TVアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」が大きな反響を呼んだのは、原作やアニメの素晴らしさもさることながら、結束バンドの音楽によるところも大きい。TV放映中から主題歌や劇中曲に注目が集まり、最終話と同時公開されたアルバムは各方面から熱烈に歓迎された。批評的評価と売上をここまで両立する作品は稀だろう。というわけで今回は、14曲中12曲の編曲を担当した三井律郎と、音楽ディレクターを務めた岡村弦に話を伺った。下北沢のギターロック、作品に寄り添う編曲など、大事な話が満載。お楽しみいただけると幸いだ。

【写真を見る】「ぼっち・ざ・ろっく!」の音楽を手がけた岡村弦と三井律郎

※この記事は現在発売中の「Rolling Stone Japan vol.22」に掲載されたものです。

キャラクターを具現化するアレンジ、作品に寄り添う曲作り

ー本日はとても貴重な機会をいただき幸いです。それではまず、結束バンドへの反響について伺います。ネットに上がっている感想は読まれていますか。

三井 はい。ある程度は読ませていただいてますが、もう逆に追いつけないくらいある(笑)。単純にうれしいですね。もちろん、作品が面白かったからだとは思うんですけど、音楽も一生懸命作ったので、こんなに評価していただけるのがうれしいですね。

岡村 そうですね。僕も同じ感じで、たまに見て「おー、すごい」というのが……年が明けても続いているのが驚きです。感想を見ていてうれしいのが、音楽から入っている人が少なからずいることですね。

ーはい。自分もまさにそうなんです。

三井 ありがたいです。

岡村 これってまさに、サブスクの時代の今でこそという気がしていて。僕も10年ほどアニメ系の音楽に携わっていますが、やっぱり今までは、アニメを見て良かったから音楽も聴くという流れだった。しかし今回は、話題になっているから音楽を聴いてみて、それが良かったからアニメも観るという流れや、めっちゃアルバム聴いてるけどアニメは観てませんみたいなことも(笑)。これって、少なくとも僕の経験では今までになかった現象で。そこは凄いなって思いますね。

ー本当に素晴らしいアルバムですので、今回はそこを掘り下げていければと思います。事前にいただいた資料には「“アニソン“にとらわれない、作中舞台の下北沢サウンド」と書かれていましたので、まずはそれについて伺いたいです。

三井 まずその“アニソン“との関係についてですね。もともと僕は「キャラクターを具現化する編曲」という感じで、この人たちが何を考えてどういうことをやるのかということを先に設定として作るんですけど、それ以外のところでは「アニソンを作る」という脳では全く作っていなくて。単純にアニメとの共通性でいけば、それぞれのキャラクターが好きそうなものや、原作にある幾つかのヒントからつまんでいく。例えば虹夏ちゃんはメロコアが好きとか、山田リョウは音楽的な知識があって機材オタクで自信家。喜多ちゃんは初心者でコード弾きに徹するというのが決まってて、まあ後藤は言わずもがなですが(笑)。そういうのを考える以外は、特にアニメを意識せず作りました。で、その「下北沢サウンド」というのは、舞台のモチーフとなった下北沢SHELTERとか、僕と弦さんがリアルタイムで共有してきた年代のその場にいたようなバンド。そういう文脈の先をその子たちが演奏するっていうことに、とにかくこだわって作りました。

ーアニソンとの距離の取り方というか、その要素を取り入れたりあえて取り入れなかったりというようなことはありましたか。

三井 何をもってアニソンと言うかというのがまずありますよね。

岡村 そもそもそんなにアニソンの人じゃないよね。

三井 僕、あまり知らないんですよ。もちろん、アニメの曲をレコーディングしたり自分のバンドの曲が採用されたりはありますけど。

岡村 そこに関して言うと、“アニソン“の定義自体が曖昧で。チャートの上位を占めるトップアーティストがアニメに提供している。それは近年いきなり始まったものじゃなく、それこそ『るろうに剣心』とか以前からあった流れなんですが、大きな違いが一つあって。今は、皆さんアニメにちゃんと寄り添った曲を作るんですよね。

ーあっ、まさにその通りですね。

岡村 何年か前にLiSAさんを担当していた頃から思っていたのが、曲調がどうとかよりも、世界観や歌詞がアニメの場面にリンクしているのが一番大事ということです。だから今回も、作詞の部分とか、劇中で流れる各々のシーンでこういう曲調がいいというのにはこだわっていますが、そこでいわゆるアニソンのフォーマットを踏襲したいとかいうことは、僕自身も一切入れずに作りました。

