「あまりの格好良さに昏倒しました」という町田康のアルバムに寄せたコメントが物語っているように、s-ken&hot bombomsの32年ぶりとなる新作アルバム『P.O.BOX 496』は、ソリッドでエッジの効いたパンキッシュさと、自然と身体が動いて踊ってしまうアフロビートの両方を感じることのできる、挑戦的かつ根源的な作品である。

コロナ禍をきっかけにs-kenによって作詞作曲され制作されたという本作は、s-ken&hot bombomsのオリジナルメンバーである、s-ken(Vo)、窪田晴男(Gt)、小田原豊(Dr)、佐野篤(Ba)、矢代恒彦(Key)、ヤヒロトモヒロ(Per)、多田暁(Tp)に加え、ゲストミュージシャンとしてTiger(Cho)、中山うり(Cho)、エイミアンナブルナ(Cho)、矢元美沙樹(Sax)が参加。S-kenのルーツであるNYパンク、ニューオリンズR&B、レゲエ、スカ、ブーガルー、ルンバロック、アシッドジャズに加え、Pファンク、ダブ・ポエトリー、ヌーベルシャンソン、アフリカンビーツなど多様なサウンドがブレンドされた8曲を収録している。

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本作のリリースタイミングをきっかけに、マコイチこと思い出野郎Aチームの高橋一とs-kenとの対談を敢行した。聞けば2人は、この対談以前にもs-kenからの働きかけにより酒を酌み交わしているという。どちらもパンクとダンス、レベルミュージックなど共鳴する部分があまりにも多く、話は尽きることなく盛り上がっていった。70代のs-kenと30代のマコイチだが、年齢の差をまったく感じさせない刺激的な対談となった。



ーニューアルバム『P.O.BOX 496』に収録されている「風の吹くままリバーサイド」の歌詞に、「泪橋」というワードが登場します。今日の対談は、三ノ輪や山谷の近くにある泪橋ホールで行っているわけですが、s-kenさんにとって縁のある場所なんでしょうか?

s-ken:今日写真を撮ってくれている上出優之利氏と5年くらい前に出会ったんですけど、彼は僕のようなジジイをライフワークで撮りたいみたいな、ちょっと珍しい人で。撮るんだったらもう数年もしたらなくなっちゃうだろう街を一緒に撮ろうかって話になって。最初はウエストサイドで撮っていたんだけど、だんだんイーストサイドが面白いと感じて、とくにこの界隈、隅田川のリバーサイド、京島、山谷から北千住を徘徊するようになったんです。NYから日本から戻った頃も、怖いもの知らずで、三ノ輪や山谷あたりで飲んでたりしたんだけどね。

高橋一:それは僕も本で読みました。リアルなパンクシーンを見た直後に東京戻って、そのへんで飲んでらしたというのは。

s-ken:70年代、海外特派員時代、入り浸ったNYパンクロックが生まれてきた場所が、バワリー街というスラムだったんですよ。CBGBっていうライヴハウスあった界隈ですが車を停めると浮浪者が出てきてフロントグラスを拭き小銭をねだるようなところで。一般人が怖くって近づかない場所で新しいムーブメントが起きていた。

高橋一:s-kenさんの音楽を聴いていて、圧倒的な現場感があるというか。僕が知識だけで知っている80年代の東京像じゃなくて、もっとリアルな音楽シーンとか、本当にアンダーグラウンドな路上の匂いを日本語で持ち込んで作品にしている感覚がある。今回の新作もそうで。2020年代、しかもコロナ禍の東京からそれが表れている。そこが一貫しているし、現代的でもある感じがしたんです。


s-ken(photo by 上出優之利)

s-ken:そういう意味では、「風の吹くままリバーサイド」は70年代中盤のニューヨークのバワリー街、それからソーホーのゲイディスコ、“パラダイスガレージ“、ヒップホップが生まれたサウスブロンクスクスのような、行くのが怖いぞ、だけどこの界隈から何か新しいストリートカルチャーがうごめいているという匂いにも通じている曲だと思う。山谷は異人のバックパーカーの街に変貌しつつあるし、今回、ライヴにDJで参加してくれことになったEGO-WRAPPIN‘森雅樹君はいち早くこの界隈をホームベースして、野外イベントもプロデュースし始めています。僕がこのこの界隈を徘徊してるのを知って、コンタクトしてくれて、「風の吹くままリバーサイド」とうい曲が生まれたのは、思いがけない彼との再会も絡んでいたと思いますよ。



