ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークによるスーパー・プロジェクト、シルク・ソニックのデビューアルバム『An Evening With Silk Sonic』がついにリリース。二人が奏でる“feel-good“な音楽の裏には、数多くの苦難と深い葛藤があった。深い友情と完璧なスロウバック・ジャムの探求に迫る、米ローリングストーン誌のカバーストーリーを全文翻訳掲載。

※この記事は2021年8月に刊行された、米ローリングストーン誌1355号に掲載されたもの

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世界を制した理詰めのシンガーと、本能的なマルチタレントの出会い

ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークが太陽の日差しを満喫しているのは、レコーディングスタジオの中庭だ。アメリカン・スピリッツに、グッチのモノグラム入りのライターで火をつけ、頭上を覆う木々から舞い降りる鳥たちのやさしい囀ずりを堪能し、すぐそばの壁にオレンジ色の花を咲かせているハイビスカスを愛でる。そこにスタジオ・アシスタントのアレックスが驚いた様子で歩いてきて、このレイドバックした場面を完成させる。「ラムリータスをどうぞ!」彼はそう伝えると、縁に塩がまぶされ、泡立った3つのグラスを置いた。

「俺たちはストレスを隠すのが上手い」アンダーソンはそう言って、背もたれに寄りかかると、飲み物を一口飲む。6月も押し迫ったロスアンジェルスで、『An Evening with Silk Sonic』の制作はほとんど終わっていた。このデビューアルバムにその名が含まれている、ブルーノとアンダーソンによるスーパーデュオに息が吹き込まれたのは、5年前のツアー中のことで、友人同士の二人がたくらんだほんの冗談だった。それが、ふざけるどころか本腰を入れ、70年代ソウルの雰囲気満点のバラード「Leave The Door Open」というNo.1ヒットを生み出してしまう。この曲が始まって20秒ほどで、アンダーソンが(ブルーノのアドリブによるバックヴォーカルを従え)甘い喉を聞かせる“ワインをちびちび飲む(ちびちび)ローブ姿で(キメっキメっ)“という歌詞。そこに並んだ言葉が、この曲の訴求力を具体化する。それは贅沢で、ソフトで、ほろ酔い気分で、愛嬌があって、ウインクを投げかけるような適度な馬鹿さ加減から成り立っている。 「この曲は、俺たちの目的を示した公式声明だ」とアンダーソン。「本でいう序章にあたるもので、トーンを示し、サウンドを知らせる。アルバムにはいろんな波が押し寄せるけど、全体的にはこの曲に包まれている」



『An Evening with Silk Sonic』は当初、秋のリリースが予定されていたが、バンドの意向で2022年1月に延期された(編注:その後、ブルーノが36歳の誕生日を迎えた10月8日に、同作を今年11月12日にリリースすることを発表)。ブルーノとアンダーソンは、あと何曲か出してみることにした。ブルーノの説明によれば、1曲ずつ小出しにしていき、そのあと、完全なかたちでアルバムを出すという。「binge-watch(まとめて一気見すること)は避けてほしいね」

話を聞かせてもらおうという段になると、二人はラムリータスを一気に飲み干し、すっかり勢いづく。「今はすっかり仕上げモードなんだ」とブルーノは言う。「アルバムの骨格はほとんどできているから、大事なのは仕上げの部分、もう少し必要なのは……」彼は的確な言葉を思いつく。「グリース(潤滑油)だ」

「それはつまり、曲をゼロからやり直すということだ!」アンダーソンがそう言うと、ブルーノは笑い、うなずく。「ここにあと3年居続けようか!」と彼は言う。ヒットメイカーとしてのキャリアは10年に及ぶものの、ブルーノといえば、微細すぎてリスナーの大半には判別できない(とにかく認識できない)ような楽曲の細部のやり直し、さらなるやり直しに次ぐやり直しに次ぐやり直しで知られている。「だが、それには及ばない」彼は話を続ける。「その段階は過ぎた。そういう段階もあった。危ない場所に足を踏み入れた瞬間もあった。『Leave The Door Open』を出すことで、自分たちにプレッシャーをかけたんじゃないかな。締め切りは重要だ。どこかの時点で、『これでよし』と言わなければならない。そうしないと、嫌になるまで作業を続ける羽目になる」。それについて彼の考えはしっかりしている。「ただ、そこにも良い面はある。うんざりするまで付き合わざるをえないというのは、つまり、愛情と時間と情熱を捧げたということ。ひどく骨の折れることなんだ」。「Leave The Door Open」について彼はこう付け加える。「あのブリッジのせいでバンドが分解するところだった。でも、それは間違いだと、俺たち全員が気づいたんだ」


