エマ・ジーン・サックレイはUKジャズ界隈でもずっと謎の人だった。彼女はUKジャズの精鋭によるブルーノートのカバー集『Blue Note Reimagined』に当たり前のように名を連ねているし、現在のジャズ・シーンを騒がせているシカゴのレーベル、International Anthemから12インチをリリースしていたりと、世界的に最も注目を浴びているジャズ系ミュージシャンの一人であるのは間違いない。にもかかわらず、現在のUKシーンのどんな文脈にいて、どんなコミュニティに属しているのかいまいち見えてこないのだ。

UKジャズと言えばシャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアらのようにTomorrow‘s Warriors卒業生が活躍しているイメージがあるが、エマ・ジーンはそもそもロンドン出身ではないし、そのコミュニティとは異なる場所にいて、共に活動しているわけではない。ヌバイア・ガルシアやジョー・アーモン・ジョーンズらとはトリニティ・ラバンの大学院在学時に多少の交流があったそうだが、卒業後に密な関係があるようには見えない。


柳樂光隆・監修の新世代UKジャズ相関図より、エマ・ジーンは左上

音楽的にも近年のUKのサウンドとは異なっている。シーンを語る際によく言われるようなグライムやダブステップからの影響は感じられないし、ジャズの部分に関してもUKカリビアンやUKアフリカンの延長にあるものというよりは、どちらかというとジャズロックやフリーインプロから連なるものを感じさせる。実際、彼女がよく共演しているのは現代版ジャズロック的なバンド、ダイナソーのピアニストであるエリオット・ガルヴィンだったりする。さらにエマ・ジーンはUKロックの有望株、スクイッドのデビューアルバムに参加しているが、そもそもスクイッドみたいなバンドと繋がることも、UKジャズの主流とは一線を画した個性の表れとも言える。

彼女の音楽からは、マッドリブの過去作にも通じる疑似ジャズ・バンドみたいな感覚や、マカヤ・マクレイヴンのように生演奏をエディットする手法を聴くことができる。さらに、DJ的なセンスのレアグルーヴやスピリチュアルジャズの要素があるかと思えば、フリーインプロ的でアブストラクトなサウンドも聴こえたりもする。アフロビートやレゲエのようなUKジャズと共通する部分もあれば、Nu Jazzやディープハウスを思わせる要素も聴こえてくる。おまけに、道教(儒教・仏教と並ぶ中国三大宗教の一つ)にもとづくハングル文字の曲名があったりもして、ここまでくるともはや理解の範疇を完全に超えている。

そんなふうに書くと小難しそうだが、彼女のデビューアルバム『Yellow』は、ハッピーでグルーヴィーなダンスへと誘うハイブリッドなジャズ作品だ。エマ・ジーンの音楽にはとにかくいろんなものがゴチャッと入っている。よくわからない人なのだ。そこでエマ・ジーンとは何者なのか、まずはじっくり話を聞くことにした。これでようやく、彼女のことが少しわかってきたような気がする。




親近感を抱くのは「変人」

―まずはどんな感じで音楽を学んできたのか聞かせてください。出身校である王立ウェールズ音楽演劇大学ではどんなことを学びましたか?

エマ・ジーン:そこでは、ジャズ・パフォーマンスの学位を取得したんだけど、入学するのがすごく難しい学校で、1日目から一人前のミュージシャンとして演奏できることが前提になっている。演奏の技術をより磨いていきたい人のための学校だと思う。私はトランペットのパフォーマンスを学んでいたけど、歌をやったり、友だちとジャズ・オーケストラのチームを組んで活動してた。オーケストラでは作曲とビートメイクを担当していたんだけど、これは授業というより課外活動みたいな感じ。作業は全部、家に帰ってからやってた。

あとは、昨年亡くなってしまったキース・ティペットに師事して、主にインプロヴィゼーションを学んだ。彼はフリージャズ界の偉大なミュージシャンで、キング・クリムゾンと演奏したりもしていた人。私は週1回、丸1日かけて彼にインプロを学んでいたから、在学中に最も懇意にしてもらった先生だったと思う。そういうわけで、この学校での生活は(キース・ティペットから)ちょっと変わった型破りなジャズを学んで、(オーケストラのために)家でビートメイクをして、という繰り返しの生活。みんな私のことを変わり者として見ていたから、学校にはあまり馴染めなかったけど(笑)。

―特に印象に残っている授業はありましたか?