三井 リアリティについても。作中でやってる曲も、そこでメンバーが演奏する以外の音は無いとか。そうやって作品に寄り添うというか、こういう性格の人はこういうギターを弾きそう、というところだけものすごく突き詰めて作った感じですね。

ーなるほど。それでは「とらわれない」というのは、あえて距離を取りたいみたいなことではなく、まったく意識しなかったという……。

三井 はい。そういう頭がなかったというのが正解かもしれません(笑)。


みんなと一緒ならめちゃくちゃ弾ける、下北沢ならではの「ギターヒーロー」

ーありがとうございます。それでは、「このメンバーならこう弾きそう」というお話にも繋がることとして、「ギターヒーロー」という設定についてお尋ねします(主人公の後藤ひとりは「ギターヒーロー」の名で演奏動画の配信を行っている)。一口にギターヒーローと言っても様々な文脈があって、例えば、ナンバーガールの再結成最終公演でも出囃子でかかっていたテレヴィジョンの系譜と、それとは別の方面となるハードロック〜ヘヴィメタルの系譜は、ギターソロが目立つ点では共通しますが、フレーズ構成や音作りは大きく異なります。このような複数のギターヒーロー像が混ざっているのが結束バンドの凄いところだと自分は思うのですが、それは制作にあたって意識されていましたか。

三井 まず、個人的な印象として、アニメに携わった以外のバンドを出してしまうのは良くないというのがあって。もちろんナンバーガールもアジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)も僕らが居た界隈に影響を及ぼしたバンドですが、そういう上の世代の音楽が流れてきて、そしてそれを聴いた子たちが自分のバンドで……という解釈の繋がりがあって。僕自身は、レディオヘッドとかオアシスみたいな90年代の洋楽がどんどん日本ナイズされていって下北沢で進化を繰り返して、それに影響を受けた子たちがまたバンドを始めて……という日本独自の音楽だと思っているんですね、下北沢のギターロックというのは。そういう独特の文脈の先に結束バンドもある、というのをつくりたかった。なので、「この曲はこのバンドのここが」みたいにはあまり捉えてなくて、漠然としている感じではあります。

で、後藤の「ギターヒーロー」の設定については、めちゃくちゃ観たんです。“弾いてみた“動画を。作中だと、全員が知ってるんですよ。後藤のギターのことを。それくらい上手い。すぐにでもプロになれるようなところにいて。ただ、僕らの世代のギターヒーローってある種アイコン的な、タレント的なものを持ってる人たちが多いと思うんですけど、後藤のキャラクターって真逆じゃないですか。承認欲求はあるけど、いきなりソロを弾いて「みんなで盛り上がろうぜ」っていうタイプではない。それから下北沢のギタリストって、前に出てオラオラとかはしない人の方が多いんですよ(笑)。後藤も、すごいテクニカルなことをするのも実はAメロとかなんですよ。あれも下北沢っぽくて。

ーああ、なるほど!

三井 ギターロックの文脈では、ソロの方が簡単というのがすごく多いんですよ(笑)。あれって、みんな恥ずかしがり屋な部分もあるし、「オレ上手いだろ」ってのを出しちゃうと、もうそこの音楽から離れちゃう。いきなりメタル的な速弾きから始まるようなバンドは、あまり下北沢にはいないんですよ。裏でめちゃくちゃ動いてる、みんなと一緒ならめちゃくちゃ弾ける(笑)。そういうのを考えて作りました。

ーギターヒーローだけど、どちらかと言えば目立ちたがりではないというキャラクター性みたいなのも。

三井 本心では目立ちたがりなんです(笑)。承認欲求もあるんだけど、出せないというか。まあ最後まで悩んだ結果、テクニカルなソロもありますけど、大筋としてはそんな風には作っていないと思います。

ー確かに、テクニカルでも短いですよね。ソロパートが。

三井 そうです、そうです。「後藤、ここは調子乗ってもいいな」っていうところは弾きました。でも歌ってる時に鳴ってるギターの方が遥かに難しいと僕は思いますけどね(笑)。

ーそうですね。一般的な意味でのソロじゃないんだけど、右チャンネルのギターはずっとソロみたいな仕上がりというか。

三井 そうそう。下北沢の文脈にも、その方が合っている気がします。

ーはい。それで、本当にいろんなフレーズが出てきますが、これは全てが下北沢的な文脈に回収できるものなんでしょうか。

三井 僕はそういうふうに思ってます。後藤のクセみたいなのも幾つか作ったんですね。似たフレーズが出てきたり、ダブルチョーキングだったり、トレモロ奏法だったり。ああいうものがオルタナとかギターロックのある種のアイコンというか。僕の印象として。

