音楽メディアThe Sign Magazineが監修し、海外のポップミュージックの「今」を伝える、音楽カルチャー誌Rolling Stone Japanの人気連載企画POP RULES THE WORLD。ここにお届けするのは、2022年3月25日発売号の誌面に掲載された田中宗一郎と小林祥晴による対談記事。テーマは2022年1stクォーターの音楽シーン総括だ。

ポップミュージックにおける様々な動向は必ずと言っていいほど、社会全体の変化に先んじる場合が多い。つまり、極言すれば、世界各地の最新のポップ音楽の動向を追っていさえすれば、現時点における社会が抱える歪みや解決すべき問題、あるいは、それを乗り越えるためのアイデアや機会を見出すことさえ可能だ。今回は「アート」と「産業」が互いに影響を与え合いながらもそれが引き起こす摩擦が何をもたらすか? について考えた。ぜひPOP RULES THE WORLDが選んだ「2022年1stクォーターに聴いておきたい70曲」のプレイリストと併せて楽しんでもらいたい。

●POP RULES THE WORLD「2022年1stクォーターに聴いておきたい70曲」


・モザイク状に入り組んだ現実の複雑さ、そこに目を向けることの重要性
 
小林 今回は2022年の1stクォーター総括がテーマですが、この対談収録はウクライナ侵攻が始まって二週間というタイミング。「そもそも音楽の話なんてしてていいの?」っていうのは、誰もが頭をよぎることですよね。

田中 前回の対談で、年間の総括をそっちのけで世界情勢が今までになく不安定になっているっていう話をしてたら、それからわずか数ヶ月でウクライナへの軍事侵攻が起こった。杞憂は杞憂のままでいて欲しかったのに。

小林 年明けから「ずっとウクライナとミャンマーのことしか考えてない」って言ってましたからね。

田中 この前、珍しく地上波なんて見てたら、ニュースキャスターがプーチンに対してだけじゃなくて、ロシアに対しても感情的に憤りを表明してて。でも、戦争が起こった理由はもっと複雑なわけじゃない? NATOやアメリカにだって原因がある。しかも、戦争を止めること、これ以上犠牲者を増やさないことが何よりも重要なんだけど、戦争反対って言葉さえも政治利用されつつある。特に、ああいうキャスターのエモーショナルな語りを見ると、アメリカの属国である日本に暮らす身としては「情報操作?」みたいな気分になっちゃう。

小林 2010年代は善と悪、敵と味方の二項対立によって世界中で様々な衝突が起こってきた。その反省として、物事はそんな綺麗に二つに分けられるはずがないんだから両極の間に広がるグラデーションを見ていきましょう、善と悪が背中合わせである複雑さに目を向けましょう、という意見が世の中でそれなりに共有されるようになったと思ってたんです。でも、いざ今回のような軍事侵攻が起こると、プーチンとロシアが悪、ウクライナやアメリカやNATOが善という前提に立ち、そこに最初から何の疑いを持たないような見方が案外多いことには少なからず驚きました。無論、軍事侵攻で罪のない人々を殺すというプーチンとロシア軍の行為自体は許されないことですが。

田中 国家単位でのみ物事が語られてしまうことで、ウクライナでもロシアでも市民の間にはグラデーションがあること、軍の中にだってグラデーションがあるだろう当たり前のことが忘れられていく。これは本当に危険。でも、2010年代からのポップ音楽はそういった現実の複雑さに目を向けることを促してたとも言えるでしょ?

小林 というのは?

田中 例えばブラックでも、北米のブラックと西アフリカのブラックとイギリスやヨーロッパのブラックとでは、それぞれ違いがあるし、民族的アイデンティティにもグラデーションがある。特に2010年代後半からそういうことをちゃんと意識しなくちゃいけないということが人々の間で広がってきた。いろんな地域の音楽に接することを通して、物事がモザイク状に入り組んでいるという複雑さを意識するようになったオーディエンスが世界規模で増えたんじゃないか。10年単位で考えたとき、そうした意識の変化は社会全体に必ずいい形で機能すると思う。ポップカルチャーがそれをきちんと反映していた、ということで自分の気持ちを慰めたい(笑)。

小林 ポップカルチャーが時代の機運を先んじてキャプチャーしてたとすれば、今こそ文化について考えるのが大事だという視点もあります。なので、気を取り直して1stクォーターの総括を始めましょう。