ー2020年に新型コロナウイルスが流行し、街から人がいなくなってしまいました。音楽活動と世の中の動きに関して、どういうことを考えて活動されていたんでしょう?

s-ken:長いこと生きていて、こういうことは初めてで。ただ、メディアが大騒ぎしていることにつられちゃうと、右往左往して時間が過ぎちゃうような感じがして。だから若干情報をシャットアウトして、逆にいい機会だと思って自宅にこもって現在、過去、未来の東京を頭の中で夢想し放浪したんです。『異人都市TOKYO』って本を1988年に書いたんだけど、コロナ前まで写真家、上出優之利氏や後に加わったフリーエディターの片山喜康氏と東京中を徘徊していて何十年ぶりかまた、イーストサイドを中心に在日外国人や社会的アウトサイダーが活力を与えてくれる異人都市空間が浮上してくるように感じたんです。今度のアルバムは制作が進むに連れて内容が『異人都市TOKYO』の21世紀版のような世界観もでてきたんじゃないかな。

ーコロナと制作という点でいうと、マコイチさんはどのように考えていたんでしょう。

高橋一:コロナ以前の話になっちゃうんですけど、僕の姿勢として圧倒的に変わったのは、3.11のときで。ちょうど思い出野郎Aチームを結成して3年目だったんですけど、それまでは浮かれていて、ちゃらんぽらんだったのですが、あっという間に世の中の見え方も変わってしまったし、自分の価値観が大きく変わる感覚がありました。それまで聴いていた音楽も、3.11をポイントとして個人的に以前よりも響かなくなってしまったもの中にはあって。そんな中で、「TOKYO SOY SOURCE」シーンのバンド、s-kenさんしかり、MUTE BEAT、JAGATARA、TOMATOSの音楽が、逆に以前より、もっと強く聴こえてきたんです。重要度が自分の中で上がった感覚があった。何もかもが変わっていくなかで、揺るがない「普遍性」のようなものを感じて、そこに影響されてバンドを続けてきたんです。なので、それは自分たちを取り巻く社会と音楽の関わり方で、結構重要なポイントになっています。コロナ過がやってきて、どうしたらいいのかもわからず右往左往しましたが、そんな下敷きがあるから何とかキツい状況のなかで制作を続けられているのかもしれません。


高橋一(photo by 上出優之利)

s-ken:自分がニューヨークから戻る前に僕は世界一周しているんですけど、そのときに今まで小さい世界、日本のメディアが発信するニューミュージックやロックという小さい括りの中だけで音楽をやっていたことに気づいて。古今東西もっと大きな視点で、情報を捉えたら俺の好きなものがいっぱいあるんじゃないかなって。例えば、あるカエルがミミズを狙っているとしたら、それを見ている俺がいて、振り返って上を見たら俺を狙っているやつがいるみたいな構造がある。そういうのに気がついたときに、流行と関係なく自分の美意識みたいなもの、本当にいいと思ったものを取り込もうと思ったんです。今、何が流行っているかとか関係なく。そういうことがあって、そうして美意識に近い人間が集まって始めたのが「TOKYO SOY SOURCE」だったような気がします。