ー「ひとりぼっち東京」のイントロとか。

三井 そうそうそう。ああやって場を持っていく人たちをたくさん観てきたし、僕が持っているキャパの中でそういうのを全部つぎ込んだ感じですかね。


デモ音源からのアレンジ、「高校生」設定と演奏の難易度

ーそれでは続けて、アレンジ全体についてもお尋ねします。本当に作り込みが凄い音楽ですが、制作にあたって特に意識したことはありますか。

三井 送られてきた曲に対して一番最初にするのが、マスターのコードを作ることなんです。メロディと歌詞だけを抜き取って、それにどんなコードをつけたら一番映えるか、というのを曲のジャンルを決めるより前に先にすることが多くて。それがまずあることで、いろんなフレーズを弾いていても全部がコード内で動くかたちになる。そうやって詰め込んで、音色も多彩にした結果ああなった感じですね。

ー既出のインタビューでは「デモ音源から大きく変えた」という話もありました。

三井 どれが一番変わりましたかね。弾き語りのも多かったですし。

岡村 「星座になれたら」は鍵盤のシティポップだったし、「ひみつ基地」も豪華な感じでしたね。





三井 全然違いましたね。あまりコードを変えていない曲は「あのバンド」と「なにが悪い」くらいかな。「青春コンプレックス」も全然違うし。コードがめちゃくちゃ少なかった印象がある。「ひとりぼっち東京」も全然違う曲でした。「カラカラ」はドラムループとエレキの弾き語りでしたね。変拍子でもなかったから。











ーえっ、「カラカラ」はまさにtricotだと思っていたのですが(作詞・作曲はtricotの中嶋イッキュウ)、デモはそうでもなかったという。

岡村 はい。特に、アーティスト提供のエンディングに関しては、せっかく詞曲でいただいたので、例えばKANA-BOONさんはKANA-BOONさんぽい仕上がりにしていきたい、というのが我々の中にあって(KANA-BOONの谷口鮪が「Distortion!!」を作詞・作曲)。



三井 “〇〇 meets 結束バンド“みたいなのも感じられるといいかなと。「カラカラ」も、弦さんが「なんなら変拍子入れてもいいと思います」って。

ーあの5+5+5+6+4みたいなイントロも。

三井 そうそうそう。Aメロのギターもあんなに難しくなかったんですけど、弦さんが「後藤もっといけると思います」みたいな(笑)。ベースのストップ&ゴーの感じも。ああいう風にいろいろやってメロが泣ける、というバランスがいいですよね。

ー本当に名曲だと思います。それでですね、結束バンドってアレンジ的にも技術力的にも卓越しているので“高校生が演奏できるもの“というイメージが個人的にはなかったのですが、そこは完全に意識しないで行きましたか。

三井 僕がこのプロジェクトに携わるときに考えたのが、今の高校生がどれくらい弾けるのか自分はもう分かっていないというか、大人の解釈で見たらもうダメな気がしていて。彼らの演奏のスキルは年々上がっているんですよね。いまの20〜30代を見てもそういう印象だし、東京で生まれてライブハウスが近くにある人たちなら、絶対に弾けないとは言えないんじゃないかな、という希望も含めての作品になっています。その上で高校生ということをないがしろにはしてないです。そうだったら喜多ちゃんのギターももっと難しくなるはず(笑)。

岡村 そもそもJ-POPやロックにしても、20〜30年前とはプロの演奏内容自体がまるっきり違いますからね。昔のバンドブームとかだと、ドラムは8ビートでベースはルート刻んでるだけで、カバーする子たちもそれに合わせていればバンドができた。今バンドをやる子たちは、自分の好きなバンドのあの曲やろうぜ!という時点で、ベースがすんごい動いてたり。

三井 YouTubeだったらお手本になる人たちがたくさんいて、そこにタグも貼られてて。それを見たら、大人の目線で勝手に「高校生はこれできんやろ」っていうのはなんか違う気もしてて。だから、現れてほしいですよね。

ー確かに。テクニカルな一方で、「なにが悪い」ではドラム兼ボーカルならではの配慮が効いたアレンジになっていたりもしますからね。それと関連してなんですが、ハイハットの4カウントから始まる曲が多いですよね。

三井 多いですね。

ーこれは、劇中とのすり合わせ的にあえて増やしたのでしょうか。

三井 足してますね。4カウントが映えそうな曲、それからライブでやる曲は。「忘れてやらない」なんかは、カウントだけをけっこう録り直して聴き比べたんですよ。いちばん玄人感のないのがいいって悩んだんですけど、そこから最終回(「君に朝が降る」)が始まるというのが、すごいグッときました。ここから始まるのねって。





