ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第22回は山本精一が「変態リズムもの」と呼ぶ大滝詠一の作品を考察する。

去る3月21日に大滝詠一の『A LONG VACATION』(以下ロンバケ)の40周年版がリリースされました。それにともないサブスクで一部の大滝作品が聴けるようになりました。大滝詠一のファンたちは春のナイアガラ祭りに湧いているといった状況です。

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昨日、40周年版の『ロンバケ』を聴いていたら、15年前に買った『文藝別冊』大瀧詠一特集のなかの「私的大滝詠一ベスト5」というコーナーで山本精一が「ハンド・クラッピング・ルンバ」や「びんぼう」を「変態リズムもの」と呼んでいたことを不意に思い出しました。

大滝詠一は自身の作品をノベルティ・タイプとメロディ・タイプのふたつにわけて語っています。山本精一がいうところの変態リズムものはノベルティ・タイプでよく見られます。私がノベルティ・タイプかつ変態リズムものだと思う作品は次のようなものがあります。「趣味趣味音楽」、「こいの滝渡り」、「座読書」、「お花見メレンゲ」「CIDER74」、「CIDER75」、「三文ソング」、「福生ストラット(パートⅡ)」などなど。

『ロンバケ』は言うまでもなくメロディ・タイプが中心となった作品です。親しみやすい歌のアルバムと印象が強い。けれども、リズムがかなり工夫されていて、変態リズムものの側面もあります。A面の頭から4曲、つまり「君は天然色」、「Velvet Motel」、「カナリア諸島にて」、「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」はポップスサイドでありながら、変態リズムものでもあると考えています。

変態リズムものと言うけれど、なにがどう変態なのか。変態という単語を複雑と言い換えたほうが話が早いかもしれません。複雑なリズムとは端的に拍子が取りにくいリズムのことです。反対に単純なリズムとは拍子が取りやすいリズムだと言えます。その曲の拍子に合わせて両足を繰り出して歩きやすいかどうかを指標にすると単純さや複雑さを体感しやすいでしょう。

『〈脳と文明〉の暗号 言語と音楽、驚異の起源』 (ハヤカワ文庫NF)の著者マーク・チャンギージーは次のような仮説を立てています。言語や音楽が生まれたのは、脳が進化してそれらを扱えるようになったからではない。むしろ脳が元来持っているポテンシャルを最大限に引き出すために、言語や音楽のほうを研ぎ澄ませ、最適化させたのではないか、と。言語や音楽は自然界にある音を模倣してできたというのです。そして音楽の土台となる拍子は人間の歩行を模したものだと主張しています。

音楽とダンスが不可分であることから、ある種の音楽は音を使って物体の運動を表現しているとかねてより考えていました。ダンスミュージックは音自体が踊ってなくてはならないというのが私の持論です。音楽が歩行という動作を模して出来上がったとするのなら、音楽を聴きながら歩いてみるのは理に適っていて自然なことのように思えます。それで、歩きづらければ歩きづらいほど、不自然で複雑であると。

『ロンバケ』のなかで「我が心のピンボール」や「FUN×4」は拍子に合わせて歩くことはそこまで難しくないと思われます。では「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」はどうか。なかなか難しそうではありませんか。まずイントロで提示されているリズムは、4/4拍子であるとわかりやすく明示するものではありません。このリズムは、ニューオーリンズのセカンドラインと呼ばれるものです。キューバ音楽のクラーベ(3-2クラーベ)にスイングする感覚を付与したものだと言って差し支えないでしょう。「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」はセカンドラインほどハネていません。



「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」で、特に複雑なのはAメロの部分。リズム隊の演奏に注目してみましょう。ドラム、ベースがともに1拍目のオモテ拍が休符になっています。これはけっこう際どいリズムです。

ジェームス・ブラウンがファンクの秘訣は1拍目にありと言ったことは有名な話です。いわゆる「オン・ザ・ワン」。「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」のAメロ部分は、JBが重要視するところのワンが不在です。この部分を聴きながら拍子に合わせて歩こうとすれば、1拍目の8分休符めがけて足を踏み出さなくてはなりません。これがなかなか大変です。非常にトリッキー。

「カナリア諸島にて」は「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」に比べるとシンプルに聴こえるかもしれません。スネアが鳴るのは2・4拍目、すなわちバックビートなので、トリッキーなパターンというわけでもありません。しかし、バスドラムやベースによってトレシージョ的なパターンが強調されているので、拍子を取りにくいといえば取りにくい。トレシージョは、8つの8分音符を「3-3-2」といった具合にグルーピングしたリズムのパターンです。「カナリア諸島にて」は4拍子とトレシージョの二層構造になっていると言えます。