Photo by Florent Déchard for Rolling Stone
Production by John Esparza. Production design by Elizabet Puksto. Hair by Lucy Lipps. Grooming by Adrienne Sanchez. Styling by Astrid Gallegos. Bruno Mars‘ pants by CMMN SWDN and Sunglasses by Dior. Anderson .Paak‘s shirt by Levi‘s (vintage), shoes by Vans, hat by Kangol, and sunglasses by Gucci.

ある程度の時間をブルーノと一緒に過ごしてみると、それが会話であれ、ブレイクスルーをもたらし12×プラチナムに達した2010年の「Just the Way You Are」から、11×プラチナムのスマッシュヒットとなった2014年の「Uptown Funk」(マーク・ロンソンとの共演)を経て、「Leave The Door Open」に至るヒットカタログに耳を傾けることであれ、彼がまるで技術者のようにポップにアプローチしているのは明らかだ。アンダーソンは彼をこう呼んでいる。「数学教授。彼は楽曲のあらゆる側面について、数学的な部分のすべてを考えている。それはずっと深い。洒落た文句よりも、あるいは、良いドラムよりも、また、自分たちが曲で言っていることや、言おうとしていることや、見せ方や、サビをいかにキメるか、その手のことよりも」

アンダーソンは対照的に、自分は「そういうこと以外」のプロセスに関わったと言う。ブルーノ同様、彼はマルチな才能の持ち主だ(歌、ラップ、曲作り、そして、地元カリフォルニア州オックスナードのチャーチ・バンドで10代の頃からドラムを叩き続けてきた)。ブルーノ同様、彼のショウビズ入りは、LAのとあるバーのバンドのパフォーマーとしてで、 オルタナティブ・ラップを扱う会社として定評のあるStones Throwをはじめとするインディ・レーベルから、ジャンルにとらわれず曲を出すに至った。そこまでのすべての活動は、アンダーソンの才能をかぎ取ったドクター・ドレーが2015年のアルバム『Compton』の全編で彼を起用し、すぐさまAftermathと契約させたことで報われた。アンダーソンが言うには、彼の楽曲へのアプローチはブルーノと違って、より流動的で、本能的で、仰視的なところがある。「俺はかなりフリーフォームで、『この場のノリは?』って感じだから、ブルーノとはものすごく親しくなりかったし、彼の仕事に学んだ」そこにブルーノが笑みを浮かべながら割り込む。「俺から盗んだな!」そして二人は大笑いする。

ブルーノもアンダーソンも、お気楽な性格ゆえ心が通じあっている。内輪受けのネタにはまってしまったり、互いに相手のショーの演出を組み立てあったり、相手や自分自身のモノマネを熱心にやったり。そのため、雑誌のライターが、たくさんポケットの付いたベストを着てインタビューに現れようものなら、釣り人ネタのジョークのつるべうちで、その後数時間にわたり盛り上がってしまうのは言うまでもない。そうやって二人が心を通じ合わせた成果のひとつがこれだ。ワイングラス片手にローブ姿で豪邸内を歩きまわる内容のシルク・ソニックの曲に耳を傾けても、中庭のテーブルで、ブルーノやアンダーソンとカクテルを囲んでも、どちらにしても、このアルバムが生まれたのが、絶望と混乱に苛まれたパンデミック期間中であるのを、ほとんど忘れてしまうだろう。