エマ・ジーン:キース・ティペットとのレッスン。最初の授業が印象的で、彼がランダムに学生を選んで、ステージの上でそれぞれ5分間とか、9分半とかの即興パフォーマンスをさせるというもの。2人のチームもあれば20人のチームもあって、その場で名前を呼ばれていきなりステージに上げられる。このレッスンは、曲の構成と全体の構造を短い時間で考える力だったり、決められた時間の中で、一貫したひとつの作品を作り上げる力を付けるのに役立ったと思う。



―(鍵盤奏者の)キース・ティペットから学んだのが大きかったとのことですが、フリージャズのトランペッターの研究もしてましたか?

エマ・ジーン:トランペットでずっと変わらず好きなのはマイルス・デイヴィス。彼にはたくさんのインスピレーションをもらっているし、私がジャズを始めたきっかけも彼だから。それ以外に関しては、先生や他の学生たちが、私がそれまで知らなかったミュージシャンをたくさん教えてくれた。ドン・チェリーやレスター・ボウイは、そうした中で知ったトランペッター。ただ、トランペッター以外のミュージシャンの方がよく聴いていたかも。サックス奏者やシンガー、あとはドラマーとか。私はトランペッター以外のミュージシャンの方をよく参照していたから。


トランペットを演奏するエマ・ジーン、Total Refreshment Centreで収録

―では、トランペッター以外だと誰ですか?

エマ・ジーン:まずはジョン・コルトレーン。彼の音というよりは、彼の紡ぐ旋律から多大なインスピレーションをもらってる。彼が響かせるメロディは直感に訴えかけてくるし、唯一無二だから。そこに影響を受けて、私も自分の音楽のトーンに自信を持つことができたし、トランペットを演奏したり、インプロしたりする時には歌えるものを作るようになった。シンガーだったら、ノーマ・ウィンストンやサラ・ヴォーン。それからチェット・ベイカーに関しては、彼のヴォーカル・ソロを譜面に起こしたりしてた。あとは、ドラマーだとエド・ブラックウェル。彼はドン・チェリーとも共演していた人。私はちょっと変な人に引き寄せられることが多い気がする。社会不適合者というか、変人というか、そういう人に親近感を抱くから。

自分は色々なことを同時にやりたい

―その後はトリニティ・ラバンの大学院に進学したそうですが、そこではどんなことを学んでいたのでしょうか?

エマ・ジーン:作曲で修士を取るために入学して、小さなクラシック・オーケストラで作曲と指揮をしていた。ここでは、それまで目標にしていたジャズ・オーケストラの作曲家になるためのスキルを得ることができた。この大学を選んだのもイギリス人のジャズ・コンポーザー、イシエ・バラット(Issie Barratt;トリニティ・ラバンのジャズ科主任やナショナル・ユース・ジャズ・コレクティブのCEOも務めた作曲家/教育者)がいたからだけど、彼女から学んでいくうちに、自分はひとつのことだけにずっと向き合えるタイプではないことを知ってしまって……。つまり、オーケストラの作曲だけでは楽しくないし、満足もできない。自分は色々なことを同時にやりたいんだってことに気づいてしまった。だから、授業が終わるとビートメイクをしていたし、トランペットも、歌も、全部やって、全てのスキルを日々向上させながら技術を磨いてきた。周りの人には「何もかも同時にやるなんてことはできない。一度にひとつずつ習得していくべき」って教えられてきたけど、そういう声を真に受けずに全部やった結果、自分にはそれが必要だったことに、卒業後に活動していく中で納得することができた。

―ちなみに大学では誰に師事していましたか?