田中 じゃあ、ここ3カ月間のポップミュージックの状況で大きな動きを挙げるとすれば、やっぱりNFLスーパーボウルのハーフタイムショーになるよね。

Dr. Dre, Snoop Dogg, Eminem, Mary J. Blige, Kendrick Lamar & 50 Cent FULL Pepsi SB LVI Halftime Show



小林 そもそもスーパーボウルは毎年アメリカで視聴率40%超え、1億人以上が見るという超ビッグイベント。ハーフタイムショーは毎年大きな話題になりますけど、今年は特に評判が良かった印象です。

田中 今回はドクター・ドレーを筆頭に、スヌープ・ドッグ、メアリー・J・ブライジ、エミネム、ケンドリック・ラマー、50セントが出演。ケンドリックを除くと、ほぼほぼ90年代ヒップホップの大ヒットだらけのセットリスト。改めて世界中に90年代ヒップホップの魅力を何より若い世代に知らしめた功績は大きい。

小林 トラップやドリルやエモラップ以降しか知らない若い世代にとっては、これが90年代ヒップホップに触れた初めての機会かもしれない。僕もめちゃくちゃ楽しみました。海外メディアの評価も絶賛が多いんですが、ピッチフォークがほぼ唯一批判的な論調で。論点は幾つかありますが、ひとつにはBLMに賛同して国歌斉唱のときに起立を拒否し、契約解除になったNFLのコリン・キャパニック選手にオマージュを捧げたエミネムの膝つきパフォーマンスにしろ、ケンドリックがBLMアンセムの「Alright」をやったことにしろ、事前にNFLは了承していたわけでしょ? っていう。論調としては、NFLに政治利用されてるだけじゃないの? という問題提起のニュアンスがあった。実際、そういう構造があることを頭の片隅に置いておくのは悪いことではない。

田中 結果的にエミネムの膝つきパフォーマンスがNFLのブランド力を強化し、彼らがやったことの罪を曖昧にすることに繋がったという視点だよね。実際、今回のハーフタイムショーにもいろんな側面があるのは確かで。スヌープは今回の出演と前後して、かつて自分が所属していたデス・ロウを買収してる。

小林 今後はデス・ロウのバックカタログの曲をやれば、スヌープにチャリンチャリンと入ってくる(笑)。そういうところは本当に抜け目ないですよね。

田中 しかも今後はデス・ロウを史上初のNFTレーベルにするつもりだとか。でもストリーミングで作品が聴ける状態でもそれってビジネスとして成り立つのかな?

小林 既にスヌープは新作収録曲17曲のうちランダムで1曲のNFTが手に入るSnoop‘s Stash Boxを発売してて、購入者は様々な特典をもらえる。17曲全てのNFTを集めると独占コンサートに招待とか、特典も豪華。

田中 そうなると、また別の形での囲い込みってことかー。それだと、ザ・フーの“ウォント・ゲット・フールド・アゲイン“の歌詞じゃないけど、革命が起こってもボスが変わっただけっていうか。もちろん俺はスヌープは大好きだし、彼の選択は支持したいけど。

小林 実は僕もスヌープは大好きで、インスタをチェックしてるほぼ唯一のアーティストがスヌープ(笑)。あの人のヴァイブスって基本的にユルくて適当じゃないですか。で、ユーモアがある。あのノリは本当に好き。

田中 いきなりスヌープ・ライオンと名乗ってレゲエを始めたりね(笑)。それにジェイ・ZのTIDALほど莫大な費用もかからないだろうし、継続的なビジネスにならないと思ったら、さっさと撤退しちゃうかもね。


・アートのフィクション性が揺らぐ現代に、ザ・ウィークエンド新作は一石を投じる?

田中 それで言うとザ・ウィークエンドの『Dawn FM』は「あんたが死をモチーフにしたシリアスな作品作るとかどうなの?」っていう感じもなくはない。

The Weeknd - Out of Time (Official Video)


小林 十分笑えるアルバムだと思いますけどね。今回の作品は端的に言うと、コロナ禍にザ・ウィークエンドがこれまでの人生を振り返って、現世に残した恨みや後悔に向き合うという贖罪のアルバム。タナソウさんもthe sign podcastで指摘してましたけど、アルバムの最初と最後に小鳥のさえずりが入ってるだけで噴き出すでしょ。「こんな白々しい救済のイメージある?」って。

