武蔵野台地の東端に位置し、埋め立てられる前は切り立つ海食崖もあったこの品川・大井町・大崎エリア。土地の高低差を繋ぐ無数の坂の中には、興味をひく個性的な名前も。 名の由来や地形をたどれば、土地の重ねた歴史の階層が見えてくる。

百反(ひゃくたん)坂[大崎]

段々状も今は昔。坂の上にはレトロ商店

目黒川へと向かい傾斜した台地の端に立地。昔はより急こう配で曲がりくねっており、段々状になっていたことから百段坂の名に。転じて今の呼び名となった。再開発前までは個人商店や民家が並び、今も坂の中盤から上には老舗酒屋や近隣の働き人御用達の食堂も。中腹には、百反商店街振興組合が祀る明力(みょうりき)稲荷大明神が鎮座。

坂の下までのアクセス
JR・りんかい線大崎駅新西口から徒歩4分

≪チェックポイント≫ 小原たばこ店

坂の中腹で創業し、101年。「祖父が炭屋、祖母がたばこ屋を始めたの」と女将さん。

ゼームス坂[大井町]

日本近代化に貢献した英国人の名

昔は浅間坂と呼ばれ、今より急坂だった。明治時代、日本海軍を指導したイギリス人、J・M・ゼームスが坂の途中に住み、私財を投じ傾斜をゆるやかにしたことから、住民が親しみを込め「ゼームス坂」と呼ぶように。今も沿道には坂の名を入れたマンションが点在。創業110年、『みの屋海苔店』の女将さんいわく「昔は坂の東側がすぐ海でした」。

坂の上までのアクセス
JR・私鉄・りんかい線大井町駅東口から徒歩2分

≪チェックポイント 1≫ ゼームス邸の名残

三越ゼームス坂マンションの敷地北側には、ゼームス邸跡地を示す石碑が立つ。

≪チェックポイント 2≫ 高村智恵子記念詩碑

高村光太郎のレモン哀歌が刻まれた石碑。智恵子はここにあった「ゼームス坂病院」で亡くなった。

柘榴(ざくろ)坂[品川]

かつてのカギ型を今に伝える路地も?

標柱の説明によれば、名の由来は「ざくろの木が(坂付近に)あったためか」。もともとはカギ型に曲がっていたが、明治年間に真っすぐになったとされる。標柱は坂の上と下に計2本あり、新たに柘榴坂となった下側の標柱には「新坂」の文字が。浅田次郎の短編小説『柘榴坂の仇討(あだうち)』では、クライマックスにこの坂が登場する。

坂の下までのアクセス
JR品川駅高輪口から徒歩3分

≪チェックポイント 1≫ カギ型の跡

京急EXホテル高輪の西側の路地がカギ型の名残か。路地の東側には現・高山稲荷神社。

≪チェックポイント 2≫ 高山稲荷神社

高山の名は、かつて坂の上の高台に鎮座していたから。当時は二百数十段の石段があった。

御殿山の坂[北品川]

歴代将軍が通った由緒ある地

ミャンマー大使館西側から目黒川へと下る坂。寛永13年(1636)、品川宿を見渡す丘陵地に、将軍が鷹狩りの際に休憩した品川御殿が建てられたことからこの名が付いたという。八代将軍・吉宗の時代は花見の名所として有名となり、今も沿道の桜が木陰を落とす。坂は急こう配で、途中に置かれた"お休み石"(休憩用の椅子)で一服する人も。

坂の上までのアクセス
京急本線北品川駅から徒歩8分

≪チェックポイント≫ 旧町名があちこちに

マンションや町内掲示板など随所に御殿山の文字。この地名に対する、住民の誇りがチラリ。

旧仙台坂[大井町]

仙台藩屋敷の残り香がそこかしこに

南側に仙台藩下屋敷があったことから、この名に。その後、坂の北側に青物横丁へ抜ける道を拡幅。そちらの往来が増えたことから仙台坂の名を北側の道に譲った。寛永2年(1625)には郷土の味を常に食せるよう、下屋敷に仙台味噌の蔵が造られ、今も醸造所は健在。旧坂は自動車の往来も少なく、レンガ調の階段も相まって落ち着いた雰囲気。

坂の上までのアクセス
大井町駅東口から徒歩8分

≪チェックポイント 1≫ 仙台味噌醸造所

旧坂西端にあり、今もこの地で仙台味噌を醸造する。店内に巨大な味噌罇を展示。

≪チェックポイント 2≫ 仙台藩下屋敷跡の碑

大井公園には下屋敷跡を示す石碑が。旧坂の西側には下屋敷にあったというタブノキの巨木も。

犬坂[大井町]

くねくね曲がる、細身のセクシー坂

東大井の台地部分の突端にあり、明治時代は東海道を挟んだ東側に海が広がっていた。坂名の由来はここに犬小屋があったとの説もあるが、正確には不明。下から見上げると、左右だけでなく、上下にもくねくねして見えるため「へびだんだん」の俗称をもつ。かつてこの高台には、梶原氏ゆかりの館があったとされる。

坂の上までのアクセス
大井町駅中央東口から徒歩2分

≪チェックポイント 1≫ 擁壁

坂の中腹にある元芝公園の擁壁。海食崖によって生まれた高低差というのを想像しやすい。

≪チェックポイント 2≫ 梶原稲荷神社

梶原氏創建と伝わり、境内には梶原塚と呼ばれる塚が残る。なぜか、お狐様がいっぱい!

取材・文=鈴木健太 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2022年7月号より