イシエ・バラットと、もう一人はエロリン・ウォーレン(Errollyn Wallen:カリブ海に面する中央アメリカの国ベリーズ出身。イギリス屈指のクラシック音楽の作曲家)。2人は最高の変人。ありのままでいる彼女たちのことが大好きだった。パワフルな彼女たちと交流することができたのは本当に特別な時間だった。


FACTの名物企画「Against The Clock」でトラックメイクの過程を披露するエマ・ジーン

―大学院で特に印象に残っている授業は?

エマ・ジーン:ミュージシャン以外が講師を務めた小さな教室で、数人だけで受ける授業が好きだった。特に印象に残っているのがファーガス・ヘンダーソンっていうシェフの講義。ロンドンのレストラン「St. JOHN」を経営していて、動物の鼻からしっぽまで料理するシェフとして有名になった人なんだけど、彼の話にはすごく感銘を受けた。私はヴィーガンだから肉も食べないし革製品も使わないけど、全てを材料にして自分の表現をするっていう彼の思想が興味深かったし、そこに清廉さがあったから。彼の「特別なものより重要なもの、メッセージ性があるものを作りたい」って言葉は私の信条とも合致していた。だから、彼の話はとても印象に残ってる。

大学ではそういう授業を通して、自分の音楽のマントラ(真言)について考えるようになった。私の音楽は、身体を動かし、精神を動かし、魂を動かすものなんだと気付いていった。つまり、私の音楽はグルーヴがあり、本能的な音楽だということ。そして、身体と脳に訴えかける音楽だということ。前向きな言い方をするとクレバーな音楽であり、滋養になるのがジャズだと思う。ファーガス・ヘンダーソンの授業は、誠実さを持って音楽を追求するきっかけになったし、信条を持って自分の作品に向き合いたいという、当時私が考え始めていたことに自信を持たせてくれた。


St. JOHNの紹介動画、ファーガス・ヘンダーソンも途中で登場


「Movementt」(2020年のEP『Rain Dance』収録)MVではダンスする人々をフィーチャー

―作曲を学んでいたとのことですが、特に研究した作編曲家はいますか?

エマ・ジーン:1人はギル・エヴァンス。そもそも、(マイルス・デイヴィス&ギル・エヴァンスの)『Sketches Of Spain』が、私がジャズの世界に入ったきっかけだから。私はヨークシャーで育ったんだけど、その頃はずっとブラスバンドでサックスを演奏してた。田舎ではブラスバンドが定番だから。そこで私が「Concierto de Aranjuez」のソロをやることになって、音源を探していた時に、間違えてギル・エヴァンスの音源をダウンロードしてしまった。その音源を聴いて、衝撃を受けたのが初めてジャズに触れた瞬間。これは宇宙からの贈り物だと思った。完全に偶然だったから。「これだ」と思ってマイルス・デイヴィスも聴き始めて、お金を貯めてCDショップに行くようになった。それで、安いCDの山からマイルス・デイヴィスのCDを探して聴いていくうちにジョン・コルトレーンのことも知って、ジョン・コルトレーンのCDも買って…そんな風に、自然とジャズの世界を開拓していった。それが14歳ぐらいの時。当時、友だちもいなくて孤立していたから、ジャズが私だけの特別なものになった。学校の子たちにジャズのCDを見せたところで、分かってはもらえないしね。ギル・エヴァンスの音楽が素晴らしいのはもちろんだけど、それ以前に、彼の音楽に出会ったその偶然が特別で、私にとって大切なものになったんだと思う。

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エマ・ジーン:そして、もう1人はブライアン・ウィルソン。特に『Smile』や『Pet Sounds』期をよく聴いてる。友人やバンドメンバーは私のことを几帳面で気難しい人間だと思っているんだけど、私だって時々彼らに自由にインプロビゼーションをしてもらったりするし、自由に提案してもらったりもする。でも、そう言うときは私が心理戦をしているからで、彼らはバンドの中で自由を得ていると思っているけど、実際は私なりの方法で物事を進めてるだけだったりする。ブライアン・ウィルソンのエピソードで、スタジオにいる人たちを追い出すためにそこにあった何かに火をつけたっていうのを聞いたことがある。私はそんなことはしないけど、スタジオで『Yellow』のセッションをしている時、スピリチュアルの力を借りて、バンドのメンバーたちをある種の精神状態に持っていくようにしたりはしていた。

