかね。昔はサンプラーだったし。まあでも夢は変わんないわけじゃん? 結局、情熱だよね。パッションだと思う。

―1stアルバムの頃と比べて情熱はどうですか?

日に日に増してるはずです。生意気を言わしてもらうと背負うものが違い過ぎるから、昔と。そこは無下にできないですからね。

―背負うものというのは?

繋がっている人、自分を生かしてくれた歴史……全然違うよね。それを無下にできないですよ。だからこそ純粋に、そしてそれらを忘れずに、情熱を絶やさずに音楽人として生きていくために生きるようになりましたよね。

―9月29日で50歳ですもんね?

ねえ!

―その9月29日には初の無観客配信ライブがありますが(取材はライブ前に実施されたもの)、無観客はどう思いますか? お客さんがいないとやり難いという人もいますが、『MUSIC AID FEST. 〜FOR POST PANDEMIC〜』にも出演していた佐藤タイジさんは、シアターブルックのライブを無観客配信した後、「俺、客いるかいないかは関係ないわ」
って言ってました。

僕もこの間タイジさんとセッションしたんだけど、関係ないっていうのも何か分かる気がしたなぁ。お客さんがいないとやり難いという考え方が悪いわけじゃないけど、僕はタイジさんの考えの方に行かなきゃいけないと思っています。タイジさんの熱量半端ないし。もちろん会場にいるファンの熱量を加えたらとんでもない熱量になると思うけど、熱量を自分で最大限に起こしていかないとダメだと思う。結局、タイジさんは楽しんでいるってことなんだと思うんです。どんな状況であろうと楽しんでいる。それって音楽の根幹にあるものだと思う。その辺は僕もすごく賛同するところで、自分もそういうふうなパフォーマンスができると信じています。もちろん、そこにオーディエンがいてくれたらなおさらいいですけどね。


サウンドは違うけど、精神性はブルース

―それにしても、50歳のバースデーを配信でやるって想像もしてなかったですよね。

夢を見る、夢を語ることは大事だって発見が自分の中であったんだけど、必ずハプニングもあるし、想像していないようなこともこれからいっぱい起こると思う。それはみんなの人生の中でも。だからこそ、結局もとにもどって矛盾しちゃうけど、会いたい奴には会いたい時に会うべきだし、見たいものは絶対に見ておいた方がいいよねって思う。震災の時もそうだったけど、こういう出来事が一回あると強く思いますね。ちょっと言葉は雑だけど、ためらわないで生きてほしい。つらいから仕事をすぐ辞めるとかそういうレベルじゃなくて。できるだけやって後悔する方が後でいっぱい得るものがあると思うし。そういうことをコロナで教わったっていうか、スーパーポジティブに考えた結果、そこに行き着きましたね。

―その結晶がこのアルバムですもんね。

そうですね。その時の証です。

―このアルバムって、コロナ禍の日々の記録や生きた証ってことでいうと、音的には違うけど、ブルースなんだなぁって今思ったんです。ブルースって、今朝天気が良くて隣の家の犬が吠えるてる……みたいな日々の記録なので。

えっ!? 実は2日ぐらい前からこのアルバムは俺の中のブルースなんだよねって言ってたんです。自分はブルースに対してそんなに詳しくはないけど、ちょっと前にニューオーリンズ音楽の歴史の本を読んで、ミシシッピ川の川辺で演奏しているおじちゃんのブルース感とかに触れたんです。そのおじちゃんのルーツがどこどこにあって、毎週日曜日公園で集まってみんなで演奏したのが始まりで……。で、結局ただただ日常を歌っていてみたいな話だったんですよ。だから、このアルバム、サウンドはブルースとは違うけど、精神性はブルースだなって思ったんですよね。

―ここから先のINORANさん的なブルースを、いろんな音像で聴かせてもらえるのも楽しみですね。では、最後に読者にメッセージを。

このアルバムがみんなの生きがいになってくれたら、すごくいいなと思います。一人でデモテープレベルから作ったものだけど、決して一人では作っていないので。僕の周りに支えてくれる人がいて、普段近すぎて感謝を忘れている人たちがいて、自分のファミリー・ツリーがあって、自分の下に地層があって僕は音楽をこうやって続けてこられて、こういうタイミングでこのアルバムができたんです。みんな音で繋がってくれれば元気が出ると思うので、ぜひ聴いてほしいです。


<INFORMATION>

『Libertine Dreams』
INORAN
キングレコード
発売中

ストリーミング・ライブ「第二幕」決定!
INORAN -VISION-
The Second Coming
10月24日(土)

http://inoran.org/