高橋一:当時としても異質なものだったんですね。



s-ken:あと、JAGATARAのOTOも言っていたけれど、パンクを通過しているってことがかなり重要で。例えば、同じカーティス・メイフィールドを聴くにしても、パンクを通過した人にとってのカーティス・メイフィールドはそれ以前と見え方が違うと思うんす。パンク&ニューウエイヴ以前から当時ボブ・ディランに影響されてたヒトも多いですけれど、パンクを通過してボブ・ディランを見直すと、また違う感性で見えてくる。そして、若いバンドでそういうセンスを持ってるやついないかなと思ったら、思い出野郎Aチームが出てきたんです。

高橋一:いやいや、本当にそれはうれしい限りです。まさに僕らもソウルとかファンクと並行してパンクもすごく好きで。僕もパンクバンドでドラムを叩いてたときがあって。

s-ken:ドラムをやってたの?

高橋一:やってたんですよ、下手くそなんですけど。そういう意味でも惹かれたというか。所謂レベル・ミュージックがベースにあって、肉体的なダンス性が入っている。さっきのs-kenさんのお話で、スラムから新しいカルチャーが生まれていたというのは、社会的に弱者だったり、虐げられた人たちが戦って新しいものを作っていったという側面もあると思うんですよね。社会に抗いながら、カルチャーとしてもおもしろいものができている。そういった海外のシーンと「TOKYO SOY SOURCE」が同時代的に応答していたように思って、とても憧れました。たとえば、MUTE BEATはインスト・バンドですが、皮膚感覚でアナーキーなものが下地にあるように僕には感じられて、もの凄くクールでスタイリッシュでひたすら踊れる音楽なんだけど、レゲエがもつレベルミュージックとしての側面やパンク感も強く感じました。もちろん当時を知らない僕の勝手なイメージなのですが。

s-ken:クラッシュというバンドにもあったのは、パンク性と、もう1つは重要なのはレゲエ。リー・ペリーをカバーしてますよね。そういう感性はちゃんと「TOKYO SOY SOURCE」には存在した。そういう意味からの受け継いている若いバンドを探していたんだけど、3年前に『Share the Light』ってアルバムを聴いたとき、ぶっ飛んじゃったもんね。



高橋一:恐れ多いです。ありがとうございます。

s-ken:1曲目からよかったけど、2曲目の「朝やけのニュータウン」。僕が描く世界とは全く違うけども、ビビッと来た。前に出したアルバムの中に「夜を切り裂くテキーラ」って曲があって、夜を越えて行く感じ、あの曲と同じ感覚があって。ちょっとグッと来ちゃったんです。

高橋一:単純に我々はs-kenさんから影響を受けているので、それをそのまま感じていただいたと思うんですよね。まさかs-kenさんに知って聴いていただいていると知って、メンバー一同「え!」みたいな。

s-ken:(いとう)せいこうさんから聞いてたでしょ?

高橋一:そうですね。せいこうさんから「s-kenさんが、いいって言ってたよ」みたいなメールをもらって。「え! 本当ですか!」と、恐れ多くて。だって、スター・ウォーズで言うと、僕にとっては皆さんジェダイ・マスターみたいなものですから。市民にジェダイ・マスターから連絡が来た! みたいなノリで。

一同:(笑)

s-ken:MUTEもそういう意味では、ダブというものをただコピーするわけでなく、当時の空気を知った上でオリジナリティを持っているし、JAGATARAにしてもハードコアから抜け出してフェラ・クティみたいなものをパンキーに捉えている。それって世界的になかったし、かなり早かったんです。僕はアフロでパンクなの感じを、晩年なってさらに突き詰めているんですけど、「TOKYO SOY SOURCE」の真っ只中生まれた「よろめきながら地下鉄へ」という曲は自分としての最初のアフロパンクな発想だったと思います。