―それはまたすごいところに共通点が(笑)。

エマ・ジーン:あと、『Yellow』では(ブライアン・ウィルソン的な)ウォール・オブ・サウンドのアプローチを取っていて、私はストリングスだったりホーンだったり、あらゆる音を使っている。私にとってのウォール・オブ・サウンドは、多重録音やレイヤーを重ねるというよりも、色々な楽器の音がブレンドされて、新しい音が生まれた状態のこと。曲を聴いた時に「これはストリングス!」ってすぐにわかるような音ではなく、曖昧な音って感じで、この世のものではない奇妙な雰囲気になったら嬉しいと思ってやってる。一度聴いただけではどの楽器で何が行われているかわからなくて、何度も聴いて解明したくなるようなものにしたいってこと。

―では次に、特に研究したビートメイカー/プロデューサーを教えてください。

エマ・ジーン:一番最初に追いかけていたのはJ・ディラとマッドリブ。ウェールズに住んでいた学生時代に彼らの存在を知ったんだけど、2人ともヒップホップとジャズが融合した音楽で、彼らのリズムの扱い方や、全てが一筋縄ではいかないようなサウンドが好きだった。ビートがとても特徴的だし、あれがまさにグルーヴというものだと思う。だから、彼らの音楽を聴いて、分析して、グルーヴについて考えると、彼らのそれは全く新しいものなんだと気づいた。つまり、譜面を見て「1、2、3、4」と数えられるようなものではないし、ビートの周りの音との関係について考えるようなものでもない。それとは別のうねりのようなもので、リスナーと一緒になって精巧な演奏が繰り広げられる感じ。精巧な緩急があり、それが(リスナーの)肉体的な動きを引き起こす音楽だから。彼らの音楽を聴けば勝手に身体が動いて、(自分の身体の動きと音楽が一体となった)うねりの中でビートが構築されていくような。

そして、私は特にマッドリブへ関心を持つようになって、彼の姿勢を尊敬するようにもなった。なぜなら彼は休んでいる様子が想像できない人だから。マッドリブはずっと何かを作り続けている。私も常に作業をしているタイプだから、彼にシンパシーを感じる。例え、作ったものが誰にも聴かれなくても、それがリリースされないとしても、ずっと何かを作っていたいと思うし、いきなりバンドを結成する可能性だってある。実は前に、友だちを誘って突然スピード・ガラージ(UKで生まれたダンス・ミュージック。ハウスの一種)のバンドを組んだことがある。でも、次の瞬間にはまた違うことを思いついて、別のことをやってた。ある意味、呪いだと思う。リラックスしている瞬間がないし、脳はずっとノイズだらけだから。でもこの性格のおかげで、エキサイティングで退屈知らずの、変化に富んだ人生を送れたらいいなと思ってる。1週間のうちに、誰かの曲のミックスをして、自分のバンドの曲を書いて、クラブでフリージャズの演奏をする、みたいなね。マッドリブもそんな感じだと思う。ブラジル音楽のアルバムを作ったと思ったら、キューバ音楽のサンプリングをしてるマッドリブみたいに、私も世界中を飛び回るようなミュージシャンになりたいと思ってる。このグルーヴがいいな、ロシアのこの楽器かっこいい、じゃあ今度はこれを研究してみよう、みたいな感じで、ずっと脳を動かしていたい。つまりはずっと疲れてるってことなんだけど(笑)。

―マッドリブの作品で特に影響を受けているものは?

