那覇市の奥武山陸上競技場には、続々と人々が押し寄せた。灼熱(しゃくねつ)の夏の強い日差しが照りつける中、トラック中央や客席の木陰を埋め尽くした人々は汗を拭いながら、じっと登壇者の話に耳を傾けた。そして「NO辺野古新基地」「我々はあきらめない」と書かれた紙を同時に掲げ、思いを一つにした。 沖縄への過重な米軍基地負担とそこから派生する事件・事故に抗議し、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設に反対する「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」には、主催者発表で約4万5千人が集まった。

 会場には小中学生の子どもを連れた家族の姿も多く見られた。開催された12日は3連休の中日に当たる。夏休み中の子どもと海や山、川などの行楽地に出掛け、一緒に遊ぶ絶好の機会だったろう。

 それなのに県民大会に多くの家族連れが足を運んだのはなぜか。大会宣言にあるように、日本政府が「沖縄の民意を圧殺し続けている」状況を打破し、敢然と立ち向かう意思を示すためにほかならない。親たちは未来を担う子どもたちに、そのことを感じ取ってほしいと願ったのだろう。

 裏を返せば、沖縄の置かれた状況があまりにも理不尽で、自己決定権が踏みにじられた極めて危機的な状況に置かれていることを意味する。県民世論調査で毎回7〜8割が反対を占める辺野古移設について、政府は建設を強行し続け、4月からは護岸工事に着手した。辺野古では連日、青く澄んだ海の中に砕石が次々と投下されている。

 米軍垂直離着陸輸送機MV22オスプレイは2012年10月、普天間飛行場に強行配備された。13年に県内全41市町村長らが賛同し配備撤回を求める「建白書」を携えて国に要請したが、配備は撤回されず、現在も駐留している。

 そして普天間所属のオスプレイは昨年12月に名護市安部沖、今月5日にオーストラリアで相次いで墜落した。昨年12月の同じ日には別の機体が普天間飛行場で胴体着陸の事故を起こし、6月には伊江島と奄美大島で相次いで緊急着陸している。どれだけ住民の生命と財産を危険にさらし続ければ気が済むというのか。

 今月の墜落事故で日本政府は当初、米側に飛行自粛を求めていたが、事故から6日後の11日に自粛要請を撤回し、国内での飛行を容認する姿勢に転じた。

 事故原因が明らかになっていないにもかかわらず、米側の「飛行再開は安全だ」との説明に「理解できる」と応じた。米側の言いなりというほかない。

 大会で最も大きな拍手が起きた翁長雄志知事のあいさつのしまくとぅばの呼び掛けこそ、参加者の共通の思いだ。

 「子や孫のために、先祖の思いを胸に刻み、命の限り頑張ろう」