蒲田は、城南を代表する繁華街である。と書くと、それは品川では? いや大井町や中目黒じゃないの? という声が上がるかもしれない。しかし、城南に生まれ育った人間なら知っている。蒲田こそが城南を代表する繁華街であり、城南文化、つまり渋谷や目黒、品川あたりから吹いてくる城南の風の吹き溜まりの街であることを。

東急+JR+京急の一大ターミナル

東急池上線と多摩川線のくし形終着駅ホーム。
東急池上線と多摩川線のくし形終着駅ホーム。

JR蒲田駅の1日平均乗降客数は113,646人(2022年)、東日本管内で21位、ちなみに20位有楽町、23位恵比寿に挟まれた21位である。大ターミナルと言っていい数字だが、恵比寿や有楽町に比べると、ずいぶんあか抜けない街でもある。

蒲田の象徴と言えば、東急の駅ビル「東急プラザ」にある「屋上かまたえん」の観覧車。このレトロで味わい深い風景は、この街の昭和の時代から発展を遂げた歴史を物語っている。

屋上かまたえん。ランチタイムは大人気。
屋上かまたえん。ランチタイムは大人気。

蒲田が位置するのは東京の最南の大田区、そのなかでも最南端に近い。街の中心部を呑川という黒い川が流れ、多摩川を渡れば神奈川県。ここから川崎、横浜に広がる京浜工業地帯にあって、どちらかというと中小の町工場が多いエリアである。そのせいか職人たちが羽を休めるような安くて旨い酒場や、黒い湯が特徴的な温泉銭湯が隆盛を誇った。つまり蒲田は高度経済成長を陰で支えた人々のオアシスだったのである。

商店街と横丁がボーダーレス

アーケード商店街「サンライズモール蒲田」。
アーケード商店街「サンライズモール蒲田」。

これは城南エリア全体の特徴でもあるが、商店街と飲み屋の境界が曖昧である。

蒲田駅を西口を下りて、まず目につくのは「サンライズモール」と「サンロード」という名のアーケード商店街。昼間はおばちゃんたちが行き交う庶民的な風景だが、いわゆるチェーン店は比較的少なく、大田区きっての老舗家具店『亀屋百貨店』やワークマンのローカル版『KKワークショップ』など地元ローカル感が色濃い素敵な商店街だ。

おもしろいのは、商店街と並行して飲み屋街が広がっていること。まず目立つのは駅西口の東急蒲田駅前通り、通称「バーボンロード」だ。名前に反して洋酒の店は少なく、大衆酒場や小料理屋など庶民的な酒場が鈴なりのように連なっている。北側にある「クロス通り」も飲み屋街。小さな居酒屋やスナックが散見されるが、その空気はどこか乾いた肌触りだ。

反対の駅東口も、もちろん繁華街。アロマスクエア、大田区民ホールアプリコ(この辺りにあつて蒲田撮影所があった)などの周辺に無数の酒場、スナック、風俗店が連なるが、駅前は西口以上にごちゃっとした印象を受ける。

そのごちゃっとした繁華街の先に出現するのが、京急蒲田駅につながるアーケード商店街「あすと」。いろんなタイプの店が混然一体となったアーケード街で、商店街なのか飲み屋横丁なのか判然としないのが楽しい。京急蒲田駅は2012年に全面リニューアルしたが、以前は昭和風情ふんぷんの木造駅舎で、今も駅周辺の路地裏にはレトロな風情が漂っている。

京急蒲田駅へと続く「あすと」の入り口。
京急蒲田駅へと続く「あすと」の入り口。

居酒屋、餃子、とんかつ。蒲田グルメは高レベル

『まるやま食堂』のまるとくロースかつ定食。
『まるやま食堂』のまるとくロースかつ定食。

蒲田で飲食と言えばまず居酒屋。銀座に2店舗ある『三州屋』のルーツが実はここ蒲田だったときいて驚く人も多かろう。そのほか、毎朝芝浦の食肉店で仕入れるモツ焼きのいとや、ビル一棟丸ごと大衆酒場の鳥万などは蒲田を代表する居酒屋。立ち飲みならバーボンロードでひときわ目立つやきとん 豚番長、駅東口の『さしみや五坪』をはじめ人気目白押しだが、なかなか入れないのが惜しい。酒飲みは早朝6時30分から飲める信濃路や、10時開店、オープンエアで飲める定食屋壱番隊を要チェックだ。

蒲田名物としてすっかりおなじみとなった羽根つき餃子。その元祖は、八木功さんが昭和58年開業した你好(ニイハオ)と言われる。間もなく功さんの兄弟がそれぞれ歓迎金春『大連』を、甥っ子が春香園を開店。代替わりした店も多いが、その多くは支店やフランチャイズを展開、いまや八木ファミリーの店は城南地区の餃子の代名詞となった。