エマ・ジーン:(『Medicine Show』シリーズの)『HIGH JAZZ』。色々なジャズバンドのサンプリングをして、架空のバンドが演奏しているテイの作品。あとはイエスタデイズ・ニュー・クインテットも、私にとって大きなインスピレーションになっている。実際、数年前にリリースした『Ley Lines』(2018年)ではマッドリブと同じアプローチをやってみた。全部私自身で演奏したんだけど、別々のミュージシャンが演奏したように聴かせてる。その時は自分の中の別人格を呼び出すようにして演奏した。例えばドラマーを演じる時には帽子を被って、他の人格を探求したりしてね。「自分は今、怒ってる」って決めてそういう激しい感情を演奏に表したり、チルなミュージシャンを演じる時には椅子にゆっくり座って、そういう人が着るような服を着たりもした。マッドリブがそういう風にしたとは思わないけどね。彼はドラッグの力を借りてるかもしれないから(笑)。でも、方法は違えど、自分自身で複数のミュージシャンを演じて演奏するっていう、そのアイデアにインスパイアされたって感じ。さっきの話ではないけど、脳がノイズだらけの人間としては、彼のそのアイデアに芸術心をかき立てられているから。




―ジャズの世界でも、マイルスみたいに録音した即興演奏を解体して再構築する手法をとっていた人や、エルメート・パスコアールのように多重録音を駆使する人もいました。そういうオルタナティブなジャズ・ミュージシャンに関してはどうですか?

エマ・ジーン:エルメートは良い例だと思う。私は2019年の春、ブラジルに数カ月滞在して、その時に彼と会ったんだけど、有名人に会って感激したのはあれが初めて。私が見たライブでは彼がバンドの行進みたいなことをしていて、彼らがフルートを演奏したりドラムを叩いたりしている様子を見てたら涙が溢れてきた。エルメートは存在感がすごいし、素晴らしき変人だし、音楽も想像力に富んでいて楽しくて、理知的。彼の存在は私にとってとても大きくて、たくさん影響をもらってる。マイルスやドン・チェリーもそうだけど、そういう変な人に強く惹かれるのは、私が「変な子ども」と言われて育ったからだと思う。親にも「兄弟の中で変わった子」って言われていたし、どこに行っても、うまく馴染めたことがなかった。誰も芸術に興味がないような田舎に生まれたけど、そんな町を、ウォークマンでマイルス・デイヴィスを聴きながらいつも歩いてた。でも、自分の「変」なところは隠さずに、ありのままでいようと思ってた。そうやって自分らしくいられたからこそ、今は自分の音楽を楽しむことができてる。願わくば、誰の音楽にも似ていないものを作れていたらいいなと思う。背景にはマイルスやマッドリブや、たくさんのミュージシャンたちの存在があるけど、私だけの音楽を作っていきたい。私と同じように普通と違ったり、世間に馴染めなかったり、そういう人たちからのインスピレーションをもらいながらね。
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『Yellow』制作背景と70年代の音楽へのシンパシー

―では、ここからは新作『Yellow』について聞かせてください。まず作品のコンセプトは?

エマ・ジーン:私は、瞑想の時間に『Yellow』を使ってる。このアルバムにはポジティブなパワーや感謝の思いが込められているし、私が日々の中で大切にしていることでもある。その2つがないと、私たちの思考は暗い方に引き込まれて、世の中の素晴らしいものに目が向かなくなってしまう。感謝の気持ちを持っていれば、悲しくて暗い状況から抜け出すことができるから。『Yellow』というタイトルは文字通り色の「黄色」から来ていて、私が常に意識しているマインドセットと繋がっている。私は幼い時に父から道教の教えを受けたことがあって、物事のバランスについては常に意識している。私の言う道教は西洋の観点を通した道教の教えだから、多少希釈されているかもしれないけどね。それでも、人生や宇宙や、自分が置かれている状況の中での物事のバランスについてはいつも考えてる。難しいことや大変なことが起こった時には、じゃあ、この状況の中でもプラスのことはなんだろうって考える。「ここから何を学ぶことができる?」ってね。何事も学びだし、全てのことに感謝しているから。逆に良いことが起こった時には、その状況の中で、自分が何をしたらつまづいてしまうか、ネガティブなことが起きてしまうかを考える。私はそうした考え方を音楽に落し込む術を考えている。