それは意図的なものだった。「『こいつらの深さたるや水たまり並み』とかって俺が言おうとしたり、言ってみても、 びっくりされないよう願っている」とブルーノ。「意図的というのとは違う。自分たちの目的はこれだと、俺たちが感じてるってだけだ。俺たちに必要なのは、ステージに明かりを灯すこと。敬虔の念についてなら、俺たちの前か後に演る人にお任せして、自分たちの目の前にいる人たちや聴いてくれてる人たちにたっぷりと喜んでもらう。特に、今現在我々が直面しているような時勢にあっては。自分はどうなのかって? 気が滅入るような音楽は聴いてないな。すでに俺たちはおかしな状況下にある。それなのに、あえてそこに深入りするかい? そんなの嫌だ!」彼は首を左右に振る。「俺は逃げ出したいよ!」

古のソウルを再創造するために
二人がこだわった研究と与太話

10年以上も前の型式のキャデラックCTSが、スタジオ脇の小道に駐まっている。「4日前に洗ったばかりなんだ」ブルーノは誇らしげに言う。ある意味、このクルマが音楽面での彼の自信の源にもっとも近しい存在となった。彼がミックスを手がけた2010年の『Doo-Wops & Hooligans』以降のどのアルバムも、このキャディの車内で耳を傾け、彼が最適だと判断する、ある種の現実社会のシナリオの中に置いてみて、感覚的にピンときたものだった。派手に改造したこのアメリカ製のセダンは、古いのでCDプレイヤーがついているのだ。

シルク・ソニックが、このキャディのおかげで気づかせてもらったことのひとつが、アンダーソン曰く「そう、俺たちの演奏には力が入りすぎているんだ」。二人が狙っていた 60〜70年代のソウルやファンクの雰囲気を再創造するため、ブルーノの説明によれば、二人とブルーノの長年のエンジニア、チャールズ・モニーズは「リサーチをおこない」、「最適なものを集めた。アンディ(アンダーソン・パーク)のドラムスキンに至るまで。今回のアルバムで初めて気づかされたのは、適正なギターピックの重要性であり、ゲージを使った適正な弦高だった。すべて科学に裏打ちされたようなものだった」

どんな機材を集めるべきか(年季の入ったセッションマンに相談したり、昔のドラム専門誌を読んだりして)考えたあとに、二人が焦点を絞ったのは、昔ながらの演奏スタイルに倣い、それらをその時代に行われていたやり方で正確にレコーディングすることだった。マイクは1、2本だけで、ミュージシャンをまとめて同じひとつの部屋に入れて、一度に演奏してもらう。アンダーソンは言う。「かつての演奏者は相当根気強く演奏していた。俺たちが聴いて育った音楽は、重いドラムに、ベースはぶんぶん鳴っていた。そこで、楽器を全部ひとところに集めてみたけれど、『どうしてうまくいかないの』という状態が続いた。なぜなら、俺たちはやたらとデカい音を出していたからだった」

「Leave The Door Open」のブリッジの話になると、ブルーノ曰く「あれはアンディの演奏だ。彼はグルーヴの展開をしっかり把握しているけれど、俺は理由があって叫び続けた。『うわ、本が降ってきたみたいな音だ!』って。『音量を下げて』と言うつもりでね。かつて先輩たちがジャズ演奏家だったころは計算されていた」。「彼らは慎重に演奏していた」とアンダーソンは言う。

ブルーノとアンダーソンは、シルク・ソニックの起源を、 2017年の、とある逸話にまで遡る。この年の欧州ツアーで二人は出会った。「俺は24K Magicツアーのオープニングアクトを任されていた」とアンダーソンは振り返る。「その途中に1週間、俺たちはスタジオに入った」。「速攻で!」とブルーノは言う。二人は、互いに相手を称賛し、気に入ったというだけで、さしたる理由もなくスタジオ入りした。コラボの話といえば、この二人らしい「やり口」のひとつに、楽屋での大切な内輪受けネタ(彼らの言い方では「jibb talk」)をとりだし、そういった冗談を曲にできるか試していた。jibb talkとは、アンダーソンの説明によれば「笑顔付きの戯言」のこと。「俺たちは一日中しゃべったり、小ネタをやったりしている。でも、それはすべて心の底から出てきたものなんだ。なぜなら、俺たちは自分たちの経験や人間関係から曲を書いている。男二人が組んで、愛について語るのは稀だ」