もう一つ蒲田で見逃せないのがとんかつである。とんかつ御三家とか四天王とか称され、グルメ界を席巻しているが、その中心にあるのが『丸一』『檍(あおき)』両店。『檍』の主人丸山正一さんが前にやっていて現在息子さんが継いだのがまるやま食堂で、やはりとんかつが名物。そのほかさんきちすみっこ、雑色『七十朗』も注目だ。

その他、純喫茶、そば、ラーメン、カレーもレベルが高いが、ここでは蒲田のソウルフードとして60年にわたって親しまれているインディアンを紹介しておきたい。黒いカレーと透き通ったスープの中華そば。二つとも食べるの?と驚くかもしれないが、客の8割はセット(定食)で注文するというのだから蒲田っ子は頼もしい。

銭湯値段で楽しむ天然温泉の贅沢

全浴槽が温泉の『はすぬま温泉』。
全浴槽が温泉の『はすぬま温泉』。

黒湯の温泉も外せない。というか、品川区南部からこの辺りの銭湯は基本的に天然温泉であり、大半は黒湯。銭湯である以上東京都銭湯組合の取り決め通り400円台で入れる。あげて行けばきりがないが、『蒲田温泉は10時開店、宴会場の人気メニューは釜飯と大田汐焼きそばという庶民の味方。改正湯は昭和4年創業の老舗、壁面の金魚の泳ぐ大水槽が心和ませる。2017年リニューアルオープンしたはすぬま温泉は、ステンドグラスも美しいネオ大正ロマンにあふれた新感覚デザイン。この辺りの温泉銭湯エリアを「大田温泉郷」と呼ぶ人も多い。確かに人も羨むような桃源郷である。

蒲田で見かけるのはこんな人

渋谷や恵比寿、五反田あたりから吹いてくる城南のファッションセンスは、中目黒や自由が丘、大井町や大森、戸越や旗の台を経由し、それぞれに進化や退化を遂げながら蒲田に吹き溜まりカオスと化す、そんな気がする。

昼間の商店街の主役はほぼ女性と言っていい。ヤングからおばちゃんまでいわゆる主婦層が中心だ。が、そのファッションセンスはよく見ると独特。いわゆる流行を追うというよりは、我流、いやオリジナリティを追求するスタイルが目立つ。ユニクロ、無印って何がいいの? 目立たなきゃ意味ないじゃん的な出で立ちだ。しかしちゃんと似合っているから、さすがは『ユザワヤ』の街。ビーズで決めた女性など、もしかしたら自作かもしれない。

飲み屋街にいるのは、まあ普通の人種。明るいうちは『KKワークショップ』系が目立ち、暗くなるとサラリーマンの天下。そんなに他所(よそ)と変わっちゃいないけれど、時たまやたら決め決めな紳士の姿を見かける。しかし、これまた独特の色彩センス……カオスの街は目の保養になります。

いつか呑川に帰る日

今にも動き出しそうな「タイヤ公園」の怪獣たち。
今にも動き出しそうな「タイヤ公園」の怪獣たち。

ここまで繁華街蒲田について書き連ねてきたが、実は蒲田駅は広大な住宅地の入り口でもある。駅を起点にちょっとでも歩けばすぐに普通の住宅が広がっていることに気づくはずだ。東急線や大森方面に行けば山の手ムード、京急沿線の雑色や六郷土手方面には下町情緒が色濃く漂う。京浜東北線から見える西六郷公園、通称「タイヤ公園」も必見だ。夕方、近所の団地やマンションの子供たちが集う風景は、ノスタルジックを通り越して、『ウルトラQ』のパラレルワールド感さえ漂っている。

ある飲み屋で出会った常連客(50代・男)に聞いた話。小学生時代の彼には親友がいた。親友は勉強ができ努力家で正義感が強く、城南地区では珍しい中高一貫校に進学。有名大学を出てキャリア官僚になった。東京西部に引っ越してから親交は途絶えたが、省庁でも順風満帆の出世街道を進んでいると聞いていた。が、ある日突然政治家がらみのスキャンダルに巻き込まれ新聞に顔が載り同級生たちを驚かせた。あっという間に失脚し、詰め腹を切るように辞職、そして人知れず民間法人に下ったと聞いた。「何をしたかどうかなんてどうでもいいから、帰ってきたらと思うんです」と常連客は言った。帰ってきたとして、どうするんです?「さあ。黙って二人で橋の上から呑川を見るんじゃないですか。昔みたいに」

どんなに時代が変わっても、この街には城南の風や水が吹き溜まりっている。蒲田っ子はいつかそこに帰るのだろう。

 

取材・文=武田憲人 文責=さんたつ/散歩の達人編集部 イラスト=さとうみゆき

蒲田
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蒲田 アーケード商店街「サンロード蒲田」
蒲田 アーケード商店街「サンロード蒲田」
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散歩の達人/さんたつ編集部
男女9人
大人のための首都圏散策マガジン「散歩の達人」とWeb「さんたつ」の編集部。雑誌は1996年大塚生まれ。Webは2019年駿河台生まれ。年齢分布は20代〜50代と幅広い。