香川の実家へ帰る際、飛行機を使うことがある。私はあまり飛行機が好きではない。乗っている時間自体は短いが、空港へ行く手間、持ち物検査、搭乗までの待ち時間、そして飛行機を降りて目的地へ向かう手間など諸々面倒だし、結局時間がかかる。予約しないと乗れないのも嫌だ。その点、新幹線はいい。東京駅か品川駅へ行ってちょっと待てばすぐに乗れる。実家の最寄り駅への乗り換えもスムーズだ。しかし運賃が高い。飛行機なら、時期によっては半額以下ですんだりするから悩みどころだ。 その時も実家に帰る用があったのだが、かなり金欠だった。飛行機を探したところ、10月の閑散期のおかげで6000円程度でチケットが取れた。空港は羽田ではなく、格安路線の多い成田である。成田空港へ行く方法にも何種類かある。一番楽で早いのは日暮里から京成スカイライナーだが、金欠の私は東京駅から直行バスという最安ルートを選んだ。

裏目、裏目で……

以前バンドで遠征した際、このバスに乗ったことがあった。あの時はメンバーが事前に予約してくれていたが、まあ閑散期の昼過ぎの便なら予約せずともすぐに乗れるだろう。そんな私の考えは甘かった。乗り場に着くとすでに30人以上並んでおり、後から来た予約済みの客たちが次々前へ優先されていく。このペースで行くと2本先の便まで待たなくてはならない。私にしては珍しく余裕を持って家を出たはずが、いつの間にか全く安心できない状況になっていた。今から日暮里へ行ってスカイライナーに乗れば間に合う。しかしバスの3倍ほどお金がかかる。せっかく格安チケットをとったのに、成田へ行くのに数千円上乗せするのは心情的に受け入れ難かった。確認すると、2本先のバスは搭乗手続き締め切り10分前に空港に到着予定とのこと。私が買ったLCCの場合、締め切りを1分でも過ぎたら機械的に手続きが打ち切られる。以前、数分遅れたせいで乗れなかったことなど既に経験ずみだ。もしバスが渋滞に巻き込まれ、10分以上遅れたらそこで終わる。しかしこういう直行バスというのは、到着時刻に余裕を持たせていることが多い気もする。平日の昼間なら道が混むこともないだろう。時間的リスクと経済的負担を天秤に掛けた結果、私は予定通りバスで成田へ向かうことを選んだ。

その選択は裏目に出た。大して道が混んでいるようにも見えなかったが、バスは予定より10分遅れ、搭乗手続き締め切り時刻ちょうどに成田に着いた。もう走っても間に合わない。最悪だ。スカイライナーの数千円をケチったせいで。いや、そもそももっと早く家を出るかバスを予約するかしていれば絶対に間に合っていた。今まで何度同じような失敗をしてきたのか。

受付で交渉しても融通を利かせてもらえる可能性はきわめて低いが、何もしないわけにはいかない。航空ダイヤが遅延している可能性だって多少はある。諦めてしまいそうな心に鞭打ち、小走りで受付カウンターへ向かった。

カウンター前に荷物を預けようとする人の列ができていた。最後尾に並ぶが、なかなか前に進まない。この瞬間も飛行機に乗れる可能性は下がる一方だが、黙って並ぶ以外、私にできることはなかった。

ようやく列が私と前に並ぶ男性の2人だけになったその時、20歳くらいの大学生風の男が息を切らして駆け込んできた。南国にでも行くのか、10月だというのにポップなアロハシャツを着ている。彼は私ともう一人が並んでいるのを見て「あぁ〜」とため息をつきじっと待つのが耐えられないとでもいうようにモゾモゾしていた。

おれにも聞けよ

わかるよ、その気持ち。急いでるんだろ。俺も列が出来ているのを見て絶望した。でも後から来た自分が悪いのだから、諦めて待つしかない。体を小刻みに震わせて切迫感をアピールしないでくれよ。

しかし若者は意外な行動に出た。私の横を通り過ぎ、前に並んでいる人に「ギリギリなので前へ並ばせてもらえませんか」と交渉を始めたのである。前の人はそこまで急いでいなかったのか、「いいですよ」と素直に応じ、若者はお礼を言ってスッと先頭に並んだ。

おい。ちょっと待て。前の人はそれでいいかもしれないが、俺には聞かないのか? 聞けよ。俺だって間に合わないかもしれないのにまじめに並んでるんだぞ。いやむしろ、時間の余裕のなさで言えば俺の方が上のはずだ。

イラッと来て文句を言いに行こうかと思ったが、どうせもう間に合わないだろう、という気持ちもあった。若者を言い含め自分が前に並び、結局搭乗を断られる様子を見られるのも嫌だった。「間に合わないくせにしゃしゃって来んじゃねえよ」的な顔でもされたらどうしよう。そんなことを考えているうちにいつの間にか若者は荷物を預ける手続きを始めていた。どうやら間に合ったようだ。ホッと安心した顔が気に食わない。フラストレーションを溜めつつ順番を待ったが、やはり私は間に合わず、追加で数千円を支払った上、翌朝の便を待つために空港の待合室で一夜を越すこととなった。

あの時、若者に抜かれなくても絶対私は間に合わなかっただろう……何度もそう自分を納得させようとしたが、あのアロハシャツと若者が預けていたバーベキューセットのような道具を思い出すたび苛立ちは夜通しぶり返してきた。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2021年4月号より