「俺たちは、自分たちを別のなにかだと偽るつもりはない」とブルーノは付け加える。「俺たちの生まれた背景には与太話があったわけだし」

その一例を挙げよう。件の欧州ツアーの初めの頃、アンダーソンとブルーノが言い出したフレーズに“Smoking out the window"がある。これは、ストレスを抱えた空想上の輩が、ものスゴい勢いでタバコをふかして、不安な状況から逃げ出そうとしている、おかしな情景の一部だ。この4つの単語が、お決まりの文句として繰り返されるようになり、ふたりでスタジオに入ったときに、曲のフックとなった。「それが俺たちが初めて一緒に書いたものになった」とブルーノは言う。



二人はその過程を再現する。

ブルーノ(歌う): 「ティファニーで3万5千、4万5千ドル使ってやる」

(二人のユニゾン):「オー! ノー!」

ブルーノ:「彼女のやんちゃな子供たちに、俺の家じゅうを駆けずり回させる、それはまるでチャッキーチーズ」

(二人のユニゾン):「オー! ノー!」

ブルーノ:「俺はUFCで、彼女の元カレと対戦させられ、窮地に追い込まれる、信じられない」

アンダーソン:「どうにでもなれ!」

 「信じられんよ!」とブルーノ。「それでフックがくる。“Smoking out the window“。そして、『きみはなぜ俺にそんな仕打ちをするの? 俺だけのものじゃなかったのか……』」

コロナ禍と過去への向き合い方
エンターテイナーとしての矜持

ツアーが終わり、人生は前に進んだ。そして、こうしたセッションは今年の2月まで中断された。パンデミックが合衆国を襲う直前まで、ブルーノはファイルを聞き返していた。「ピンときたことがあったから、アンディに電話して伝えた。『スタジオに来いよ』。彼はこう答えた。『俺は酔ってるぞ!』」「自分の誕生日だったから」とアンダーソンは説明する。「でも俺は言う通りにした」。「姿を現すと、彼は興奮していた」とブルーノが続ける。「俺たちは曲を書き始めた。この場所で。一進一退しながら」。そこには「競争心と仲間意識 」があった、と彼は説明する。「彼が一発かましたら、『おお、すげえ。俺はさらに上を目指すぜ』みたいな」

二人とも笑う。「あのセッションはすっごく楽しかった」とブルーノ。「あれが"What are you doing tomorrow?“という歌詞に繋がった」

シルク・ソニックは、隔離状況下での情熱的なプロジェクトとなった。「俺たちもやれたかどうかわからない、もしもパンデミックでなかったら」とアンダーソン。「本当に多くの人たちにとって悲劇になってしまったけど、ブルーノはツアーに出ていたかもしれないし、俺も同じだ。でも、俺たちにはここにいなければならなかった(二人がほのめかしているのはスタジオによる“厳格な“安全のための手順のことで、二人とも感染しなかったと話してくれた)」。サウンドを厳しく分析すべく、二人は、アンダーソンが呼ぶところの「ファウンデーション、つまり、60年代、70年代、オールドスクール」に目を向けた。ブルーノはこう話してくれた。「俺には何年の曲かわからない。チャートは見ていないし。俺たちは毎晩ここに来て、一杯やって、好きな曲をかけた」

二人に影響を与え、基準となった存在について具体名を挙げてもらう。すると、アンダーソンがたくしあげたTシャツの下から現れたのは、かなり精緻なタトゥーで、胸じゅうに広がっている。描かれているのは、アレサ・フランクリン、ジェームス・ブラウン、マイルス・デイヴィス、スティーヴィー・ワンダーにプリンス。「これはアヴェンジャーズだ」と彼は言う。「これを入れたのは隔離期間中、めちゃくちゃ退屈だったから」。「これってジェームス・ブラウン?」ブルーノは、アンダーソンの胸を指差して訊ねると、眉をひそめる。「そのタトゥー、スティーヴィー・ワンダーが入れてたはずだよ」



Photo by Florent Déchard for Rolling Stone, top by Anderson x Vans. hat by Kangol.