ー今言っていた精神性とかパンク性に加えて、サウンド面で共鳴する点もありますよね。

高橋一:パンクの空気を濃厚に感じながらも、s-kenさんの音楽は圧倒的に踊れる。多種多様なグルーヴがごった煮のようにあって。それがパンクを通過した一本筋が通った状態で提示されている。ある種のサイバーパンク感もあって、こんな音楽、聴いたことないよね! みたいな部分に影響されました。もちろんJAGATARAもMUTE BEAT、TOMATOSもそうで。それぞれのオリジナリティーの中にタフで多彩なリズムがあるんですよね。そこにとにかく憧れました。

s-ken:音楽的に言うと、『Share the Light』のレベルまで外来の音楽を体に染み込ませつつ、日本語との一体感があって、歌詞を取り出しても1つの詩としても読めるレベルのバンドはなかなか表れなかったんですよね。そして単純にダンスミュージックとしても踊れるという。

高橋一:いやー、恐縮です。

s-ken:あの楽曲と音楽性のレベルで、自然に自分たちの環境を歌っている。逆に日本語の語感がフィットしていてアメリカにはないソウルのグルーヴだなって。

高橋一:めちゃくちゃうれしいです。僕からすると、そういったこともs-kenさんたちからの影響もあります。世界を回って、当時のトーキング・ヘッズをCBGBで見て帰ってきて、そういった本場の感性も持ちながらオリジナルな、ある種の聴いたことのない音楽になっていることが凄いと思いました。大学時代に最初、The JB‘sみたいなファンクバンドをやろうとしたんですけど、僕らの場合下手くそなこともあって、当たり前ですが絶対に本物を超えられないなと思って。歌モノをやろうってなったときも、もっと歌がすごく上手いシンガーの友だちに頼むのもありだよねと思ったんですけど、僕らはソウルを遜色なくやることを目標にするのではなくて、「TOKYO SOY SOURCE」の音楽だったり、s-kenさんみたいに、自分たちが影響を受けた色々な音楽を取り込んだバンドをやろうとなりました。それで結局、僕がボーカルになったんです。今思えば、その友だちにボーカルを頼んでいたら、もっと売れていたかもしれないですけど(笑)。その一方で、近年のBlack Lives Matterに象徴されるように、長い間ずっと黒人の人たちが受けてきたひどい差別、迫害の歴史があって、それが今もずっと続いている中で、僕はブラックミュージックに深く影響を受けて、自分の音楽を作ってきたのに、そういったことに対して実際に行動してこなかったし、恥ずかしながら勉強不足で、自分がマジョリティー側だということにも無自覚でした。自分が影響を受けた音楽のサウンド面だけでなく、その音楽がどうやって生まれてきたのか、生み出した人たちが今なおどういう状況なのかをより考えて活動していかなければとも思います。



ーニューアルバム表題曲の「P.O. BOX 496」では、「ビッグブラザー」という単語が出てきます。はからずしも今とシンクロしているような歌詞で。これはどうしてこの言葉を使おうと思われたんでしょう?

s-ken:今はネットでいろいろな情報が伝わってくるでしょ? 情報に囲まれちゃっているから毎日ニュースを追っているだけで頭がこんがらがっちゃう。だからこそ、街角を見ながら宇宙を見ているような視点が必要だと思っていたんです。自由に音楽ができない独裁的な国があることを示す上で、ジョージ・オーウェルの『1984年』というのは象徴的でしょ? 「Big Brother is watching you」は欧米では1つの慣用句になっているんです。独裁的はいつも君を監視しているよって、今の中国、ロシアはみんな時代に逆行してるように感じたんです。

高橋一:最近のウクライナの悲惨な状況も象徴的ですよね。僕が思ったのは、独裁的なことだったり、弾圧だったり、虐殺みたいなことに対して意識的に自分の問題として考えていかないといけないということで。どこの国でもそういったことが起こる可能性はいつだってあるというか。だからこそ、当たり前かもしれないけど、そういうことに反対する要素を、僕もポップミュージックに少しは混ぜ込みたいとも思ったりします。

s-ken:文学だったらそういう表現しても日本ではオッケーなんだよね。ただ、日本のトップソングの中には、そういう表現ってあまりなくて。忌野清志郎がちょっとやってたぐらい。人間の感情として、社会に対してどう思っているかは文学と同レベルで音楽でも表現していいわけでしょ。ディランやレノンやマーリーやボウイ、ミンガスやシモンも半世紀以上前から文学と同レベルで表現してきたよね。

