JR西荻窪駅を中心として北は善福寺川、南は五日市街道あたりまで広がるこの街。「西荻窪」という地名は1970年に廃止され現存しないが、“西荻(ニシオギ)”という街の存在感はむしろ年々増している。 吉祥寺駅と荻窪駅の間に位置し、「松庵」など高級住宅地を擁するせいで、中央線の中では比較的上品なイメージで語られることも多い。しかし、ひとたびこのエリアを歩けば、上品などころかかなり個性的な地だということが分かるだろう。店主がそれぞれの哲学を貫く店と、それらを愛してやまない住民が集まる、けっこう熱くてヘンな街なのだ。

街を彩るアンティークショップや雑貨屋の数々

西荻窪を散歩するとまず驚かされるのは、アンティークショップや雑貨屋の多さだ。JR西荻窪駅を挟んで南北に延びる明神通りを歩けば、軒先に家具や古道具が積まれた店や、ショーウィンドウの棚にしゃれた文具の並ぶ店が次々と現れる。

『Tipi Arbre』。
『Tipi Arbre』。

アンティークの街として根付いたのは1980年代ごろと言われているが、いまだにこだわりの強い雑貨屋や文具店が日々増殖中。“旅する雑貨屋”がテーマの『Hin plus』、雑貨店兼美容室の『salon+atelier polka』、地球と人にやさしい天然素材系を多く取りそろえる『Tipi Arbre』、小物雑貨が多く虫めがね気分で訪れたい『Loupe』、全国から直接集めた作家ものが並ぶ『あめつち』『tsugumi』など、扱うものや雰囲気もさまざまだ。アンティーク時計専門店の『トライフル』や、紙モノのみを取り扱う『ぺぱむら』といった専門雑貨の店も目立つ。

また、若き職人が奮闘する手しごとの店も見逃せない。手作り靴の『天草製作所』、楽器修理の傍らアフリカ雑貨を扱う『ボゴランマーケット』『グリーンベックスキャンドル アトリエショップ』など、話を聞けば、趣味が高じて店を出すことになったという店主も多い。ここは、偏愛的な究極の趣味人が集まる地ともいえるかもしれない。

深く根付く、喫茶・カフェ文化

『どんぐり舎』の店内。
『どんぐり舎』の店内。

散歩に欠かせない喫茶やカフェのレベルの高さも折り紙付きだ。『それいゆ』は50年以上、『どんぐり舎』『物豆奇』もそれに次ぐ老舗で、もはや“西荻の顔”といっていい。

老舗だけではない。築80年の木造家屋を使ったブックカフェ『松庵文庫』、ジャズを中心に趣味のいい音楽を楽しめる『JUHA』、無添加の食材でベジタリアンにも対応する『café ilo』、手作りのお菓子をお供にコーヒーをいただける『Kies』など、挙げるときりがない。新感覚日本茶スタンド『Saten Japanese tea』や手の込んだ定食もおいしい『器カフェ 棗』『Cafe 楽日庵(らびあん)』、絶品の豆花カフェ『雲〜WAN〜』、和スコーンの『tom’s SCONE Japanesque』などの新顔もいちいち個性的。

さらに、カフェ『HATOBA』と服屋『SUTOA』の店主が中心となって2009年に始まった“お茶を楽しみつつ街を散歩してもらう”イベント「西荻茶散歩(ニシオギチャサンポー)」も、この街の特徴を表している。ギャラリーやショップが店頭に「やかんマーク」を掲げ、各店が工夫を凝らしたお茶を提供して参加者をもてなすというもので、ゆるいけど熱い、各店の“西荻愛”が感じられる。

緑に囲まれた『松庵文庫』。
緑に囲まれた『松庵文庫』。

飲み屋街も見逃せない

飲んべえを誘惑する柳小路の灯り。
飲んべえを誘惑する柳小路の灯り。

陽が落ちると活気を帯びてくるのが、駅の南側にある闇市の残り香漂う柳小路だ。小さな飲み屋やせんべろ酒場が密集していて昼飲みにもうってつけの場所だが、老舗『やきとり 戎』の赤い看板が煌々と手招きする夜は格別。どこかアジアの国の路地裏みたいな雰囲気だが、2016年オープンの山小屋バル『西荻ヒュッテ』、2017年オープンの『ギリシャ小町三丁目』など、店のジャンルや雰囲気はさまざま。また、柳小路からすぐのサカエ通りにある連日満席の人気店『焼とり よね田』も、ぜひ立ち寄りたい一軒だ。さらに、『しんぽ』『吉』『Spice飯店』『スナック慕情』など、こだわりの日本酒を取りそろえる店が多いのも特徴だろう。

