東京都文京区の春日通り。丸ノ内線茗荷谷駅と後楽園駅の中間ぐらいに『パン・ドゥ・ルパ フジモリ』がポツンとある。昔ながらの対面販売で営業する、こじんまりしたベーカリー。しかしそこには個性的なパンと、長い歴史が詰まっていた。

竹早高校とともに始まった歴史

多くの名門校があり、古くから文教地区として知られる茗荷谷エリア。駅周辺には御茶ノ水女子大学、筑波大学東京キャンパス、拓殖大学があり、そのほかに附属中学校や高校もあり、どこか知的で落ち着いた雰囲気がある。

学芸大付属中学校と都立竹早高。
学芸大付属中学校と都立竹早高。

その茗荷谷から春日通りを後楽園方面へ少し歩くと、やはり名門の学芸大付属中学校と都立竹早高校が並んでいる。その向かいにある小さなベーカリーが『パン・ドゥ・ルパ フジモリ』だ。

『パン・ドゥ・ルパ フジモリ』の歴史は古く、創業は明治43年(1910)。初代の藤森牛勝さんは、もともと麹の製造販売を行っていた「三河屋」で、パンを作っていた。当時はまだイースト菌が普及しておらず、麹を使ってパンを発酵させていた。なので、麹を作っていた「三河屋」がパンを作っていたのだ。

3代目の藤森勝行さん。今は4代目の息子さんも店を一緒にやっている。
3代目の藤森勝行さん。今は4代目の息子さんも店を一緒にやっている。

牛勝さんが努めていた工場は都立白鴎高校(当時は東京府立第一高等女学校)の近くにあったのだが、都立竹早高校(当時は東京府第二高等女学校)ができたため、現在の地に店をかまえ、独立。その後、代は2代目の甚之助さん、3代目、現店主の勝行さんと代わり、この地でパンを作り続けてきた。

生徒たちに愛されてきたパン

竹早高校の開校が独立開業のきっかけだっただけに、店と学校とのつながりは深い。竹早高校以外に、筑波大学やお茶の水女子大学の購買でパンを販売してきた。今は学芸大学竹早中学だけで売っているが、長く名門校の生徒たちに愛されてきたのだ。竹早高校OBのある有名俳優も『パン・ドゥ・ルパ フジモリ』のげんこつパンがお気に入りだったようだ。

『パン・ドゥ・ルパ フジモリ』では惣菜パンが人気なのだが、そのどれもがボリュームたっぷり。チキンカツ230円などは明らかにパンよりもカツのほうが大きく、食の細い人ならこれひとつでお腹いっぱいになるほど。サンド類も具があふれるほどに挟まれていて、こぼさず食べるのに苦労するほどだ。このボリュームは昔からで、学生さんにお腹いっぱい食べてほしいという気持ちからなのだろう。

ところが聞いてみると、現在、販売している学芸大学竹早中学で人気なのは、チョコのパンなのだとか。食べざかりの中学生ならば、フィリングたっぷりのサンドをバクバクいっているのかと思いきや、意外と甘いものが好まれるようだ。

なによりパンがおいしい

トップ写真のチキンライス210円は、ガーリックフランスにチキンライスを乗せたもの。バリッとしたパンにしっとりチキンライスの食感がまず楽しく、ガーリックのケチャップ、それにチーズとほんのり刺激的なタバスコが組み合わさり、たまらない。炭水化物+炭水化物の背徳感など吹き飛ぶ旨さなのだ。

食べやすいよう、パンに切れ目が入れるという細かい気遣い。
食べやすいよう、パンに切れ目が入れるという細かい気遣い。

具のたっぷりさに目を奪われがちだが、『パン・ドゥ・ルパ フジモリ』はベースのパンが、なによりうまい。チキンライスもかぶりつく前に、はじっこのパンだけの部分をちぎって食べてみてほしい。バリッとしたクラストにしっとりもちっとしたクラム。小麦の香り甘みもしっかり感じられ、これだけでうれしくなる旨さなのだ。

店名にある「ルパ(REPAS)」とは、フランス語で食事という意味。27年前に『藤森パン』から店名を現在の『パン・ドゥ・ルパ フジモリ』に変えたのだが、そこには「主食としてのパンを売っていきたい」という思いが込められている。食パンもハード系のパンも副材料を減らし、パン本来のおいしさが味わえるラインアップになっているのだ。

店には近隣住民に加え、各校のOBもやってくるという。茗荷谷には来春、中央大学法学部のキャンパスが移転してくる。明治から続く青春の味は、これからも愛され続けることだろう。

パン・ドゥ・ルパ フジモリ
住所:東京都文京区春日2-13-2/営業時間:9:00〜17:30/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅から徒歩11分

取材・撮影・文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。