田中 実際、ヴァースを客演してるタイラー・ザ・クリエイターやリル・ウェインに「お前、マジで言ってんの?」的なツッコミを入れさせてるしね。実にそこは抜け目なく抜かりない。だからこそ、このアルバムはあまりシリアスに取っちゃいけない気がする。「Less Than Zero」なんて、あの間抜けな8ビートもそうだし、ご丁寧にもメジャー・スケールで一音ずつ音階を駆け登っていって、さらに1ワンオクターブ上がってまた、同じメロディを奏でる80年代風のシンセ・リフとか(笑)。俺とかはあれを聴くだけで、「真顔では聴けないよ!」って気分になるけど。

The Weeknd - Less Than Zero (Official Lyric Video)



小林 ザ・ウィークエンドってマックス・マーティンと組んでヒットを飛ばし始めてから、ポップスターとしてのペルソナをかなり意識してまとい始めたと思うんです。だから、エイベル・テスティファイとザ・ウィークエンドの関係って、どこかデヴィッド・ボウイとジギー・スターダストの関係のようにも見えて。今回のアルバムのストーリー的にザ・ウィークエンドは放蕩の限りを尽くしたことを反省してるけど、エイベル本人はそことあんまり関係ないんじゃないか、っていう気もする。

田中 2010年代は作家本人の生活や言動と作品を同一視することが当たり前になった。ポップ音楽史上、ここまで表現のフィクション性を意識しないというのは、かなり大きな変化だとも思うの。この前、カミラ・カベロがエド・シーランが一緒にやった「Bam Bam」が出た時も、誰もがまずは「ショーン・メンデスとの破局をどう受け止めていくかがテーマ」だと口にしてしまう。

小林 間違ってはないんですけどね。

Camila Cabello - Bam Bam (Official Music Video) ft. Ed Sheeran



田中 ただ、ソングを語る上でまずそこから始まるのがごく当たり前になったのはかなり異常なこと。音楽的な形式とか、作品の自立性とか、「フィクションとは何なのか?」といった視点が完全に後回しになることになった。でも、もしかすると、ザ・ウィークエンドの新作は結果的にそこにちょっとした疑問を投じる作品になってるのかもしれない。いや、わかんないけど(笑)。

小林 わからないって思わせるだけで、もう成功しているんだとも言えるし。

田中 そうそう、アートとして成功。2010年代は北米のポップミュージックを論じる際にも、「これが正解です」っていう解説に対するニーズが高まった。日本語ネイティヴ圏以外でも。でも、この作品はそういった状況にに揺さぶりをかけている――のかもね(笑)。


・プラットフォームの覇権争いとそれがもたらすヒットの構造変化

小林 ただ、ザ・ウィークエンドのアルバムは全米1位を取っていないっていう。で、アルバム、シングル共に全米1位を独走し続けているのがディズニー映画『ミラベルと魔法だらけの家』のサウンドトラック。

田中 超大ヒット。ディズニーアニメのサントラとしても数十年ぶりの全米1位。アルバムではザ・ウィークエンド、シングルではアデルを押さえての1位。

小林 間違いなく2022年初頭を象徴する現象です。

We Don‘t Talk About Bruno (From "Encanto")



田中 まず大前提として、『ミラベルと魔法だらけの家』のミュージカルパートを手掛けたリン=マニュエル・ミランダの音楽家としての才能のすごさだよね。

小林 『ハミルトン』や『イン・ザ・ハイツ』も手掛けていて、昨今のミュージカル音楽界では指折りの才能。『ミラベルと魔法だらけの家』はコロンビアが舞台なのでコロンビア音楽を軸にラテンの楽器やサウンドを大々的に取り入れてる。ミランダ自身はプエルトリコ系ですね。もちろん近年のラテン音楽への注目度の高さもヒットの背景にあります。

田中 ただ、それ以上に、ディズニープラスという新たなプラットフォームの成功によって、ディズニーがこれまでには存在しなかった、新たなゲームの規則を生み出したことの結果でもあることは間違いない。

小林 日本ではディズニープラスはネットフリックスやアマゾンプライムに会員数では及ばないからピンと来ないかもしれませんが、アメリカでは完全に覇権を握ってて。2021年の配信映画トップ15のうち11作がディズニープラスの作品。『ミラベルと魔法だらけの家』も劇場公開時ではなく、ディズニープラスでの配信が始まってからヒットした。その影響力は計り知れない。

田中 もしかすると、今後は音楽のプロモーションの場としても映像プラットフォームの方が影響力が強くなるのかもしれない。Netflixでドキュメンタリー『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』が配信されて以降、カニエの1st『The College Dropout』が3月半ばには全米トップ10圏内に入りそうな勢いだしさ。