年が進むあいだに、クラシック・ソウルへの愛情ゆえに二人は絆を深めた。自分なりに愛を育んできたディープカット(隠れた名曲)を互いに聞かせあったのだ。アンダーソンは、ブルーノが知らなかったドラムの部分についてしゃべったりした。「さらにパーカッションに留まらず」とブルーノ。「アンディに備わっていたのは天与の声と、そこに宿る天然の生々しさとファンク。ソングライターとしては、聞こえてくるその声は楽器のようだし、様々なことを想像してしまう。『もしも自分にこんなスーパーパワーがあったら、自分が作る曲もああいう感じになるのに』」

スタジオの外では、世界は大きく揺れていた。アンダーソンは、ブルーノに比べると明確にポリティカルなアーティストで、ブラック・ライヴズ・マターの抵抗運動のさなか、あの瞬間の熱狂的で不安定なエネルギーを放出する「Lockdown」という楽曲をリリースした。政治と痛みは、当然、ソウルの歴史とは切っても切れない。そこで、シルク・ソニックとして、警察による殺害もしくはパンデミックについて何か言いたいという誘惑にかられなかったか訊いてみた。 「俺がここに着くと、ブルーノがこう言った。『なあ、アンディ。きみはたくさんのことをしてきたし、たくさんの曲を作ってきたのはわかってる。どれもすごくかっこいい。でも、俺たちのこの作品は俺の流儀でやっていく。俺とがっちり手を組み、俺を信頼してほしい。きみには毎晩ベストを尽くしてほしい。俺たちが作る音楽で女性たちが気持ちよくなり、みんなに踊ってほしい、それでいいんだ。みんなを悲しませたくはない」

ブルーノが言うには「いい曲は人々を一つにまとめあげる。“みんなで一つになろう“という歌詞をわざわざ歌わなくてもいい。実際にそうするのが厳しいこともある。“みんな手を挙げろ“と言わなくてもいい。心に訴えかけたら、自然とそうなるから。それが、このアルバム全体での俺たちの考え方になっている。もしもそれが俺たちを気持ちよくし、俺たちの心に響けば、それが広く伝わり、他の人々の気持ちをよくする。それこそが、エンターテイナーとしての俺たちの仕事だ」



ブルーノとアンダーソンに近しい人にCOVID-19で亡くなった者はいない。ただ、二人とも深い哀しみと不安に刻まれた生活を送ったことがある。二人ともホームレスの時期があったし、若くして親を亡くしている。アンダーソンの父親は獄中で亡くなった。彼の母親に暴力を振るったのだった。そして、ブルーノの母親は、2013年に予期せぬ死に襲われた。彼はツアーの準備中で、慌てて地元ハワイの彼女のもとに駆けつけたが、顔を見る前に亡くなってしまった。

「俺たちは二人とも気持ちよくなれる音楽を作っている」とアンダーソンは説明する。「そして、それは俺たちが痛みや悲劇を経験してきたからだと思う」。「すべてが痛みと生き残ることから始まっている」とブルーノが同意する。「絶対に逆戻りしたくない。前進あるのみ。状況が悪くなることがわかっていても」。シルク・ソニックというプロジェクトは、とアンダーソンが言う。「そうしたことについての俺たちなりの対処法になっている。だからこそ、俺たちも大きな力を注いでいる。俺たちにはわかっている。それは俺たちにとって生か死か、生や死とはなんなのか。貧乏とは、親を亡くすとは、自分を支えてくれた、あるいは、依存症と戦った親を持つとはどういうことなのか、俺たちは知っている。自分たちがなにに直面しているのかわかっている。俺たちが経験したすべてがここにある」

