駅や繁華街から離れていて、なおかつ大通りのロードサイドでもないのに繁盛しているお店には、なにかある。今回、紹介する『マルキンベーカリー』も、周囲に人の集まるようなポイントのない立地で人気店なのだが、やはりそこには繁盛する理由があった。

中身ギッシリのあんぱん

『マルキンベーカリー』があるのは、船橋市海神町東。路線の関係で今回は西船橋駅から歩いたのだが、船橋駅方面に向かってまっすぐ、線路沿いの道をひたすら歩く。これがけっこういい運動になる距離だ。

こんな道をひたすら歩く。
こんな道をひたすら歩く。

店の前の道路は京葉道路の船橋インターが近いこともあり、頻繁に車が行き来するが、人通りは多くない。それでも朝の9時ぐらいから、お客さんが途切れずに入っていく。立地的によそからここに来る人はあまりいない。地域密着型、海神町民御用達のベーカリーだ。

店に入ると明るく広々とした店内に、菓子パンから惣菜もののサンド類、さらにハード系から焼き菓子まで、さまざまな種類が並んでいる。

あんぱんは1つ180円。
あんぱんは1つ180円。

中でも人気なのがあんぱんだ。手で持つとずっしり感じるほどあんこが詰め込まれ、食べごたえは十分。たっぷりの自家製あんこは風味よく、甘さ控えめで塩加減もちょうどいい。店が始まった頃からの人気商品だそうだ。

自分の手でパンを作りたい

『マルキンベーカリー』の始まりは1964年。初代の田久保辰雄さんが、小岩にある『ホームベーカリーナカヤ』で修行して、現在の場所で店を開いた。今でこそ周囲にはマンションや会社が建ち並んでいるが、当時は、畑だらけだったそうだ。

ちなみに『ホームベーカリーナカヤ』は、砂町にあるあんぱんが名物の『ナカヤ』にいた人が始めたお店で、やはりあんぱんが人気商品。『マルキンベーカリー』のあんぱんは、そこから始まっていたのだ。

現在の店主は、二代目の田久保敏正さん。高校を卒業後、練馬の『デンマーク』に入り、工場で仕分けの作業を任されていたが、自分の手でパンを作るために退職。その後、ほかのベーカリーで働き、専門学校に入って勉強して、また別のべーカリーで働き、結婚を機に『マルキン』に戻った。父親の辰雄さんがパンを作る姿を見て、それに憧れていたがための回り道だった。

店主の田久保敏正さん。
店主の田久保敏正さん。

父から受け継いだ店は大きくは変えず、パンもスタンダードなものがメイン。それでもハード系のパンや焼き菓子など、時代に合わせてラインナップを増やしていき、現在の姿になる。

こだわらないこだわり

そんな『マルキン』のパンは、どれも手堅くおいしい。食べた瞬間に驚きの声があがるようなとんがったパンではなく、「こうだろうな」と思って食べてみると、その予想を少し上回る、安心できるおいしさだ。パン作りでのこだわりを敏正さんに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

広々としていて、パンの選びやすい店内。
広々としていて、パンの選びやすい店内。

「こだわりは、こだわらないことですね。若い頃はこういうパンを作りたいっていう気持ちがありましたけど、今は自分が作りたいパンよりも、お客様に喜んでもらえるパンを作っていきたいんですよ。自分より、お客様に合わせていくというのが、こだわりといえば、こだわりです」

角煮の入ったビーフカレーパン200円も人気。
角煮の入ったビーフカレーパン200円も人気。

「自分のおいしい」が、必ず「万人のおいしい」に重なるとは限らない。ただ、多くのお客さんに合わせていけば、それは、みんなが喜ぶおいしさにつながっていく。『マルキン』の「どれもおいしい」は、この考えから生まれているのだ。

店の横には駐車場があり、駅から遠くとも、車で買いに行きやすい。さらにはテラスも用意され、買ってすぐに焼きたてのパンを楽しめる。『マルキン』はパン以外も、お客さんにいろいろと寄り添ってくれる。

店横のテラス席。すぐそばが線路で、食べていると電車が通り過ぎていく。
店横のテラス席。すぐそばが線路で、食べていると電車が通り過ぎていく。

開業から58年。長く地域に愛されてきたのは、パンのおいしさもさることながら、お客さんに合わせる、謙虚な姿勢があったからなのである。

マルキンベーカリー
住所:千葉県船橋市海神町東1-971/アクセス:京成電鉄本線海神駅から徒歩8分、JR・地下鉄東西線西船橋駅から徒歩16分

取材・撮影・文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。