「カナリア諸島にて」のドラム・パターンにおいて、3拍目に鳴らされるハットのオープン・クローズは、ファレル・ウィリアムスの「Happy」や、a-haの「Take On Me」でも聴くことができます。コード理論でいうところの終始保留のように宙釣りにされたような感覚をもたらすパターンです。

「Velvet Motel」は『ロンバケ』の中ではもっとも変態度の高い楽曲だと言えるでしょう。Aメロ部分は、「絶対バックビートは叩かないからね!」という気迫が感じられるドラム・パターンです。ベースは「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」と同様、不在のワン。ドラムに合いの手を入れるかのようなパターンになっています。アコギとハープシコードは楽曲の顔となり得るキャッチーなパターンで演奏されていますが、ドラムとベースは茶々を入れるかのようです。「あちらを叩けばこちらから」とでも言わんばかりのもぐら叩きのようなアレンジになっています。「君は天然色」のリズムは3連係4つ打ちでシンプルといえばシンプルですが、キメや2拍3連といったアレンジ上のギミックが楽しい曲です。



私がはっぴいえんど〜ナイアガラ〜ティン・パン・アレー関連の作品を手に取るようなったきっかけは、かつてSmartのCMで使用されていた「あしたてんきになあれ」を聴いたからでもなければ、『ラブ・ジェネレーション』の主題歌として「幸せな結末」を聴いたからでもありません。ポンキッキーズを観て「パレードって良い曲だな〜」と思い、『ロスト・イン・トランスレーション』を観て「風をあつめてって良い曲だな〜」と思い、『リンダリンダリンダ』を観て「風来坊って良い曲だな〜」と思ったからです。洒脱なメロディとコードの響きに彩られたシックな音楽を期待していたのだと今にして思います。

そんな期待を胸に『NIAGARA MOON』を聴いたときの衝撃と言ったらなかったです。1stの『大瀧詠一』はすぐに愛聴盤になりましたが、『NIAGARA MOON』がわかるまで時間がかかりました。その時間はちょうどリズムのおもしろさに目覚める過程でもありました。気が付いたら体質が変わっていたのです。『NIAGARA MOON』の良さがわからないままだったら、このような連載もしていなかったことでしょう。



最後に突如として私的変態リズムもののマスターピースを数曲ご紹介します。

まずラヴ・アンリミテッド・オーケストラの「Blues Concert」。バリー・ホワイト関連作は変態リズムものの宝庫ですが、この曲は白眉。イントロからして拍子が取りづらい。イントロが明けてからも際どいリズムです。だまし絵を観ているかのような心持ちになります。気持ち悪いのが気持ち良い。

続いてスヌープ・ドッグの「Beautiful」。プロデュースは言わずもがなネプチューンズであります。絶対にバックビート叩かない系のトラックです。そういう意味では「Velvet Motel」の仲間と言えましょう。ネプチューンズの作品はバックビートのものも多いのですが、リズムパターンの組み立て方がとてもユニークなので、バックビートがバックビートに聴こえないことがよくあります。

次に取り上げるのは、ファレルも敬愛してやまないプリンスがプロデュースした作品。ザ・タイムの「777-9311」です。Linn LM-1のビートから始まりギターが加わった時点で、どこかでオモテでウラなのか混乱します。ハットの乱れ打ちが入ってようやく小節ド頭に16分休符が入っていることに気が付きます。これも不在のワンの1種であります。

続きまして、ニューヨークのボーカルグループ、パースエイダーズ。甘茶ソウルとして紹介されることが多いのですが、アレンジがとにかく奇怪なため、その味わいはとても複雑となっています。アルバム『Thin Line Between Love And Hate』の「Mr. Sunshine」は特に不思議。ボーカルとオケの関係は図と地のようになりがちです。パースエイダーズのアレンジは両者が絡み合っていて不可分です。そのためリズムの観点から言っても謎に満ちています。キメとビートがまだら状になっているといったら良いでしょうか。そうしたギミックの凝り方は「君は天然色」に近いかもしれません。

ネプチューンズを紹介しておいて、ティンバランドを出さないわけにはいかない。変態リズムものの大家であります。私が海外の音楽を聴き始めたころに、デスティニーズ・チャイルドの「Get On The Bus」のような倍テンとハーフをワンループのなかで行ったり来たりするようなリズムのビートが流行していました。その頃はいわゆるラウド系に傾倒する眉毛の細い中学生だったので、ネプチューンズやティンバランド関連作を聴くのはもっと後のことでした。




鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター」
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖」
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
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Vol.19 DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察
Vol.20 ロス・ビッチョスが持つクンビアとロックのフレンドリーな関係 鳥居真道が考察
Vol.21 ソウルの幕の内弁当アルバムとは? アーロン・フレイザーのアルバムを鳥居真道が徹底解説