『jeen-yuhs』カニエ・ウェスト3部作 オフィシャル予告編



小林 でも、映像プラットフォームが音楽のプロモーションの場としても強くなると、音楽プラットフォームの未来ってどうなるんだ? っていう(笑)。

田中 で、そういう問題意識を持ってるSpotifyが数年前から力を入れてるのがポッドキャストだよね。そもそもiPhoneではSpotifyアプリをapp storeからしか落とせなくて、アプリ内課金から30%の手数料をアップルに上納しなくちゃいけない。そういう意味からすれば、Spotifyは明らかに弱者。そんな中、サヴァイヴするための一つの手段としてポッドキャストを始めた。でも、何億ドルっていう契約金で囲い込んだジョー・ローガンの番組が陰謀論に近いコンテンツを幾つも作ってたことに抗議する形で、ニール・ヤング、続いてジョニ・ミッチェルがSpotifyから音源を取り下げた。

小林 すると、すぐにアップル・ミュージックが「ニール・ヤングを聴こう!」みたいなバナーを上げたり(笑)。

田中 誰もが市場と利権を取り合って、そこに政治が絡んでいて、政治的な正しさも利用され、それがいろんな衝突に繋がってるっていう。もはやウクライナ侵攻と変わらないよね(苦笑)。国家同士の利権争い、企業同士の利権争いに作家や市民が巻き込まれているわけだから。

小林 Spotifyがジョー・ローガンを取ったのは経済的な観点からはよくわかる。ただ今って、YouTubeでもツイッターでもフェイスブックでも、フェイクニュースや陰謀論はバンしまくるじゃないですか。それは短期的には経済的デメリットだけど、長期的に見れば倫理的な観点から動いた方が企業にメリットがあると踏んでるからで。巨大IT企業がそういう方向に進んでるにも関わらず、Spotifyが違う選択をするのは意外でしたけど。

田中 でも正直、今回のウクライナ侵攻にしたって理解できないじゃない? 軍事侵攻や核の使用をちらつかせることで、国家間の経済交渉をする上でのアドヴァンテージを得ようとしていた時はまだしも、実際に軍事侵攻を選ぶことのメリットなんて何もないんだから。

小林 確かに。でもSpotifyが切実にポッドキャストのパイを生命線だと考えてることはわかりました。

田中 それにさ、Spotifyがミシェル・オバマとかジョー・ローガンに凄まじいお金を投下してポッドキャストの何度目かのブームを起こしたわけだけど、そこに更なる巨大企業であるアマゾンとアップルが乗り込んできたわけじゃない? GAFA――フェイスブックがメタに社名を変えたから、GAMAか(笑)――いまだアップルとアマゾンはそうした強者の代名詞なわけで。

小林 音楽配信の会員数で言えば、Spotifyはアップルやアマゾンを差し置いて断トツのトップ。でもGAFAと戦ってるっていう観点から見れば、Spotifyが脅威を感じてもおかしくないですよね。

田中 もしSpotifyが窮地に立ってるんだとしたら、それを促したのはアップルでありアマゾンだっていう考え方もある。ロシアによる軍事侵攻は、NATOやアメリカ側にも原因があるってこととも似てると思う。だって、そもそもロシアなんて資源しかないわけじゃん? 

小林 しかも、2月になってフランスが原発産業の再興を宣言し始めたりもしてたわけですからね。

田中 今回の軍事侵攻はまったく馬鹿げてるけども、窮鼠猫を噛むという話でもある。北朝鮮に対してもそうだけど、そういう国に対して国際社会が何を出来るのか? でも、現実はNATOもアメリカも、そのコバンザメの日本もカツカツ。どの国も余裕がない。そりゃ戦争だって起こりますよ。でもその中での正しさや倫理を求めなくちゃいけない。本当の弱者はウクライナの市民だし、それに次いでロシアの市民かもしれない。『シカゴ7裁判』でも、イデオロギーの対立でユナイト出来なくなった左派が最終的に再びまとまった理由は、具体的な戦争での死者の名前を一人ひとり読み上げていく場面だった。具体的な犠牲者が存在する、重要なポイントはそこなんだ、っていう。でも、本当に重要なことを誰もが騒乱の最中で見失ってしまう。そこが一番怖い。


・カニエ改めイェの『Donda 2』はとんだ茶番か? それともリーズナブルな問題提起か?

田中 怖いと言えば、カニエ・ウェスト改めイェの新作『Donda 2』のリスニングイベントは見た?