ブルーノが教えてくれた話がある。「俺たちの曲で、扱っている題材に関して、歌詞が『かなり重い』内容のものがあった」と彼は言う。「俺と彼でかなり力を入れてハーモニーを作ったり、歌ったりしたんだけど、その時に話したことを覚えている。『なあ、この曲をアルバムに入れたいのかどうかわからないよ』。俺たちが生み出しているのは、感覚だし、感情だ。だから、これは寝かせておこう。セッション後、アンディは帰宅し、俺はレコードをかけていた。この曲になったところで、ひとりごちた。『アンディのところに寄っていかないと』。クルマを走らせて、向こうに着くと、彼に伝えた。『外に出てこいよ』。彼がクルマに乗ると、俺はプレイボタンを押した。すると、彼はすぐさまこう言う。『そ、い、つ、は、やめとけ(Turn. That. Shit. Off)』」。その夜、この曲はゴミ箱行きとなった。「何週間もかけて取り組んだ曲だけど、スタジオの壁の外で聞いてみたら、そこから先は早かった」とブルーノ。「こんな気分は味わいたくない!  なぜ俺をこんな気分にさせるんだ?」

シルク・ソニックの制作風景
狂気すれすれのスタジオワーク

ラムリータスを飲み干したら、難問解決の時間だ。「まだ完全にできあがっていない曲がある。洗車の間にかけてみないと」とブルーノ。「ただ、大きな問題がある。サビに入る前のところが、いかにもパンチインした(パフォーマンスをあとから縫い合わせた)みたいになっているので、そこを基本的に直したいと思っている。そこはロボットっぽい感じで、そのすぐあとで俺が歌い出すんだけど、ドラムとベースとピアノをがっちり固めすぎたせいで浮遊感がない」

スタジオ内に入る。大きなオープンスペースになっていて、敷かれたラグの上に配置された楽器で雑然としている。そのなかには、Ludwigのドラムのヴィンテージ物で、REMOアンバサダーのヘッドに、シルク・ソニックのロゴ入りのキック(「練習用のキットだよ」とブルーノが指摘する)。ジョヴァンニ・イダルゴのコンガ。Hohner Clavinet D-6のキーボード。Danelectroのシタール。ブルーノ曰く、どの曲にも「ちょっとだけキャンディ」を加えたというTrophy Musicの小型のグロッケンシュピールが含まれていた。奥の壁にかかった大きなポスターには、キノコ雲(mushroom cloud)が描かれ、その上には「世界征服作戦」と言葉がある。「ラジオで俺たちの曲がかかったら、頭のなかで、あの音が聞こえる」とブルーノ。「あれは頭の中を整理するためのムードボードさ」アンダーソンはこう付け足す。「SoundCloudじゃないからな!」

二人はコントロールルームに入る。そこでは、エンジニアのチャールズ・モニーズが、72チャンネルのSolid State Logicのミキシングボードと向き合っている。彼が着けているスチールとゴールドを組み合わせたロレックスのサブマリーナーは、『24k Magic』を仕上げてくれた感謝のしるしとして、ブルーノが買ってくれたものだ。ここのほうがブルーノの飾りつけたポスターの数が多い。テーマは80年代ですべて統一されている。「I Wanna Dance With Somebody」の頃のホイットニー・ヒューストン、『Diamonds and Pearls』の頃のプリンス、『キャプテンEO』、『ナイトライダー』のK.I.T.T. 。チャールズの隣に座っているのは、プロデューサー/ソングライター/マルチ楽器奏者のダーネスト"Dマイル"エミール、アンダーソンとブルーノの共作者の核となるひとりだ。シルク・ソニックのユニヴァースには、まだ他の人たちもいる。このデュオに名前をつけ、プロジェクトの精神的なゴッドファーザーと見なされているブーツィ・コリンズ。進捗状況に応じて、耳を傾け、意見をフィードバックしてくれたドクター・ドレー。ドラムで1曲参加してくれたダップ・キングスのホーマー・スタインワイス。


Photo by Florent Déchard for Rolling Stone, top and sunglasses by Ricky Regal. pants by Gucci.