ライブシーンの音作り、アニメならではのリアリティ

ーこの流れで劇中のライブ音源について聞かせてください。例えば第8話(「ぼっち・ざ・ろっく」)でのライブ、「ギターと孤独と蒼い惑星」では、まずドラムがもつれていて、それを軸に聴くとギターやボーカルも大きくズレているように感じられます。しかし、続くぼっちギター独奏からの「あのバンド」では見違えるようにアンサンブルが締まる。こういった音の演出が本当に素晴らしいですが、そういうことも併せて、ライブシーンの作り込みについてはどう考えていたのでしょうか?

岡村 あそこに関しては、後藤が演奏を合わせるのが苦手というよりも、単純に初ライブでみんながすごく緊張しちゃってます、お客さんがいなくてアウェー感があるというなかで、意外と一番緊張しちゃってズレたのがドラムということですね。

三井 (笑)後藤はちゃんと冷静なんですよね。

岡村 実は、音源的な話のからくりで言うと、後藤とベースの山田は全くズレてません。ちゃんとした演奏のままなんですけど、ドラムが一人だけ極端にズレることで全部ぐちゃぐちゃになってしまう。喜多ちゃんのギターもちょいちょいミストーン入れてるんですけど、山田とぼっちは一切ミスってません。その上で、歌はズレたやつに合わせて歌ってもらったんで。



ーボーカル録りはアフレコの後にいきなり始まったという話も聞きました。

三井 そうですね。あれは僕もたまげました(笑)。

岡村 アフレコのときに歌パートも録るね、というのは他作品でもあるんですが、通常はセリフを録る前とか後、違う時間にやるんですね。それが本当に突然やったんですよ。直前までセリフを喋ってて、みんながいるなかでそのまま歌にいく。メインの4人は基本的に一緒の部屋で録っていたんですが、そうやって残り3人を従えた状態で(笑)。

三井 あの歌の感じとか本当に凄いですよね。リアルすぎて。あれは音響監督さんですか?

岡村 そうですね。音響監督の藤田(亜紀子)さんが、どれくらいの温度感や緊張でやるかは演技的な面もあるからアフレコスタジオで録りたいと。それに続く「あのバンド」も録り直し入れてるんですけど、それは歌録りのときに別テイクで。ライブでちょっと緊張が解けてきましたよというくらいの温度感で一発録りしたものです。

ー恐ろしくも興味深いお話をありがとうございます。ドラムに関しては、あえてああいう感じに叩いてもらったという話を読んだのですが、ヨレ方の指示などは具体的にされましたか。

岡村 「けっこうズレてください」と言いました。例えば、音楽業界の人間が観たときに「あのシーンのズレ方ヤバくね?」「あんなぐちゃぐちゃにする必要ある?」という話になるのは、我々サイドの話で。あれぐらいズレてないと、一般のお客さんが逆に気付きもしないというか。だから「ぐだぐだにやっちゃってください」と言いました。

三井 初めて聴かせていただいたときは「えっ? うわーこれは!」と思ったんですけど、絵がつくと変わりますね。印象が。

ー確かに。あそこはヨレた音に絵を当ててる感じですか?

岡村 そうです。

三井 すごくいいですよね。

ーそれでは最終回の文化祭ライブについても。「星座になれたら」で弦が切れた後のボトルネック奏法ですが、あのソロのフレーズはどのような発想から構成されましたか。

三井 実はどこにも喋ってないんですけど、僕、制作中に読み返したんですよ。原作を。アレンジを進めている時点では、わりとメロディアスなフレーズになるだろうと思ってたんですよね。スライド奏法だし。でも原作では「すげー、速弾きしてる」みたいなことを、世紀末的風貌の人たちが言うんですよ。だから「スライドで速弾きってどういうことですかね?」という話に弦さんとなって。なので、最後の速いところは試行錯誤しました。あまり難しいと咄嗟にやった感じにはならないので、ちゃんとメロディを後藤が弾くようにしてあげた方がいいなと思って。

岡村 でもあのフレーズ、瓶で弾くの本当に難しかったですよね。(弾いてみた動画で撮影したときは)何回もやり直してた。

三井 もうやらない方がいいですよ(笑)。絶対やめた方がいい。自分が弾くなんて思ってなかったですから。

岡村 さすがにスライドバーなら大丈夫なんだけど、こういう瓶だと。

三井 皆さんは音と映像を一緒に観られての印象だと思うんですけど、我々は基本、絵を見る前に音を作らなきゃならないので。想像でしかないですよね。



ーなるほど(笑)。ボトルネック奏法だからブルース的なのを意識した、みたいなことではないんですかね。

三井 あのコード進行でメロディを弾くのであれば、わりとそういうふうになってしまうだろうなっていう。まあ後藤がサザンロックを聴いてるかというと、そうではないと僕は思ってます。