小林 断片の動画を幾つか見ただけなので、全体像はわかってなくて。

田中 前半は『Donda 2』のリスニングセッション。アルバムのトラックリストから披露されたのは半分弱だったんだけど、全部口パクでした。

小林 (笑)まあ、確かにアルバムのリスニングセッションですからね。それでもいいんですけど。

田中 後半は『Donda』の曲が中心。あとはフィヴィオ・フォーリンとの2曲をやった。後半にマイクが入っていたのはフィヴィオ、アリシア・キーズ、「Jail」のフックを歌ったときのカニエ、あとはプレイボーイ・カルティだけ。プレイボーイ・カルティは2ミックスのトラックが流れる中で叫んでるだけ(笑)。フィヴィオのヴァースもトラックでは流れてて、その被せとあんま音量が変わらないマイクで歌ってて。「こんな茶番の中、一人ちゃんとラップしてる!」って、俺の中ではとにかくフィヴィオの株がめちゃくちゃ上がった(笑)。

小林 ハハハッ(笑)。

Kanye West - City Of Gods (Ft. Alicia Keys & Fivio Foreign) | DONDA 2 Listening Party 2022



田中 リスニングイベントの内容の是非は置いておくとして、スタジアムで、スポンサードを募り、バレンシアガがデザインしたギャップとのコラボマーチを出しつつ、アマゾンやトゥウィッチとも協業してコンテンツを作り、作品のプロモーションに繋げる――それはやっぱりカニエが生み出した手法だよね。やはりゲーム・チェンジャーとしてのカニエは健在。ただ、Stem Playerのみでのリリースっていうことも含め、こういったことをやれるのは限られた成功者だけだという視点もある。

小林 ただ、さっきの強者か弱者かっていう話で言えば、アーティストの時点でカニエは弱者だと思ってて。

田中 その通り。

小林 音楽産業における強者は配信プラットフォームでありレコード会社であり、アーティストはそこで搾取される存在でしかない。それを踏まえて考えると、カニエがアップルから2億円のスポンサー契約を取り下げられても、『Donda 2』をストリーミングサービスには配信せず、自分のガジェットだけで出すという判断をしたのは理解できます。ひとつの問いかけとして。

田中 ただ、2008年にレディオヘッドは『イン・レインボウズ』をIt‘s up to you、あなた次第だと言って、フリーでもアルバムをダウンロードできるし、お金を払いたいと思ったら払ってください、っていうやり方でリリースした。そのときは、トレント・レズナーをはじめ、アーティストからのバックラッシュがあった。

小林 「お金がないインディアーティストには、そんなこと出来ない」っていう。

田中 それもフェアな意見だったと思うの。ただ「誰が弱者なのか?」っていう問題は今すごく重要でさ。これ、すごく複雑なのよ。誰もが自分自身が弱者であり被害者であるという立場に立ってしまいがちだけど、実際は両側面があるという複雑さに対する議論が足りない場合も多々ある。まあ、諸々を鑑みると、結局「カニエ最高!」という立場にはなっちゃったんだけど(笑)。

小林 いや、実はね、Stem Playerを注文してみたんですよ。でも三週間近く経ってもまだ届かない(笑)。

田中 でもさ、俺たちみたいにDIYでポッドキャストを運営して、その製作費を賄うためにマーチを作って、買ってもらって、それを梱包したり発送したりすることにヘトヘトになってるっていう事実もあるわけじゃん。

小林 (笑)そう、一緒と言えば一緒ですね。

田中 誰もがその背景を知らなくちゃいけないとは言わないけど、今はその背景がブラックボックスでも生きていける社会だというのは困ったものでもあるよね。

小林 でも、『Donda 2』については聴いてみないことには何とも言えないですね。 Stem Player届かないと。

田中 まあ、本気で聴こうと思えば、誰でも聴けるみたいだけどね。うふふ。


・政治化と脱政治化、Z世代で同時進行する2つのベクトル

小林 ところで、Z世代の間でCDリヴァイヴァルが起きてるという話題があって。ピッチフォークの調査ではCD人気が復活してるのは数字上でも確かだと。もちろん規模としてはヴァイナルの購入層よりもさらに小規模な、ニッチの動きなんですけど。中心になっているのは、ちょっとヒップな音楽が趣味の大学生みたいですね。日本のシティポップのコンピをCDで買ったり。

田中 皮肉なのは、去年のロードのアルバムは環境負荷への配慮からCDを出さなかった。それでセールスは伸びず、存在しないかのように扱われた。でも、その翌年にCDリヴァイヴァルが騒がれてるというね。

