都内でも有数のにぎわいで知られ、200以上の店舗が並ぶ武蔵小山の商店街・パルムに2023年の秋、『和そば(かずそば)』がオープン。多くの飲食店がしのぎを削るこの地で、早くも人気店となっている。

ランチの一食として成り立つそば

『和そば』があるのは武蔵小山の駅前、商店街に入ってすぐのところだ。隣りにはチェーンの『松屋』『勝牛』『串カツでんがな』が並ぶ、明らかな一等地。

そば好きとしては新しい店ができるのは大歓迎だが、こんな激戦区でやっていけるのか、つい余計な心配をしてしまう。

2方向に分かれている商店街・パルムの入り口。
2方向に分かれている商店街・パルムの入り口。
『和そば』は駅を背にして右側のエリアにある。
『和そば』は駅を背にして右側のエリアにある。

店舗は前面がガラス張りで開放的な雰囲気。初めての人や女性でも入りやすい。

定番のかき揚げそばを食べてみると、店舗と同じく、間口の広い“デザイン”となっていた。

かき揚げそば680円。
かき揚げそば680円。

そばは更科っぽい麺で喉越しがいい。ツユはかえしのきいた東京風ではなく、ダシの風味が味わえるタイプ。カツオ以外に昆布やしいたけも使われていて、やわらかくもしっかりした旨味が味わえる。

かき揚げはさっくり揚がり、それ以外にししとうやいんげんなどミニ天ぷらがついている。さらには、大根おろしもつけられている。食べ足りないということはなく、量は十分。とがったところはないが、ちゃんとおいしくて、毎日、食べられるそばだ。

かき揚げそば680円は安い?

これで680円。高いと見るか安いと見るか? 

私は安いと思う。ボリューム、満足度から見て、ランチの一食としてちゃんと成り立っている。現在、原材料や光熱費の高騰で、東京でのランチの平均価格は1000円前後で、それを考えれば『和そば』は十分に安い。開店すぐに人気店となったのも、うなずけるのだ。

いろいろと作戦を立てていそうな『和そば』。それはそばだけでなく、店の成り立ちも同じだった。

『和そば』のオーナー、永谷和広さんは、もともとこの場所でつけ麺の『三ツ矢堂製麺』をフランチャイジーとして営んでいた。しかし、最近の光熱費や人件費の高騰で、フランチャイズという商売のやり方が限界になり、独立して飲食店を再スタートすることを決意したのだ。

オーナーの永谷さん。飲食の経験は長い。
オーナーの永谷さん。飲食の経験は長い。

なぜそばだったのか? 鍵になったのが光熱費と人件費だった。

ラーメン、つけ麺の場合、スープを炊くため長時間、ガスを使う必要がある。スープだけでなく麺を茹でるにもお湯を沸かすし、低温調理でチャーシューを作るにもガス代がかかる。

その点、そばならダシをひくにも短時間で済むし、麺の茹で時間も短い。提供もセルフ方式にできるので、人件費も削減できる。

ごぼう天そば680円。
ごぼう天そば680円。

また、永谷さんの親族がそば店をやっていたことも大きかった。大久保にある老舗そば店『近江屋』は、彼の父の実家。駅前にある有名店だが、父親はその支店(現在は閉店)をやっていたという。永谷さん自身、そばに親しんでいたし、知識や技術もあった。

太いごぼうは事前に火を通していてほっこりやわらかい。
太いごぼうは事前に火を通していてほっこりやわらかい。

新しい大衆そばの形

そば店を始めるうえで、幅広い客層も意識した。武蔵小山は働く人たちに加え、住民人口が多い。年齢層も昔から住んでいるシニア層から、新築マンションに住む若い世代まで幅広い。都心や郊外の住宅地と違い、とにかくいろいろな人が集まっているのだ。

席の間は広くとられ、ゆったりそばを楽しめる。女性も安心。
席の間は広くとられ、ゆったりそばを楽しめる。女性も安心。

そのことも考え、前面をガラス張りにして入りやすくし、席間を広くとって居心地をよくしている。そばというと、どうしても中高年男性のイメージがあるが、老若男女、幅広い人にアピールできる作りにしたのだ。

日常食のそばを間口の広い店で提供する……その狙いは、見事に当たった。

実はここのところ、立ち食いそばの新店がポツポツ出てきている。

よく見られるのが居酒屋の二毛作。コロナが明けて店に客は戻ったが、夜遅くまで飲む人が減り、売上が戻らない。そのぶんをカバーしようと、朝や昼に手軽に提供できるそばを始めるのだ。

あるいは物価高騰のおり、それでも500〜600円台で出せるそばならいけるだろうと、新しく店を始めるパターンだ。

武蔵小山で人気の『とよんちのたまご』の王卵を使った、とよんちの王卵ごはん320円。黄身が濃厚!
武蔵小山で人気の『とよんちのたまご』の王卵を使った、とよんちの王卵ごはん320円。黄身が濃厚!

しかし、それらがすべてうまくいっているわけではなく、始めて3カ月もたたずにやめてしまうところも多い。そんな中、『和そば』は新しいそば屋の数少ない成功例といえよう。

最近始めた牛すじつけそば980円は、早くも人気だ。
最近始めた牛すじつけそば980円は、早くも人気だ。

しっかりしたクオリティでボリュームのあるそば。入りやすく、居心地の良い店内。それが、駅前の便利な場所にある。実はこういうそば店は、ありそうでなかった。

今後、『和そば』のようなそば店が増えていきそうな、そんな予感がする。

和そば(かずそば)
住所:東京都品川区小山3-25-14/営業時間:11:30〜23:00/定休日:無/アクセス:東急電鉄目黒線武蔵小山駅から徒歩1分

取材・撮影・文=本橋隆司

本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。