ーデモの時点ではシティポップ的だったという話を先ほど伺いましたが、仕上がりは比較的ファンクに近い感じで。

三井 そうですかね?……いや、ファンクではないですね。ああいうのを下北沢のエモいバンドがやるにあたっての、解釈の仕方というか。ベースもより歪んでるし、ハイハットもめちゃくちゃシーシーしていて。あれは弦さんにお願いしてああいうふうになっています。あまりにもファンクとかシティポップの方にいくと、「下北沢のバンド」とかけ離れてしまう。一曲だけ急に「どうした?」ってなるんで。

岡村 あの曲、ドラムも「これは本当ならデッドでしょ」って。スタジオで毛布吊って、響いてないペタンとした鳴りにしてみたんですけど、結局やめたんです。

三井 合うは合うんだけど、結束バンドとは違うかなって。「星座になれたら」が一番難しかったとは思うんですけど、それはアレンジが難しかったのではなくて、他の曲との整合性、下北沢のバンドとしてあれをやることへの落とし込みに苦労した。「シティポップにしてください」と言われたら、それはそれで我々は「はい、わかりました」とやるんですけど、後藤とか虹夏ちゃんがやっているイメージにはどうしてもならなかった。なので、結果的にああいうふうになりました。

ー録音の話を伺っていて思ったのですが、アルバム音源と、ライブハウスのSTARRYや体育館でのライブシーンとでは、場の響き方の違いもかなり考慮されましたか?

岡村 音響作業の最後、効果さんによる音響ダビングの段階で、音源の方では付けているディレイの処理やミックスのギミックを外してますね。音源では、ダブリングといって2回歌って重ねて広がりを出しているんですけど、ライブでは1個だけにするなど、メンバー以外の音が出ないようにしている。厳密に言うと、音源では例えばAメロ弾き終わりの音が伸びてBメロ頭のギターに被っていたりするんですが、ライブではそれが一切無いように組み替えてます。ギターが2本までしか鳴らないようにしてる。

三井 細っかいですよね(笑)。最高だなって思う。

岡村 曲が始まる前と終わった後のハムノイズ、ジーって鳴ってるのもライブでは取らない。そういう「ライブっぽく」みたいな処理をこっちでやって、納品して、僕も監修に行って。音響のところで、STARRYっぽい響きや体育館っぽい響きを作りました。ただ、アニメとして考えたとき、本当のSHELTERのデッドさ、残響がない感じをやってしまうと、今度はアニメとして面白くなくなる。やっぱり映像と一緒に観たときに、「ライブだ」っていうとみんなある程度は「ライブっぽい残響がついてるもんだ」と思うもので、そこに「いや、SHELTERはこうなんですよ」と言うと、逆にリアリティがなくなってしまう。わかりやすい話で言うと、アニメで銃を構えると必ず「スチャッ」っていうじゃないですか。

ーSFアニメで、宇宙空間で音が鳴るみたいな。

岡村 そうです! 宇宙空間でロケットが飛ぶ瞬間に「ゴォォォ」ってなるけど、宇宙に音はないですから(笑)。それと同じようなことで、ライブハウスだよって言って響きをなくすと、それはそれで成立しない、とはいえ……というところの中庸をとってます。最初はZEPPくらいの広さだった。でもそれじゃ広いのでちょっと小さくしてもらったり。体育館は体育館で木の響きを意識しましたね。


ボーカルディレクションと「フラッシュバッカー」

ー先ほど少しボーカルの話題が出た流れで、歌のディレクションについて伺いたいです。曲によって歌のニュアンスが違うと思うんですね。例えば「Distortion!!」は、ぼっちちゃん作詞、喜多さん歌唱による良い意味での温度差が出てると思うんですけど、「青春コンプレックス」では、“私 俯いてばかりだ / それでいい / 猫背のまま / 虎になりたいから“という最大のパンチライン、あそこはかなりの実感を持って歌われている。こういったディレクションって、曲ごとにかなり変えられたのでしょうか。

