大規模な再開発工事をしていて、行くたびに様相が変わっている渋谷。その中で桜丘町は以前と変わらぬ町並みを保っていたが、そこもまた大きく変わろうとしていた。

渋谷っぽくない渋谷の桜丘町

渋谷駅周りにあるエリアの中でも、桜丘町はほかとは違う雰囲気がある。駅との間に玉川通り・首都高速を挟んでいるからだろう、道玄坂などほかの繁華街とは違ってどこか生活感があり、ホッとできる雰囲気があるのだ。歩道橋を渡っていく、というのも、どこか違う土地に行く感じがしたものだ。

桜丘町のさくら通り。
桜丘町のさくら通り。

その桜丘町の路地に『パリジャン』はある。メインであるさくら通りより、だいぶ西側。周囲にはオフィスビルや古いマンションが並んでいて、駅方向を見ると建設中のビルが見える。こぢんまりしたこの店ができたのは、1977年のこと。先代の青山強志さんが修業を経た後、桜丘町で始めた。

強志さんは、もともと長崎県の出身。ベーカリーをやりたいと考えた強志さんは、高校卒業後の1968年、神戸に出て老舗ベーカリーの『神戸ベル』で働き始める。その後、『神戸ベル』が東京に進出することになり、強志さんも東京へ。

左が二代目の青山政志さん。右が初代の強志さん。
左が二代目の青山政志さん。右が初代の強志さん。

『神戸ベル』は2年ほどでやめ、今度は「ルコント」(2022年8月に全店閉店)で働き始める。さらにその後、西荻窪の『藤の木』にスカウトされて移った。そして「東京の真ん中で店をやりたい」と考え、『パリジャン』を始めたのだ。現在、店は主に息子で2代目の政志さんがまわし、強志さんは午前中だけ手伝っている。

当時の桜丘町は住宅街。1964年の東京オリンピックをきっかけに玉川通りと首都高速が整備され、渋谷駅前と切り離された桜丘町は、その後、住宅がマンション、オフィスビルと変わっていっても、独特の雰囲気を保ち続け、今に至っている。

なじみ深いパンがそろう『パリジャン』

店は2020年に改装してすっかりおしゃれな外観となったが、売られているパンはカレーパンにクリームパン、サンド類となじみ深いものが多い。個人的に好きなのが、ピロシキだ。最近の店ではあまり見かけないが、古い町パンでは、おなじみのメニューだ。

ピロシキとは、ロシアの具材を包んだ揚げパンのこと。本場では具材は野菜にきのこ、肉に魚となんでもありで、焼きピロシキのほうがメジャー。要するに包んで火を入れたパンなら、とりあえずピロシキなのだ。

これは焼きピロシキ。
これは焼きピロシキ。

一変して、日本のピロシキはひき肉にしいたけ、春雨などを炒めたものが入っている。ほぼ中華まんの具だ。『パリジャン』のピロシキはさらに干しエビ、長ネギ、ショウガ、にんにくが入る。焼きピロシキ230円はさらにマヨネーズがプラスされていて、ちょっとジャンクな味わいがたまらない。

街も店も変わっていく

さて、渋谷の喧騒から離れたロケーションに昔ながらのパンと、すっかりなごみの店と思いきや、その周辺は急速に変わろうとしている。現在、玉川通り沿いに建てられているビルは、2023年の完成予定。渋谷駅とそのビルは歩行者デッキで結ばれ、駅から地上に出ずとも、桜丘町へ行けるようになるのだ。

店前から駅方向の眺め。
店前から駅方向の眺め。

さらに道路も拡幅整備され、桜丘町から代官山方面へアクセスしやすくなるという。また、今は手つかずのさくら通り周辺も、再開発の計画がある。今でこそ落ち着いた雰囲気がある桜丘町だが、人の動線がガラッと変わり、一気ににぎやかな街になる可能性が高いのだ。

こうなると、2020年に店を改装した意味は大きい。パンのラインナップは改装前とほとんど変わらないが、改装を機に淹れたてのコーヒー販売を始め、店前でパンを食べられるようベンチとテーブルを置いた。今でこそお客さんは地元住民がほとんどだが、再開発が終わり、新しい人々が店の前を行き交うようになったらどうなるのか?

変わりゆく渋谷についていけないオジさんな筆者だが、『パリジャン』のこれからは楽しみだ。新しい街、新しい店、でも売っているパンは昔ながらのおいしいパン。きっと数年後には、新しい桜丘町の名物店になっているに違いない。

パリジャン
住所:東京都渋谷区桜ヶ丘13-1カーサチェリーヒル101/営業時間:7:00〜18:00/定休日:土・日・祝/アクセス:JR・私鉄・地下鉄渋谷駅から徒歩8分

取材・撮影・文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。