文京区の春日エリアに、昨年「文京ガーデン」というビル施設がオープンした。オフィスや住居の入る複数の高層ビルと公園で構成されていて、周囲の雰囲気は大きく変わった。この近代的なビルの一角に、今回、紹介する『豊しま』が入っているのだ。

クセになる肉そばのうまさ

立ち食いそば好きなら、『豊しま』という店名より「是れはうまい!」「関東風肉そば」の店と言ったほうが早いだろうか。ここ春日の他に、江戸川橋と飯田橋に店舗があり、青く目立つ看板に先ほどの文言が大きく書かれているのだ。特に飯田橋店は飯田橋駅東口に近い五叉路交差点のすぐそばにあり、食べたことはなくても、目にしたことがある人は多いはずだ。

名物の肉そばは、甘辛く炊かれた豚肉が、そばの上にドンと置かれたもの。東京の立ち食いそばらしい、かえし強めな濃いツユに肉の煮汁が加わり、ずっしりとした旨味がある。ちょっとよそでは味わえないうまさで、なんともクセになるそばなのだ。

肉玉そばは570円。
肉玉そばは570円。

クラシカルな雰囲気を漂わせている『豊しま』のそばだが、その歴史は古い。店を始めたのは現店主、山崎さんの父親。1970年ぐらいに巣鴨の市場近くで、副業のような感じで始めたのだという。

肉に玉子をからめるとまたうまい。
肉に玉子をからめるとまたうまい。

巣鴨店は3年ほどで閉めてしまったが、その後、江戸川橋に再出店。ちょうど有楽町線江戸川橋駅を建設していた頃で、その後の人出を見込んでのことだったらしい。さらに護国寺、飯田橋にも店を出し、3店舗態勢に(護国寺はその後、閉店)。肉そばを出し始めたのが、ちょうどこの頃。以来、ずっと人気メニューであるのだから、なかなかの名物なのである。

今回、話をうかがった店主の山崎さん。
今回、話をうかがった店主の山崎さん。

いったん閉店した春日店

さて、今回紹介する春日店はというと、正式にスタートしたのが1993年のこと。もともと土地を持っていて、ビルを建て直したタイミングで開店した。順調に営業を続けていたが「文京ガーデン」が建設されることになり、2016年で閉店することになった。

これはかつての春日店。立ち食いそば店らしい佇まいだ。(写真提供=『豊しまそば』)
これはかつての春日店。立ち食いそば店らしい佇まいだ。(写真提供=『豊しまそば』)

当時、新しいビルで再開するという情報はあったのだが、多くの立ち食いそばファンはそれを信じていなかった。建物の建て替えで閉店する飲食店は多いが、新しいビルで営業再開する店はほとんどない。テナント料が以前よりも高くなってしまい、商売が成り立たなくなってしまうからだ。

空高くそびえるビル。この1階に『豊しま』がある。
空高くそびえるビル。この1階に『豊しま』がある。

『豊しま』もきっと同じ……。そう考えた人は多かったが、そこは土地を持っていた強み。土地は売らずに代替でビルテナントに収まり、見事に復活を遂げたのだ。

秋にオープンするはずが

しかし、再オープン時にも紆余曲折があった。店舗の工事がだいたい終わったのが、2021年の夏前ぐらいのこと。しかし、暑い最中に立ち食いそばは不利と考え、秋ぐらいの開店を予定していたのだが、そこでトラブルが発生する。なんとコロナの影響で部品の供給が滞ったため、予定していた冷蔵庫が納入されず。2022年2月になって、やっとオープンできたのだ。

すっきり広々した現在の店内。
すっきり広々した現在の店内。

実はこの頃、『豊しま』の青い看板を目ざとく見つけた立ち食いそばファンが「ようやく帰ってくる」と、再開の情報を広めたのだ。しかし、待てど暮せどオープンせず。多くの人が心配していたのだが、コロナが影響していたのだ。

厚肉そば680円の肉は食べごたえ十分。
厚肉そば680円の肉は食べごたえ十分。

ようやく始まった『豊しま春日店』。おしゃれなオフィスビルに収まっているだけに、内装はピカピカだが、出しているそばは変わらずガツンと系なのがうれしい。角のドアが2カ所開いていて、風通しがいいのも最高だ。ガワはおしゃれだが、しっかりと立ち食いそばなのである。

厨房の鍋にはたっぷりの厚肉。
厨房の鍋にはたっぷりの厚肉。

見ると、小綺麗なスーツ姿のビジネスマンが、肉そばをすすっている。女性客も、以前より増えているという。

いろいろと紆余曲折はあったけれど、すっかり変わった春日の街で昔から変わらないそばを出すというのも、なかなか面白いと思う。

豊しま春日店
住所:東京都文京区小石川1-5-1 文京ガーデンノーステラス1F/営業時間:7:00〜18:00(土・祝は7:00〜15:00)/定休日:日/アクセス:地下鉄三田線・大江戸線春日駅から徒歩1分

取材・撮影・文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。