岡村 そうですね。喜多ちゃん役の長谷川(育美)さんと、原作の先生も含めみんなで初期段階の打ち合わせをした時に、今回はキャラクターの声というのをあまり意識しなくてもいいんじゃないかという話になって。一番最初の頃ってまだアフレコも始まってなくて、我々もまだ動く喜多ちゃんを見ていない。なので、今回はわりと曲によって変えていい、曲がいいように歌えばいいんじゃないかという話になって。ボーカリストでも、歌声と喋っている声が違う人は結構いますよね。そういう感じで、音楽に合っていればいい。だから、かわいい感じの曲のときは喜多ちゃんのリアルな……(笑)。キャラ声に近い曲もありますよね。「ひみつ基地」とか。

三井 「Distortion!!」とかもそうですよね。

岡村 そう。逆に、「あのバンド」とか「フラッシュバッカー」はキャラ声とは全然違う。けっこうディレクションしたところもあれば、逆にナチュラルに長谷川さんが出来ちゃうところも多かったり。もちろんメインのお仕事は声優さんなわけですが、彼女は本当にシンガーとしても相当な力量の方で。



ー本当にそうですよね。

岡村 「ここの言葉の頭にエッジかけられますか」みたいな細かいディレクションしても、喉をキュッとしてエッジ出せたりとか。なかなかできないですよね。

ー長谷川さんが素晴らしいことに加えて、コーラスで水野朔さん(山田リョウ役)もかなり入ってますね。こちらのディレクションはどうでしたか。

岡村 コーラスに関しては、役とのすり合わせはあまりなかったですね。山田の普段の喋り声、ローテンションで張らない感じからすると、そのまま歌には一番なりにくい。それで、水野さんも声というよりは音楽的なディレクションが多かったですね。もうちょっとここはリズム立てて、アクセント入れてみてくださいとか。ただ、「カラカラ」はリードボーカルですよね。あれは、Aメロの感じとかはちょっと山田っぽくなった方がエモいだろうなとか。

三井 「カラカラ」はけっこう悩んだんですよ。キーが高くて「これ出ないだろう」って。普段あんまり編曲やらないこともあって、キーってどこまで攻めていいかわからなくて。でも、弦さんに相談したら「いや、大丈夫です。水野さんめちゃくちゃ高音出ます」って言われて、そのままにしました。やっぱりこれだけ楽器が少ないと、キーによってフレーズもだいぶ変わってしまうので。ここが難しいところでした。

岡村 水野さんも歌上手ですからね。みんな歌える方なんですよね。

ーありがとうございます。それで、ディレクションということでぜひ伺いたいのが、青山吉能さん(後藤ひとり役)なんですね。

三井 ああ……最っ高でしたね。

ー自分はもう歴史的名唱だと思っていて、アニメを観ていても思うのが青山さんのニュアンス表現の凄さで、一言一言で音色を描き分ける繊細な歌の表現力がそのまま「転がる岩、君に朝が降る」のカバーにも反映されている。その録音の際に特に印象的だったことはありますか。

岡村 これも紆余曲折ありまして。基本的に、もう全然歌える方なんですよ。ただ、あの曲に関してだけ、それまでの曲とは180度転換して“キャラソン“っていう作りにしたんです。この曲に関しては、最終回のあの場面で流れる時に、一聴してぼっちちゃんと分かってほしかった。一言目、Aメロ入った瞬間に「あっ、これぼっちちゃんが歌ってるんだ」って。

三井 そうなんですよね〜。

岡村 そうやってわかることによる感動。あんなに「むむむむむむ」って拒否してたぼっちちゃんが歌ってるんだというのを、お客さんも当然観てくれているわけで。それで、あの後藤ひとりが歌うことになったのなら「私の歌聴けよ!」みたいにはならない。「私なんかが歌ってすみません……」みたいなノリに絶対なるだろうって。というわけで、とにかく青山さんにブレーキ踏んでいただいて。「すみません、今のだと声出過ぎですね」「音楽的には正しいんですけど、もっとやる気をこう……本当はあんまり歌いたくないんですみたいに」という感じで(笑)。

三井 だからイントロも変えたくなかったというか。始まった時に曲がわからないと、感動できないと思ったので。



ー自分は先にアルバムを聴いて感動して、その上で最終話も観て感動して。それで、今のお話を聞いて、あの詰めた発声とテクニカルな節回しの両立は、ディレクションがなかったらあり得なかったんだなということがとてもよくわかりました。

三井 それは弦さん、本当に素晴らしいと思います。

岡村 このテイクを最初に聴いたときは、おっしゃるとおりすごく良かったんですけど、やっぱりご本人的には「もっと歌えますけど、本当にこんな感じのたどたどしさでいいんですか?」みたいな(苦笑)。