チャールズがかけた曲のほんの一部がブルーノを悩ませる。その曲はフィリーソウルへの華やかなオマージュで、 手痛い失恋のあとしっかり生きていこうという劇的な歌詞で、ストリング・セクションとサンプリングした暴風雨の音が加わる。「ヴォーカルをミュートしたら、どうなるか聴いてみよう」ブルーノはチャールズに言う。

「ベースをレイドバックさせたほうがよさそうだな、ほんの少しだけひっこめて」Dマイルはそう言うと、耳を傾ける。「まだ出すぎてるかも」  

ブルーノはチャールズに各楽器の音を分離するよう指示する。耳障りな演奏をつかまえて、まずい箇所を直すのだ。「ギターの弦を張りすぎてない?」と彼が訊く。「ああ、チャック(チャールズ・モニーズ)、リズム・ギターのソロをかけて」彼は耳を傾ける。「次はさっきのベースをかけて……次はピアノを……次はドラムを……わかった、アンディだ!」

「スネアのアクセントかも」とDマイル。「自分のほうでピアノとベースはもとに戻しておく。ギターに問題はないと思うけど」

数分後、ドラムが希望通りに入ってないことに彼らは気づいた。「たぶんゴーストノートのせいだ。バックビートの合間に俺がやらかしてる、強く叩きすぎた」とアンダーソンが申し出る。

「それって演りなおしたやつ?」ブルーノは彼に訊く。

「ああ、おそらく」とアンダーソンは言うなり、立ち上がり、ドラムキットのほうに歩いて行き、その楽節を改めて叩く。ドラムを覚えたのは「ゴスペルチャーチだった」と彼は話してくれた。「『意のままに操れる』のは基本。 そのうえで重要になるのは、感覚、グルーヴ、慌てないこと、スローにしないこと。 まさにそれに尽きる。ドラムに歌ってほしいだろ」

20分にわたり、アンダーソンは曲の一部の9秒間を繰り返し何度も何度も演奏し、ブルーノとDマイルからの細かな指摘を、ひっきりなしにうまく捌いてゆく。「今の音はパンチみたいだ。やりなおし」とブルーノが言う。このレコーディング中には、ほんの微かな音の違いを判別することができたけれど、それはそこで終わりだ。どうやらブルーノは自分の望むものをついに手に入れたようだ。「よし、今のは最高だ。でも、最後の音が抜けてないか」。彼は再び耳を傾ける。「ああ、ごめん、入ってた。俺がテンパってたよ。これでよし。うまくいった!」

ブルーノはビートを待ち、額に皺を寄せたかと思うと、Dマイルのほうを向く。「ピアノはどうだ?」

10分ほどのあいだに、ピアノが何度も弾きなおされると、例の9秒の箇所でようやくみんなに満足した表情があらわれた。ブルーノに訊ねてみた。ここ何年間、多くのスマッシュヒットをキャリアに残してきた彼にも、いまだにプレッシャーを感じることがあるのか。あるからこそ、ほんの少しの手直しのために、あそこまで熱心に仕事に打ち込んでいるのか、と。「プレッシャーはいつでもある」と彼は言う。「自分の内側からのプレッシャーがね。俺にとってそれは世間の認識とさえ違う。楽しくなくなったら、もうそれ以上はやりたくない。興奮させられなくなったら」。アンダーソンとの仕事について彼はこう言う。「『おお、相棒とガレージにいるぜ』みたいな。そこに喜びを見いだしている。そして、まず何よりも、音楽に夢中だ」

来る日も来る日もスタジオで過ごしているうち、音にかなり敏感になるのも良し悪しだ。ブルーノは、その事実を認める。狂気にも似た何ものかと付き合う時もある。「同じ曲を何回聴けばいいんだ?  『アンディ、ハイハットがヘンじゃない?』と何回言えばいいんだ? そこからさらに深みにはまると、こんなふうに言うところまで行ってしまう。『曲がクソなのか。俺たちがクソなのか。曲はもうできていたのでは』と」

「それはドミノ効果だ」とアンダーソン。

「ひとつのちょっとしたことが、悪循環を引き起こす」とブルーノは続ける。「そこで、それを振るい払うために、こう言うんだ。『ドラムキットに向かって』」彼は笑みを浮かべる。「それから、そいつについて考えよう」

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From Rolling Stone US.



ブルーノ・マーズ、アンダーソン・パーク&シルク・ソニック
『An Evening With Silk Sonic』
2021年11月12日リリース
国内盤CD ¥2,200(税込)
視聴・購入:https://SilkSonicJP.lnk.to/AEWSSMe

アルバムのイラストを用いたTシャツも販売中
グッズ・ページ:https://store.wmg.jp/collections/brunomars/products/1097