小林 かわいそう(笑)。でも面白いですよね、Z世代は政治的な倫理観が高くて、特に環境問題に対してはそれに配慮するがゆえに古着やリメイクしか着ないなんて言われてるけど、一方でプラスティック製品のCDをクールだと買う層がいることも可視化されてきて。

田中 ここ数年、文化的なアングルでもマーケティング的なアングルでも、良くも悪くもZ世代がもてはやされてきた。でも当然、Z世代の間にもグラデーションがあるっていう事実には目を向けなきゃいけない。我々はグレタ・トゥーンベリやビリー・アイリッシュといったアイコンを通してZ世代に対するイメージを育んだわけだけど、オリヴィア・ロドリゴ以降、さらにはゲイル以降でまた違う側面に気づくことになった。で、奇しくもそれとCDリヴァイヴァルのタイミングが同じだった。でもさ、ピンクパンサレスだってエモなわけじゃない?

小林 彼女はマイ・ケミカル・ロマンス大好きですしね。

田中 自分の半径5メートルの不安や生きづらさを歌っているという点では3人とも新世代のエモなんだよね。ビリーはそれを社会的なアングルに接続可能な表現をやっていたけど、今年はそことは若干分断した表現が目立つようになった。で、政治的だと言われていたZ世代にも脱政治化というベクトルが存在することを表象してるのがゲイルだよね。オリヴィアというよりは。

小林 ゲイルは「abcdefu」がTikTok発でヴァイラルして、現時点で全米3位。別れたボーイフレンドに対して、「あんたも、あんたの友達もみんなファック・ユー。ただし、あんたの犬だけは別」って歌うポップなギターロックで、同世代の女の子の共感を呼んで盛り上がってる。でも正直、オリヴィアの二番煎じ感がすごい(笑)。オリヴィアほどリリックの文学性が高くないという劣化具合も、二番煎じの教科書みたいでいいなって。

田中 ビリーが持ってた半径5メートルで起こっていることが社会の写し鏡だという視点はあると言えばあるのかもしれないけど、まあ、オリヴィアのようなリリシズムはないよね。でも、「A-B-C-D-E, F-U」という直接的なコピーライトは優れてる。なおかつ、ビリーやオリヴィアと較べてもかなりエモーショナル。

GAYLE - abcdefu (Official Music Video)



小林 若い世代の間で怒りの表現、そしてその受け皿としてのギターロックが定着してきた印象を受けます。

田中 でもさ、もし自分が15歳だとしたら、プーチンも極悪だけど、バイデンだってゼレンスキーだってどうなの?と思うし、カニエも正しいことをやってるかもしれないけど本当に馬鹿だし、「結局、大人はみんな馬鹿だ」っていう感覚を持ったと思うの。半径5メートルの不安や悩みに苛まれていて、「ウクライナ侵攻に対して自分たちがやれることは少ない」みたいなことまで考える余裕もないまま、自分たちは社会の外側に追いやられていると感じてもおかしくない。だからこそ、「とりあえず怒る」っていうのはリーズナブルだと思う。

小林 エモラップを含む、2010年代のエモのリヴァイヴァルに見られたような、内省的だったり自傷的だったりする表現と較べれば、全然健康的だと思います。

田中 それに、日本の「うっせぇわ」にしろ、全世界的に怒りの表現が若い世代に共有されているという現実は受け止めなきゃなんないよね。

小林 ただ、表現の形式的な側面からすると、ゲイルよりも、ヤズ「Mr Valentine」みたいな、明後日の方向でドラムンベースを勘違いした曲の方が面白い。

田中 超いいよね。彼女、まだ1曲しかリリースしてないけど、明らかに「ピンクパンサレス以降」。

YAZ - Mr Valentine (Official Music Video)



小林 ドラムンベースをリアルタイムで聴いてた世代からは絶対に出てこない発想だから、驚きがある。ただ、こういうハイパーポップともエモとも接点があるピンクパンサレス以降の動きを見てると、グライムスは先駆者だったんだなと思いますよね。で、チャーリーXCXがリナ・サワヤマとやった「Beg For You」は、ビートがUKガラージ/2ステップ寄りで、これはピンクパンサレス以降へのシンパシーが込められてるなって感じました。チャーリーはこの動きにいち早くアクセスしてアーティストのフックアップもしてたし、そもそもハイパーポップのルーツと言えるPCミュージック周りの磁場が生んだポップスターだから、理に適った動き。

Charli XCX - Beg For You feat. Rina Sawayama [Official Video]



田中 でも、チャーリーは次のアルバム『CRASH』がメジャーからの最後のアルバムなんだって。そこには時代の変節を感じるところもある。ちょっと寂しいな。

小林 チャーリーと同日にアルバムを出すのがロザリアですけど、やっぱり今はチャーリーみたいに英語圏のアンダーグラウンドでエクストリームなシーンと接続したポップスターよりも、非英語圏の文化やビートを背景にしたポップスターの方が、どうしても注目度は高い。

田中 とにかくロザリアは楽しみ!