ーこれは「ぼっち・ざ・ろっく!」というよりは音楽ファン一般としての話みたいになるのですが、カバーで終わるアルバムってあまり好きじゃない人も少なからずいると思うんですよ。でも、結束バンドに関してはむしろそれがいいと思える。最後にこの曲が入ってくれていて本当に良かったと思うくらいなので。

岡村 ボーナストラック的な解釈ですよね。僕の中では。

三井 僕もそういうイメージですね。既存の曲ではあるんですが、もう後藤のテーマソングじゃないですか(笑)。完全なる。原作のはまじあき先生が選んだところでもあるので、安易にカバーを入れるのとは全く意味合いが違うと思いますし。あとその前の「フラッシュバッカー」、これがいい曲順のところに来たらいいなと僕はずっと思ってたので、「転がる岩〜」の前ですごくうれしかったですね。

岡村 「フラッシュバッカー」でアルバムとしては一旦終わった後の、ボーナストラック的な。

三井 そうそう。いちおう「フラッシュバッカー」を一番最後に作ったので、そういうのを含めてすごくいい曲順だなと思います。

ーそう思います。ところで、「フラッシュバッカー」って、それまでの曲と比べると一気にシリアス度が上がると感じていて。あの曲の位置付けって作品的にはどうなんですかね。

三井 好きな人が多い曲(笑)。制作陣の中ではそうですね。

岡村 音羽-otoha-さんが弾き語りのデモを送ってきた時点で聴いた我々も、それから段々出来上がっていく途中で聴いたみんなも、「これはヤバいんじゃないかな」と。

三井 僕らが思い描いていた原点としてのライブハウス、そこでやっていたロックバンドの曲に一番近いと思いますね。僕らの中では一番“下北沢サウンド“なんですよ。

岡村 シリアスさとか空気感みたいなのでいうと、確かに他の曲とは全然違うかもしれない。「ぼっち・ざ・ろっく!」のギャグ要素なんかを鑑みると(笑)。後で作っていただいた本PVに使われてますが。

三井 あそこにギャグシーンがないっていう。むちゃくちゃ感動的なね。

岡村 ギャグシーンを排除するとあんなふうに見えるのか、「ぼっち・ざ・ろっく!」はっていう。

三井 はまじ先生もすごく好きみたいで。そういうふうなことも含めてうれしいですね。

ー本編で流れていないのに、配信された直後からみんな凄い反応をしてましたね。

三井 あれは、弦さんのサウンドメイクもあって。ここまでバシャバシャなアンビエントサウンドのアニソンって大丈夫かな、と言いながらやってましたね(笑)。

岡村 こんなにドラムが遠い2022年のアニメの曲ってなかなかない(笑)。

三井 そう。みんなああいうのを通ってる、僕はこういうのに感動してきたから、これが一番なんか下北沢っぽいなと思いますね。

ーアレンジも、右チャンネルのギターなんて「一体何が起こってるんだろう」というくらい凄いですね。

三井 でも一番簡単だと思いますよ。フレーズ自体は。ディレイっていう山びこ的に繰り返す効果、その回数をフィードバックって言うんですけど、それをものすごく上げて、一回弾いたらフレーズの渦になる。そうやっても音がぶつからない、不協和音にならないように考えて、むしろそれが映える、フラッシュバックするようにした。

ーなるほど……! すごく納得いきました。

三井 そう。そうやって言葉に引っ張られて。もともと「フラッシュバッカー」っていうタイトルだったんで。

岡村 我々のディレイ祭り。弾いてる段階からかかってるディレイと、ミックスでさらに足すディレイと。

三井 来たときから本チャンの歌詞だったので。そこからヒントをいただきました。


作品への熱量や解像度が生み出す結束バンド

ー本当に興味深い話をありがとうございます。それで、アルバムに参加した演奏メンバーの方々(ドラムス:比田井修、ベース:高間有一、ギター:akkin/三井律郎)についても聞かせてもらえますか。

三井 はい。高間さんも修くんも、僕はもう10年以上一緒に仕事をしていて。みんな音楽的な観点が近い。高間さんは、後藤と山田の関係じゃないですけど、僕よりも年上で、音楽的に何かあった時に対応してくれるバンマス的な人。もともとは下北沢のバンドマンなんですけど、僕がいた時よりもちょっと上の世代というか。akkinさんもそうですよね。

岡村 akkinさんと高間さんと僕がほぼ同世代。

三井 そんななかで、別バンドのアレンジ打ち合わせをリモートでしていた時に、この人たちなら大丈夫と思った。僕はもともと編曲家じゃないので、何かあった時にこのメンバーならちゃんと解釈してくれるというか。このフィルって、シンバルは普通どっちにいく?みたいなことも自然に正してくれるとか。

岡村 もうバンドでしたね。

三井 で、たまたま高間さんと修くんと、別枠で声をかけていたakkinさんが知り合いだった。だから、弦さんの周りにいるミュージシャン、という感じだと思います。



ー三井さんはアニメの編曲は今回が初めてだったとのことですが、特に印象に残ったことはありますか?