 

『テンセイ』は北口商店街の鳥居をくぐった道の先にある。
『テンセイ』は北口商店街の鳥居をくぐった道の先にある。

近年快進撃が止まらないのが新世代立ち飲み屋。日本酒からオーガニックワイン、刺し身からキッシュまでコラージュが楽しい『サレサイドサカエ』、若いスタッフと旨い酒の『小鳥遊(たかなし)』、イタリアワインの角打ち『angolo』、お茶割と自家製サバスモークが相性抜群の『MEGUSTAニシオギ』、チェッロサワーが激ウマいイタリアバル的な『#18 OHAKO(オハコ)』……本当にどこもあきれるほど高レベルなのである。

カレーや本屋も特徴的、新しい試みも

実はカレーもおいしい店がそろっている。出汁の旨味とスパイスの絶妙なマッチが特徴の『OHIO』、雑居ビル最上階のテラスでカレーをいただける『ササユリカフェ』、野菜だけでも満足感たっぷりの『大岩食堂』など、どれも店主のこだわりが光る個性派の一皿だ。本場インド系なら、辛いアーンドラ・プラデーシュ州の料理法をベースにした『對馬流南インド系辛口料理店タリカロ』、ゴア地方のポーク・ビンダルーがいただける『フェンネル』がおすすめだ。

『古書 音羽館』。
『古書 音羽館』。

駅前すぐの『今野書店』から、『古書 音羽館』、新館と古書が混ざった品揃えの『BREWBOOKS』、絵本の古書店『トムズボックス』、展示やイベントも開かれる『ウレシカ』、旅心を掻き立てられる『旅の本屋 のまど』など本の街としての一面もあり、夜遅くまで店が開いているため、本好きの間では“夜の神保町”と呼ばれているとか。

注目は、古いアパートを改装した建物に複数の店が入る複合ショップ『西荻百貨店』。まだまだ進化中だが、最終的には100人の仲間を集めて、暮らしのあれこれを提供する“百貨店”を目指すという。

根底にあるのは、“西荻愛”

西荻窪に個人店が多いのは、隣の吉祥寺や荻窪に比べて家賃が安く、小さなお店を始めやすいから……という話はよく聞くが、新しい試みを受け入れてくれる懐の深さが最大の要因ではないだろうか。

どの店も、挑戦的、偏愛的、個性的。しかし、お店同士がほどよい距離感でつながり、よけいな口は出さないが、お互いを気にかける雰囲気も感じられる。

ちなみに、2000年代に入って以降、月刊『散歩の達人』が一番売れるのは「吉祥寺」でも「鎌倉」でもなく「西荻窪」である。その理由を、ある西荻住民は「西荻の人は、自分の知らない店が西荻にあるのが許せないから」と語った。

“西荻愛”を根底に、あらゆる個性が交差し、積み重なって、変化してゆく街。歩けば歩くほど、発見があるに違いない。

西荻窪でよく見かけるのはこんな人

奇抜ではないけれど個性的。よく西荻窪を歩いているのは、そんな人だ。

ファッションに疎い人間ならまず躊躇してしまいそうな柄物アイテムもさらりと着こなし、それでいて気取っていない。むしろ着古してちょっとクタッとした上着の様子からは、お気に入りを長く着ていることが伺える。小物使いも印象的で、1点モノらしきバッグや革靴、ニット帽を身に着けて、店頭に並んだ雑貨を眺めている姿をよく見かける。

ついつい女性に目が行くけれど、男性も負けてない。ハンチングが似合うお兄さんや、カワイイ柄のトートバックを下げたおじさまも、興味津々で本屋をのぞいたり、柳小路で嬉しそうに乾杯していたり。

自分のお気に入りを身にまとい、お気に入りの店へ行く……そんな人が、今日も西荻の街を行き交っている。

取材・文=中村こより 文責=散歩の達人/さんたつ編集部 イラスト=さとうみゆき

散歩の達人/さんたつ編集部
男女9人
大人のための首都圏散策マガジン「散歩の達人」とWeb「さんたつ」の編集部。雑誌は1996年大塚生まれ。Webは2019年駿河台生まれ。年齢分布は20代〜50代と幅広い。