黄色は太陽の色だから、『Yellow』ってタイトルは、できる限りありのままで、ホリスティック(包括的、全人的と訳されることが多い。医療用語として使われることが多く、西洋医学と東洋医学、メンタルヘルスを含めた全体を視野にいれた治療のことを表わす)で、自然発生的な形で音楽に向き合おうとした思いを表している。だから楽器は全部アナログのものを使って、生の演奏を捉えようとしている。全ての楽器を自分で演奏して。重ねているものでも敢えてバンドのように作って、バンドの音楽を聴いているような感覚になってもらえるようにプロデュースしている。あたかもここにキーボーディストがいて、あっちにはドラマーがいるように聴こえる感じでね。柔らかいソファに座って、ヘッドフォンをして、目を閉じてこのアルバムを聴くと、オーケストラの音楽に包まれているような気分になってもらえたらと思ってる。

制作中は自然発生的に物事を進めるように意識して、太陽のことを考えて、私たちを作った大地について考えていたし、実際に「Yellow」って曲では野菜を食べることについて歌ってる。ヴィーガンの私にとって野菜はとても大切な存在だから。本物の人生経験を持った本物の人間として、過剰にデジタルなものやフェイクなものから離れてこのアルバムを作ったってこと。自然な形で幸せに、シンプルになることを大切にしながらね。



―先ほども話していたように、『Yellow』は様々な演奏がかなり大胆に編集されていると思います。にもかかわらず、ほぼバンドの生演奏にも聴こえます。一方で編集を経てないと不可能な箇所もたくさんあるのもわかります。あなたにとってエディットすること、ミックスすることは演奏や作曲と同等かそれ以上の比重があると思うのですが、どうですか?

エマ・ジーン:エディットやミックスが大切というのは、本当にその通り。スタジオ技術やコンピューター、それからサンプラーやその他全ては私にとっては楽器だから。ドラマーと一緒にレコーディングしていた時、(その曲にとってふさわしい)グルーヴは頭の中にあったんだけど、一旦彼に思うまま演奏してもらった。その中から一部を引き抜いてループしているんだけど、できる限り自然に聴こえるようにしたかったから、フィルインの部分を変えたり、演奏を入れ替えたり、実はすごく細かく精密にエディットして、まるで自然に演奏しているかのように聞こえると思う。それと同じことをベースにも、ギターにも、キーボードにも応用してる。



―他にはどんなことをしてますか?

エマ・ジーン:「Golden Green」の最初の部分はドラムとキーボードを一緒にレコーディングしたんだけど、スタジオでは2人の横で私が小さな声で歌っているから、曲の構成は2人とも知っている状態。私の歌に合わせて2人にその場で演奏をしてもらった音源を持ち帰って、私が自分で演奏したベースとギターを重ねたりしている。

「Mercury」では私はトランペットを担当していて、チューバもいたし、ドラムもいて、一曲通してみんなで演奏している。ストリングスの部分は私が指揮をしたもので、メンバーたちは即興で演奏している。そのストリングスの即興演奏を他の楽器のレコーディングに合うように私が家に持ち帰って、エディットして調整している。

曲ごとに制作の仕方は違っているけど、共通していたのはスタジオでの演奏が一番重要なプロセスだってこと。一曲を最初から最後まで、全員と演奏するっていうのが理想だけど、それは相当お金持ちじゃないとできないから(笑)。バンドメンバー全員が入れるスタジオだとかなり大きい場所になっちゃうから予算がかかる。今回は曲に合わせてスタジオを変えてたんだけど、自宅のスタジオを含めて、全て小さなスタジオばかり。ここ(自宅スタジオ)に20人を入れるのをイメージしたら、無理だって分かるでしょ? だから、自分が費用を賄える状況の中で最大限クリエイティブになろうと頑張って、目の前の問題をひとつひとつ解決していこうと心がけてた。

私はいつも頭の中でアイデアを考えるんだけど、普段からひとつの曲が頭の中に流れることがよくある。全ての音や形がはっきり分かる状態じゃないこともあるけど。そして、その頭の中で流れている曲に対して音を当てはめていくのが私の作曲。頭に浮かんだアイデアや理想の形をスタート地点に、なるべくお金をかけない方法でひとつの曲に仕上げていく。自分ひとりでバンドのふりをして、全ての楽器を演奏しないといけない状況になることがあるのは経済的な状況が理由。私が楽器を手に取って演奏すれば、自分にはギャラを払わなくてもいい(笑)。私にとって最も大事なことは、自分の頭の中のヴィジョンをなんとかして具現化することだから。

―なるほど、あなたの音楽はインディペンデントでDIYだと。ところで、あなたの音楽にとってミックスの作業はサウンドを調整するだけでなく、ダブのエンジニアのように作曲や編曲、演奏などと同等の創作のような行為だと思います。そこが『Yellow』をオリジナルな音楽にしている理由のひとつでもあります。ミックスについても話を聞かせてもらえますか?