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高橋一:それでいてメッセージだけでなく音楽的にも物凄いということに改めて驚愕しますよね。パレスチナのことだってあるし、シリアがあんな状況になっていたりとか。世界中のそういうことに対して自分もどこか他人事だったし、あまり言ってこなかったんです。加害者にも被害者にもなり得る可能性が誰でもあるから、だからこそダメなんだということは少しでも良いから作品に入れていけたらと考えています。

s-ken:入れてますよね。知ってますよ。“スゲー、自由!“なんて表現、今でもアウトな国いっぱいあるよね。

高橋一:規制が厳しい国でもアンダーグラウンドで、もっとキツイ状況の中で表現している人々もいると思いますし、今自分達のように特に規制もかからず歌いたいことをリリースできる状況がけっして当たり前ではないということでもあるかと思います。直接的に言葉にしていない曲でも、s-kenさんの作品の中にはそういうことにどこか抗っているような、それこそパンクな匂いを僕は感じます。

s-ken:そういう意志がなかったかもしれないけど、オーバーグラウンでしかもトップソングになってボブ・ディランみたいな存在になるというのは、「TOKYO SOY SOURCE」で僕らができなかったことで。彼らが今度それをやってくれると期待していて。音楽的なクオリティが上がっていけば、それは絶対に可能性がある。すでにこれは後世に残るんじゃないかなって曲があるし。



高橋一:いやいや、恐れ多いです(笑)そんな中で、s-kenさんのニューアルバムが出るじゃないですか。ベテランの人が久々にアルバムを出したっていう感じが全然ないというか、フレッシュな何かがある。でも、円熟されているグルーヴもあるっていうのが、僕らからすると、いくつになってもこういう尖ったものが作れるんだなと勇気をもらいました。どうやって歌詞書いているんだろうと思ったんですけど。

s-ken:普通にiPhoneにメモしていますよ。僕は大学を出てすぐはシステムエンジニアの仕事についたんですけど、自分が作った曲を人が歌ってくれるなんて素敵だと思って。ドロップアウトして、音楽の道に進んだ経緯があるんです。だから作詞、作曲はまず前作を超えなきゃいけないとずっと繰り返してきたんですが今回は5年前の『Tequila the Ripper』以上のものができるのかなって心配はあったんです。ギターを抱えて曲を作るぞみたいなときって、何も浮かばないんですよ最初は。でもね、30分くらいダラダラやってくると、いろいろ浮かんできて。急に元気が出てきて歌詞と同時にメロディが出てくるときもあるし、メロディができた後から歌詞をつけることもありますね。

高橋一:どちらもあるんですね。

s-ken:今回はこんなこともあった。「メロンとリンゴとバナナ」って曲は、犬を連れて池上本門寺の山を登っているときに、ふとこのフレーズが思い浮かびました。あわてて歩きながら録音するんでiPhone に向かって歌い出したらすれちがうヒトから危ないジジイと思われてね。s-kenにしてはかわいらしい曲でしょ。ジジイの風来坊が僕の好きなフリーマーケットや青空市場をふと通りがかった物語にしたらどうなるんだろうって作り出した。4番まで全部頭が「メロンとリンゴとバナナ」で始まってる。日本の曲で頭に印象深いキーワードが来る曲はあまりないんだよね。ビートルズは、「ミッシェル」「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」とかみんなそうなんだけれど。思い出野郎Aチームの「朝やけのニュータウン」も、頭からいきなり〈朝やけのニュータウン〉で始まるじゃない? あれはどうやって作ったの?

