フォーリーアーティストは、映画やドラマの効果音をつくるスペシャリスト。爆発音などメインの音ではなく、足音や咀嚼音、街のざわつきなど、「目立たないけれどなくてはならない音」を手掛ける。前回に引続き、カナダ在住で数多くのハリウッド映画に携わった小山吾郎さんに、しみじみ“聴く”散歩について聞いた。

フォーリーアーティスト 小山吾郎さん

埼玉県毛呂山町出身、 カナダトロント郊外に家族5人で在住。フォーリーとは、 映画やドラマで撮影後に入れる効果音。 フォーリーアーティストは、 身近にある小道具を使ってさまざまな効果音を生み出す。

環境音は旅の思い出を鮮明にする

さまざまな道具を駆使して、リアリティある音を再現するのがフォーリーアーティストの仕事。
さまざまな道具を駆使して、リアリティある音を再現するのがフォーリーアーティストの仕事。

小山 : 私はポータブルレコーダーで街の環境音を録音するのが大好きです。仕事上役に立つということもありますが、特に東京で録音した音を後で聴くのは、旅先で撮った写真を見返すのと同じような楽しさがあります。

例えば、どこにでもある立ち食いそば店がおもしろい! 券売機にお金を入れる音、店員さんに呼ばれる声、隣の人が蕎麦をすする音、お店のシステムがわからず戸惑っている自分……。聴いていると、その時の気持ちがよみがえってくるのです。

筆者 : マイクで録音すると、自分の意志に関係なくあらゆる音が入ってきます。それだけに、臨場感があるのですね。

小山 : 被写体を決めてカメラで撮影するのと違い、環境音の録音は、自分で世界を切り取れるわけではありません。だからこそ、おいしかったこと、つゆの香りまで思い出して、どこにいても「しみじみ」できるのだと思います。

筆者 : 風景の写真を撮影するように、街の音を録音するのもおもしろそうですね。

小山 : 国によって音が違うということは前回お伝えしました。同じように東京のなかでも、街によって、音は変わります。
私は日本に帰ってくると、必ず池袋を訪れます。埼玉出身の私にとって、池袋は東京の玄関であり、青春時代は毎週のように映画館へ通った思い出の街なんです。サンシャイン通りを端から端まで、もちろん録音しながら歩きます(笑)。学生が多く、会話や足音にエネルギーがあって、聴いているとワクワクしてくる街です。
新宿の雑踏で、立ち止まり音を聴くのも好きです。ビジネスパーソンが多いからか、全体的に歩くのが速いですね。足音を聴いていると、「カンカンカン」とものすごいスピードで歩いていることがわかります。
足音はおもしろいですよ。ひとつの音のようで、靴の底で鳴っている音と、地面側で鳴っている音が重なっているのです。

筆者 : 奥が深い!

色々な靴で足音をつくる小山さん。
色々な靴で足音をつくる小山さん。
フォーリースタジオには色々な素材の床やドア、窓なども。
フォーリースタジオには色々な素材の床やドア、窓なども。

日常の風景の中にも音がある

筆者 : 録音には特別な機器などが必要ですか?

小山 : 私は専用のレコーダーを使っていますが、いまはスマートフォンの機能が向上しているので、一般的な録音アプリで十分です。ただし、私のように怪しまれてしまう場合もあるので、やりすぎには注意してください(笑)。

筆者 : パチンコ店で店員に注意されたと前回仰っていましたね(笑)。それにしても、音に無頓着なままでは、何だかもったいない気がしてきました。

小山 : 池袋や新宿のような大都会でなくても、東京は音の層が豊かな街だと感じます。住宅地で通り一本隔てたり、角を曲がったりするだけでも、がらりと音が変わります。聞き耳を立てながら、住んでいる人だけが共有する暗黙の了解や、生活の機微などを想像しながら歩くのは楽しいものです。

筆者 : ここは子供が多いから車や自転車の運転に注意しよう、とか、通勤通学時間に良い香りを漂わせるパン屋さんとか、きっとどんな街にもありますよね。

小山 : 自分の街の音に注意してみるのも、絶対おもしろいですよ。住んでいる街の景色は当たり前になっているかもしれませんが、改めてひとつひとつ耳を傾けると、違った世界が見えてきます。

やってみた! 東京で録音街歩き

小山さんが愛してやまない立ち食いそば店で、食券の購入から、おいしくいただいて、店を出るまで、環境音を収録してみた。使用したのはiPhoneのボイスメモだが、十分に立体的な音が録れる。

ふだんは気にも止めないが、そばを洗う水、引きずられる椅子、プラスチックの食器など、実にさまざまな音が、空間に重なり合っていることがわかる。「めちゃ好きなヤツ!一瞬でそばつゆの香りがした」と小山さん。

音に注意すると散歩がおもしろくなるし、改めて旅の思い出の記録にも録音をおすすめしたい。ビデオなら動画と音声を同時に記録できるが、どうしても動画に注意が引っ張られてしまう。音だけ聴いて現場の空気感を思い出し、想像することこそが「しみじみ」散歩の極意なのだ。

取材・文・撮影=小越建典