エマ・ジーン:私にとって、ミックスはプロダクションの一部。だから、私が誰かの曲をミックスするとしたら、より良い曲になるということではなくて、私らしい曲になるということを意味している。私のサウンドへのアプローチは頭の中のヴィジョンを具現化することで、リアルな音楽を作るということ。私の頭の中を表現できるのは私しかいないから、私がやるしかないってわけ。

私の作業の仕方は「間違っている」ことが多いから、もしかしたら別のミキシングエンジニアが同じ曲をミックスしたとすると、逆のやり方をするかもしれない(笑)。例えば私は、ドラム・パートをミックスダウンした後にそれを微妙に圧縮して、コンピューター上でそれをプレイし直してドラムのトラックとして使う、みたいなことをしたりする。サンプリング・レートをいじっているということは、故意に音のクオリティを下げているわけだから、間違ってると言われるかもしれない。しかも、そのドラムを綺麗にレコーディングされたストリングスの上に重ねたりもする。でも、それによって私は新しい環境を作ろうとしている。別々の性質を持ったサウンドを合体させることで、他の人とは違う、ユニークなサウンドを作ろうとしているから。



―『Yellow』は70年代のジャズファンクやレアグルーヴ、スピリチュアルジャズ、ダンスクラシックスなどにインスパイアされているように聴こえました。あなたはDJでもありますよね。制作中によく聴いていたレコードがあったら教えてください。

エマ・ジーン:今言ってくれたことは、まさに私が目指していたこと! さっき話した私のミキシングへのアプローチの背景には、70年代のサウンドを目指したいという意図があったから。実は低音域や高音域の周波数をかなり取り除いているし、MIDIっぽいサウンドの部分は昔の、木製のハイファイ・オーディオから聴こえるようなサウンドにしている。それは70年代のサウンドとも捉えられるような、タイムレスなサウンドを作り出したかったから。最近の音楽は、ものによってはパワフルすぎると思う。個人的にはそういうものよりも、温かみがあって、ちょっとの古さといい意味での軽さがある音楽、例えばロイ・エアーズやジョージ・デューク、それからさっき話した『Pet Sounds』みたいな音楽が聴きたいと思う。アリス・コルトレーンは、晩年にレーベルを離れたあとにスピリチュアルな音楽を作り始めたんだけど、彼女がオルガンを弾くのに合わせて、観客は拍手をしたりタンバリンを叩いたり、歌ったりして彼女の音楽を楽しんでいた。宇宙における、スピリチュアルな喜びを全身で感じられるようにね。私は、そういう音楽をよく聴いている。70年代のね。


エマ・ジーンが2018年に制作したプレイリスト

―最後に、あなたはトランペット奏者としてのアイデンティティもありますよね。あなたの音楽には「そのまま使う演奏」「後で加工されることが前提の演奏」「サンプルするための音色を録る目的の演奏」など、いろいろな目的の演奏があると思います。『Yellow』の中で特に満足している自分の演奏ってありますか?

エマ・ジーン:満足しているかどうかで言ったら、全ての演奏に満足してる。でも、それと同時に、もう一度演奏することになったら全て変えるはず。毎回、もっとうまくできるって思うから。演奏してから今までの間に、自分がさらに成長しているからこそそう思えるし、常に何かを学んでいるし、嗜好も毎日変わっているしね。演奏する時にはその時のベストを尽くしてるけど、実は『Yellow』でさえも、今聴くとすでに変えたい部分がたくさんある。でも、それは私が常に前進できていることを示していると思う。



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