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高橋一:基本的にはメンバーの誰かがリフを持ってきて、それをセッションしてこね回してだんだん曲にしていくんです。歌詞は大体後なんですけど、『Share the Light』の場合は、どの歌詞がどの曲って考えず、まず散文みたいなものを書きました。そこからこの曲に合うかもって言葉を持ってきて、もう1回再構成したので、すごく大変で。

s-ken:そういう方法であんないい曲ができるってすごいよね。ホットボンボンズの場合は、僕が全部曲を作って基本のアレンジもして、その後にメンバーにDEMO渡すんだよね。「どんな感じで演奏したらいいですか?」って言われたら「これはこういう感じ」って伝えて。そうすると、思いもよらないさらにいい演奏してくれたりってこともあるんだよ長年やっていると。思い出野郎Aチームは、バンドの一体感がありますよね。

高橋一:良くも悪くも、うちは誰かが頭からおしりまで作ってくることはあまりなくて。モチーフが1個あったら、みんなであーだこーだ言いながら作ります。だから、すごい時間がかかります。こねくり回していくうちに、思いもよらぬ方向になっていって。

s-ken:今回のアルバムに「野良犬が消えちまった」って曲があるんだけど、あれは消えちまったシリーズとして思いついてしまって。「野良犬が消えちまった」、「マドロスが消えちまった」、「路地裏も消えちまった」って3つのショートストーリーを1曲の中に組み組むことできるかという部分が1番苦労したね。「野良犬が消えちまった」って曲だったら、全部「野良犬が消えちまった」って歌詞にするのが普通なんだけど、聴いた人は野良犬の歌だと思ったら2番目に全然違う。3番も違う、消えちまった三部作だなっていうのが後から分かるわけじゃない? やってみたらやっぱり大変で、まず「野良犬が消えちまった」のAメロの部分を何小節にするか悩んだね。

高橋一:単純にs-kenさんの書いた歌詞をまとめた詩集を読みたいです。いつも歌詞を聴くと、これどうやって書いているんだろうって思うんですよね。今の消えちまった三部作も、そもそも思いつかないですからね。消えちまった三部作なんて(笑)。曲もあいまってs-kenさんの頭の中ってどういう回路なんだろうって聴く度に思いますよね。



ーs-kenさんは世界一周されたり、システムエンジニアをされたり、編集者をされたり、いろいろなことをされて、様々な立場や角度から物事を見たり体験されてらっしゃいますよね。そうした体験が楽曲につながっていっているのかなと感じました。

s-ken:いろいろなことを見てきたというよりも、現在進行系で、少し視点を変えたり、自分の興味以外のものに目をつけることによって、ローリングストーン、転がる石じゃないけど新しいものを吸収していく。ニール・ヤングが好きだった当時の20代が60、70になってもずっとそのままでいるような感じのことが、意外と日本では多いなと僕は思っちゃうんだよね。僕はそういう意味では正反対です。それと、話は飛びますが僕らホモサピエンスが農耕を始めたのは8000年ぐらい前で、その前の延々と長い期間、僕らは狩猟採集民だった。日常的に踊ったり走ったり歌ったりしていた。今分かっているのは、僕らの先祖ってアフリカ大陸から来ていて、遺伝子情報分析から最初大陸を脱出したのは300人くらいだったってこと。そんなグルーヴーな血を地球上だれでも受け継いでいるはず。だから世界中に踊りもいろいろある。日本だって阿波おどりとかあるでしょ。そんなDNAを解放しないと。

高橋一:起源までさかのぼれば同じところから始まった人々が世界中に広がって、それぞれの「ダンス」を発展させて来たということですよね。その一方で世界はどんどん分断されていくようにも感じてしまいます。パンデミックや戦争もあるし、今回s-kenさんとお話しさせてもらったなかで話題に出たように差別や様々な問題が横たわっている。この国にも根深い問題が沢山ある中で、先ほども話したように、僕はマジョリティー側である自分の特権性に無自覚でした。人種や属性を問わず「踊ること」を自由に共有したいからこそ、目の前にあるこういった多くのことに対して今一度向き合う必要があるとも思いました。そういったことも僕がダンスミュージックやパンクから影響を受けた部分だと思います。

s-ken:僕の音楽もほとんどダンスができる曲になっているのは、ホモサピエンスの血が騒いだと思っている。生涯音楽に夢中になっていることを突き詰めていくとアフロという言葉で総括できる。だから晩年なってやっぱりアフロパンク行き着いた。パンク方は僕なりの“知性“が行き着いたところ、アーバンでプリミティブといったところ。