状況に飲み込まれず、フラットに思考することの難しさと重要さ

田中 ゼロ年代のUSインディからの流れで、今一番の希望の存在とされているのはビッグ・シーフ。ゼロ年代のUSインディは倫理意識が高く、表現としても優れていた。ただこれは、リーマンショック以前の豊かさや、社会の中で優遇されてきた白人から出てきた表現。それと、ゲイルみたいな今の10代から出てくる表現が比較できるのか? ま、比較するんだけど、俺たちは(笑)。ゼロ年代のUSインディと較べれば、ゲイルはハイクオリティではないかもしれない。ただ、USインディは豊かさという土壌から生まれたものだという視点も忘れちゃいけない。で、今話したようなことを前提にした上で、ビッグ・シーフの新作『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』はどうだった?(笑)。

小林 端的に言うと、「ザ・USインディの良いアルバム」。アメリカーナを基盤としつつ、そこにモダンなプロダクションを加えてアップデートするという手法は、ゼロ年代初頭からUSインディが伝統的にやってきたこと。人間の愚かさを違う動物や地球外生命体の視点から相対化するというリリックの手法もアニマル・コレクティヴやチルウェイヴの非人間至上主義と近い。まさにUSインディの本流ですね。で、今回のアルバムは彼らのキャリアにおいても、ここ数年のUSインディにおいても、ひとつの到達点だと思います。

田中 実際、バンドにとって初全米トップ40入りを果たしたアルバムにもなった。

Big Thief - Red Moon (Official Video)



小林 僕はALBUM GUIDEではビッグ・シーフとザ・ウィークエンドを対置させる形で原稿を書いて。そこではザ・ウィークエンドは資本主義社会における愚かな人間の表象であるのに対し、ビッグ・シーフはそうした自分たちの愚かさを相対化して、貧しくても清く正しく生きようみたいな高い倫理観を持ってる人たちみたいな位置づけにした。ただ僕としては、その間に位置する何かを模索するのがアクチュアルじゃないかな、とも思う。

田中 じゃあ、今の小林君の視点から、この3ヶ月間でその中間に位置する作家や作品を挙げると?

小林 まあ、本人たちはそういう小難しいことは一切考えてないと思うんですけど、温度的にちょうどいいなと思うのはウェット・レッグですね。

田中 賛成! ニューカマーの作品の中ではウェット・レッグが一番よかった。

Wet Leg - Chaise Longue (Official Video)



田中 で、ここからすごく反動的なことを言うんだけど(笑)、それ以上にいいと思ったのがレッド・ホット・チリ・ペッパーズとザ・スマイル。

小林 おおー、これはアツいですね(笑)。

田中 自分でも「お前、何言ってんだ?」って感じがするんだけど(笑)。でも、その三者の共通点が2つあって。1つは三者とも特に大したことない(笑)。

小林 確かに(笑)。

田中 で、もう1つはビートの音色がいい。チリ・ペッパーズがリック・ルービンとやるのは10年ぶりでさ。5年前の前作はデンジャー・マウスがプロデュースだった。R&Bやヒップホップの文脈からの傑作がたくさん出てきた2016年にその人選はリーズナブルだった。実際、生の太鼓に打ち込みのスネアを加えたりしてて。でも、今回のレコードは本当に何もしてない(笑)。俺のリック・ルービンに対するプロデューサーとしてのイメージって、とにかくマイキングが上手い。あとは、とにかく場を盛り上げるだけ。どっちにしろ、空気作りが上手い人(笑)。「ただ演奏を録りました」みたいな。でも、これは2022年的だなっていう実感があった。

小林 どういうことですか?