三井 編曲のようで編曲ではないのは、音楽的などうこうも大事なんですけど、キャラクターがどうするかというのがそれより上に位置する場面が多々あって。音楽的に破綻していたとしても、メンバーが演奏している顔が見えたほうがいいっていう。果たしてそれは“編曲“と言うのだろうか、というのもありますが(苦笑)。

岡村 いやいやいや、全然編曲ですし、律郎さんがそのスタンスでやってくださったことが、今回のヒットの一翼をすごく担っているところがあって。アニメに関わって音楽をやる時に、その辺の温度感が一番大事だと思うんですね。著名で音楽的にもバッチリな編曲家の方にお願いしても、喜多ちゃんが弾いてるパートがめっちゃリードっぽい動きをしているみたいになっちゃうと、「音楽的にはいいんですけど、それは弾けないんですよ」みたいな。

三井 あと、妙に完成度が高いとか。

岡村 ていうことになるから、その度に我々は説明をしなければならない。歌のディレクションとかも、そのキャラクターはその感じの発声はしないですとか、そんなにシャウトなんてやる子じゃないとかがわかる人間じゃないとできない。そこを踏み越えてしまうと、アニメの人たちは敏感に「違う!」っていう反応を示す。

三井 解像度が違って見えますからね。

岡村 それこそ「後藤はこんなギター弾かない!」とか。そこが、今回はめちゃくちゃ原作を読み込んで作ってくれたことが何より大きかったですね。

三井 皆さん凄い熱量で観ますからね。僕はアニメ自体そんなに観たことがなかったんですけど、コロナ禍もあってめちゃくちゃ観て。皆さんの反応を見てると、ロックファンに通じるものがあるなって思って。「何枚目のアルバム、あの時メンバー仲悪かったらしいよ」みたいな(笑)。

岡村 あの時のライブだけあそこの機材がトラブったらしいよ、みたいな考察(笑)。

三井 あと、後藤が歌詞を書くことに関しての解像度も、作詞担当の方々も凄くて、そうした熱量を持ち寄って結束バンドをつくっていくみたいなのが楽しかったですね。

ーアニメ本編にも通じる話だと思うんですけど、原作の限られた情報を曲げずに増幅する作り込みが本当に素晴らしかったです。

三井 監督とかアニメーターさんも素晴らしいですよね。めちゃくちゃ面白かったですもん。「ぼっち・ざ・ろっく!」。

岡村 あそこまでの出来になるとは僕も思ってなかった(笑)。

ー今日は本当に面白いお話をありがとうございました。

岡村 こちらこそ、ありがとうございました。

三井 ここまで裏側を喋ったのはあんまりないと思いますね(笑)。




三井律郎
LOST IN TIME、la la larks、THE YOUTHなどの バンドでギターを担当。現在もバンド活動に軸足を置きながら、Aimerをはじめとする様々なアーティストのレコーディング、ライブサポートを継続している。

岡村弦
アニプレックスの音楽ディレクター。様々な作品のOP曲、ED曲、キャラソン、劇伴までを制作。自らレコーディングエンジニアも兼任する。

<INFORMATION>

結束バンドLIVE-恒星-
会場:Zepp Haneda
5月21日(日)
17:00 開場/18:00 開場
◆出演者青山吉能 (後藤ひとり 役)、鈴代紗弓 (伊地知虹夏 役)、 水野朔 (山田リョウ 役)、 長谷川育美 (喜多郁代 役)
◆BAND生本直毅 (Gt)、五十嵐勝人 (Gt)、 山崎英明 (Ba)、石井悠也 (Dr)
https://bocchi.rocks/special/live_kousei/

『光の中へ』
 結束バンド
5月24日発売
1,320円(税抜価格1,200円)
CD1枚 初回仕様限定盤

収録曲:
1.光の中へ
2.青い春と西の空
3.光の中へ-instrumental-
4.青い春と西の空-instrumental-

◆5月22日(月)0時に「光の中へ」先行配信実施

【初回仕様限定特典】
結束バンドLIVE-恒星-パックステージパス風ステッカー
※収録内容や特典は予告なく変更となる場合がございます。予めご了承ください。