ー7月20日にBillboard Live TOKYOで開催されるライブでは、マコイチさんも登場するんですよね。

高橋一:普通にバンドを組むときに影響を受けた人に呼んでもらって、震え上がりました。

s-ken:ゲストがたくさん出るので、嬉しいけど大変、80年代につくったアフロパンクタッチの曲で、スティーヴ・エトウが入ってダブルパーカションでよりアフロなグルーヴにして、そこに高橋君が入ってセッションする予定だし、EGO-WRAPPIN‘森君は山谷からDJしに駆けつけてくれるし。

高橋一:すごいことですよね。

ーアフロパンクの話も出ましたけど、思い出野郎も踊るということを常々テーマにされているので、一緒にセッションすることによって、どんなライブになるのか期待です。

s-ken:これは僕の歴史の中で永久保存版で残したいライブになると思います。38年前に作ったホットボンボンズが今も全員現役で、各ジャンルでほとんど巨匠といえるミュージシャンになっていること自体ちょっと驚くべきことなんだけど、リズムセクションがとんでもないグルーヴに到達している。

ーすごく貴重な1日ですね。

高橋一:そうですよね。客としてお酒を飲んで観ていたかったという気持ちもあります(笑)。僕、s-kenさんのライブを最後観させてもらったのが2019年の「TOKYO SOY SOURCE」だったので。このメンツでこのライブが!というステージになると思います。

s-ken:今回すごく運がよくて、レコーディングする時にサポートしてくれた女性のミュージシャン、中山うり、エイミアンナブルナ、矢元美沙樹もすべてスケジュールが合って参加してくれることなった。女性コーラスをつけようっていうのは、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのアイ・スリーじゃないけど夢だったので、まさか実現するなんてね。

マコイチ:こんなすごいミュージシャンのなかで僕だけ浮いてないですか(笑)?

s-ken:そんなことないですよ。それも夢が実現した。すごいことになっちゃうライブになるでしょう!


<リリース情報>

s-ken & hot bomboms
アルバム『P.O.BOX 496』

発売日:2022年5月11日(水)
価格:2530円(税込)
=収録曲=
1.夜空にキスして天国を探せ
2. P.O. BOX 496 
3. 風の吹くままリバーサイド 
4. メロンとリンゴにバナナ
5. 野良犬が消えちまった 
6. 一匹狼カムバックホーム
7. Low & High
8. マジックマジック 

<ライブ情報>

「P.O. BOX 496 CONNECTION 2022」

2022年7月20日(水)Billboard Live TOKYO
時間:
1st OPEN 17:00 / START 18:00
2nd OPEN 20:00 / START 21:00
チケット発売:4月13日(水)〜(未就学児の入店不可)
料金:
自由席 7800円(税込/整理番号付/飲食別)
・S指定席 7800円+指定料金 1100円(1名)(税込/指定席/飲食別)
・R指定席 7800円(税込/指定席/飲食別)
・Duoシート 7800円+指定料金3300円(1名〜2名)(税込/指定席/飲食別)
・DXシートカウンター 7800円+指定料金2200円(1名)(税込/指定席/飲食別)
・DXシートDuo 7800円+指定料金4400円(1名〜2名)(税込/指定席/飲食別)
●カジュアルエリア(お一人様)7300円(税込/指定席/1ドリンク付) お問い合わせ:03-3405-1133(ビルボードライブ東京) http://www.billboard-live.com

s-kenオフィシャルページ:https://s-ken.asia/