田中 昨年のシルク・ソニックのレコードは、生演奏をどうレコーディングするか、それにどうポストプロダクションを加えるか?という二つの命題の両方をクリアすることに見事に応えた緻密なレコードだった。でも、生演奏にしろポストプロダクションを重視した、プログラミング音楽全盛だった2010年代のトレンドにいかに向き合うか? という意識をスッポリと脱ぎ去った感じが、チリ・ペッパーズとザ・スマイルにはある。

小林 なるほど、それは確かに新鮮。

田中 ウェット・レッグもさ、「難しいことを考えずに、パンッと演奏して、さっと録りましょう」みたいなレコードじゃん。しかも、ロックのフォーミュラに固執している面倒臭い感じもない。それに比べると、ビッグ・シーフはすごく生真面目すぎてさ。世界や社会のことも、その中での自分たちがどう行動すべきか?を生真面目に考えていて、どこか対処療法的な、ひ弱さがある。

小林 厳しいな(笑)。

田中 いや、全然素晴らしいんレコードだと思うよ。ただ、チリ・ペッパーズも、ザ・スマイルも、ウェット・レッグも、「やりたいことやってまーす」って感じでしょ? つまり、誰もがシリアスに考え過ぎて、失ってるものがあるんじゃないか。そんなことをこの三者からは感じた。だって、ザ・スマイルにしたってホント大したことないじゃん。特徴としては、偶数と奇数が入り乱れる変拍子、それとレゲエ/ダブの引用、イタリア首相だった時期のベルルスコーニが彼の経済汚職を批判したジャーナリストやコメディアンをキャンセルした事件を引用した「もう二度とテレビ局では働かない」っていうタイトルをはじめ状況主義のスローガン的な手法とか、メンバー間で自由に楽器を取り換えることくらい。

The Smile - You Will Never Work In Television Again



小林 プロダクション重視の傾向はゼロ年代初頭から続いてきたから、もしこの機運が広がるようなことがあれば大きな変化ですね。それはドラスティックで面白い。

田中 ザ・スマイルがストリーミングのライヴをやった時も、ヨーロッパ圏、アメリカ圏、アジア圏それぞれの時間に合わせて3回ライヴをやった。あのアイデアもすごく素敵だった。コーチェラのストリーミングを見るにはさ、北米はいいけど、ヨーロッパやアジアの人は変な時間に観なくちゃいけない。じゃなくて、「自分たちが朝食を食べてすぐにライヴやります」みたいな(笑)。そしたら、ライヴをやる方も普段とは全然感覚が変わるだろうし。何より、「北米でやってるんだから、その時間に合わせて世界中の奴らが観ろよ」っていう傲慢さっておかしくね?(笑)。そういう小さな、別段大したことないアイデアを楽しんでやってる感じが素敵なんだよね。必要以上に状況に取り込まれず、フラットに思考出来ている感じっていうの? 「大傑作だ! 大名作だ!」って感じじゃないのが、むしろすごくいい塩梅。

小林 今は状況に飲み込まれずに何かをやるのは難しいですよね。SNSでいろんなものが見えてしまうし。

田中 そういう意味では、ネット経由の情報や映像の洪水がもたらすバブルの外側で生活しようよ、ってメッセージにもなってる。チリ・ペッパーズは言葉も頑張っててさ。そもそもアルバムタイトルが『Unlimited Love』っていうのがバカ過ぎて最高。「愛です!」とか言ってるわけじゃん(笑)。それをシリアスにエモく歌われるとムカつくけど、チリ・ペッパーズが言うとほんのり馬鹿馬鹿しさも漂ってて、そこの説得力もあると思った。

小林 なるほど。

田中 今回は「Poster Child」っていうポップアイコンの曲も書いてて。この曲のリリックはある意味、ボブ・ディランの「Murder Most Foul」に近い。あれはケネディ暗殺という時代の節目やその後の変化を、アーティストの固有名詞を散りばめながら書いたものだけど、この「Poster Child」もレッド・ツェッペリンからパブリック・エネミーのフレイヴァー・フラヴ筆頭に、固有名詞満載で、ポップアイコンであることがテーマになってる。

Red Hot Chili Peppers - Poster Child (Official Music Video)



アンソニーはトム・ヨークみたいにアイコンであることを拒否するのではなく、「自分はポップスターじゃないと生きられない」と言ってきた人。でも、「アイコンであるのは非常に厄介なんだ」ってことを歌うことを通して、このセレブ文化とポピュリズム全盛の時代について考えることを投げかけてる。しかも、すっごい平熱のファンク・ビートが最高でさ。余計なエモさがまったくないの。ほんの1時間前に2回聴いただけだけど、「これ、マジいいんじゃね?」って気分になりました。

小林 まさか2022年にタナソウさんの口からチリ・ペッパーズを絶賛する言葉が聞けるとは(笑)。

田中 まあ、そうやって俺自身も変わるし、時代も変わるってことなんじゃないかな(笑)。

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Edited by The Sign Magazine